強制連行について


■投稿

「新しい歴史教科書」の市販本が出版された頃からホーム ページを拝見しています。私は在日韓国人二世で、現在は日本国籍を持っていま す。そのため、「強制連行の有無」については、祖父母やその親戚を通して現実 を知ることができましたし、日本の近代史を振り返る時に、生粋の日本人の方々 に見受けられるような贖罪意識にとらわれずに見ることができたと思います。ま た、父親が広島で被爆しておりますので、核を初めとする安全保障問題について も、被害を受けた側として考える意識を持っているつもりです。

 貴研究会のHPで説明されている内容は、どれも説得力を持ったものだと思い ます。また、参加メンバーの方々がお書きになった著書もいくつか読ませていた だきました。そうして得た知識を元にして、先だって歌手の泉谷しげるさんの BBSに意見を書きこみました。泉谷さんが「拉致は悪いことだが、過去の日本も 強制連行という拉致を行った」とのコメントをなさったので、異議を唱えたもの です。そのURLは次の通りです。

http://bbs7.otd.co.jp/izumiya/bbs_plain  上記の掲示で、1408、1432、1443を書いたのは私です。今日こうしてメール をお送りしたのは、私に事実誤認がなかったか不安を感じたからです。先にも申 し上げたように、市販の書籍から得た知識が中心で、歴史を専門に勉強したこと がありません。泉谷さんの認識は間違いだと思うのですが、それに対する私の反 論の中に事実に反する部分があっては説得力を失うと思いました。大変ご多忙な 中だと思いますが、私が書き込んだ内容に事実に反する部分がないかチェックし ていただけないでしょうか。ご指摘をいただければ大変助かります。

■回答


在日韓国人二世の方もこのような正しい歴史認識を持っておられる事、大変嬉し く思いました。 金完燮に対する迫害で、韓国には言論の自由がないことが明らかになりました。 自国の歴史認識に自信があれば、議論すれば良いことです。 日本から賠償金を取るため、歴史を歪曲していたと非難されても仕方がないので はないですか。

それにしても拉致を意味する「強制連行」という言葉を、労働者募集の内、官斡 旋、徴用に無批判に使ったマスコミの無知、無責任には呆れます。 今後のご活躍を祈ります。

一寸気になり見直してみました。 下記の事項は私は確認していませんので真偽のほどは知りません。。 念のためご連絡します。

<先に紹介した「アボジ本当の歴史を教えて」 と同様に、在日韓国人の手で行われた調査の結果、日本に帰ろう とした女性のうち15000人がレイプされ、そのうち5000人は生きて帰 れなかったという調査報告があります。そして証拠の一部は、帰国 した女性たちのケア(堕胎から精神的ケアまでを含む)を行った九 州大学病院や、一時的な保養所が設立された温泉地の二日市な どに多く残っています。それらは客観的な資料としての価値を持っ ています。>

理事  杉本幹夫

■投稿(2)

 ご多忙な中、わざわざありがとうございました。

 日本に帰ろうとした女性が襲われた件は、ネット上の記事で見ただけです ので、私も今原著を確認しようとしているところです。「アボジ本当に歴史 を教えて」という書籍は現在でも購入可能になっているようです。

 思えば、見ず知らずの私が突然にメールをお送りしたことに対してご不審 の念もあったかと思います。それにも関わらず、このように丁寧にお答えく ださってありがとうございました。きっかけとなった泉谷しげるさんの ゲストブックでは、この問題に関する書き込みが禁止されましたので、すぐ に私のコメントを書き込むことはなくなりました。また改めて一時資料を探 し、新しい知見があれば杉本様らにお知らせできるようになりたいと思いま す。

 一点だけ、応援している立場からの意見を聞いていただけないでしょうか。 私の同級生たちは20代後半の人が多いのですが、学生という立場にあるため か左翼的思考をする人が多いです。その人たちがおかしいと思うのは、「新 しい歴史教科書」を読んでもいないのに、新聞の報道だけを根拠に「間違い が多い」と決め付けていることでした。さらに言うと、藤岡さんや西岡さん のことを「悪人顔だぁ」と決め付けていることが理解できませんでした。皆 大学院で学び、一次資料を確認する必要性を叩き込まれている人たちなのに、 自分の専門を離れるとワイドショーに興じる主婦と発想のレベルが変わらな いのです。これは30代から40代の助教授たちにも見受けられることでした。

