1.狂った日本

■投稿

私は、以前にも一度Eメールを差し上げた事があり、その時には非常にご丁寧なお返事をいただきました。どうもありがとうございました。

さて、このたび再びEメールを差し上げましたのは、こちら(イギリス)の高級紙「ザ・タイムズ」紙の日曜版「サンデータイムズ」紙(01年9月9日発行)の付録雑誌「サンデータイムズ・マガジン」に大きく掲載されていた日本に関する記事を海外メディアウオッチの皆様に、ぜひご一読いただければと思ったからです。

ザ・タイムズ紙はご存知の通り、英国の保守系紙として、歴史と伝統のある新聞ですが、同社の発行物とは思えないほど言葉遣いが下品であり、また記事そのものも、とても信頼のおけるエビデンスに基づいて書かれたものとは思えません。このようなスタイルの文章や記事が、かつては「高級紙」と呼ばれていた同紙の一部として掲載されたという事が残念でなりません。

同記事を全文添付いたしましたので、ぜひご一読いただければと思います。

念のため、原文は同社のウェブサイト:http://www.sunday-times.co.uk/ を開いていただき、画面左上の「サーチ」をクリックし、キーワードに「Japan」と入れていただきますと出てきます。2001年9月9日付けです。タイトルは「Mad in Japan」です。

まずは要用のみにて失礼いたします。

末筆ではありますが、今後も貴研究会のご活躍を応援しております。

2.日中戦争の本当の原因は?

■投稿 1

何度か投稿させて頂いておりますが、今回は盧溝橋事件に端を発したとされている日中戦争(シナ事変)の本当の原因について知りたくて投稿させていただきました。

@そもそも居留民保護と言う名目でよく軍隊が派遣されますが、一般の日本人が中国や朝鮮に住むようになったのはいつ頃からなのでしょうか。

A欧米列強が清を侵略し始めたのはアヘン戦争からだと認識しておりますが、どうも中国人の人は白人に支配されるより、日本人に支配される方がよっぽど我慢ならないといった雰囲気を中華思想からも感じます。それに戦後50年以上経っても、昔の宗主国だった欧米諸国は置いといて、未だに日本ばかりを非難し続けているのが理解できません。

欧米列強諸国よりそんなに憎まれるようなことを果たして日本はやったのでしょうか。だとしたらあの泥沼の日中戦争の本当の原因は何なのか、日清戦争まで遡らないといけないのか、あるいはもっと前の時代に原因があるのか教えていただきたいのです。

■回答 1

遅くなりましたが、私の知っている範囲でお答えします。

@日本人が朝鮮に住むようになったのは、1876年日朝修好条規(江華島条約)が締結され、貿易が始まってからです。しかし本格的に日本人が進出したのは日露戦争で勝ってからです。

清国については良く知りませんが、やはり日本が開国され、清国との貿易が始まった時だと思います。
本格的に進出した時期については知りません。軍隊が駐留するようになったのは、1901年義和団事件後の講和条約によるものです。

A「昔の宗主国」だった欧米諸国」と書いておられますが、中国全体としては欧米諸国の植民地になったことはありません。香港、マカオが最近まで、欧米の植民地でしたが、中国に支配されるより、現地の人は幸せだったのではないでしょうか。

山東半島、広州湾、威海衛にドイツ、フランス、イギリスの租借地が義和団事件の頃から、1922年のワシントン会議までありましたが、20年くらいの短期間だけです。世界的に民族運動が激しくなったのは、日露戦争で日本が勝ってからであり、第一次大戦でアメリカのウィルソン大統領が民族自決を打ち出して更に激しくなりました。

前述のように欧米諸国は新しく租借地にした所を、その時期に返還しています。所が日本は第一次大戦が始まってから、21箇条要求を出し、しかも大変強圧的な外交交渉を行い、中国国民をすっかり怒らせました。日本もワシントン会議でドイツから獲得した山東半島を返還しましたが、中国は大変不満でした。当時の中国は戦国時代で、中央政府の意向を地方政権は聞きません。更に全国的に排日侮日運動を煽り、テロ行為を続けました。日本が抗議しても「はい分かりました」と言うだけで、責任を転嫁して約束を実行しませんでした。怒った日本はすぐ武力に訴えますが、効き目のあるのはその時だけで、約束はちっとも実行されませんでした。

