1.戦犯の赦免について

■投稿

総理の靖國神社参拝問題に関して、お尋ねしたいことがあります。

A級戦犯の合祀問題についてなんですが、日本政府は昭和28年10月までに全戦犯の赦免を旧連合国に対して勧告し、最終的に昭和33年に拘禁中の戦犯が全員釈放されていると聞きますがこれは国内的には当然の事ながら、サンフランシスコ平和条約の手続きに従って、「国際的にも」戦犯はハッキリと名誉を回復しているとみてよろしいのでしょうか?

お忙しいこととは思いますが、御返信いただければ幸いです。

■回答 1

サンフランシスコ条約11条は戦犯に対する判決を認めた条項です。
従って彼らの釈放は日本だけ、或いはアメリカだけの判断で出来ることではありません。

彼らの釈放はサンフランシスコ条約に調印した国の大多数の了解をとって、その代表国から日本に通知されたものだと思います。

名誉が回復されたかどうかについては、刑の執行が終わらなくても、改悛の情が顕著であるとか、大赦、特赦で釈放された人をどのように見るかという問題と同じだと思います。

尚、「A級戦犯の合祀問題についてなんですが、日本政府は昭和28年10月までに全戦犯の赦免を旧連合国に対して勧告し」と言う文面は抵抗があります。やはり「全戦犯の釈放を嘆願」したのではないでしょうか。

理事  杉本幹夫

■投稿 2

「釈放を請願」ってことですか。

板垣正氏の著書に、昭和27年の日弁連の『戦犯の赦免勧告にかんする意見書などが紹介されていたので・・・・・・・・・・・・・。

やはり「釈放請願」のほうがしっくりくるのでしょうか。

■回答 2

確かに板垣さんの本には勧告となっていますね。

しかし国会決議では「釈放要請」になっています。立場から考え、要請と言うよりも請願に近いと思いますが、原文特に英語の原文を見ていませんのでどのような文面になったかは私も知りません。

この板垣さんの本を見ると、BC級戦犯の釈放は国によって時期が違うようですね。これはBC級は現地における戦争犯罪であり、その裁判所を構成した国だけの判断で釈放できたからだと思います。

A級については常識的に考え、1国だけの判断では釈放できるわけがありません。 それだから時間がかかったものと思います。

但し、上記はすべて私の常識的な判断であり、文書で確認したものではありません。

理事  杉本幹夫


2.新しい歴史教科書を読んで

■投稿 1

「新しい歴史教科書」を読みましたが昭和史の部分で幾つか疑問を感じました。

P275で「日本政府はアメリカにハル・ノートを突きつけられて開戦を決意した」とありますが、それは形式上で実質上日本は,ハル・ノート受領前に戦争に踏み切ってい たではないですか。交渉妥結の場合は反転帰還ということながら、海軍機動部隊は千島からハワイに移動中だったし、陸軍南方軍もマレーフィリピンに結集中でした。また、奇襲開戦(国際法違反)についても記述がありません。アメリカに対しては交渉打ち切り通告の1時間前に真珠湾攻撃をしたし、イギリスには通告なしでマレー半島に上陸しました。

P277ではアジアを欧米の支配から開放し「大東亜共栄圏を建設とありますが、日本が 欧米に代わって支配し共栄圏という名目の「アジア支配圏」建設ではなかったですか。

P280では「日本はビルマ、フィリピンを独立させ」とありますがそれは現地の為ではなく日本の軍略上の為だし、インドネシアでは民族運動を抑圧しています。

P288ではホロコーストの犠牲者数をだして、P295では何故南京事件の犠牲者数をださないのですか。南京市内で4万人、進撃途中で30万人というのが学会の通説のはずです。

P307では天皇が「自分の身がどうなってもポッダム宣言を受諾すべきである」と述べた、とありますが、ポッダム宣言は「天皇の地位の保証」を得たから受諾したのではないですか。

以上、ざっと見ただけでもこれだけ疑問個所があります。

■回答 1

メールを読んでまず感じたことは、「随分細かいことにこだわっておられるな」ということです。新しい歴史教科書」は一番書いてあることが多く、難しすぎると批判されている教科書です。議論の分かれる問題については、細かな議論を書く余裕はありません。

私は執筆には全く関係がありませんが、執筆者は何を書き、何を省くか大変苦労されただろうと推察します。

まず開戦に関する問題ですが、当時の情勢は極めて緊迫しており、和戦両方に対応することは何ら非難される事ではありません。如何にハワイへ進撃中であっても電報一つで呼び戻せることであり、ハワイへ進撃中だったからとしても、開戦を決断したことにはなりません。やはり決断はハルノート
を突きつけられ、その後の重臣会議その他の会議の結果です。

マレー半島への進撃は国際法違反だと私は思っています。しかしこの事はルーズベルトが、国民を戦争に駆り立てるためのPRに利用しただけであり、あの戦争自身の意義から考えると、小さなものだと考えています。

アジアの解放は第2次世界大戦の最大の意義だと思っています。第2次大戦がなかったら、インドネシア、インド、ビルマ等は独立できたでしょうか。独立できたとしても10年以上遅れたのではないでしょうか。

このアジア諸国の独立はアフリカ諸国の独立に繋がり、アメリカの黒人の参政権授与、民族差別の撤廃に繋がりました。私はこの事こそ第2次世界大戦の最大の意義だと思っています。