 ただ、逆にいうとこうした人々の手で世論が動くのも否定できないと思い ます。私が強く推奨したいのは、広報を重視していただきたいということで す。しばらく前の「朝まで生テレビ」という番組の中で、作る会のメンバー のお一人が「失礼なことを言うなぁー」と怒鳴り声を上げたことがありまし た。お怒りになるのも当然の仕打ちが受けてのことだとは思います。しかし、 テレビを通して見ている視聴者には、「強圧的」、「国粋主義者」などと いったイメージを与えた可能性が高いと思うのです。

 杉本様、藤岡様らのなさっていることは国際的に見ても中庸を得たことで すが、それが世間に理解されるまでには、まだ時間がかかると思います。 できるだけスムーズに世間に受け入れてもらえるよう、物腰が優雅で柔らか な雰囲気を持った人を一人選び、マスコミ向けの顔をされてはいかがでしょう か。具体的な人物を例にイメージを言うなら、中山参与、アナウンサーの草野 仁さんなどが上げられます。会のメンバーの中にも、同じ様に物柔らかな 雰囲気を持った方がいらっしゃるのではないでしょうか?そうした人材を見 つけたら、藤岡様や杉本様らが専門について十分なレクチャーをした上で、 会の顔として前面に出すのがよいと思います。

 世間の多くは、自分にとって都合のよい受け取り方をする人ばかりだと思い ます。大学院で実証的な研究を学んでいる学生でさえ、見た目で意見の良し悪 しを語るのですから。その現実を踏まえた上で、皆様方の主張を広める方策を 図っていただきたいと思います。


韓国についての質問


■投稿

私も最近までは反日の教育に大きく影響をされていました。 今、思えばバカげたことです。 日本の冤罪について韓国人と討論しますが、 いつも話をそらされてまともに話 をしてくれません。 一方的に日本人が悪い、このことを前提に話をするのでどうしようもないで す。 今は2つ、気になることがあるので韓国人を問いつめています。 このサイトは韓国人も見るようなので是非、知恵をお借りしたいです。

その1
韓国の教科書では「日帝時代、日本は韓国から米を収奪した」このように書い ています。 韓国人に聞けば「収奪」ではなく「掠奪」だと主張します。 このことは本当なのでしょうか?

もしも韓国から掠奪したような安い米がたくさん入れば日本は混乱すると思い ます。 工業化が進んでいたといえ、まだ日本には米を作って生活をする農家はたくさ んあったはず・・・ 日本はなぜこのような混乱するような事態を自分から招い たのでしょうか? どのようにしてこの混乱を回避したのでしょうか? 工業化に成功した年を境に日本の農業は米を作ることをいっさい止めてしまっ たので しょうか? 本当に米の掠奪はあったのでしょうか?

その2
日本は韓国人を強制的に徴兵した、となっています。 韓国人に聞けば、はっきりと「強制的に徴兵した」と主張します。 本当はどうなのでしょうか? 徴兵された韓国人は恨みを持たなかったのでしょうか? 戦争にいく時には武器を渡すはず・・・ なぜ恨みを持つような人間に武器を渡 すようなことをしたのでしょうか? このことを承知で日本軍は韓国人を兵隊にしたのでしょうか? どうやればそんな奇跡みたいなことができるのでしょうか? 本当に徴兵は強制的に行われたのでしょうか?

