貴方たちを許すことは出来ない(原文英語)


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最近アイリスやンの「南京大虐殺」を読みました。私は彼女が提供している統計 数字が必ずしも正しくないかも知れないと思っています。若い中国系アメリカ人として過去に起きたことで戦後世代の日本を非難すべきではないと思って いました。

しかし、 日本の教育システムはこのような重大の過去の事件を若い人たちに教えることに ベストを尽くしているとは思いません。貴方たちはアイリスの統計数字の問題を取り上げ修正することにより、自分の国を守ろうと意図しているようだ。 たとえ実際の数字がもっと少なくても、それは極めて衝撃的なものでありよく認識すべきものです。

追記:私は貴方たちを永久に許すことは出来ないと思っている。(声を大にして いいたい)

■回答

貴方はここで述べている議論の背景にある我々の考えと動機について完全に誤解されて いるようです。

まず、われわれはアイリスの数字を訂正等しようとは考えておりません。完全なでっちあげであると否定しているのです。
チョット次の式を考えてみてください。「200,000 - 300,000= 250,000」
  もし貴方が初歩的な算数が分かっているのなら、この式を直そうなどとはしないでしょ う。単に、これは馬鹿げていると言うでしょう。アイリスのいっていることは、は実際このようにまったく馬鹿げたものなのです。

「南京安全区報告書」は、国民党政府の支援のもとに Dr. Shuhsi Hsu によって、 南京安全区国際委員会の記録を編集したものです。1939年上海のKelly & Walsh社に よって出版されました。

この委員会は12月3日に逃亡した南京馬市長から南京市民の面倒をみるよう委嘱されていました。この報告書には委員会の 2ヶ月間の活動が記載されています。 この報告書には「我々はこの安全区にほとんど全ての市民を集めた」とはっきりかかれています。

これは12月8日に唐生智南京防衛部隊司令官が「特別 許可がある市民以外は全て安全地区に集合すべし」という厳しい命令を出しているという事実ともまったく一致しております。日本軍の南京入城は12月 13日でした。 この報告書には12月17, 18, 21, 27日と人口が20万であると記載されていまして、1月14日にはこれが25万になっています。あなたがそ の気になれば、アメリカの多くの大学図書館にあるこの報告書でその事実を確認することが出来ます。

これは南京問題を議論するうえでの最も重要な基本事実です。もしこの基本事実と合 致しているのならそれは事実とみることができます。しかし、もし言っていることが、ここの基本的事実に合致していないのなら、それは過っているか、あ るいは嘘なのです。

アイリスの場合は何の根拠も無くこの20万の人口のほかに30万の人口を南京に作り出しています。したがってこれは単に間違っているのではなく悪質 な捏造なのです。

この報告書に市民から報告された殺人事件がことごとく掲載されていますが、それを全て足すと27件(54名)です。しかもこのうち目撃者があるの がたった1件のみです。中国国民党軍と日本軍の間に激しい戦闘があったことは当然のことながら疑うべくもない事実です。多くの兵士が死亡しました。 しかしこれがいわゆる大虐殺ではありません。かなりの市民がこの戦闘の巻き添えになったでしょう。でもこれも「大虐殺」とはいえません。これが我々 の見解なのです。

我々がやろうとしているのはグロテスクに捏造されたストーリーを明るみに出し、歴史の真実を復元することです。このような悪意のある捏造からは日中 間に将来の友好が育成されることは無いでしょう。我々は中国人にこのような不正行為から足を洗い歴史の真実に立ち返るよう望んでいます。そうするこ とによって中国人は正真正銘の嘘の捏造者であるいう不名誉から救われることになります。あなたは、中国人の不正行為をさらに続けさせたいのですか。 それとも不正行為を止め、真実にかえることを望むのですか?

会員 水本 茂


自虐史観確立の経緯


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「歴史論争最前線」というサイトを楽しませて頂いております。こうして見 ると歴史は以外に面白い側面が多いなと思いました。なぜなら、
@いかに我国の 物語が日本人の視点で語られているか、
A失われた50年前にあった日本人として のよき誇り―(教育勅語)道徳といいたいですね、
B山川出版の教科書とまるで 違う、などが考えられたからです。

ここで驚いたのが、Q&Aにもありました、かつて日本が支配していたアジア諸国 は日本に感謝していたという話です。 僕の祖父から聞いたことはありました が、学校では大東亜戦争の全てが日本が悪いと教えられてきました。日本史の教 科書にハル・ノートやマッカーサーやダグラス検事などの東京裁判後の証言など が記述されていませんね。とすると、教科書は情報工作・隠蔽もありうるのでは ないでしょうか。

