旧日本軍について

■投稿 1

初めてメールします。以前は、自分でも左翼的な物の見方をして きたと思いますが、今はだいぶ矯正されてきたと思います。その要因の一つには、貴 会の存在もあります。産経新聞紙上などで貴会の代表の方など何人かの方の意見など を読む機会がありましたので。ただ、やはり貴会の考え方には、聞くべき点もあるも のの、首肯しかねる点が非常に多いように思われます。疑問点や納得いかないところ などがありますので、ぜひご教示いただきたく思います。

私が貴会にお尋ねしたいのは、「軍隊」についてです。私自身、以前は「軍隊=絶対 悪」でした。そのため、自衛隊も「=悪」だと考えていました。ただ、今は自衛隊に ついてはむしろ名称を改めて「国防軍」にするくらいのことをすべきだと思ってま す。ただ、私の先述のような「軍隊=絶対悪」の思考をさせた大元は、WWUやそれ 以前の旧日本軍の行動などです。また、旧日本軍に絡めて他にもいろいろな疑問点を 誰かに教えていただきたく思っておりましたが、周りは聞ける人もいないので、ぜひ 貴会にご教授願いたいと思います。

以前、産経新聞紙上で日清戦争につきこういう記述がありました。「清軍は皇帝の私 兵で日本軍は国民軍だから勝てた。(このあたりの記述は必ずしも一致しないかもし れませんが、これに近いことを書いていました)」と。これはどういう意味なんで しょうか?当時の日本も「大日本帝国」である以上、軍隊は天皇の軍隊=私兵ではな いんでしょうか?どうして清は「皇帝の私兵」で日本は「国民軍」となるのか?た だ、この記述はあるいは貴会とは無関係かもしれません。正直、かなり前のことなの で誰が書いたかは覚えていない状況です。ただ、もしこの点にお答えいただけるなら よろしくお願いします。

次に、旧軍の名誉、などというフレーズを聞くのですが、正直どのあたりに名誉を見 出せるのでしょうか?南京虐殺や、従軍慰安婦問題の真偽はこの際おいておくとして も、それでも私にはどこにそんなものがあるのか理解できません。沖縄では守るべき 県民に自決を強い、虐殺したり、満州でも守るべき居留民を見捨ててさっさと逃げ出 したり、また戦争を終わらせる際も、特に陸軍は強硬に反対しましたが、それはあく までも国体護持のため、のみですよね。国民を守るとか、そういう思考はまるで欠落 していたように思えます。↑の私兵云々にもかかわってきますが、結局国民を守る軍 隊ではなく天皇の私兵なればこその愚行のように思えます。

また、日本の軍隊は弱い 相手にしか勝ってないように思えます。日清戦争の清軍は弱かったし、日露戦争の時 は相手のエラーのおかげで苦しみながらの辛勝、WWTのドイツも主力と戦ったわけ でもなく、日中戦争でも中国軍は戦意・装備などで劣っていましたが、その相手に 勝っても大きな損害を出していますよね。それでも勝手に無敵皇軍などと思い上がっ た挙句、ノモンハンでソ連軍に痛めつけられ、その教訓も生かせないまま太平洋戦争 で連合軍相手に屍の山を築く始末。名誉とは、この辺をさして言うのでしょうか。

また、「愛国心」についてもお教え願いたいと思います。愛国心は確かに重要である と思います。しかしながら、盛んにそれを口にし、他人にはそれに基づく犠牲を強要 し、一方で自分は安全なところにいて恥じることが無いような人間もいます。

戦争末 期の特攻で、陸軍のある将軍は、「諸君らは神である。自分も最後の一機で必ずあと を追う」と無責任なことを言い、いざとなったら護衛付きで安全な後方に逃げ去った とか、またある元特攻隊員が、戦争中出撃したものの機体の故障で基地に戻り、戦後 復員して故郷に帰ると、役場の受付にいた職員は、その隊員が機体の故障で帰ってき たとき、「卑怯者」と散々にののしった上官だったそうです。