長くなって申し訳ありません。 もちろん私もこれらのことがありえないことも知っています。 答えの知っている質問をするのに誠に恐縮ですが、 このサイトを見る韓国人に説明してほしいです。 いかにばかげたことを信じているのかを。 お忙しいことかと存知ますが、よろしかったらお願いします。

■回答


1.米の収奪
韓国の教科書では1920年から1933年までの米の生産量と、米の日本への 移出量を掲示し、生産量の増を上回る移出量の増より、韓国人は次第に自分の 作った米を食べる事が出来なくなったと非難しています。

この事は事実です。しかし1933年は世界の農業恐慌が最もピーク(どん 底?)に達した時です。米の価格はピーク時の1/3近くまで下がりました。 自分の作った米を食べられなくなったのは、日本の農村も同じであり、特に東北 地方では村役場の吏員や、学校の先生の給料の支払いが困難になり、遅配、欠配 が続出し、娘の身売りが続出する時代でした。農林次官の石黒忠篤は「日本の米 の価格低下は無制限な朝鮮、台湾からの米の移入が原因だ」として、朝鮮の飢餓 移出を止めるよう要請しました。しかし「それでは朝鮮の農民は破産する」と朝 鮮総督府は反発し、陸軍省の応援により、米の朝鮮からの移出自粛を拒否しまし た。怒った石黒次官は辞任しています。今で言う貿易摩擦です。

その時期、アメリカでもフィリピンからの砂糖、やし油をめぐる貿易摩擦、フィ リピンからの労働者の移民をめぐる労働摩擦が激化し、フィリピンの10年後の 独立が決まりました。フィリピンの切り捨てです。

つまりこの頃の米はすべて全く自由取引だったのです。この後朝鮮総督府と農林 省の話し合いがつき、倉庫を増設し、移出の時期をならす事になりました。更に 次第に計画経済が導入されたのです。 日本の工業化が進み、米が最重要産業の位置から降りるのは、戦後もかなりたっ てからです。

2.徴兵について
徴兵とは徴兵令状により、強制的に兵役につかせる事です。拒否すれば懲役刑が 待っています。 しかしこの制度は世界的に一般化されています。現在でも韓国は徴兵制を採用し ています。アメリカの徴兵制もソ連の崩壊までは残っていたのではないでしょうか。 即ち彼らの論理によれば、韓国人の青年は20才になったら、板門店に強制連行 される事になります。

支那事変が始まった当初、朝鮮人の金錫源少佐が日本兵を率い、大活躍しまし た。 この事は連日新聞紙上を賑わせ、歌も作られ、レコードにもなりました。この事 は朝鮮人青年の中に、「自分も金錫源に続きたい」という気になった人が大勢い たと思われます。

1938年創設された義勇兵の募集に対し、7.7倍の青年が応募しました。こ の倍率は次第に高まり、1942年には62倍を超えました。 1943年の応募者は30万人を超えています。当時の朝鮮の人口は2400万 人です。如何に多くの人が応募したか分かります。

中には強制されて応募した人がいたかもしれません。「なあに、応募しても採用 される筈がない」と気楽な気持ちで応募した人もいたと思います。 しかし真剣な気持ちで応募した人も多かったのではないでしょうか。特攻隊に加 わり、戦死した人もいます。 その実績から1944年徴兵制が実施されたのです。

3.強制連行について
強制連行とは拉致を意味します。日本の労務動員をマスコミでは強制連行と言い ます が、拉致され、工場や鉱山に動員された人はいません。

朝鮮に徴用令が施行されたのは、1944年です。徴兵と同様、徴用令状によ り、所定の場所に集まり、大勢の見送りを受け、引率者に引率され、所定の工 場、鉱山に行きました。

内地と台湾に徴用令が施行されたのは、1939年です。朝鮮では企業の自由募 集が解禁されただけです。 朝鮮はそれまで、内地の労働事情を乱すとの理由で、企業が自由に労働者を募集 することは禁止されていました。 1942年、労働者不足により、官斡旋が始まりました。官斡旋とは企業の求人 に対し、役所がしかるべき労働者を斡旋すると言うことで、この頃から、強制連 行が始まったと言われます。

しかし官斡旋と徴用の根本的な違いは罰則の有無です。官斡旋により内地へ連れ てこられた人が逃げ出しても、金銭の貸借関係以外罰する法律がありません。内 地へ到着後、より良い仕事を求め、逃げ出す人も沢山いました。 これらの労務動員を、拉致を意味する強制連行という文字を使い始めた歴史学 者、事実をしっかり勉強せずに、左翼歴史学者の発言を鵜呑みにして、日本国民 にそのような意識を植えつけたマスコミの責任は極めて重大です。

4.それ以上の詳細については、私のホームページ、日韓関係の近現代史  http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/ を参照してください。

理事  杉本幹夫


植民地除外規定とはどのようなものだったのか?


