日韓歴史に関するお勧めの本はありますか。

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W杯で韓国疑惑が持ち上がってすっかり日韓関係にはまってしまったものです。
このサイトも偶然見つけたのですが、大変興味深く拝見させていただいています。

ただ、私の場合、あまりにも歴史的基礎知識がなく(これも日本の歴史教育のお蔭か?)
突っ込んだ質問・回答も理解できなかったりします。

日韓関係、特に日本が朝鮮を併合する背景やその前後関係、その後太平洋戦争時代の関係やらを分かりやすく教えてくれる本がありますか?それとこのサイトでもよく出てくる南京大虐殺の背景もまるで分からなくて。。。

日本は当時南京を統治していたのですか。統治するようになった経緯なども知りたいのでお勧めの本があればぜひ教えてください。

■回答 

日韓問題については私が最近出版した「植民地朝鮮の研究ー謝罪するいわれは何もない」をお勧めします。
目次、序論、結論を私のHPhttp://www.jiyuu-shikan.org/frontline/index.htmlに公開しています。

又最近韓国の金完燮さんが、「親日派のための弁明」を出版され、話題になっています。私も翻訳された本を早速買ってきて読みました。

この本は韓国では、有害図書の指定を受け、本人は外患罪(国家反逆罪に相当)で取り調べを受け、パスポートは取り上げられたとの事です。 この本を読んでみたところ、私の主張と全く同じで、韓国の主張は言論の自由を封じた上での、日本に対する強請であることが明確になりました。

その他自由主義史観研究会のHPの中のブックストアに何冊か紹介していますが、呉善花さんの本、名越二荒之助先生の本を推薦します。

南京問題は支那事変における南京攻防戦の中で起きた事件です。
当時南京は中国政府の首都でした。日本軍が南京攻略戦に入ると蒋介石主席はさっさと重慶に逃げ出しました。
後を託された唐生智将軍も敗色濃厚になると、部下を見捨てて逃げ出しました。

それと共に「日本軍に一物も渡さないように」と民間の家を全部焼いて逃げたのです。
南京は城壁に囲まれた都市です。その一画に欧米人が管理する安全区が設置されました。
南京は城壁の外を含めると数十万の都市でしたが、城壁の外の人は戦闘を避け、ちりぢりに逃げました。
逃げ遅れた兵は民衆の中に武器を持ったまま逃げ込みゲリラとなりました。

南京大虐殺とは日本軍が南京占領後、捕虜の扱い、民衆の中に逃げ込んだゲリラの捜索の過程で引き起こされたものです。
最終的にその安全区に残った民衆は20万人と言われています。

中国は30万人虐殺されたと言っています。又埋葬者数なども議論されていますが、戦闘で死んだ兵士、戦闘のとばっちりで死んだ民間人、と不当に殺された民間人を正しく区別できるのですかね。

この問題については私はあまり勉強していませんので、どの本が良いかよく分かりません。
同じブックストアに何冊か紹介していますので参考にして下さい。

理事 杉本幹夫

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早速のご返答に感激しています。また丁寧に説明を頂きありがとうございました。
今日「植民地朝鮮の研究」を注文させていただきました。本が届くのが楽しみです。
HP上での文書も拝見しました。韓国併合が企業合併と似た考えだったというのはとても分かりやすい説明だと思います。

私はこのことをずっと日本が天然資源等を確保したいがために軍隊を送って占領したものと思っていました。しかしよく考えると(素人考えですが)そんな形で日本に占領されてしまった韓国・朝鮮はいかに弱かったかということを意味することにしかならないような気もして、このことで賠償を求め続ける韓国・朝鮮は恥がないのかと、思っていました。

ネット検索で「歴史教科書問題」を引くと、つくる会に反対するサイトがど〜っと列挙され、一方このサイトのような歴史認識を正そうという方の意見もあり、どちらが真実を言っているのかわかりません。ただ、韓国の教科書がうそだらけなのは分かります。なぜかというとどんな国でも歴史上、汚点、失点があるのが普通だと思うので、偉大なことしか書いていないのは怪しいと思います。しかも韓国は来年の教科書にはW杯で悪名高くなったレッドデビルズやヒディンク監督を載せるとか。こんな基準で作ってる教科書はまじめに受け取れません。でもそれは他国の教科書なのでどうでもいいことだとも思います。