この種の人間をどう思 われますか。正直、私としては平和な今の時代に平気で「愛国心」などと言う人間に は胡散臭さを感じます。こういう人間ほど、いざ本当に愛国心が求められるような 時、恐らく真っ先に先述の陸軍の将軍のようになるんでしょうね。愛国心とは、普段 は内に秘めて、それが必要になったときにこそ発揮されればいいと思うんですがね。

特攻についても、産経新聞の紙上などでは(貴会とは無関係かもしれませんが)無責 任に賞賛されていますが、確かに特攻隊員の自己犠牲の精神は尊敬に値するとして、 そういう非人間的な戦術に対する批判、あるいはそこまで追い詰められたことに対す る批判はまるでないように思えますけど、どうでしょうか?

また、貴会や産経新聞紙上では、よく「自虐的」という言葉を見かけます。ただ、私 には貴会が論理的に相手に言い負かされそうになったときに、この言葉が出てくるこ とが多いように見えますがいかがでしょうか?この言葉は、戦中に戦争に反対する人 間を「非国民」と言って反対を封じ込めたのと同根ではないかと思えます。さらに、 非国民に関連してお教え願いたいことがあります。「非国民」とは「国民に非ず」と いうことで、要するに国家に害を与えるもの、といった意味があろうかと思います。 ならば、この文脈でいけば、戦争末期、勝敗の帰趨がすでに明らかだったにもかかわ らず、「一億玉砕」などということを叫び、国家と国民を破滅の寸前までに追いやっ た軍人や政治家がこれに相当すると思うんですけど、どうでしょうか?また、これら の人々に対する批判は寡聞にして聞かないように思いますが、どうでしょう。

■回答 1

日本には軍隊を持たなければ、攻められる心配がないとの迷信があります。 しかし第一次世界大戦時のベルギー、朝鮮戦争の発端を考えてみますと、これは明ら かに間違いです。

第一次世界大戦の時、ベルギーは中立を宣言していました。 だからドイツはフランスに攻め込むために 防御の弱いベルギー経由のルートを選択したのです。 朝鮮戦争はアメリカが朝鮮半島から撤退を宣言し、軍備の空白が生じました。そこを 北朝鮮に突かれたて発生したものです。

スイスが平和を保っているのは、国民皆兵で強力な軍備を持っていたからです。 日本が韓国・中国から攻められないのは、アメリカが守ってくれているからです。 現在の韓国・中国の歴史教育では何時日本が攻められても不思議はありません。

明治維新後日本は徴兵制をしき、日本国としての軍隊を作りました。それまでは各藩 が軍隊を持っていました。 日清戦争の時の清国は国としての軍隊は持たず、各地の軍閥が私兵を持っていまし た。明治維新前の日本と同じです。 日清戦争の時日本兵と戦ったのは李鴻章の私兵を中心として、各軍閥から集めた者で す。

天皇の私兵と言われますが、日本の憲法により、天皇は殆ど政治には発言されていま せん。 天皇は大東亜戦争前も実質的に象徴天皇でした。

アメリカにしても韓国にしても、国民に愛国心、国に対する忠誠心を求めています が、「天皇陛下の下に」を「星条旗の下に」と言い換えただけの様に感じます。

それにしても貴方は相当軍を恨んでおられるようですね。 そして大東亜戦争の責任はすべて軍にあると思っておられるのではないでしょうか。 私は大東亜戦争に導いた最大の犯人はマスコミであり、敗戦後軍に全責任を被せて、 被害者面をしている卑怯者と思っています。 特に朝日新聞、NHKはひどいですね。彼らが戦争を賛美し、民衆を煽ったから、軍 の若手も「行け行けどんどん」になったのではないですか。

