1.ご意見箱 2000年8月分 「バングラディシュの国旗の国旗と日の丸」 に関連して
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標記の件ですが、小学館発行「サピオ1995年7月26日号」に在日フランス人のアンドレ・キャラビ氏が「新東洋事始 第11回バングラデシュの巻」の冒頭で同国国旗に触れています。

緑地の説明は無いものの、赤い丸に関し、「太陽ではなく、国の独立のために流された尊い血を表している。」と指摘しています。

1947年8月、英国からヒンズー教徒主体のインドと、イスラム教徒主体の(東西)パキスタンが独立しました。英国植民地下での圧制、英領インド帝国内でのヒンズー教徒による差別からの解放も束の間、単に宗教が同一との理由から、パキスタンは東西分離した単一国家として出発し、西が政治・経済の実権を握り、東は西の支配下に置かれます。

言語は西パキスタンのウルドゥー語に対し、東パキスタンはベンガル語。食文化も異なります。東パキスタンは独立後も二重、三重の困難を受けます。独立とは言え、実質的には英国の統治権放棄から生じた悲劇です。同一宗教の人間からの差別は異教徒のそれよりも耐え難く、1952年、パキスタン政府がウルドゥー語を国家言語に決定した事に反発し、ダッカで暴動が発生。この時12人の学生を軍が殺害。

これを契機に暴動は全土に拡大。ベンガル語が独立運動語に。パキスタン軍はナパーム 弾までも使用し、町や村を焼き払う。1971年3月26日、解放軍リーダー、ムジブル・ ラーマンが独立を宣言。同年12月には隣国インドが国境を越えてダッカに入り、解放軍を支援。12月16日、パキスタン軍は両軍の前に降伏。バングラデシュ人民共和国の誕生です。

バングラデシュの方々が一般的に親日的との事から、私は「灼熱の太陽」「日本への憧れ」等の説を否定しません。同時にバングラデシュ建国への苦難を知る意味で、上記指摘を知っていても良いと考えます。

非会員 一杉 信夫 

■回答

貴重な情報ありがとうございました。

国旗にはいろいろな意味がありますし、国民感情も又いろいろだと思っています。
今後ともご声援よろしくお願いします。

理事 杉本幹夫

2.日韓の歴史認識について

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こんにちは、はじめまして、突然のメールをお出ししまして申し訳ありません。
私は東京都内に住む42歳の会社経営者ですが、失礼ながら、日韓の歴史について、初めて質問させて戴きたくメールを出させていただきました。

私は、日本のみに責任があり、自国には全く責任が無いとするような韓国の歴史認識には非常に抵抗感を持っており、いろいろと勉強するうちに、なんとも思っていなかった韓国をだんだんと「嫌悪」するようになり、今では完全な「嫌韓」となってしまいました。

インターネット上のあるページ(http://hp.vector.co.jp/authors/VA013417/paco21/qa.htm)に、元在日の先生から授業を受けたせいなのでしょうか、いわゆる「韓国の歴史観」で書かれた意見が掲載されていました。

Q&Aスタイルで書かれている下記の質問の答えは全て「NO」だそうです。

伊藤博文が暗殺されたから、日本は仕方なく韓国を併合したのでしょうか?
韓国側にも当時、併合に賛成する人々がいたというのは本当ですか?
韓国併合は合法的であり、世界各国も承認したというのは本当ですか?
太平洋戦争(大東亜戦争)はアジアの解放と日本の自衛のためだったのでしょうか?

私としては、この意見には賛成できかねますし、上記の意見には、それを主張するだけの根拠が無いようにも思えます。大変不躾ではございますが、上記の件に関しましてご意見等頂ければ幸いなのですが、如何でしょうか?宜しくお願いいたします。

■回答

メール有り難うございました。私の意見を述べさせて頂きます。
 
1.伊藤博文が暗殺されたから、日本は仕方なく韓国を併合したのでしょうか?