こちらのサイトでは、資料がなく分からない、検証をしていないので分からない、としているところが全体の主張に信憑性を持たせていると思います。私なりにいろいろな資料を読んで自分なりの意見を持ちたいと思っています。

ありがとうございました。


インドネシアの反日感情

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こんにちわ
いつも影ながら応援させて頂いています。
前にインドネシアの事について質問したのですが、また、質問させてください。

インドネシアの友人と歴史について話したのでが、どうも彼らは、オランダが統治していた時代よりも日本の方が過酷で最悪だったと言っているのですが、やはりこれも、プロパガンダ(どこかの国の)によって教育されているのですか?

いつも彼らと歴史の論議をすると日本兵の悪口で終わってしまいます。やはり若い世代の人たちは、どこか白人素崇拝のところがあるようです。
(日本人も同じですが)

多分あの当時責任感に燃えて、一生懸命労働した日本人とのんびり屋のインドネシア人との文化のちがいが、こうやって誤解を生んだのでしょうか?
もちろん韓国、中国のような反日のインドネシア人は少ないと思いますが。

お忙しい中すいませんがよろしくお願いします。

■回答 

統治に対する評価は人により、場所により異なると思います。
オランダ人の手先になり、うまい汁を吸っていた人にとっては、日本の統治は打撃だったでしょうし、独立運動をしていた人にとっては救世軍だったでしょう。

ガダルカナル失陥後の戦争後期のニューギニアに近い地方では、補給が完全に途絶え、飢えとの戦いでした。
ニューギニア、ソロモン諸島方面での戦死者は20万人を超え、その殆どが、餓死乃至栄養失調といわれています。
そのような地区では住民との間で色々トラブルがあったであろう事は充分推測されます。

インドネシアは非常に広いため、セレベス島は海軍の統治下であり、ジャワ島とスマトラ島では司令官は別です。又日本の勢いの良かった前半と敗色の濃くなった後半では、日本軍のやり方も現地人の対応も違ったと思います。更に最近における日本の自虐史観の人たちは、日本の悪かったことを一生懸命探し出し、現地の世論を反日に導いています。

唯言えることは日本のインドネシア独立に対する貢献は、「祖国防衛義勇軍(PETA=ペタ)マーチ」や、スカルノ、ハッタ記念公園(独立宣言広場)の、スカルノとハッタの銅像の間にあるレリーフに残されていることです。
詳細は我々のHPの中のQ&A、Q3 http://www.jiyuu-shikan.org/faq/index.htmlを見てください。

オランダの人種差別はひどかったなと感じるのは、ドトクの習慣です。
これはジャワ島東部での習慣で、現地人はオランダ人が来ると土下座し、彼らの前では立って歩くことは許されず、膝行しなければならなかったそうです。この事はスラバヤ攻略の戦車隊長を務め、スラバヤ一番乗りを果たした岩田義泰氏に聞きました。
現地人は日本人に対してもこのドトクをするので、止めさせるのに苦労したとのことです。この一事をとってもオランダ人と日本人の人種差別観が異なることが分かるかと思います。

理事 杉本幹夫


教科書問題(侵略と進出)

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中村哲(NHK BOOKS)”歴史はどう教えられているか”のページ234よれば、文部省の検定が"侵略を進出”に書き換えたことを新聞が報道、そして各国の抗議が相次いだが、国内では文部省が教科書会社の訂正要請を認めないとする強弁な国会答弁を行ったものの、各国の抗議が厳しく宮沢官房長官が政府責任で訂正するという事で外交的には決着したとあります。

この説明によれば、御社のホームページにある”侵略を進出に書き換える検定の圧力は誤報(もともと進出であったのに)であった”と言うのは、どういう事になるのでしょうか?
申し訳ないですが、この事件は一体どういう事なのか具体的に教えて下さい。

日本とドイツの戦争謝罪について、そもそも戦争のキッカケが違うという事は良く理解できますが、両国の謝罪発言(誰が、どのように、何時、誰に)と実際の賠償(ODAを含む)に付いて教えて下さい。

今やアイデンティティーをなくしてしまった日本人のために、外国で堂々と日本の立場を説明できるための、英語による国益のためのスピーチ集を書いていますので、宜しくお願いいたします。