丁度現在のイスラエルとパレスチナとの関係と同じようなものです。私はそのように理解しています。

理事  杉本幹夫

3.新しい歴史教科書を読んで

■投稿 1

8月の意見箱の「新しい歴史教科書を読んで」をたまたま読み、別の面から答えてみましたので、よろしければ掲示してください。

会員  渡辺 龍二

■回答 1

ご要望に応じ、質問単位に分解し、再編集いたします。同時にこのご意見箱を手伝って貰っている、丸山氏のコメントも合わせて編修しました。

理事  杉本幹夫

■投稿 

新しい歴史教科書」を読みましたが昭和史の部分で幾つか疑問を感じました。

P275で「日本政府はアメリカにハル・ノートを突きつけられて開戦を決意した」とありますが、それは形式上で実質上日本は,ハル・ノート受領前に戦争に踏み切ってい たではないですか。交渉妥結の場合は反転帰還ということながら、海軍機動部隊は千島からハワイに移動中だったし、陸軍南方軍もマレーフィリピンに結集中でした。また、奇襲開戦(国際法違反)についても記述がありません。アメリカに対しては交渉打ち切り通告の1時間前に真珠湾攻撃をしたし、イギリスには通告なしでマレー半島に上陸しました。

■回答 杉本

まず開戦に関する問題ですが、当時の情勢は極めて緊迫しており、和戦両方に対応することは何ら非難される事ではありません。如何にハワイへ進撃中であっても電報一つで呼び戻せることであり、ハワイへ進撃中だったからとしても、開戦を決断したことにはなりません。やはり決断はハルノート
を突きつけられ、その後の重臣会議その他の会議の結果です。

マレー半島への進撃は国際法違反だと私は思っています。しかしこの事はルーズベルトが、国民を戦争に駆り立てるためのPRに利用しただけであり、あの戦争自身の意義から考えると、小さなものだと考えています。

■回答 渡辺

大きな戦争というものは、両国間で徐々に緊張感が高まりお互いに準備されて行くものです。日本側の最終の開戦決断を考えるなら、石油の禁輸よりハル・ノートで正解でしょう。

1、 過去も現在も、事前に宣戦布告して始まった戦争はあまりありませんし、宣戦布告しなかったことに対する非難もほとんどありません。このことに
ついての国際法は実効性のないいわば「死文法」です。

2、真珠湾奇襲だけが非難されるのは、一般の米国民にとっては晴天の霹靂だったからです。それは日米交渉が末期的な状態になっていたことを、米国民に知らせなかったルーズベルトの政策のためでしょう。

■回答 丸山

真珠珠湾奇襲については「勝者の裁き」といわれる東京裁判においてさえも

@米側は日本の外交暗号を盗聴し(国際法違反)日本の奇襲を知っていた。
A「経済封鎖は宣戦布告と同じだ」と米上院でのケロッグ・ブリリアン平和条約批准の是非の検討委員会で提案者のケロッグ長官が回答していた。

ことを弁護人が引用して反論し、判決文では奇襲には触れられていない。・・・・すなはちどっちもどっちと解釈されている。あえて日本のみ国際法違反であったと触れる必要はない。

イギリスへの通告については、イギリスはアメリカと軍事同盟を結んでおり、アメリカに事前に通告しておけばあえて事前にすることはない。(法的には・・・。道義的には問題であるが・・・)
この点は東京裁判ではイギリスの訴追の中にも入っていない。

■質問

P277ではアジアを欧米の支配から開放し「大東亜共栄圏を建設とありますが、日本が 欧米に代わって支配し共栄圏という名目の「アジア支配圏」建設ではなかったですか。

■回答 杉本

アジアの解放は第2次世界大戦の最大の意義だと思っています。第2次大戦がなかったら、インドネシア、インド、ビルマ等は独立できたでしょうか。独立できたとしても10年以上遅れたのではないでしょうか。