沖縄の集団自決の件にしても、政府から補償を貰うため、軍の命令と言うことにした という証言もあり、軍は自決を思い止めるよう説得したとの証言もあります。

日本軍は弱かったと言われますが、兵力で遙かに上回り、世界各国が日本の敗戦を予 想する中で、清国、ロシアを破った事は認めるべきです。ただその勝利に酔い、精神 力偏重に陥った点は最大の反省点でしょう。

義和団事変では列強が北京に集まりましたが、日本軍の規律の素晴らしさにはすべて の列強が感心したと言われています。 大東亜戦争でもソ連軍、支那軍の規律の悪さは日本軍とは比較になりませんでした。 アメリカ軍は美化されていますが、リンドバークの日誌を読むとひどいものですね。 死体から金歯をはぎ取り、日本兵を飛行機から生きたまま突き落としたりした記録が 書かれています。

戦後の日本軍の指導者の中には貴方が指摘されている不埒な将軍がいたことは否定し ません。 しかし責任をとり割腹自殺された将軍も多数居たことも否定できません。

人間は弱いものです。貴方の御指摘通り、軍人の中にも「なんだ。これ!」と言わざ るを得ない人も多数いました。 同時に責任をとり、割腹自殺された方も大勢います。先生方も終戦と共に言うことが 全く逆になりました。 敗戦のような大事に正しい判断、行動をとれる人は少ないのではないでしょうか。

自虐史観について、日本人は相手の主張に安易に妥協し、「何でも私が悪かったので す」と言って謝れば、波風が立たず良いのだと言う風潮があります。その事がどれだ け日本のマイナスになっているか反省して欲しいと思います。 北朝鮮の拉致事件でも、「北朝鮮がないというのだから、拉致はない。何かの誤解で しょう」との姿勢がどれほど拉致事件の解決のマイナスになったか、反省して欲しい と思います。

韓国の金完燮が「親日派のための弁明」を出版し、ベストセラーになっていますが、 彼は韓国の今日の発展は日本の統治の成果だと言っています。私も「植民地朝鮮の研 究ー謝罪するいわれは何もない」を出版しました。現在北朝鮮は日本に多大の補償を 要求しています。 自虐史観派の主張により、謝罪したことで、日本の国益が大幅に損ねられる事になり そうです。

理事 杉本幹夫

■投稿 2

まさか回答をいただけるとは思いませんでした。お忙しい中ありがとうございます。 ただ、お答えいただいてない部分、問題をすり替えられてる部分もありますが、メー ル自体を完全無視される可能性のほうが大きいと思っていましたもので、正直回答が あるなどとは考えてもいなかったです。

最初の軍隊についての記述は、100%完全には受け入れられないものの、ほぼ大筋で は私も同感です。もちろん、理想的には軍隊など無い方がいいのですが、今現在の国 際情勢の中では、まず理想の実現は不可能だと思ってます。

日清戦争の清の軍隊については、そういう事情だったのですか。よくわかりました。 それなら清の軍隊が私兵といわれるは正しいかと思います。 ただ、日本の軍隊について、まず私は別に恨みは無いです。直接害を受けたりとか、 そういうことは当たり前ですがありませんから。もし恨むというか、憎むべきは今の ご時世に、いまだに旧軍を無責任に賞賛したりしてる時代錯誤もはなはだしい方々で すね。

「天皇の私兵」と以前表現しましたが、訂正が必要ですね。一部高級軍人や政治家、 財閥の私兵と表現するのが正しいと思いました。ただ、日本の軍隊は清の軍隊と違 い、大日本帝国が大日本帝国としての軍隊を作った、そういう意味では清の軍隊とは 違い国民軍といえるでしょう。ただ、国民を守るための国民軍といえるでしょうか? 作家の司馬遼太郎氏は、戦中戦車部隊に所属されておられたそうですが、大戦末期、 本土決戦に備えての作戦会議において大本営の参謀と戦車部隊の士官との質疑でのや り取りを書いておられます。正確ではありませんが、大筋は以下のようなものです。

士官「我々の部隊が戦場に向かう際、道路は避難する民衆で塞がり移動に困難を来た すと思われる。この対策はどうするか?」
参謀「ひき殺してでも戦場に向かうように」
その後部隊では、「いざとなったら戦車を捨ててでも、歩いてでも戦場に向かおう」 となったそうですが、この参謀の言ったことがそのまま日本の軍隊の本質をよく現し ているように思えますが、どうでしょうか?