■投稿

インターネットの某巨大掲示板で、「日韓併合では、帝国憲法も施行されず、国際条約での植民地除外規定も適応さ れていた。つまり日韓併合は植民地支配であったといえ、日本人の民族主義のせ いで、朝鮮人は塗炭の苦しみを味合わされた。これは歴史的事実だ。」

以上のような発言を受けました。私のこれまでの認識では、日本が民族主義に基 づいて他民族を迫害した歴史はなかったと考えていました。強制連行は本人の意 思で来日した出稼ぎ労働者だし、慰安婦は単なる娼婦。半島統治は完全な持ち出 しであるし、日本は八紘一宇の国だから、民族主義に踊り朝鮮人の人権を蹂躙し たりなんてしていない。そう考えていました。

しかし、上記の発言をされたとき、自分が半島統治における法律に全く知識がな いことを思い知らされました。一応、自分なりに調べてみた結果、「併合当初は 帝国憲法を施行されていなかったらしいこと」「その理由が未開社会であった半 島では、いきなり本土レベルの近代法適用が無理と考えられたため」などが分か りました。残念ながら、植民地除外規定については、何やら慰安婦問題でよく引 き合いに出されていることぐらいしか分かりませんでした。

そこで、疑問が消えない私のために、先生へいくつか質問させてもらえないで しょうか?
・帝国憲法は終戦まで一貫して半島で施行されなかったのか?また、帝国憲法な しなら、どのような法で治めていたのか?
・憲法はともかく、民法・商法・刑法など、その他の国内法はどうであったの か?例えば、朝鮮人というだけで、裁判権がないなど不平等な法が施行されてい た事実があったのか?また、そのために不当な扱いを受けた朝鮮人がいたのか?
・植民地除外規定とは何か?これによって、朝鮮人差別が法的に許され、朝鮮人 への非道な行為が成されていた事実があるのか?
これらについて教えていただけないでしょうか? よろしくお願い致します。

■回答


植民地除外規定については始めて聞きました。日本は一視同仁の旗の下、同化政 策を推進していましたので、植民地除外規定など考えることはなかったのではな いでしょうか。

憲法については自信はありませんが、最後まで適用されなかったと思います。理 由は兵役義務と参政権・義務教育です。昭和19年の法律改正で徴兵制が施行さ れ、参政権が与えられますが、あのような時期に憲法問題を議論する余裕があっ たとは思えません。

朝鮮、台湾における法は基本的に延長主義で、出来るだけ内地に合わせるもので したが、習慣の違い、民度の違いにより、完全に同一にはできません。しかし民 法に相当するものは民事令、刑法に相当するものは刑事令として定められ、主務 大臣を経て決裁を受けたようです。
旧慣重視のため、内地の民法の適用が出来なかった代表的な例は、朝鮮における 同姓の結婚禁止です。朝鮮では古来姓の持つ意味は重大で、今日も同本、同姓の 男女は結婚できません。この制度は創氏改名が問題となったときの民事令でも残 されたのです。即ち姓を戸籍に残すために新たに氏を創ったから、創氏なので す。

朝鮮人というだけで、裁判権がないなど不平等な法が施行されていた等と言うこ とはありません。今日天安の独立記念館へ行くと、拷問のシーンがあり、あたか も日本時代に拷問がひどかったようにいわれていますが、あれは総て日本統治前 の制度です。当時の拷問が如何にすさまじいものだったか、私のホームページの 中の「4人の外国人が見た併合前の朝鮮」を見て下さい。日本は取り調べで拷問 した役人に対し、3年以下の懲役に処すとの拷問禁止令を出しています。又伊藤博文 暗殺事件でも、ちゃんと弁護士をつけ、裁判されています。