このアジア諸国の独立はアフリカ諸国の独立に繋がり、アメリカの黒人の参政権授与、民族差別の撤廃に繋がりました。私はこの事こそ第2次世界大戦の最大の意義だと思っています。

東南アジア諸国の独立に関する日本の関与、彼らの被害については、国により、時期により異なります。フィリピンは日本の占領前に独立が決まっていた國です。ビルマ、フィリピンを独立させたという記述は意見の分かれる所でしょう。日本がフィリピンに与えた程度の独立は既にアメリカから与えられていました。ビルマの独立も傀儡政権に過ぎないとの見方からすれば、独立と言えないでしょう。しかし形としては独立を与え、大東亜会議に國の元首として迎えたことも事実であり、間違いと断ずる事も出来ないと思います。

■回答 渡辺

欧米に代わって植民地支配しようとする意図が日本政府にあったかは疑問です。また、世界のどの国の政策でも大義名分と内心の意図とされるものがぴったり重なることはありません。

■回答 丸山

大東亜共栄圏の建設について、見方を変えればそのような意見もあるかもしれない。
しかし日本が主張した欧米列強から独立しアジア人による国家を作るという考えはマハティール首相もいっているようにアジア諸国の独立運動に大きな影響を与えたことは事実である。

■質問

P280では「日本はビルマ、フィリピンを独立させ」とありますがそれは現地の為ではなく日本の軍略上の為だし、インドネシアでは民族運動を抑圧しています。

■回答 杉本

日本のインドネシア独立に対する貢献を否定しておられるようですが、インドネシア、ビルマの独立戦争に義勇兵として参戦した多くの日本兵をどのように思われますか。日本兵による軍事訓練、兵器の供与、更に日本兵の参加なしに独立戦争があれだけ早く勝てたでしょうか。

インドネシアで50年間歌い継がれてきた「祖国防衛義勇軍(PETA=ペタ)マーチ」の下記の歌詞をどのように思われますか。

“アジア、すでに敵に向かい、蜂起せり 己を捨てて全力を尽くす。
連合国を粉砕せんと 玉散ることもいとわず進め 進め 義勇軍 
アジアとインドネシアの英雄 清き東洋に幸あれ
古きアジア 不幸に苦しむ 烈しき圧制に 幾世紀も忍ぶ。
大日本 雄々しく立てり アジアを救い 我らを守る
進め 進め 義勇軍 アジアとインドネシアの英雄 清き東洋に幸あれ…”

戦争末期敗戦の色濃くなった頃色々な問題が生じたことは否定しません。
しかし大東亜戦争の歴史的意義として、色々な問題点があったにせよ、アジアの解放は否定できない問題であり、20世紀最大の事項10項目の一つに入る問題ではないでしょうか。

■回答 渡辺

国運を賭けた戦争の最中にも関わらず、総合的に考えて日本はインドネシアでは民族運動に理解があったといえるでしょう。オランダの政策と「比較」すると明白です。

■回答 丸山

インドネシアの民族運動抑圧について、戦争末期になると連合国は潜水艦などで武器を送り込み、抗日運動を組織し、援助していました。このため一部そのような動きはあったかもしれません。しかし、3世紀にわたり支配していた欧州列強より日本が独立意識を植付けたのは事実である。

■質問

P288ではホロコーストの犠牲者数をだして、P295では何故南京事件の犠牲者数をださないのですか。南京市内で4万人、進撃途中で30万人というのが学会の通説のはずです。