■回答 

投稿有り難うございます。

昭和57年、日本テレビが文部省記者クラブの勉強会の報告として、「文部省が教科書検定で、ある教科書が「華北への侵略」と書いたのを進出に書き換えさせた」と報道したことに端を発しました。この報道がテレビ、新聞で一斉に報じられ、中国・韓国等から非難が相次ぎました。その収拾策として、当時の宮沢喜一官房長官が談話を出し、悪名高い近隣友好条項が追加されました。

所がこの日本テレビの報道が産経新聞の調査により、誤報と分かったのです。誤報を誤報と主張せず、ただただ頭を下げる宮沢軟弱外交は本当に国賊です。その後の宮沢内閣では河野官房長官が、慰安婦問題で、「事実は確認できない。しかし補償要求はしないから、政治的にあったことにして欲しい」との韓国政府の要求を入れ、「慰安婦の強制連行」を認めてしまったのです。その事が国際的に如何に大きな損害となったかに、全く反省がない事に呆れるばかりです。

ドイツは終戦後東西に分割されたため、連合国と講和条約を結べませんでした。未だに連合国に対し、賠償していません。一方日本はサンフランシスコ平和条約及びその後の交渉で、ロシアと北朝鮮を除きすべて解決済みです。ドイツは個人補償しているが日本はしていないと言われますが、ドイツが補償したのはユダヤ人だけでした。平成11年に一般人として始めて強制労働に従事させた捕虜に対し個人補償することになりました。

一方日本はサンフランシスコ平和条約第16条で、連合国の捕虜に対し、ちゃんと個人補償しています。その原資は日本が国外に持っていた資産です。個人資産まですべて没収、国際赤十字により売却処分され、連合国の捕虜に配分されました。一人28000円強です。少ないようですが、当時の大学卒初任給の2ヶ月分に当たります。イギリスはそれに加え、イギリス領内にあった日本資産を処分し、配分しました。一人当たりトータル83ポンド(当時の価格で83000円)くらいになります。アメリカはその分配を辞退しましたが、日本がアメリカに持っていた資産の売却益で一人一日一ドル捕虜に分配しました。開戦当初のフィリピン戦で捕虜になった人は一〇〇〇ドル以上になりました。その後の貨幣価値の下落により、ドルの価値10分の1以下になっていますので現在の価値に換算すると1万ドル以上個人に配分されたのです。

平成11年ドイツが強制労働に従事させた一般労働者に対し、5000−6000マルク(27万円ー32万円)、奴隷的業務に従事したもの1万5千マルク(81万円)でした。これでも日本は補償していないと思われますか。

ドイツはナチスに全責任を負わせ、一般国民は被害者だとうそぶいていますが、ヒトラーを選んだのは国民です。ヒトラーは選挙で圧勝して権力を獲得したのです。ドイツ国民は卑怯だと思います。

日本は昭和30年代戦争犯罪者も、結果的には失敗しましたが、共に国民のためを考えた同志であるとして、国民の連帯責任と考え、戦争犯罪者を免責し、靖国神社に祀ることにしたのです。支那事変から、大東亜戦争に至るマスコミの論調を見ると当然の処置です。

更に一歩進めて日本は何故謝罪しなければならないのでしょうか。
中国との関係は今のイスラエルとパレスチナの関係と全く同じです。非は双方にあり、どっちもどっちです。
アメリカとの関係はマッカーサー元帥がアメリカ上院で、「あの戦争は日本の自衛戦争だった」と証言しています。
又インドのパール判事は東京裁判で日本の無罪論を展開しています。

理事 杉本幹夫

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たいへん有難う御座います。かなり詳細で、非常に感激しました。

私は日本では高校一年までしか教育を受けておらず、その後、日本の大学に編入するまではアメリカでした。その後もほとんど海外駐在でおりました。

今回、日本人が日本の立場でしばしば国際社会で非難されている事を英語で説明できるスピーチの本を書く事になりました。

このキッカケはWASHINGON DCの国際金融会議(約12年前)での出来事ですが、ペンタゴンの若いオフィサーが世界中の金融マンを前にして"日本は世界のために何もしない、日本人は単なる我々の財布だ"とまで言ったのに私を含め20名ぐらいの日本人は寝たふり、沈黙、苦笑い、それとも何も理解していない。