日本が朝鮮・台湾に 残した最大の貢献は法治主義です。金美齢によると、台湾では蒋介石政権が全く法治主義を知らな かったのに、台湾の人は驚いたようです。

日本の朝鮮併合の最大の目的はロシアの復讐に備えることでした。朝鮮人から恨 まれると、ロシアとの戦争になったとき、鉄砲が反対方向を向きます。そんなこ とになっては大変ですから、税金を内地より安くしたり、3.1独立運動のリー ダーをたった3年の刑で釈放し、親日のリーダーに育てたのです。

又朝鮮人の国会議員も何人もいました。強制連行(拉致)のような無茶に事をし たら、彼らが黙っていないでしょう。

理事  杉本幹夫

■投稿(2)

朝鮮、台湾で施行された法が延長主義を基本としていたと聞いて安堵しました。

植民地除外規定についてですが、前に慰安婦問題でよく引き合いに出されていると書きましたが、元ネタは吉見義明著『従軍慰安婦』(岩波新書)のようです。わたしは読んだことがないので分かりませんが、参考になるかもしれないので、下記のHPを貼っておきます。 http://www.bekkoame.ne.jp/~yamadan/mondai/rmal6/react371.html

■回答(2)


婦女子の売買に関する国際条約については、以前なにかで見た記憶がありますが、詳細は覚えていません。 しかし当時は日本も、朝鮮も貧乏でしたので、未成年者の売買?は多くあったようです。 彼女らはある程度の年齢に達するまで、下働きをし、ある程度の年齢に達したところで客を取らされたようです。 国際条約に言う売買の定義は知りませんが、数年で返済可能な前借金は売買と言えるのか、いつも疑問に思っています。

理事  杉本幹夫


支那事変や朝鮮統治は必要悪だったか


■投稿(1)

Web Siteを拝見いたしました。小生は現在国外にて生活をしておりま す。短期滞在者ですので,数ヶ月後には帰国する予定ではありますが, 韓国人と接する機会が多くあり,歴史議論をすることもあります。

私は, 左翼思想および右翼思想もないと自分自身は思っております。私自身は, 当時の戦争は必要悪だったと考えております。あの時代,植民地は当然 のように行なわれていたわけですし,太平洋戦争は当時の日本の生きる 道だったと思っています。ただし,戦争賛美はするつもりはありません。

ただ,韓国人と議論している中で苛立たしさを感じるのは,日本は韓国 を侵略した国であることを強調することです。教科書問題も話をしまし たが,やはり侵略国の歴史教科書だから問題になるようです。英語での 議論ですので,微妙な表現は正直の所難しいですが,小生が思うことは, 彼等の歴史観が事実であるということを当たり前と思うこと自体が疑問 です。歴史は見る人によって色々な側面があって当然ですから,事実は また別の所にあるはずです。

ただ,彼等の意見から感じたことは彼等は 停戦中で政府としては国民を一方向に目を向けさせなければならないと いうことはあると思うのです。日本人のように,平和ぼけしていると有 事には対応できません。

閔妃暗殺の話をしたこともありますが,彼等に いわせると,現在の皇太子妃「雅子」や,英国女王を暗殺するようなも のだという意見が帰ってきます。ある韓国人は,ロシアの支配下になっ ても独立運動をしたであろうといいますが,少し現実逃避しているよう に思いました。身近な北朝鮮の状況を冷静に判断するべきです。

私は, 日本統治が全て正しかったとは思いません。ただ,良い面,悪い面双方 を知る必要はあると思います。彼等には難しいとは思いますが・・・。 近代史が故に起っていることだともいわれますが,あの反日感情は異常 だと思います。マスメディアも煽っているようですが。

ただ,日本がしたことが全て正しいと言う考えは危険です。彼等の国民 性を考えると,謝罪が良いとは思いませんが

■回答(1)


