1.もっと世界にむかってPRしなさい
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私は来日10年の中国人ですが、本名はちょっと言えません。一応「白雲飛」と名乗ります。

あなた方が南京大虐殺問題で主張していることについてとやかく言うつもりはありません。正直に言って、歴史論争をちゃんとできるだけの知識が私にはないのです。ただ、一つだけどうしても言いたいのです。それはどうしてもっと海外に向けて英語で堂々と主張しないのかってことです。理由は言わなくても分かると思いますが、国際世論を変えない限り、あなた方の運動に何の意味もありません。もし将来日本国内がなかった派一色になって、しかし海外では依然あった派が優勢という状態になったとき、それは日本の新たな孤立を意味します。逆に国際世論さえ味方に付けることが出来れば、国内世論がどうであれ、既に勝ちだと言えよう。とにかく、国際の場であなた方から論争の火を付けて欲しい。 既にいろいろやっていると反論するかもしれませんが、私から見れば、あまり積極的に海外へアプローチしているように見えません。私があなた方の立場なら、まず国際世論を変えることを最優先目標にしますが。言葉が悪いんですが、そういうところに島国的国民性を感じます。 海外で本を出版したり、メジャーなメディアへの積極的なアプローチ、なかった派側の証人を外国人特派員クラブで会見をやらせたり、やってみてはいかがですか?

このようなウヤムヤの状態がなくなる為に、日中の真の和解の為に、頑張っていただきたい。

■回答

大変勇気づけられるご意見有り難うございました。

おっしゃるとおりアメリカの世論を変えなければどうにもなりません。その為我々のHPの中に、英語のコーナー「ABC of Modern Japanese History」「Iris Chang's Errors in "The Rape of Nankin"」を設け、英語による発信の努力をしています。このHPへアプローチして下さる方の約3分の1が外国からと思われますが、何としても微力すぎるというのが偽らざる実感です。藤岡・東中野共著「「ザ・レイプ・オブ南京」の研究」の英訳本も適当な出版社が見つからず苦戦しているのが現状です。

日中真の和解は力による歴史の押しつけではなく、フェアな立場での真実の追求からしか生まれません。今後ともご支援のほどお願い申し上げます。

理事 杉本幹夫

2.レイプ・オブ・南京の討議
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茂木さん、数週間前、貴方の組織のマイク・ホンダへの公開質問状のコピーを送っていただき有難うございました。この記事は非常に有益でしたので、お礼申し上げます。

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メッセージ有難うございます。

マイク・ホンダへの公開質問状に関心を持って戴き嬉しく思います。WWIIに関する間違った情報が英語のマスコミ業界に広がっています。多くの人がドイツは謝罪し補償をしたが、日本はしていないと全く事実と逆のことを信じています。現実には、ドイツは交戦国には、どのような賠償もしていません。彼らは自分たちのユダヤ人に対する特別の犯罪に対してのみ補償したのです。ご存知のように日本は大虐殺を行ったのではなく、逆に多くのユダヤ人を大虐殺から救ったのです。杉原大使以外に多くの外交官や軍人が当時ユダヤ人を助けたことがうかがわれます。次の本を是非お読み下さい。

「杉原大使を捜して」ハイレ・レビン著
"In Search of Sugihara" by Hillele Levine, Free Press, New York, 1996.

会員 茂木弘道
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今週、これについてのアジアのエッセイを書こうとしています。

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すばらしい!

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この記事に関しては日本人が戦争中に味わったことや、多くの賠償をしたことなどを書こうとしています。WWUの出版物がここ20年ぐらい出ていないのが不思議に思います。

しかし、東京で一晩に100、000人の人が焼夷弾で死んだということを読んで関心を持ちました。このような事実がどこに公表されているか教えていただけないでしょうか?

■回答

「炎上する東京」バートレット・カー著
"Flame over Tokyo" by Bartlett Kerr, Donald Fine Inc., New York, 1991

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また、マイクホンダへの公開質問状の作者のとるスタンスについて思い巡らしてみま した。私の現在まで行った調査では、300、000人という数字は事実とずいぶん かけ離れていと思っています。Japan Echo magazineの秦郁彦の記事を読んでみまし た。そこには、南京における死傷者の数の見込や算定法を批判しています。彼の調査 では約40、000〜60、000が見込まれるとしています。この線を貴方の組織 は信じていますか? この記事は下記でオンライン出来ます。
http://www.japanecho.co.jp/1998/contents25-4.html#nankin

■回答

秦郁彦のスタンスとわれわれのスタンスは少し違っています。

我々は彼の論点は多くの点でまったく混乱していると考えています。特に大虐殺の定義の面においてです。われわれは大虐殺とは戦時国際法に違反した殺人と定義しています。この観点からみて捕虜も含めて兵士への殺人のほとんどは合法的であったと考えています。ですから、アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリアの大使館にいた外交官たちは日本軍の中国兵への処刑を不法行為とを批判していません。