  伊藤博文が暗殺される前に、近い将来の併合は決まっていました。
  併合については伊藤と当時の統監曽祢荒助(日露戦争時の大蔵大臣)は反対でした。理由はお金がかかるからでした。
  それに対し、山県有朋、寺内正毅陸軍大臣等は積極的に併合すべきだという意見でした。

  ハーグの国際会議への国王の密使事件により、日韓3次協約が成立し、韓国軍が解散されました。それと共に猛烈な反日運動が起きました。
  これに対する対策をいろいろやっている内に、伊藤も併合やむなしとの方向に変わりました。日本の方針として近い将来の併合に決まったのは、  伊藤が暗殺される1−2ヶ月前の事です。

  しかし曽祢はあくまで併合に反対でした。所が曽祢は1910年初め胃ガンで倒れました。
  曽祢の復帰不能が明確になった時点で、曽祢は解任され、寺内が第3代統監に任命され、韓国併合が決まったのです。

2.韓国側にも当時、併合に賛成する人々がいたというのは本当ですか?

  多勢いました。その筆頭は当時の首相・李完用でした。彼は反日派の群衆に2回も自宅を焼かれながら、日本の力により、韓国を近代化しなけれ ばならないとの信念で当時の韓国政府をリードしました。

 又当時の最大の政治勢力は一進会でした。ピーク時会員数100万人と称しています。彼らは日露戦争時、命を懸けて日本に協力しました。
 しかし曽祢統監としっくりいかず、併合時はかなり減少していましたが、20万近い勢力がいたと思います。1909年末彼らの提出した、合邦につい  ての請願書が併合に大きく寄与したと思います。
 
3.韓国併合は合法的であり、世界各国も承認したというのは本当ですか?

  本当です。日本は日露戦争に勝つと共に世界各国に根回しをして、一連の韓国との交渉について了解をとっています。
  だから1907年国王がハーグ李国際会議に密使を出し、日本の不当を訴えようとしましたが、どの国からも相手にされませんでした。

4.太平洋戦争(大東亜戦争)はアジアの解放と日本の自衛のためだったのでしょうか?

 実質は自衛のためだと思います。ABCD包囲網による石油の輸入不能が、日本の戦争突入の最大の理由でした。
 しかしスローガンとしては自衛のためだけでは弱いので、アジアの解放を付け足したと思います。

 しかしアジアの解放は明治の開国以来、多くの人の悲願でした。
 その事は、孫文に対する援助、第一次大戦後のパリ講和会議での人種差別の撤廃提案、満州国での五族協和、八紘一宇のスローガン等に現   れています。

理事 杉本幹夫
3.朝鮮における政治犯の処刑
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日韓併合中、七万人もの政治犯が投獄され、数百人が刑死されたと言うのは、 本当なのでしょうか?

私は、誰かの本で朝鮮・台湾共に、処刑された独立運動家はいないと 聞きましたが?

非会員 現代国学者

■回答

何人投獄され、何人刑死したかは私には分かりません。
ただはっきりしたことは、三・一独立運動で死刑になった人はいないと言うことです。

どの法律を適用すべきかで、下級審と上級審を行ったり来たりで、一年半かかって出された判決は最高たった三年の懲役でした。

しかし斉藤総督に爆弾を投げ、何人もの人を殺傷した犯人は絞首刑になっていますので、「処刑された独立運動家はいない」と言うのは間違いです。

しかし三・一独立運動で、一人も処刑されていないと言うことは、「数百人も刑死している」というのも間違いではないでしょうか。

理事  杉本幹夫

4.日帝時代の朝鮮での基督教迫害について

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とても興味深くホームページを拝見させてもらっています。とくに南京についての考察はまさに、目から鱗です。

ところで、日帝時代の朝鮮での独立運動と基督教に対する日本の対応はどうだったのでしょうか?

ひどい拷問を受けたということしか知らないのですが、当時志願兵が時に60倍の倍率で集まったという話とどうも相容れなくて... 自由主義史観
研究会のかたがたの見解を教えていただければ幸いです。

■回答

メール有り難うございました。

まずあなたは独立運動家とキリスト教とを同じように扱われていますが、この両者は全く違います。

日本は神ノ国であり、色々な神に対し、敬虔で寛容な国です。 従いましてキリスト教徒であるだけでは全く罪にも迫害の対象になりません。キリスト教徒の内、独立運動家や共産主義者と見られた人が、治安維持法違反の容疑をかけられ、迫害されたのです。

日本は併合当初、出版、集会の自由を厳しく制限しました。この事にアメリカ系のキリスト教会は強く反発し、ウイルソンの民族自決の推奨に踊らされ、3・1独立運動の中心になりました。その事実から、彼らの反日思潮には強い警戒心がありました。