■回答 杉本

南京事件の被害者数については議論の分かれる問題であり、結論が出ていません。

■回答 渡辺

1ホロコーストと南京事件は全く違います。

2前提として、4万とか、30万という「学会の通説」はありません。

3、「進撃途中」というのは、10年以上前の論争において、何十万というような虐殺主張が論理的に不可能なので、虐殺の範囲を上海から南京までという気の遠くなるような距離や空間に拡大して議論や検証をあいまいにしようと出された議論です。もちろん、中国側の主張は南京での虐殺が30万であり、「進撃途中」でというような主張は中国では絶対に認めていません。

4、犠牲者数は論者によって0から数十万までばらぱらです。私もこの事件について研究していますが、現時点での結論は、民間人に対する特別の殺害はなかった、すなわち南京大虐殺は冤罪であると考えています。

■質問

P307では天皇が「自分の身がどうなってもポッダム宣言を受諾すべきである」と述べた、とありますが、ポッダム宣言は「天皇の地位の保証」を得たから受諾したのではないですか。

以上、ざっと見ただけでもこれだけ疑問個所があります。

■回答 杉本

メールを読んでまず感じたことは、「随分細かいことにこだわっておられるな」ということです。新しい歴史教科書」は一番書いてあることが多く、難しすぎると批判されている教科書です。議論の分かれる問題については、細かな議論を書く余裕はありません。

私は執筆には全く関係がありませんが、執筆者は何を書き、何を省くか大変苦労されただろうと推察します。

所で、貴方は中国の歴史教科書で通州の虐殺事件の記述がないことをどのように思われますか。蘆溝橋の事件が日中戦争勃発の端緒のように言われていますが、蘆溝橋事件等は外交交渉でまとまらなければならない程度の問題でしょう。収まりかけていた問題に火を付けた通州虐殺事件こそ最大のポイントだったのではないでしょうか。

又韓国の高校歴史教科書で「土地調査で農地の40%を略奪した」と書いてあることをどのように思われますか。土地調査の終わった直後の日本人の農地保有面積は6%に過ぎません。

このような韓国・中国の歴史教科書の間違いを正すことがなにより重要な事ではないでしょうか。

■回答 渡辺

主語が@は天皇で、Aは日本国政府ですから矛盾はありません。Aの主語も天皇なら、天皇の内心の意図を推測するしかありません。

■回答 丸山

ポッダム宣言では「天皇の地位の保証」はしてなく、「国民の意思ニヨリ決定セラルベキモノ」となっていた。天皇は「もし国民が天皇を必要としないというのなら無用ではないか・・・」とおっしゃり、受託することにしたのである。

提示された質問や意見は事実の指摘という形をとっていますが、論旨はすべて日本を悪いとする方向での価値判断を含んでいます。しかし、結果的に、「ある基準で日本のみ」を裁くことになってはいけないと思います。根本は思想問題でしょうが、「他国と相対的に比較」して考えるべきだと思います。

■質問

通州事件については,日本に原因があるじゃないですか。  中国第29軍と戦っていた関東軍が日本の傀儡のキトウ政権の保安隊兵舎を誤爆した為、怒った保安隊が反乱をおこしたのです。 謝罪と慰籍金で結着したが日本は、この事件を中国への敵意をかり立てる為に大々的に宣伝しました。  これでは日本が事件を自作自演したも同じではないですか。   それでも犠牲者のことをいうなら、関東軍731部隊の行為については、どうお考えですか。こちらは、通州事件の約15倍の犠牲者をだしています。

■回答 杉本

通州事件は誤爆で始まったにせよ、あの残虐さは普通ではありません。あれでは日本人が怒るのは当然です。このような事実をはっきり書く事から真実の追究が始まります。

731部隊については反日勢力の発表だけでは信用できません。又何人被害者がいたかも重要ですが、何故そのような事が行われたか、その成果がどのようなものだったか、を知る必要があります。アメリカの資料の公開が待たれます。

又731部隊でどのような事が行われていようと、支那事変の開戦とは関わりありません。なぜ蘆溝橋事件のような些細な事件が支那事変に発展したかが問題です。その解析には日本軍の増派、通州虐殺事件、上海事件の分析が不可欠です。 何故そのような事件が起きたか、そしてどうすれば防げたかを考え、再発を防ぐことこそ歴史に学ぶ最大の重要事項です。