東南アジア諸国の独立に関する日本の関与、彼らの被害については、国により、時期により異なります。フィリピンは日本の占領前に独立が決まっていた國です。ビルマ、フィリピンを独立させたという記述は意見の分かれる所でしょう。日本がフィリピンに与えた程度の独立は既にアメリカから与えられていました。ビルマの独立も傀儡政権に過ぎないとの見方からすれば、独立と言えないでしょう。しかし形としては独立を与え、大東亜会議に國の元首として迎えたことも事実であり、間違いと断ずる事も出来ないと思います。

日本のインドネシア独立に対する貢献を否定しておられるようですが、インドネシア、ビルマの独立戦争に義勇兵として参戦した多くの日本兵をどのように思われますか。日本兵による軍事訓練、兵器の供与、更に日本兵の参加なしに独立戦争があれだけ早く勝てたでしょうか。

インドネシアで50年間歌い継がれてきた「祖国防衛義勇軍(PETA=ペタ)マーチ」の下記の歌詞をどのように思われますか。

“アジア、すでに敵に向かい、蜂起せり 己を捨てて全力を尽くす。
連合国を粉砕せんと 玉散ることもいとわず進め 進め 義勇軍 
アジアとインドネシアの英雄 清き東洋に幸あれ
古きアジア 不幸に苦しむ 烈しき圧制に 幾世紀も忍ぶ。
大日本 雄々しく立てり アジアを救い 我らを守る
進め 進め 義勇軍 アジアとインドネシアの英雄 清き東洋に幸あれ…”

戦争末期敗戦の色濃くなった頃色々な問題が生じたことは否定しません。
しかし大東亜戦争の歴史的意義として、色々な問題点があったにせよ、アジアの解放は否定できない問題であり、20世紀最大の事項10項目の一つに入る問題ではないでしょうか。

南京事件の被害者数については議論の分かれる問題であり、結論が出ていません。

それより貴方は中国の歴史教科書で通州の虐殺事件の記述がないことをどのように思われますか。蘆溝橋の事件が日中戦争勃発の端緒のように言われていますが、蘆溝橋事件等は外交交渉でまとまらなければならない程度の問題でしょう。収まりかけていた問題に火を付けた通州虐殺事件こそ最大のポイントだったのではないでしょうか。

又韓国の高校歴史教科書で「土地調査で農地の40%を略奪した」と書いてあることをどのように思われますか。土地調査の終わった直後の日本人の農地保有面積は6%に過ぎません。

このような韓国・中国の歴史教科書の間違いを正すことがなにより重要な事ではないでしょうか。

理事  杉本幹夫

■投稿 2

通州事件については,日本に原因があるじゃないですか。  中国第29軍と戦っていた関東軍が日本の傀儡のキトウ政権の保安隊兵舎を誤爆した為、怒った保安隊が反乱をおこしたのです。 謝罪と慰籍金で結着したが日本は、この事件を中国への敵意をかり立てる為に大々的に宣伝しました。  これでは日本が事件を自作自演したも同じではないですか。   それでも犠牲者のことをいうなら、関東軍731部隊の行為については、どうお考えですか。こちらは、通州事件の約15倍の犠牲者をだしています。

次に大東亜共栄圏についてですが、大本営政府連絡会議策定の「南方占領地行政実施要綱」を読むと「占領地に対しては国防資源取得と占領軍の現地自活の為、民生に及ぼさざるを得ざる重圧は之を忍ばしめ、宣撫上の要求は右目的に反せざる限度に止むるものとす」とあります。つまり、日本軍の占領目的は物資獲得であり、その結果生じる犠牲は占領地の民衆に転嫁するということです。

独立運動に対しては、「皇軍に対する信椅観念を助長せしむる如く指導し、其の独立運動は過早に誘発せしむることを避くるものとす」とあります。
つまり、独立運動の抑圧を規定しています。これでも大東亜共栄圏の目的が「東亜の開放」だったとといえますか?
                        

■回答 2


通州事件は誤爆で始まったにせよ、あの残虐さは普通ではありません。あれでは日本人が怒るのは当然です。このような事実をはっきり書く事から真実の追究が始まります。

731部隊については反日勢力の発表だけでは信用できません。又何人被害者がいたかも重要ですが、何故そのような事が行われたか、その成果がどのようなものだったか、を知る必要があります。アメリカの資料の公開が待たれます。

又731部隊でどのような事が行われていようと、支那事変の開戦とは関わりありません。なぜ蘆溝橋事件のような些細な事件が支那事変に発展したかが問題です。その解析には日本軍の増派、通州虐殺事件、上海事件の分析が不可欠です。 何故そのような事件が起きたか、そしてどうすれば防げたかを考え、再発を防ぐことこそ歴史に学ぶ最大の重要事項です。

大東亜共栄圏についての貴方の記述は事実でしょう。しかし大東亜戦争の結果東南アジア諸国が独立し、白人支配が崩れ、平等社会が実現した、そしてその東南アジアの独立に日本が貢献したという事実は、20世紀の世界史では共産党の崩壊と共に最も重要な出来事だったのです。

単に片方を非難するだけでなく、あらゆる事実を洗い出し、2度とあのような悲劇を繰り返さないことが重要だと思います。

理事  杉本幹夫