また、メールでは無視されたようですが、一億玉砕を叫んで国家を破滅の手前まで導 き、和平を画策する人を非国民として逮捕するなどした軍人(私から見ればそちらの 方が非国民ですが)の存在などはどうなるんでしょうか?

戦争の責任の所在について、マスコミの方が責任が重大であるとのことですが、当時 のマスコミは今と違い政府や軍部のスポークスマンに近かったのではないんですか? 私はそのあたりは詳しくありませんが、今と違い自由に言いたいことを言える社会で はなかったはずです。すでに明治・大正の頃から、例えば集会で政府を批判すれば即 中止、政府に都合の悪いことを新聞に書けば発禁処分ということがあったはずです。 そのあたり教えていただきたく思います。

日清・日露戦争について、兵力で勝る相手に世界各国が敗北を予想した中で勝ったの だから、とおっしゃられますが、清軍はそれこそ皇帝の私兵で装備は優秀でも、編成 ・訓練度・規律などの面で近代的な戦争をできる軍隊ではなかったはずです。単に兵 力が多いだけでは戦いには勝てないはずで、戦う前から清の敗北は約束されていたよ うなもだと思います。

また、ロシアは当時革命の前夜、国内に混乱を抱えていた上に現場の指揮官の消極 性、さらにはエラーが日本側を助けたと言えます。また、ロシアは当時の欧米列強の 中では二流だったという人もいます。実際、その後のWWTでもドイツ軍の前に苦戦 して、それが革命の呼び水になったことからも裏づけけられると思います。日露戦争 は、実際には勝ったとはいえない戦いだったと言えます。ロシア軍の指揮官がもっと 積極的だったら、あるいは奉天以降もさらにヤル気だったら、日本は負けていたで しょう。海軍はともかく、陸軍は奉天会戦で持てる力を全て使い切っていたのですか ら。もう一度奉天会戦クラスの会戦があった場合、陸軍はそれに耐えられなかったと いわれます。だからこそ、当時の政府・軍部は賠償金を断念してでも講和に持ち込ん だのです。その点では、当時の政府・軍部の識見はWWU当時の政府・軍部よりもは るかに秀でていたと思います。

ところで、「大東亜戦争」の呼称を用いるあたり、あの戦争はアジア解放のためだと いうスタンスなんでしょうか?私は、日本の行動が結果的にアジア解放のきっかけに なったことは疑いないと思います。ただ、最初から日本がそれを意図していたんで しょうか?私には、資源欲しさに欧米を追い出してその後釜になろうとした、そうい う風に見えます。アジア解放を言うのなら、なぜすぐに占領地から撤退しなかったの でしょうか?また、朝鮮半島・台湾などもアジアであるはず。これらを放棄しないで なぜアジア解放なんでしょうか?この辺りも、前からの疑問でした。どこの国も、大 概は戦争を始めるにあたり大義名分を立てます。のっけから「資源のため」とは言わ ないでしょうね。それが日本の場合、「アジア解放」を掲げて「大東亜戦争」となっ たと思いますが。