■回答 渡辺

1、通州事件の主たる原因が誤爆であるとは疑問です。
2、たとえ誤爆が原因であったとしても、それで民間人の意図的な大量殺害を正当化するのはナチス的論理です。
3、自作自演というのは、誤爆した軍人や当時の指導者の内心の意図を、相当に想像しないと無理でしょう。

■質問

次に大東亜共栄圏についてですが、大本営政府連絡会議策定の「南方占領地行政実施要綱」を読むと「占領地に対しては国防資源取得と占領軍の現地自活の為、民生に及ぼさざるを得ざる重圧は之を忍ばしめ、宣撫上の要求は右目的に反せざる限度に止むるものとす」とあります。つまり、日本軍の占領目的は物資獲得であり、その結果生じる犠牲は占領地の民衆に転嫁するということです。

独立運動に対しては、「皇軍に対する信椅観念を助長せしむる如く指導し、其の独立運動は過早に誘発せしむることを避くるものとす」とあります。
つまり、独立運動の抑圧を規定しています。これでも大東亜共栄圏の目的が「東亜の開放」だったとといえますか?

■回答 杉本

大東亜共栄圏についての貴方の記述は事実でしょう。しかし大東亜戦争の結果東南アジア諸国が独立し、白人支配が崩れ、平等社会が実現した、そしてその東南アジアの独立に日本が貢献したという事実は、20世紀の世界史では共産党の崩壊と共に最も重要な出来事だったのです。

単に片方を非難するだけでなく、あらゆる事実を洗い出し、2度とあのような悲劇を繰り返さないことが重要だと思います。

■回答 渡辺

「南方占領地行政実施要綱」も戦争中であればあたりまえの内容です。これは1つ2つの資料で切り捨てられる問題でなく、逆の意味の資料を含め総合的に判断すべき問題です。
もちろん日本にとっては、まずは国運をかけた米国との戦争に勝つことが第一であったでしょう。どの国でも大義名分とはそういうものですが、だからといってそれらを歴史上で無視することはできません。同じく、日本政府が正式に独立を認めた事実とか、大東亜会議の声明をとっても、大東亜共栄圏を100%の虚偽だと切り捨てることはできません。それなりの考慮は必要でしょう。

4.狂った日本

■投稿 1

本日(10月4日)発行の、英国在住の日本人コミュニティー向け新聞に、昨日お送りした記事の反響が出ていました。その中で、イギリス人の翻訳家が例の記事を日本語に翻訳して、ウェブサイトに載せている事が判りました。日本人コミュニティーの中にも、早くも波紋が広がっているようです。ぜひご参照ください。アドレスは以下です。

http://www.madinjapan.freeserve.co.uk/

■回答 

狂った日本(Mad in Japan)"大変お粗末な日本感で読むに値しないものですが、このような偏見で見られていることに大変な歯がゆさを感じます。

これは英語による発信力の不足と、朝日新聞を主体とした左翼系自虐史観の横行だと思います。その点このようなウェブサイトが開かれている事は大変嬉しいことです。

我々のホームページ「教科書が教えない歴史 http://www.jiyuu-shikan.org/ 
英語頁 http://www.jiyuu-shikan.org/e/index.html
私のホームページ「日韓関係の近現代史」http://www.jiyuu-shikan.org/frontline/index.html

に英語の頁を開いていますので参考にして下さい。

理事  杉本幹夫

5.南京事件について(原文英語)

■投稿 1

カリフォルニア大学バークレイ校のアジア系アメリカ人協会のメンバーです。

私共は、南京事件の事実関係を調べています。それで、サンフランシスコの湾岸地域で、この件について詳しく、バークレーで話しをしても良いという方をご存知ないでしょうか。南京で何が起こったかより良く理解するには、異なった視点が(集まることが)本当に必要だと感じています。お時間をとっていただき、有難うございました。