1.当時の戦争は必要悪との考えにまず引っかかりました。 支那事変は現在のイスラエルとパレスチナの戦いと同じだと思います。

日本は色々な外交交渉で、中国に経済的な目的で進出した日本人の権利と安全を守る べく、協定を結びました。 一方中国は戦国時代であり、地方政権は中央での外交交渉で決まった事を実行しよう としません。 さらに民族主義の高まりにより、教科書始めあらゆる方法で反日、侮日をけしかけ、 日本商品のボイコット運動、更にはテロ行為が続出しました。 その結果が、満州事変であり、支那事変です。勿論日本にも、鎌倉時代からの土地願 望があったことは否定しません。 まさにイスラエルとパレスチナの関係そのものではないでしょうか。

2.韓国の歴史認識については、日本を強請るために、反対意見を言わせないマスコ ミ・政府によって作り上げたものだと思います。 その証拠は金完燮に対する迫害です。彼は今春「親日派のための弁明」を出版し、 「朝鮮の発展のためには日本に頼るしかない」との判断で、李完用首相が、日本の要 求を飲んだと主張しています。そして「今日の韓国の発展は日本の朝鮮統治の成果 だ」と主張しています。

特に民族主義の否定を主張している人は数少ないと思いますが、この考えは私の主張 と全く同じです。 この本の出版により、彼の家族はオーストラリアに避難しました。 このような問題は自由に議論させれば良いことです。そのような言論を弾圧しなけれ ばならない所に、彼らが事実を歪曲している弱みがおるのではないでしょうか。

3.このような反日感の原点はカイロ宣言です。当時のアメリカ政府は日本難しの感 より、朝鮮を独立させ、日本から賠償を取り、朝鮮に与えることを考えました。この 考えは占領当初朝鮮人に伝えられました。それで朝鮮人は一気に舞い上がったので す。

しかしこの考えはイギリスに拒否されました。戦後独立した植民地から、賠償を要求 されたら、最も甚大な被害を受けるのはイギリスです。当然の事ではないでしょう か。彼らは賠償金を払う所か、私有財産の没収に対し補償を獲得し、国債の未償還金 もかっての植民地政府が支払ったのです。

4.韓国の最大の歴史の歪曲は閔妃時代です。彼女は清の西大后同様、当時の最大の 実力者でした。彼女は自分の贅沢のため官職を売りました。買った官僚は元を取るた め、重税を課したり、無実の罪で金持ちの家を潰しました。当時の朝鮮国民の悲惨さ はイザベラ・バード(ビショップ夫人)の旅行記他当時の朝鮮を描いた幾つかの本を 見て下さい。尚その一部は私のHPの中の「4人の外国人の見た当時の朝鮮」に記載 してあります。このような悪政を行った最大の権力者だから暗殺されたのであり、皇 太子妃「雅子」様や,英国女王を暗殺するのとは全く異なります。

犯人は日本の三浦公使と言われていますが、解散を命じられた朝鮮人訓練隊(日本の 訓練を受けていた軍隊)と、大院君(高宗の実父)を担ぐアンチ閔妃グループと日本 人グループの連合軍でした。 その後ロシア公使とアメリカ公使が組んでクーデターを起こそうとしましたが、内通 者(後の貴族院議員 李軫鎬)により阻止されました。 更にロシア公使はクーデターを企み、成功、露舘はん遷となったのです。

5.日清・日露の戦いは、「このような内政の乱れが朝鮮半島不安の最大の原因であ る。朝鮮半島の安定こそが、日本の防衛に最も重要な事である。」として始まった自 衛の戦いでした。朝鮮半島がロシアの支配下に入れば、丁度匕首を突きつけられた形 になる朝鮮半島の地政学的な見地から考えれば納得できると思います。このような防 衛の見地から考えると、日本が朝鮮人を搾取などするわけがない事が理解できます。

私の本「植民地朝鮮の研究」を読んでいただければ、私が「全面的に日本が正しかっ た」と言っているのではない事が理解していただけると思います。

■投稿(2)

返信が送れました。私は,歴史家でもなく,一般人ですので私の知り得た情報 の中でしか当然、お話しは出来ません。

私が「必要悪」としたのは,「戦争=悪」という前提の元に立っているからで す。イスラエルとパレスチナの関係がどういったことを示すための例としてあげ られたのかは申し訳ありませんが,正確には理解できませんでした。イスラエル 国民の権利を守るためにパレスチナと紛争が起こっていると解釈すればよろしい のでしょうか?

