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■投稿
私の祖母は震災当時東京にいた。
彼女は鹿児島の鹿屋市の出身でばりばりのかごんま弁しか喋れない。
私自身は鹿児島弁は殆ど喋れないが、ヒアリングなら何とかなるので意志の疎通に不便はなかった。
ここで問題なのだが、祖母の言語は都民には全く分からなかったため周辺には朝鮮人と認識されていたらしい。
故に朝鮮地方民へのリンチの対象となったらしい。
だが、周辺の住民の理解もあり、軍の協力によって付近の朝鮮地方民と一緒に軍の輸送船に優先的に乗船し東京を脱出できたそうである。
祖母はその際に輸送船の船員達に大変助けられたと感謝していた。
ところが、私が中学の歴史の授業を受けるようになって奇妙なことを教わることになる。
強制的に東京につれてこられた朝鮮人が、震災当時政府と軍の扇動によってリンチを受けたと言うのである。
奇妙と言えば奇妙な話である。
朝鮮地方民が強制的に本土につれてこられたのは戦時中のことではなかったか?この震災は大正である。
軍の扇動なら、なぜ優先的に朝鮮地方民を東京から脱出させたのだろう。
群衆に警官が混じっていたそうだが、これはむしろ指揮系統が一本化されておらず無秩序化していたと見るべきではないのか?
授業が終わった後、先生に聞いてみたのだが要領の得られた説明は聞けなかった。
当時の私は歴史に興味を持った学生ではなくこの疑問にさしたる関心を持っていなかった。
だが、大学に行って更に奇妙な事実を知る。
震災当時、内閣は総辞職から再編への状態であり民衆の救済が遅れたという話を聞いたのだ。
これは、政府の愚策を非難する話だったのだが、奇妙ではないか。陰謀を企てるにはそもそも組織が一本化していないとできないことだ。この話を講義した講師にも先の質問も一緒にしてみたのだが、やはり要領の得られた説明は聞けなかった。
自分で調べてみようとしたのだが、そもそもこの政府・軍陰謀説というのはどこから始まった話なのか、どういう根拠があるのかどう調べても解らなかった。
最近になって、「逆説の日本史」という史書を読み日本人にある軍への差別感という考え方を知り一つの結論を得る。
新聞などのマスメディアが不必要に民衆をあおった結果、あのリンチ事件は起こった。
マスコミは自分達の責任を回避するため軍と政府に責任を押し付けた。
はたして、この解釈で正しいのかどうか私には分からない。
政府・軍陰謀説に確かな証拠や根拠があれば私は間違っていることになる。
お聞きしたいのだが、政府・軍陰謀説に確かな証拠や根拠というのは有るのだろうか?
■回答
メール有り難うございました。
この件は名越二荒之助「日韓2000年の真実」に詳しく書いてありますので参照してください。
ご指摘の通り、当時の朝鮮人は仕事を求めて自由意志で来た人たちです。
当時は5年前に米騒動、4年前に朝鮮の3.1独立運動があり、労働運動が激化していた時代です。
政府は戒厳令を発令しました。当時の内務大臣水野錬太郎、警視総監赤池濃は、3.1独立運動後の事後処理で、朝鮮総督府の政務総監、警務局長として苦労された人です。彼らの頭に朝鮮人に対する警戒心が浮かばなかったとは思えません。そして一般大衆も又、平生の虐げられた朝鮮人を見ているだけに、3.1独立運動の思い出が頭に浮かんだのではないでしょうか。
しかしこの戒厳令が朝鮮人だけを目標にしたものだと言う話は聞いたことはありません。
当時はまだラジオもありませんし、あの混乱の中どの程度新聞が読まれたか私は疑問に感じます。流言飛語の伝わる早さは想像以上のものがあるようです。特に戒厳令がひかれた後、身の危険に関する、悪いデマほど急速に広まったのではないでしょうか。電話線もずたずたに切断されていたでしょうし、軍も警察も連絡は伝令に頼るだけでしょう。従って軍も警官も民衆も人の噂しか情報源がなかったと見るべきではないでしょうか。警察も軍も朝鮮人に対する対応はさまざまだったようです。
当時海軍は全国から救援物資を積み込み東京湾に急行しました。その数90隻に及んだそうです。貴方のおばあさんもこの海軍に助けられたのですね。
理事 杉本幹夫
■2回目投稿
回答を有り難うございました。
で更に疑問なのですが、この事件に政府と軍が関与したという噂話はいったい、いつ・どこから始まった話なのでしょう。
戦前から有った話なのでしょうか。
それとも戦後に捏造された話なのでしょうか。
新聞から始まったのでしょうか。
それとも誰かの本から始まったのでしょうか。
面倒でしょうが、分かる範囲で結構ですから回答願います。
■回答
すみませんが、いつ・どこから始まった話か私には分かりません。
又多忙ですので調べる暇はありませんが、何か分かりましたら連絡します。
尚6月10日付昭和史研究所会報に2頁の記事が載っていましたので参考にして下さい。
貴方のおばあさんのように地方から出てきて朝鮮人に間違われた話も載っています。
理事 杉本幹夫
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