敗戦の責任を取って自決した軍人や政治家が多数いたこと、それは私ももちろん知っ てます。ですが、無謀な戦争を無為無策のまま始めて、国民を破滅の一歩手前に追い 込んだ以上、それは当然ではないでしょうか?また。人間は弱いものというお考えで すが、その点に限れば完全に同意します。まさにその通りです。ですが、逆にお聞き したいのですが、マスコミの批判を先のメールではされておいででした。ならば戦争 に反対すれば警察や憲兵に逮捕されるような世の中で、戦争反対を唱えられるでしょ うか?これでもマスコミの責任を問えるでしょうか?また、私が指摘したことは、人 間は弱いものだから、で済ませられるでしょうか?破廉恥な司令官に特攻に駆り出さ れた若者、「皇軍」に見捨てられ裏切られた沖縄や満州の人々にも同じ事を言えます か?「人間は弱いものだからしょうがないよ」と。

自虐史観という表現はともかく、確かに日本を貶めるような行動を取る方がいるのも 事実で、それは私も憂慮するところです。正直、たとえば外務省などの対応を見てる と、なぜそこまで中韓に対して卑屈なのか、歯がゆい思いをするのも事実です。 ただ、その「自虐史観」の対極ともいえる位置にある貴会にもお尋ねしたい点はあり ます。この前のメールでは完全に無視されましたが、「愛国心」についてです。私の 記憶が正しければ、貴会は健全なナショナリズムを育成することを目的に掲げておら れたと思います。であれば、愛国心についての問題は無縁ではないと考えます。人に 愛国心を強調する以上、相当な責任が伴うと私は思います。ですが、歴史的に見ても 他人に愛国心やら自己犠牲やらを強調する人間ほど、自分は決して傷ついたりしない ような場所にいるものです。やはり戦争が一番愛国心云々と関わると思います。自分 たちが望んだ戦争を始め、愛国心を強調して他人を戦争に駆り立て、自分は安全な場 所にいて恥じるところが無い。これは洋の東西を問わずあることかもしれませんが、 この辺りの矛盾はどう整理をつけたものか、今も回答が見つけられません。貴会はど う思われるでしょうか?

以上乱文で申し訳ありませんが、私なりにまとめてみました。もし回答いただけるな らよろしくお願いします。

■回答 2

「理想的には軍隊など無い方がいいのですが」とのご意見ですが、現在、韓国・北朝 鮮・中国等に攻め込まれないのは、米軍に守って貰っているからです。貴方は日米安 保条約がなくなった後、日本の国防についてどのように考えられますか。 現在のような強烈な反日教育をうけた中国・韓国が、復讐のため、日本に攻め込むと は考えられませんか。

軍と住民との問題は難しい問題です。一般論ではなかなか決めがたいと思います。そ の時々のせっぱ詰まった状況でリーダーの瞬間的な判断によらざるを得ないと思いま す。そのような状態にならないよう、出来るだけ早期に軍と住民を分離する事が必要 だと思いますが。その点からも有事法制をしっかり議論しておくことが重要だと思い ます。

「一部高級軍人や政治家、 財閥の私兵」との意見も抵抗があります。満州事変・支 那事変が拡大したのは、国民世論によるものです。 満州事変も支那事変も現地の暴走に対し、中央は抑えようとしました。私は直ちに現 地軍の将軍を呼び戻し、更迭すべきだったと思いますが、その決断が中央が出来ず、 中央の指示を無視して現地軍が突っ走りました。一方マスコミは「良くやった」と現 地軍を褒め称え、それと同時に一般民衆も歓呼の声で現地軍を応援しました。おそら くあの状態で、更迭すれば、クーデター或いはテロで内閣、軍部の幹部が暗殺された のではないでしょうか。

貴方は報道の自由がなかったように思っておられますが、内閣も軍の中央も戦争拡大に 反対だったのです。その状態で政府がマスコミを規制するとすれば、拡大反対です。 しかしマスコミの主張は「行け行けどんどん」でした。マスコミは自分の責任を回避 するため、すべて軍に責任を被せているのです。全く卑怯な輩です。