"論争課題"委員長

■回答 

お問い合わせ有難うございました。湾岸地域でこの問題に詳しい人、というのはちょっと今思いつきませんが、調べてみることはできます。
特定の時期、又はイベントを念頭に置かれているのでしょうか。聴衆はどんな人々ですか。アジア系アメリカ人協会について教えていただけますか。

会員  野口ひかる



■投稿 2

すぐにお返事をいただき、有難うございました。アジア系アメリカ人協会は、カリフォルニア大学バークレイ校の学生団体です。会員は2000人以上で、色々なイベントを開催しています。社交やコミューニテイー・サービスに関するもの、教育活動などです。私はテーマを決める委員長です。

「Issues 委員会」の役割は、アジア系アメリカ人コミューニテイーにとってかかわりのある問題を取り上げ、会員に情報を提供することにあります。今までに取り上げた問題としては、<映画とアジア系アメリカ人>、<アジア系アメリカ人と政治的無関心>、<アジア系アメリカ人と差別撤廃>などです。今学期は、南京事件のようなより歴史的テーマを取り上げ、うわさや神話にかわって、事件の具体的事実を取り上げたいのです。偏見にとらわれない議論にしたいので、そのためには、異なった視点が必要です。

会議は11月8日、夜7時からです。キャンパス内の、2060 VLSB 室で開催します。

『もし空中に城をたてたのなら、君はそれを壊すことはない。そこが城があるべき場所なのだ。今度は、下に基礎をつくりなさい。』ヘンリー・デービッド・ソロー

■回答 2

<今学期は、南京事件のようなより歴史的テーマを取り上げ、うわさや神話にかわって、事件の具体的事実を取り上げたいのです。偏見にとらわれない議論にしたいので、そのためには、異なった視点が必要です>

建設的な意見の交換へのご努力に敬意を表します。もうそろそろ南京事件についてのうわさや神話にけりをつけ、『空中の城のしたに基礎を築く』時がきました。『城』というのは、人々による創造的協力の意味であると願っています。残念ながら、サンフランシスコ湾地域でこの問題について知識のある人を思いつきません。ですが、聴衆の皆様にこの手紙を読み上げていただければ、大変有難く存じます。

この問題について真剣に議論をなさろうとしている方は、全員田中正明氏による『南京事件の総括』をお読みください。アマゾン・ドット・コムで売っています。日本語版は、1987年に初版が出されていますが、長さは300頁以上です。英訳のほうは、そのまとめで、約130頁あり、アイリス・チャンの本より、多分速く読み終えることができます。

田中氏は、雄弁かつ説得力のある理由をあげ、いわゆる南京虐殺や南京大レープが神話であると主張しています。

私は、皆様一人一人が、第2次大戦前とさなかの、中国における日本の存在というものに対する反感があれば、それをひとまず横に置き、偏見をもたず南京事件の彼の言い分に耳を傾けるよう、強くお願いしたいと思っています。
だれが真実を語っているのか、田中かアイリス・チャンか、この本を読み終えてからのみ、ご自分で決めてください。

我々は、最近自称南京事件の被害者で、言われていることはすべて本当だと主張する人物から、メールを受け取りました。しかし、では詳細を教えてほしい−何を見たか、何才のときか、何故南京にいたのか、南京のどこに住んでいたのか、などを知りたかったのですが −そう頼んだら、彼は単に南京事件の本がリストアップされているインターネット・サイトをあげてきました。彼は、それらの本の中に自分の証言があると主張してきたのですが、ではどれなのかは、安全上の理由として教えてくれませんでした。

我々は多くの憎しみメールを受け取りますが、憎しみは判断を曇らせ、曇った判断というのは学問的自由と真の民主主義国家の建設の敵です。歴史の多くは、利益の衝突についてですので、異なった視点というのは避けることはできません。しかし、もし真実の探求というものを、我々が本当に大切であると思うのであれば、少なくとも何が本当に起こったのか、ということと、政治的宣伝とセンセーショナリズムによって作られたイメージとの差異というものは、認識したいと願うものです。

会員  野口ひかる