又貧者救済の見地から社会主義者になる人も多数いました。その人たちも賀川豊彦のレベルに止まっておれば、何ら問題になりませんが、共産主 義者と見なされれば、当然治安維持法の取り締まり対象になります。

独立運動家、共産主義者は治安維持法違反で厳しく取り締まられました。

しかし3.1独立運動の首謀者の刑の中で最も重い刑を言い渡された人で、懲役3年でした。

ひどい拷問と言われますが、日本の拷問は平手で殴るか、食事を1−2食与えない程度であり、李朝朝鮮時代の拷問の厳しさとは比較にならないものでした。朝鮮の拷問の厳しさはhttp:www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/の「4人の外国人の見た併合時の朝鮮」を見てください。

志願兵の募集が始まった頃は金錫源中佐(少佐?)が日本兵を率い、北支戦線で大活躍していた時代です。

又宇垣総督の施政よろしきをえて、朝鮮の産業革命と言われる大発展期でした。3.1事件時のリーダーも日鮮一体を叫んでいました。
朝鮮人も日本人と一緒に盛り上がっていたのです。

理事 杉本幹夫

■投稿 2

キリスト教徒と独立運動家の関係については良く分かりました。それでは偶像崇拝を禁じている教理から神社参拝を拒否する牧師は少なくなかったと聞きますが、その人に対する日本側の対応はどんなだったでしょうか?

次に気になるのは拷問の内容です。治安維持法違反に対する厳しい取調べが平手打ちと、食事抜きではあまりにも甘くないですか?"飛行機"や、"水をたくさん飲ませた上で腹を蹴る"という拷問があったと聞いたとこがありますが。3.1独立運動の劉寛順は獄死していますね。

資料に基づいた質問ではないので素人のたわごとかもしれませんが

■回答 2

一神教信者の神社参拝については私も確認したわけではありませんが、日本国内と同じだったと思っています。

神社参拝は法律で義務づけられているわけではありません。従って法律的な罰則はありません。問題は学校とか、何らかの団体が、例えば安全祈願等で一斉参拝するといった行事です。

その時行かない人に対する制裁の問題になると思いますが、戦勝祈願に参加しなかった人に対する非難は厳しかったであろう事は十分想像できます。

拷問の問題については、李氏朝鮮時代の拷問のひどさは私のHP(歴史論争最前線からリンクしています)の中の、4人の外国人が見た当時の朝鮮を見てください。この厳しい拷問を止めさせたのは日本です。併合の直前の法律制定で、拷問をした取調官は懲役3年以下の有罪に処せられることになっていました。

しかし当時は科学的な捜査が未発達だったので、自白が何より重視されました。そこで拷問の定義すれすれの取り調べ方を開発したりしたのではないでしょうか。現実にはかなりの拷問があったように思います。しかしそのような罰則の中での拷問ですから、李朝時代よりかなり改善されたと思います。

理事 杉本幹夫

■投稿 3

HP見ました。李氏朝鮮時代の拷問ですが、確かにひどかったようですね。取調べ中に死んでしまうことも多かったようで。その拷問は、確かに日本によってなくなったのだろうと思います。

ところで拷問の定義とはなんでしょうか?gooの国語辞典には"自白を強要するため、肉体的苦痛を与えること。"とありますが。たとえば"痛めつけられて家族が上げる悲鳴を別室で聞かされる"、"身動きできない狭いところに押し込められたまま放置される"のは、拷問ではない?

日本が江戸時代キリスト教徒迫害の際に行ったと伝えられているものと似ているのが気になります。

■回答 3

拷問の定義は人によって違うと思います。

法律で、「拷問をした取調官が懲役3年以下の有罪に処せられる」といった場合、その下の施行令や内規、通達等である程度定められていると思います。自白が何よりの証拠であった当時、裁判になっても有罪にならないぎりぎりの厳しい取り調べがあったと思います。そしてその内規は人権が重視されるようになると共に、次第に取調官に対して厳しくなっていったと想像しています。

理事 杉本幹夫

■投稿 4

<<拷問の定義は人によって違うと思います。>>
なるほど。

<<法律で、「拷問をした取調官が懲役3年以下の有罪に処せられる」といった場合、その下の施行令や内規、通達等である程度定められていると思います。>>

そうですか。その施行令や内規、通達等が入手できればいいのでしょうが難しいでしょうね。

<<自白が何よりの証拠であった当時、裁判になっても有罪にならないぎりぎりの厳しい取り調べがあったと思います。>>
"日本の拷問は平手で殴るか、食事を1−2食与えない程度"からここまで譲歩して頂いて感謝します。そのぎりぎりがどのくらいかは各自想像するしかないですね。