「和平を画策する人を非国民として逮捕」の問題について、開戦前であれば逮捕する ことにはならないでしょう。喧嘩している最中に「止めようよ、止めようよ」と足を 引っ張られると、喧嘩の真っ最中の人が怒るのも一理はあると思います。どちらも国 のためを考えているのです。

支那が「装備は優秀でも、編成 ・訓練度・規律などの面で近代的な戦争をできる軍 隊ではなかった」とはどうして分かるのですか。当時は交通、通信の便も悪く、支那 に入っている日本人も極めて少なかったと思います。

又ロシアが「国内に混乱を抱えていた上に現場の指揮官の消極 性、さらにはエラー が日本側を助けたと言えます」との指摘はその通りだと思います。サッカーの試合で 相手の監督のミスで勝ったとしても、こちらが弱かったとは言えません。僥倖であっ たとは言えますが、「運も力の内」です。やはり日本軍の健闘をたたえるべきでしょ う。

「当時の政府・軍部は賠償金を断念してでも講和に持ち込ん だのです。その点で は、当時の政府・軍部の識見はWWU当時の政府・軍部よりもは るかに秀でていたと思います。」全く同感です。

「大東亜戦争」について、戦線の広がりを考えて下さい。中国本土からビルマまで含 まれています。太平洋戦争というのはアメリカの概念です。 近頃「アジア・太平洋戦争」と言う人もいますが、折角日本が命名した「大東亜戦 争」という名があるのですから、それを使った方がよいのではないでしょうか。

「大東亜戦争」の第一目的は石油の確保であった事はその通りです。植民地解放は名 分に近かったようにも思いますが、アジア解放は明治の始めからの日本の主張です。 明治の始め樽井藤吉は大東合邦論を書きました。これは日本と朝鮮が合邦し、中国と 力を合わせて西欧の進出を防がなければいけないというものでした。この本は多くの 人の心を掴み、支那の孫文、フィリピンのアギナルド等を支援しました。朝鮮の李容 九は一進会を率い、日本との合邦運動を行いました。朝鮮併合は彼らの要求でもあっ たのです。又第一次世界大戦の後、パリ和平会議で、日本は人種差別撤廃を主張し、 否決されました。人種差別撤廃・アジア民族解放は明治からの日本の宿願でもあった のです。

朝鮮・台湾は日本人には搾取しているとの意識はありませんでした。日本と一体化し て共に発展しようと思っていました。丁度新進の会社が企業を買収し、より大きな会 社になろうとするのと同じです。搾取などしていたら、合併の目的が達せられませ ん。力を合わせてこそ目的が達成されるのです。朝鮮との関係については私のホーム ページhttp://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/index-jkorea.html  を参照してください。

愛国心は国の発展のため、不可欠のものだと思います。愛社心のない従業員ばかりで は会社が潰れます。それと同じです。しかし愛国心が行き過ぎると国際的に孤立しま す。行き過ぎない健全な愛国心が必要だと思っています。

尚自由主義史観研究会としての歴史観は個人の自由であり、統一されたものではない ことを申し添えます。

理事 杉本幹夫

■投稿 3

返答ありがとうございます。

前回のメールで書き忘れました。私は日米安保は賛成なんです。だから、安保に反対 する人や、在日米軍の撤退を求める人には、どういう代案があるのかいつも聞いてみ たいと思ってます。ついでに言えば、中国を牽制すべく、インドとの協力もいいかと 思います。もっとも、これは私の独自の考えではないですけど。

「理想的には〜」の件は、言葉が足りませんでした。私としては、全世界から軍備を 完全に無くせれば理想的だと思ってます。ただ、それは当分、あるいは永久に無理か もしれません。そういう状況であれば、日本も軍備を持つのもやむをえないと思いま すし、安保も必要でしょう。