 我国の物語を作ってきた人間はふざけているとしか言えません。教育関係者・ マスコミ・政治家・市民団体などこそが戦後のA級戦犯ではないでしょうか? これはCrimeというよりSinに値します。彼等はどこの国の人間なのでしょうか。

 ここで教えてください、どうして僕達はこれまで自国の守るべきよき伝統や客 観的かつ各国のヒーロー史観などを教えてもらえなかったのですか?いつも明治 以降はなんでも日本が悪いとばかり教えられたのでしょうか。  よろしかったらその経緯を教えてくださいませんか。

■回答

ご愛読頂き有り難うございます。 仰有るとおり、教育関係者・ マスコミ・政治家・市民団体などこそ が、戦後のA級戦犯だと思います。 私は文部省、外務省の役人がしっかり歴史を学ばず、自虐的な歴史観にとらわ れ、諸外国に主張すべき事も主張しない事に怒り狂っています。

何故このようになったか、私なりの考えを述べさせて頂きます。 戦後日本を支配したアメリカは極めて容共的でした。この政策は2−3年で変更 されたのですが、その2−3年の間に、日教組、労働組合、学界等に共産主義、 平和主義はすっかり根付きました。

それは戦後の荒廃で、貧富の差を解消しようと云う共産主義に大きな夢を感じた からです。 又食料援助をしてくれるアメリカを相手に「何であのような苦しい戦をしなけれ ばならなかったのか」、に大きな疑問を感じ、東京裁判史観を受け入れ、非武装 平和主義を主張するようになったのです。

ソ連の崩壊で、共産主義に対する幻想は溶けました。しかし非武装平和主義に対 する幻想は未だに朝日新聞、社民党等に根強く残っています。

私は昭和27年(1952年)に大学に入りましたが、当時の学生で多少社会の こと、政治のことを考える学生の大半は共産主義、平和主義に引かれたもので す。

共産主義は極めて教条的で、統治者は民衆を搾取するものと決めつけ、民衆の抵 抗を軸に歴史を組み立てようとします。 実証的な研究より、上記の理論が優先され、自虐的な歴史観にとらわれていま す。

日教組はアメリカの政策変更による共産党弾圧にもめげず、一貫して共産党の支 配下にありました。 又このようなマルクス史観は戦後世代が力を付けて来るにつれ、学界でも支配的 になりました。 昭和40年(1965年)から始まる家永裁判で、文部省の検定制度は次第に崩 れ、教科書の自由化が進みました。 それと共に教科書にマルクス史観、自虐史観が強くなりました。

又日教組を中心とする左翼の主張は、集団的威圧、暴力による強圧を含んでいました。 「新しい歴史教科書をつくる会」の事務所への放火事件はその一例です。多くの学者は、そのような暴力団との対決から逃げました。 私も多くの人から、「そんな危険な研究、出版は止めなさい」との忠告を受けました。

平成2年?(1990年)教科書検定で文部省が「侵略」を「進出」と書き換え させたと言う報道がされました。こんな事実はなかったことは産経新聞の報道で 明らかになりましたが、この事で中国が騒ぎ出しました。 日本の政府はそれに屈し、近隣友好条項?(教科書検定では近隣諸国との友好を 損ねないよう配慮されたいとの趣旨)が制定されました。

この条項で中国、韓国は日本の歴史教科書に注文を付けてくるわけです。 近年共産主義の崩壊と共に、実証的な研究が進み、それと共に歴史の見直しが進 みつつあります。 「新しい歴史教科書をつくる会」はその動きのあらわれです。

理事 杉本幹夫


日本人の祖先


■投稿(1-1)

ご意見箱2002年11月分 No2 の質問「日中韓に平和はない」に対する杉本 幹夫理事の回答に下記の一節があります。

「日本人の祖先が、中国人や韓国人であることを否定しません。」

これは驚くべき意見です。第一、韓国(大韓民国や李朝末期の大韓帝国)や中国 (中華人民共和国や中華民国)など高々100年そこそこの歴史しかありませ ん。それ以前には両国とも近代国民国家ではなかったのですから「中国人」や 「韓国人」などいたはずがないのです。

それに国民国家などというものは19世 紀欧州に生まれた比較的新しい概念であることはよくご存じの筈、その実体をな す「国民」も長い年月にわたってさまざまな撹拌作用を受けて変遷を重ねつつ、 ゆっくりと今日の形をなしたものだと言うことも歴史学を学ぶものの常識です。 そのような歴史の道程を無視して、いきなり現在と遠い過去を等価なものと見な し、それを前提にして議論をするなどは、中国人や韓国人が好む思考様式でこそ あれ、少なくとも「自由主義史観」の信奉者が取るべきものではありません。