それなら市民に対してはどうだったのか?「南京安全地区の記録」における告訴された殺人の全件数は53件で死体が確認されたのは2件です。(いいかえれば最高53で、実際はこれよりはるかに少ない)

秦郁彦は大虐殺の犠牲者の中に兵士の数も入れているのです。これは全くのナンセンスです。アメリカ軍が沖縄で10万の日本人を虐殺したといいますか?これは戦いによる犠牲者で虐殺ではありません。アメリカ軍の爆撃で100、000人の民間人が殺されたのはまさしく大虐殺です。なぜなら、彼らは戦闘員ではなく無防備の民間人だったのだから。この区別は討議する上できわめて重大なことです。

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ここでは南京の人口を考慮しなくてはいけないとしているが、秦郁彦は「1937年12月には南京の人口の公式数字は存在しなかった」と信じていることに興味を持ちました。しかし、貴方の組織は1939年に発行された200、000という数字を公開質問状に採用している。この数字は広く認められているのですか?事件が実際起きてから1年も経った1939年に発行されたものです。それでもなお虐殺数300、000という数字は非常に問題はあります。私のちょっとした調査からも50、000という数字が一番もっともだと思います。

■回答

彼は南京の人口統計の一番重要な資料を無視しています。それは「南京安全地区の記録」で12月3日に逃亡した馬市長から引継いだ国際委員会が安全地区を管理した2ヶ月間の活動記録です。彼らは殆どの南京市民が集まっていた安全地区の行政者として活動していました。この記録は中国政府支援のもとに外交部顧問SHUHSIHSU博士が編集したもので上海のKELLY & WALSHが出版しました。もし秦郁彦が事件発生以来1年半後に出版されたもので信用性がないというのなら、笑っちゃうでしょう。この記録は国際委員会によってリアルタイムに書かれ、日本やアメリカ等の大使館に提出された物なのです。それが編纂され、出版されたのが一年半後なのです。重要な点は200、000という数字が日本軍占領1ヶ月後の1月14日に250、000に増加するまで幾度も出てきていることです。人口が減ることなく増えたのです!

この重要な事実と秦の50、000人虐殺説はどうにも両立しようがないと思います。

この事実に基づいて良いエッセイを書かれることを望みます。

会員 茂木弘道

3.日本のインパクト
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私は、次の問題に焦点を当てた長期学期プロジェクトに従事しているブロンクス・サイエンスの研究生です。

  1. 1800年代末の西洋文明への日本の開国が、過去、現在においてどのようなイ ンパクトを与えたか?
  2. 日本が21世紀を迎えるに当たりこのインパクトは増えるのか、減るのか?

この研究を進めるのにあたり、標準的な参考文献や索引を調べ、Reichauer O Edwin が日本に関して書いたものを見たり、東アジア史の編集者に当たっています。調査課題の理解を深めるために正確で最新の材料を得たいと思い、自由主義史観研究会に投稿しました。そして、私と同じく日本の将来に興味を持つ学者やその他の組織の名前、アドレス(e-mail or s-mail)を教えていただけば幸いです。

私の調査に関する助言、援助、意見があればご連絡ください。

■回答

とても大きな問題に取り組もうとされていますね。

西洋文化へ開かれる前の日本についての基礎的事実

1点目は、鎖国政策は日本に少なくとも250年の国内平和をもたらし、日本は西洋の野心的な植民地政策より独立を維持することが出来ました。

2点目は日本は単に二つのカソリック強国スペイン、ポルトガルとの貿易を禁止したのだということです。理由は1596年難破船の乗組員が自分たちの母国スペインは世界最強の国で、世界の多くの所を占領していると日本人を脅したからです。そのために最初に宣教師を送り、原住民をキリスト教徒にし、最後に軍隊を送り、新しくキリスト教徒になった人たちを使って各地の政府を倒すのだと言ったのです。

このことはほかの情報からも裏付けされ(例えばライバルの新教徒オランダ人より)、幕府のキリスト教禁止となり、貿易はオランダ、中国のみ許され、日本人の海外渡航が禁止されました。その他、日本は将軍交代毎に韓国とは外交関係を持ちつづけました。

17世紀後半、イギリス、フランスがオランダより強国となりましたが、この両国はお互いの戦争や北アメリカ、インドでの植民地独占で忙しく、日本だけは放って置かれました。注目すべきはこの間中国、朝鮮も国際問題では同じような政策をとっていたことです。特に漢民族の明が崩壊した後、満州族の清王朝には警戒しなくてはならなかったので、これは日本にとっても都合のよいことでした。

14世紀中頃から17世紀中頃まで日本は積極的に諸外国と貿易を行い、綿、砂糖、茶、磁器、絹のような製品を中国、朝鮮、インドから輸入しました。同時に大量の金、銀、銅がこれら輸入品の対価として支払われました。17世紀初めには日本は年間20万キログラムの銀を輸出しましたが、これは世界の生産量の30―40%に相当しました。これは非常な負担となり始めました。又日本は世界最大の銅生産国でした。