付き合っている韓国人の範囲の中でも,韓国人の嫌な面は垣間見ることが出来 ます。言論の自由はない国だとそれは感じることが出来ます。現在デモが起こっ ているアメリカとの問題もサイバーテロをやったとかという話を平気でします し,竹島が日本の物だなんて言おうものなら殺されるとまで,言います。まさ に,資本主義国家ならぬ言論の自由のない国であることは十分感じています。

ただ,いがみ合っていてもしょうがないことは事実だと思います。ただ,事態 を好転する良い手段があるのかといわれれば無いと言うところが正直なところで す。 ただ,私が思うに,等の日本国民自体があまりにも関心がなさ過ぎること自身 問題だと思います。国民性の違いといってしまえばそれまでですが・・・・個人 的には,右左に日本の意見は寄っているような気がしま す。情報も,双方の情 報を載せているところはないように思われます。

「植民地朝鮮の研究」については 帰国して拝見させていただきます。

■回答(2)


私が引っかかったのは「必要」という言葉です。戦争は必要悪というより、止 むに止まれぬ感情の高まりではないかということです。

支那事変もパレスチナ紛争も、政府間の交渉で紛争防止のため、色々協定が結 ばれます。 しかしその協定はどうしてもやや強者よりになります。そこで弱者である支 那・パレスチナはテロで対抗します。 そのテロが限度を超えたとき、戦争に突入するという事です。

テロとの戦いは 9.11で始めて国際世論は、強者のサイトにつきました。 しかしそれまでは大体弱者の味方でした。 イスラエル側から見るとき、パレスチナ紛争はイスラエル国民の権利と安全を 守るための戦いであり、支那事変は支那に進出した日本人の権利と安全を守るた めの戦いでした。

満州事変、支那事変等、日本の侵略、領土の拡大を狙ってとの 説が支配的です。その為国民の大半は世界各国に謝ることが当然の義務のように思っ ています。 又、領土の拡大が、国益につながるとの考えは、当時の国民は勿論、現在の国民もそ のように思っています。

しかし冷静に考えると、当時、石橋湛山、矢内原忠雄等が、植民地はすべて赤字であ り、経済的には手をひいた方が得策だと主張しています。 現実にアメリカは農産物の無制限の輸入、労働者のアメリカ移民に反対し、フィリピ ンの切り捨て、10年後の独立を決めています。

又政府中枢、軍部首脳は共に、満州事変、支那事変とも、なんとか拡大を抑えようと しました。それがずるずると泥沼に入り込んだのは、マスコミの責任です。マスコミ は軍部による言論の自由を奪われたことが原因だと主張していますが、政府中枢、軍 部首脳共に戦線不拡大を主張していたのですよ。マスコミが戦線不拡大を主張すれ ば、それを抑える必要はありません。

満州事変は石原完爾の謀略によるものです。

しかしそれに先立つ万宝山事件、中村大尉殺害事件抜きには語れません。特に万宝山 事件は満州に進出した朝鮮人農民と、中国人農民の争いであり、その報復として朝鮮 で中国人に対する報復が起きています。それまでの反日侮日運動に対する日本人の怒 りを利用したのが、石原完爾の謀略であり、それに対する圧倒的なマスコミの支援 が、満州事変の拡大に繋がったのです。これを抑えにかかった犬養総理は5.15事 件で暗殺されています。

支那事変は中国共産党の謀略が発端です。死者もでない盧溝橋の一発が何故あれだけ の大戦争に繋がったかが問題です。やはりそれまでの反日教育によるテロの続発、盧 溝橋の後で発生した、廓坊での中国軍による日本軍攻撃、 通州における日本人居留民の大虐殺事件、上海における大山中尉殺害事件等が、日本 人を怒らせたのです。

特に通州では日本の民間人が攻撃され、約200人が日本人では全く考えも及ばない ような残虐な殺され方で殺害されました。1937年7月29日の事です。この記事 を読んで憤激しなかった日本人はいないと思います。

理事  杉本幹夫