同席していた英国人が日本の平和憲法を説明してくれたので、同オフィサーは黙ってしまいました。私はこの事が頭にこびりついており、日本人として、日本の立場を発言できるような紹介書を書く事を決意したわけです。

従って、初めて聞く事柄が多く、大変参考になりました。海外で過ごすと日本人としてのIDENTITYが国内の日本人よりも育ちます。これは当然と言えば当然ですが、興味ある現象です。

おっしゃるように、私も日本は何故謝罪するのか?、何に対して謝罪するのか?、正直言って敗戦国だから仕方がないのか?、世界歴史の流れの中で引きずられるように突入したにも拘らず、潔く真に被害国に謝っているのか?エーイと周りにまとわり付くハエを払うように一度謝っておけば良いという、物事の本筋に目をつむる、いつもの日本人のお手軽な対処法なのか?これではますます問題を複雑にさせているだけですね。
また、新しい教科書を作る会のホームページに日本が今まで6回も謝罪してきたとありますが、これは現天皇陛下による謝罪を加えればもっと多いのではないでしょうか?

今後とも、本を書く上で色々とご指導を仰ぎたいのですが、くれぐれも宜しくお願いいたします。
最近”植民地朝鮮の研究"を出版されたと聞きましたが、是非一冊お送りいただけないでしょうか。


少し前に、産経新聞に投書欄に寄稿した文を添付させていただきます。これは原文ですが、産経新聞に載ったのはかなり柔らかく修正してされてました。その意味で産経新聞はバランスが取れていると、かえって評価した次第です。

40年前のことです。私がアメリカで高校を卒業したのは。多感な私にとって歴史の時間は屈辱を感じる時間でした。
日米大戦の記述においては勝者が歴史を書くという定説の通りでした。当時の歴史教科書には日本はアジアにおける侵略者であり、米国に関しては、自由主義の友人、中国を日本の侵略から防ぐために、正義の騎士としての義務で参戦したと明確に説明してありました。

級友からは真珠湾攻撃の事を"スニークアタック(卑怯者)"と何回も非難され、弁解する余地も知識もありませんでした。日常生活においてもアメリカの日本の扱いはその頃のアメリカのテレビドラマをみても明らかで、最低国民の扱いでした。

日本兵捕虜が米軍の差し出すタバコ一本で軍の重要機密を漏らす、米軍が一人殺されると、何百人の日本兵がウンカのごとく報復されるといった具合です。

それに引き換え、ドイツ兵には対しては立派な軍人として描写するし、アメリカンインディアンも政治上の理由があって、ジェラニモのような英雄を前面に紹介しているといった具合です。

1924年の排日運動は教科書の上ではまだ存在していました。
その20年後、家族でアメリカに駐在する機会を得ました。子供の中学校の歴史教科書を読んでいたら、日米大戦に関して、アメリカは世界の植民地競争に遅れてはと参戦したと、非常に判りやすく明言されていました。
日本も植民地、資源確保のために戦争したことなども記述されていました。そこには世界中が植民地獲得競争に明け暮れしていた世界情勢が記述されていました。

日本でよく問題視される日本国民が特に残虐であるとか、他国の自由を奪ったとかのような戦争下では起こるべくして起こることは小説に譲っており、感情を抜きに出来事だけを紹介してありました。
一方、日本のマスコミや野党の意見を聞く限り、日本の国民は戦争下でどのような非人道的なことをしたかということに明け暮れているようです。むしろ、その様な悲惨な必然性を伴う戦争の引き金となる背景、歴史を大きな世界史の流れの中で理解することが重要であると考えます。

極端に日本史をある一時期だけを近視眼的にみるのでなく、世界史の大きな胎動の中で日本を理解しなくては、将来の戦争の原因を見出すことが出来ないと思います。なぜなら、戦争の原因はある日突然に発生するわけでないのですから。小指を目の前にかざしてよく見ようとすると、後ろにそびえたつ富士山でさえ目に入らなくなるというたとえもあります。

反対に中国、韓国は隣国の歴史ばかりに注文を付けるのでなく自国の歴史を振り返る必要があるのではないでしょうか。

ご返事有難う御座いました。