幕府の外国貿易管理に乗り出した誘因とその副作用は、貴金属枯渇による経済恐慌が避けられ、資本と人的資源が国内に向けられ、19世紀初めには自給経済に結びついた事です。…例えば日本は綿を積極的に生産し、平和が色々な商売や文化を改革、振興し、読み書き能力も高くなりました。このため明治時代の国の産業転換も困難ではありませんでした。

海外渡航は禁止されていましたが、海外の情報の入手は禁じられていませんでした。8代将軍吉宗はアラビア馬を輸入し、オランダ人調教師を採用し、日本馬の改良に取り組みました。「アナトミア(1732年ヨ-ロッパで出版)」も1774年日本語に翻訳されました。西洋の当時のニュースは江戸初期以降急激に増えていたのです。/P>

1. 1800年代末の日本の文明開化が、過去、現在においてどのような衝撃を与えたか?

当時、殆どのアジアの国が西洋諸国に植民地化されていたので、日露戦争(1904-05)における日本の勝利はアジアの人々に心理的に非常に大きな衝撃を与えました。

非白人が白人を破ったのは長い歴史の中で初めてのことでした。バーモー(1937年のミヤンマー最初の首相)は1968年エール大学出版の自叙伝「ビルマの躍進」(Breakthrough in Burma)には、「人々は感激し、小さな子供でも戦争ごっこをするときに、日本になりたがったのだ。これがアジア人の民族自覚のスターティングポイントだ」と書いています。

日本の「アジアのためのアジア」のスローガンは純然たる理想主義と、それほど純粋ではない経済的又は政治的利益とのどっちともつかない状態で終わってしまいましが、この時代は 多くのアジア人が日本に来て勉強したり、日本に亡命したりしました。(中国の孫文、蒋介石、台湾の李登輝など)

日本の国際的地位が白人世界の中で増し、WWU当初の東南アジアにおける勝利が植民地勢力を追放したことは、インドを含むこの地域全体に深い心理的影響を与えました。

しかし東南アジアにいる中国人は白人社会の一翼をにない、経済を握っていたので、特にシンガポールでは大きな損失をこうむりました。

日本は積極的に特定の独立運動を支援しました。日本はインドネシア人を訓練し、PETA軍を作りました。彼らは日本敗戦後、宗主国オランダに対し、独立戦争を起こしました。インドネシア人が日本軍より武器を盗んだ時に、日本軍兵士は見て見ぬ振りをしました。インドネシアに残った日本人義勇兵は彼らと一緒に戦い、約2000名が死亡しました。

私は貴方に推薦する英語のサイトや英語の適当な本を知りませんが、上に述べたことは日本語で読んだ別の出所からの情報を集めたものです。

西洋人の視点より書かれた貴方が興味を持たれる二つの意見があります。

  • 1932―42年のアメリカ大使ジョセフ・グルーの「日本の十年」(Ten Years in Japan)1944年 Hammond, Hammond & Co.Ltd, London 出版
  • フランスの日本大使ポール・クローデルの「1921―27 東京における外交文 書」(Correspondance Diplomatique Tokyo 1921-1927) 1995年 EditionsGallimard, Paris 出版)

最近、李登輝 が「台湾の主張」(http://www.php.co.jp/) で、いかに彼が日本の習慣に影響されて成長したかを書いています。

同じように有名な韓国人評論家 O Sonfa は「朝鮮併合への道」で朝鮮現代史を書き、朝鮮が日本併合を許した朝鮮国内要因について書いています。英語版があるかどうかは知りません。

先ほど触れたバーモーの本にはウ・ヌー やアウン・サン(ノーベル賞受賞者の父親)のような色々なビルマ人やそのグループの人が独立運動に参加していった経過や日本観が書かれています。

経済、教育への影響は会員の杉本幹夫が書いた論文の一部を添付します。英語の間違いがあるかもしれないが、興味ある情報を見つけられるでしょう。

論文の成功を祈ります。

会員 野口ひかる

4.このサイトに感謝します
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このような情報源はありがたい。アメリカ人として、偏見のない日本現代史に関する英語の情報を見つけるのは困難なのです。私はチャンの本を読みましたが、私の持っているわずかな知識でも、彼女の作品は中国大衆の劣等感によって焚きつけられた、古い憎しみや偏見を再生した嘘の集積であると思っています。

日本のもっと価値ある本が知られることもなく、出版もされないで、彼女のようなタブロイド新聞の煽動家が英語で出版出来ることは恐ろしいことです。このサイトに感謝します。

H.D(米海兵隊)
■回答

励ましとご援助に感謝します。

ご指摘のように偏見に満ちた、限られた現代日本史の英語情報を心配し、私たちは知られていない情報を提供し続けようと努力しております。どのような歴史問題でも、あらゆる参加者からの情報を知ることは、健全な判断や、間違った煽動や推測を正すために極めて大切なことです。

会員 野口ひかる