軍と住民の関係は難しい、一般論では決めがたいとおっしゃられますが、その一言で 片付けていいものでしょうか?では、あなたが見捨てられる立場になったときも、そ ういって達観できるのでしょうか。また、私の問いに対して、これは回答を避けて逃 げてるように思えます。私は、事例の参謀の一言が当時の軍の本質を表してるのでは ないかと問うたはずです。当時の軍隊とは、国民をひき殺してまで一体何を守る軍隊 なんでしょうか?そこから私の私兵云々が出てくるのです。

満州事変の拡大については、政府や軍部の中央が不拡大だったことくらいは私も当然 承知しています。ただ、マスコミが煽ったとは思ってなかったですね。ご教授ありが とうございます。 ただ、日中戦争の時は、あれは政府は不拡大方針だったのを、どんどん拡大して勝手 に泥沼にはまったのは当時の陸軍ではありませんか。この時に限ればマスコミだけの 責任にはできないと思いますが。

戦争を喧嘩に例えることについて、非常に違和感を感じないでもないですが、子供の 喧嘩なら負けても自分が悔しい思いをするだけですむでしょう。ですが、戦争に負け れば国土も国民も、全部滅ぶのです。滅亡に向かって突っ走るのが国を思う行為で しょうか?滅びの美学ですか?それこそ、自虐的なのではないですか?

さらに言えば、サッカーに例えるのもどうかと思いますけど。「運も実力のうち」と は確かに言いますが、そんな「運」などという非科学的なものを当て込んで戦争を始 められる方はたまったものではありません。「天佑」とか「神風」とか、こんな非科 学的なものを当てにして戦争を始めて日本を破滅の手前まで追い込んだ、これは罪で はないんでしょうか?

戦争の呼称について、戦線の広がりを考えよとのことですが、ならば北はアリュー シャン、南はソロモン群島まで戦線は拡大しました。このことはどうなるんでしょう か?何でも日本のものを使えと言うのは、これこそ偏狭なナショナリズムに通じるの では?

愛国心については、確かにおっしゃるとおりでしょう。必要なことは私にもわかって ます。ですが、国家も国民の愛国心に答える国家である必要はあるのでは?今の日本 の現状は、果たしてそういう国家でしょうか?今の現状なら、学校などて愛国心を教 え込んだところで、大人になれば現実に気づくでしょう。果たして愛するに足りる国 なのか、と。

また、学校などで愛国心を育てるというのはいいでしょう。ただ、そういう人間の責 任は重いはずです。前の戦争でも愛国心をたてに若者を死なせて自分は安全な後方で ぬくぬくとしていた人間はいくらでもいましたが、例えば貴会にはその責任とか覚悟 はおありなんでしょうか?だいたい、平時にいたずらに愛国心を振りかざす人間ほ ど、有事の際には普段の言動などはどこかに行ってしまうものです。果たして貴会、 例えばあなたはどうでしょうか?それを見極めるには、実際にことが起きないとダメ でしょうが、それもまた困ったものです。願わくば、貴会がそうでないといいのです が。

■回答 3

日米安保に賛成であり、軍備もやむを得ないとの事、一寸意外でした。心強く感じま す。

日本軍は民間を軽視したことは真に残念です。 例えばマニラにてマッカーサーは不戦都市宣言をし、早期に撤退したため、開戦当初 日本が侵攻したときにはマニラは殆ど無傷でした。 然し米軍が反攻したとき、山下将軍が不戦都市宣言をし、撤退しようとしましたが、 海軍の一部が徹底抗戦を主張し、居残ったため、大変多くの犠牲者が出ました。

軍が撤退命令を出しても、我が家を守るため、軍の命令に従わないこともあり、何を 守るのか、作戦計画との関連もあり、その時々で一概に言えないと思います。 有事法制を議論し、図上訓練により平時に充分検討することが重要と思います。