<<そしてその内規は人権が重視されるようになると共に、次第に取調官に対して厳しくなっていったと想像しています。>>
日本人として、私も事実がそうであったことを期待しようと思います。

私は実は今韓国に住んでいるのですが、天安市の独立記念館と西大門独立記念館を訪れて、拷問の展示が何に基づいて作られたのか聞けたらと思います。多分決定的証拠とならない証言でしかないと思いますが...そのときはまた報告します。

5.最近の歴史教科諸問題についての所感

■投稿 1

私は以前、日教組による自虐的平和教育を憂いた者です。共産主義者の世界共産主義革命の一環として、日本の国力弱体化のため愛国心を奪い自己中心的唯物思想を子供たちに植え付けていった結果、古きよき時代には考えられなかったような凶悪な事件を、若者が犯すようになったと思っています。

日本の教育には徳育が欠けているのです。このように保守的な考えを持つ私ですが、教科書の記述に関して中国、韓国から色々言われるのはしょうがないと言う考えをもっています。

私の祖父は第二次世界大戦を中国で戦った経歴を持っています。その祖父から中国人を虐待、虐殺した事を聞いています。中国での虐殺は事実存在します。このことはきちんと記述してわれわれ日本人は反省をする必要があるということ、悪い事をしたのだと言う事を子孫に教育する必要があります。さらに大戦に突入してゆく過程において軍部独走による全体主義は、繰り返してはいけない悪であると言う事も同様です。

ただしこれで終わっては真の歴史教育にはならないのです。当時の軍部の中でどのような考えでそのようになったのか。すなわち軍のエリートたちが当時の日本を取り巻く背景、国内事情などを分析して出した結論なので、ただやみくもに他国を侵略したいとか外国人を殺してみたいとか戦争を通じで私腹を肥やしたいとか、そういう低次元の理由ではないもっと深刻な理由があるはずなのですから、それはきちんと説明して教育しなければ、私の祖父もただの野蛮人になってしまいます。当時の日本人としてはこれしか生きる道がない、または色々な選択肢の中から一番日本のために良いと思って進んだ道であるということは教える必要があります。日本のため、両親のため、妻子供のために亡くなっていった英霊に対する尊敬と現在の日本の礎になられた事に対する感謝の念を今後幾千年後の日本人全ての人が持ち得るようにするのは今を生きる我々の義務であると思います。


ただし繰り返すようですが、これが日本のしたことの正当化や言い訳にしてはいけないのです。過去に犯した過ちは、真摯に反省し謝罪するのが当然であり、中国、韓国のしている事は内政干渉ではないと思います。当然の事です。

このことにより私たちの先祖や英霊、また天皇陛下の尊厳を汚すことにはなりません。大事な事は当時誤った判断を事を二度と繰り返さないようにする事なのです。そう考えると直ちにするべきことは日本に情報機関を設立する事です。CIAやKGBのような機関です。一般には知りえない重要な情報を正確に把握しなければ正しい結論は出ません。日本もスパイを早く飛ばしてちゃんとしないといつまでたってもお金はあるけど、たかられる弱い日本のままです。相手の弱みをつかんでおかなければ外交もへったくれもないでしょう。日本も金儲けだけを考えるのではなく、国としての力(情報、軍事、
外交など)をつけなければなりません。アメリカがそれを許さないのは、日本がそう いう力を持てばまた侵略的全体主義国家になる可能性があると疑っているからでしょう?まあ、今の政治の現状を見れば仕方のないことかもしれませんね。

話がそれましたが、今は亡き祖父を私は尊敬しています。なぜなら悪い事は悪いから私には絶対するなと言ってくれましたし、今から考えれば悪い事をしたと思っているが当時は愛国心を持って一心不乱であったとも言いました。ですから私は日教組の教育を受けても日の丸、君が代、天皇陛下や英霊への尊敬の念、愛国心については絶対に忘れませんでした。なぜならば日本人としては当然だからです。

■回答

貴重なご意見有り難うございました。

しかし私の意見は貴兄とは全く異なります。韓国と中国に分けて述べさせていただきます。まず私は韓国・朝鮮問題について述べます。

まず韓国の教科書の不当なことです。

1.土地問題で「土地調査事業によって不当に奪い取られた土地は全国農地の約40%にもなった」と書いてある。所が土地調査の終わったわずか4年後の1922年日本人保有農地はわずか6%にすぎません。その中には細川侯爵家のように、正当に買収した農地も沢山あります。おかしいと思われませんか。

2.韓国では日本の治世は何一つ良いことがなかったと非難しています。それならなぜ今日の発展があるのでしょうか。

3.併合前の朝鮮の状況について書いた外国人の旅行記などを読むと、当時の朝鮮がいかにひどい国であったか、分かります。所がこの事実について教科書では全く触れられていません。このような教科書で教えられた子供が、日本に対し、正しい認識を持つはずがありません。

私は異民族支配は必ずしも悪だとは思っていません。
例えば戦後日本はアメリカに支配されました。悪いこともありましたが、良いこともありました。文化大革命時の悲惨な中国国民は、イギリスに支配された香港市民より幸せだったでしょうか。私はまず「日本に支配されたから不幸だった」というフィルターを外して、日本の統治を評価して貰いたいと思います。

そのように冷静に考えると「日本は朝鮮国民を李朝朝鮮の圧政から解放し、今日の発展の基礎を築いたものである」と思います。

従って韓国には全く謝る必要がなく、日本の教科書に干渉する権利はないと思っています。

上記の意見、事実の詳細ば小生のHP「日韓関係の近現代史」 <http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/>を参照してください。

次は中国です。戦争というものはお互いの言い分の食い違いによって発生するものです。どちらかが一方的に悪いと言うことはありません。

中国の悪かったことは約束を守らないことでした。トラブルが発生し、外交交渉で解決してもその約束は全く守られません。そこで軍が干渉することになります。その事が民衆を怒らせる事になります。政府は反日教科書を作り、反日侮日を煽りたてます。この繰り返しが次第に戦争に追い込んだのです。

あなたは日本人が中国人を虐待、虐殺した事を述べられています。しかし中国人による日本人の虐殺をどのように思われますか。

支那事変の発端は蘆溝橋事件ではありません。これだけで済めばあんなに戦線は拡大しなかったでしょう。戦線か拡大した原因は通州で日本人が多数虐殺された事件と、上海で日本人が殺害された事件です。

特に通州での虐殺事件のすさまじさは日本人を怒らせました。戦争での虐殺事件の多くはゲリラ問題です。昼は良民、夜になると破壊活動をする、 このような場合貴方ならどうしますか。十分な戦力、時間があれば対処の仕方もあるでしょう。色々な制限のある戦場で、いつゲリラに狙撃されるか分からないとなれば、行き過ぎがでることは止むを得なかった面もあるのではないでしょうか。又戦場は殺し合いの場所です。多少の行き過ぎがあったであろう事は否定しません。

日本は今日でも世界で最も犯罪の発生率の少ない国です。義和団事件の時も日本の軍律の厳しさは世界一でした。それは日本の教育の成果です。その日本が、支那事変、大東亜戦争の時だけ、犯罪率が他国より際だって高かったとは思えません。

もう終わりましたが、最近産経新聞に「日中再見」(?)と題した連載が載ってました。これを読みますと中国教科書の偏見と歪曲はひどいものです。
私はそのような事実について、又教科書の記述について、双方の学者が議論しあうのが最も良いと思います。しかし学問の自由があるのは日本だけです。中国では日本への留学生は、2本論文を書かなければならないと言われます。1本は発表用、今ひとつは隠しておき、学問の自由が確立されたときに発表するものです。韓国はそれほどではありませんが、マスコミのあの状況では、自由な意見を発表するのは、身の危険を感じるのではないでしょうか。

又日本の歴史界は長らくマルクス史観に凝り固まっていました。共産主義が崩壊した今日でも、今までの主張を覆すことは、学者として失格したことになります。彼らは日本悪者論を唱え、現在でも学会では主流です。このような状況では学者同士が、真に事実の追求をし、歴史観の一致は到底無理です。しかしお互いに「そのような見方があるな」と認識しあえる状況に持っていく努力をしなければならないと思います。