「日中戦争の時は、あれは政府は不拡大方針だったのを、どんどん拡大して勝手 に 泥沼にはまったのは当時の陸軍ではありませんか。」 とのご意見ですが、石原完爾 が抑えようとしても、「貴方の真似をしているだけです」として抑えが効きませんで した。これは満州事変でマスコミが石原を褒め称えたつけが廻ってきたと思われませ んか。

支那事変が拡大したのは、盧溝橋事変の後、幾つかの小競り合いが続き、通州の日本 人虐殺事件が発生したためです。この時のマスコミ報道はどうだったでしょうか。 数々の和平交渉でハードルを上げていったのはマスコミではないでしょうか。

  勝負事は戦争でも、スポーツでも、喧嘩でも共通項があります。相撲では「心技体」 と言い、最も重視するのは心です。ゴルフでも池の前で「池ポチャ」をイメージに浮 かべば確実に「池ポチャ」であり、各種スポーツでイメージトレーニングの重要さが 言われます。無敵皇軍はイメージトレーニングとして極めて重要だったのではありま せんか。

日本軍が精神力に頼りすぎ、補給問題、兵器の質等ハード問題を軽視したことが敗戦 の原因だったことは否定しません。私は第2次石油ショックの時、会社で省エネの リーダーをさせられましたが、「為せばなる 為さねばならぬ 何事も 為さぬは人 の 為さぬなりけり」を実感しました。精神力には限度がありますが、おうおうにし て「不可能と思われることを可能にする」と言うことも否定できません。

「北はアリュー シャン、南はソロモン群島」大東亜ではありませんか。千島列島ま では日本の領土であり、ニューギニアまではアジアです。アリューシャン、ソロモン はほんのちょっと先に過ぎません。それに対しアメリカの呼称である太平洋戦争で は、ビルマや中国はイメージし難いのではないでしょうか。従って左翼の一部にはア ジア・太平洋戦争と呼ぶべきだとの意見もあります。固執する問題ではありません が、やはり大東亜戦争が一番ぴったりしているように思います。尚イギリスでどのよ うに呼んでいたか調べて頂ければ幸いです。

北朝鮮の拉致事件に対する政府の対応を見ますと、これで国民を守れるのかと、全く 腹立たしい思いがします。特に外務省は敗戦ですっかり腰抜けになり、どうにもなり ません。もっと国益を考えて欲しいと思っています。貴兄のご意見に対しては如何に 責任感を養成するかが重要であり、もっと道徳教育を重視すべきだとお答えします。

理事 杉本幹夫


日本国憲法について

■投稿 

教えて下さい。

1.戦後、交付された日本国憲法は草案はアメリカ、完成したのは日本と言う   様に聴いています。もしそうであるとすると、原文は英語で書かれていたのか、それとも   日本語であったのか?

2.幣原大臣が短期間のうちに英訳したと言う話もありますが、その彼の英訳はその後、    専門家によって修正されたのか?

3.現在、入手できる日本国憲法の日本語版と英訳版に意味の相違があるようです。   第九条のはじめの部分です。元々どちらの版が正しいのでしょうか?日本語では   ”武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては”、とありま    すが、英語版を見ると”国際紛争を解決する手段として、武力による威嚇又は武力     の行使は”となっています。

この問題は素人ですので間違っているかもしれませんが、常識的な範囲でお答えします。 1.GHQから提示されたものは当然英語でしょう。その原文を翻訳し、国会で審議され、議決されていますので、日本が完成したと言えると思います。国会審議の段階でも色々議論があり、微修正されたように記憶しています。 2.2月13日GHQ草案交付、3月6日政府か草案発表となっていますから、幣原が直接翻訳することはないでしょう。当然しかるべき部署の人が、チームを組んで翻訳し、GHQと打ち合わせまとめたと思います。幣原は英語は達者だったと思いますので、チェックくらいはしていたと思います。 3.草案の段階ではどうかは分かりませんが、日本の法律ですから、日本文が当然正しい事になると思います。

理事 杉本幹夫