その他貴兄のメールの中に何点かコメントを入れましたので併せてご覧下さい。

投稿:さらに大戦に突入してゆく過程において軍部独走による全体主義は、繰り返してはいけない悪であると言う事も同様です。

杉本:軍部独走と言われますが、軍部を引っ張ったのはマスコミだと言うことも忘れないでください。

投稿:ただしこれで終わっては真の歴史教育にはならないのです。当時の軍部の中でどのような考えでそのようになったのか。すなわち軍のエリートたちが当時の日本を取り巻く背景、国内事情などを分析して出した結論なので、ただやみくもに他国を侵略したいとか外国人を殺してみたいとか戦争を通じで私腹を肥やしたいとか、そういう低次元の理由ではないもっと深刻な理由があるはずなのですから、それはきちんと説明して教育しなければ、私の祖父もただの野蛮人になってしまいます。当時の日本人としてはこれしか生きる道がない、または色々な選択肢の中から一番日本のために良いと思って進んだ道であるということは教える必要があります。日本のため、両親のため、妻子供のために亡くなっていった英霊に対する尊敬と現在の日本の礎になられた事に対する感謝の念を今後幾千年後の日本人全ての人が持ち得るようにするのは今を生きる我々の義務であると思います。

杉本:全く同感です。

謝罪、内政干渉問題については、謝罪が当然との意見には承伏しかねます。又単に要望の程度であれば、内政干渉になりませんが、本国で日本大使を呼んで申入れ、東京で大使が外務省に強硬に申し入れる、これは内政干渉と思います。まして駐日大使を召還するとは内政干渉以外の何者でもないと思います。

CIAのような組織が必要であるとのご意見に対しては、情報の収集、把握が重要だとの意見同感です。「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」です。しかしその為にCIAのような組織が必要かどうかについては何とも言えません。今の組織でもかなりのことが出来るはずです。

投稿:日の丸、君が代、天皇陛下や英霊への尊敬の念、愛国心については絶対に忘れませんでした。なぜならば日本人としては当然だからです。

杉本: その気持ちを今後とも持ち続けられる事を祈ります。

■投稿 2

ご返事ありがとうございました。

私は韓国や中国の教科書でどのように教えられているかは知りませんでした。貴団体のHPを今後もっと詳しく拝見させていただき勉強したいと思います。また、基本的には教科書の方向性は賛同しております。今後の活動、頑張ってください。

6.日本の犯した罪を他国のせいにするのは馬鹿げた事だ(原文 英語)

■投稿 1

あなたのサイトは非常に有益だと思っています、しかしなぜ、略奪をした朝鮮や他の国に日本は負い目がないと言えるのですか?

南京大虐殺は、日本人、朝鮮人、中国人、故郷のフィラデルフィア人やここ沖縄にいる人々と話し合って、信じられないことはない事実だと思っています。このような考えはあなたの国にとって不利であり、私の国にも不利となります。

日本が犯した罪を、韓国やその他の国のせいと考えるのは無知で馬鹿げた事です。(お金を渡したとは思いません)従ってこのような犯罪は起こらないと世界に言うことはやめます!

あなた方は自分の過去の誤りをより強く自覚しなければならない。そうすれば決して過ちを繰り返すことはないでしょう。

あなたのサイトで楽しませてもらい、私の考えもまとめることができた。あなたたちが話している事全てに同意しないが、愚者の集まりだとは思っていません。

■回答

戦争の原因は片方が問題なく、もう片方が一方的に悪いと言う様な事はありえません。両側に言い分は沢山あります。

戦後日本の歴史観には、勝者の論理と勝者に媚を売る自虐的歴史家の論理によって決っていました。

日本と中国の歴史は中国政府によって特に捏造されていたのです。最悪の事例は南京事件です。"ABC of Modern Japanese History"を開いていただいて「アイリス・チャンの南京大虐殺の間違い」を読んでください。アイリス・チャンの「南京大虐殺」にはいかに多くの過ちがあるかご理解いただけると思います。

さらに、「南京で何が起きたか 神話への反論」(英語判)田中正明 世界出版社1400円 送料400円 東京都港区西新橋2-13-14 新佐久間ビル 3F を購読されることをお勧めします。

次は韓国問題です。日本統治以前の朝鮮は政府の圧政により、ひどい状態でした。日本が政府の圧政から救ったのです。このことに関しては有名な旅行家イザベル・バード(ビショップ夫人)の「朝鮮旅行」を読まれることを勧めます。

さらに私のHP"Controversies over the History of Japan-Korea Relations"に、日韓論争について書いております。 "ABC of Modern Japanese History"からリンクしています。

理事 杉本幹夫