「HK生」

■投稿(1-2)

杉本理事が、日本人の祖先が、中国人や韓国人であることを否定しないのに、同 意しません。何故なら、どちらが先かは判りませんが、同根であり、分派だと思 います。この観方は卑下する物かと思います。

■回答

私は朝鮮人や中国人に卑下しているとか、迎合しているとは思っていません。 歴史的事実についての私の認識です。

日本人は、縄文文化を作り上げた原日本人、稲をもたらした中国人、朝鮮半島の 動乱で亡命してきた朝鮮人等との混血だと思っています。

特に任那をめぐっての数百年の争いは、一体何だったのか。 航海技術の未熟なあの時代、何故任那にあれだけ固執したのかを考えたとき、私 は「任那こそが高天原ではなかったのか」と思えてなりません。

日本書紀に素戔嗚尊が朝鮮の曽尸茂梨に住んでおられた事が明記されています。 天皇家のルーツが任那にあったと考えると、あの数百年にわたる戦争が不思議で なくなります。

理事 杉本幹夫

■投稿(2)

お返事ありがとうございました。日本人の起源に関する杉本さんの歴史的事実認 識については承りましたが、私の疑問に対する直接的なお答えにはなっていない ようです。そこであらためて、先の編集部宛メールを再掲し、私の見解を補足し ます。

-------------------------------------------------- ご意見箱2002年11月分 No2 の質問「日中韓に平和はない」に対する杉本 幹夫理事の回答に下記の一節があります。

「日本人の祖先が、中国人や韓国人であることを否定しません。」

これは驚くべき意見です。第一、韓国(大韓民国や李朝末期の大韓帝国)や中国 (中華人民共和国や中華民国)など高々100年そこそこの歴史しかありませ ん。それ以前には両国とも近代国民国家ではなかったのですから「中国人」や 「韓国人」などいたはずがないのです。

それに国民国家などというものは19世 紀欧州に生まれた比較的新しい概念であることはよくご存じの筈、その実体をな す「国民」も長い年月にわたってさまざまな撹拌作用を受けて変遷を重ねつつ、 ゆっくりと今日の形をなしたものだと言うことも歴史学を学ぶものの常識です。 そのような歴史の道程を無視して、いきなり 現在と遠い過去を等価なものと見なし、それを前提にして議論をすることなど は、中国人や韓国人が好む思考様式でこそあれ、少なくとも「自由主義史観」の 信奉者が取るべきものではありません。

(再掲おわり) -------------------------------------------------------

 数百万年前、アフリカの大地溝帯で猿より別れて進化した人類が、長い年月を掛 けて全地球に拡散し、時期を分けつつ宗谷海峡、朝鮮海峡、琉球諸島を経て日本 本土に到達して現代日本人の源となったことは常識で、これに異議を唱える人は いません。

しかしながら朝鮮半島から来たからと云って彼らは「韓国人」ではありません し、同様にシナ大陸から来たとしても「中国人」ではないのです。以前に述べた ごとく「韓国」や「中国」はたかだか百年そこそこの歴史しかありません。人 種、言語、習俗、宗教、政治などの諸要因が多元的、重層的、跛行的に絡まり あってダイナミックに展開してきたのが人類の歴史です。

シナ大陸を例にとって も後漢から南北朝あるいは唐末五代の二度にわたって激減した人口を西方北方か ら移住した異民族がうずめて民族構成が入れ替わっており、さらにさかのぼれば 春秋戦国時代の「呉」、「越」、「楚」などの諸国はオーストロアシア系と云わ れています。

わたしは「倭人」の原型は小さい人という、その語義や基層文化の共通性からして て、オーストロアシア系民族であるとする考えに賛同します。

縄文時代の日本の人 口密度は非常に小さく西日本では平方キロあたり0.2人位と推定されています から九州全土の人口は数千人、従って北部九州や朝鮮南部への渡来者が数十人、 数家族であってもその地の以後の歴史に大きなインパクトを持ち得ます。しかし このような太古の出来事は、現在の「韓国」や「中国」とはなんの関わりもない ことです。

 ヨーロッパ史に例を取れば、ケルト、ローマ、ゲルマンのなどの諸要素が複雑 に絡まりあった歴史展開をへて現在のフランスがあります。だからといってフラ ンス人は「アイルランド」人、「イタリア」人、「ドイツ」人の混血ではありま せん。

いうまでもなくこれらの諸国はたかだか100年そこそこの歴史しかな く、彼らの歴史もまた大かれ少なかれフランスと同じような変遷をへて今日に 至っているからです。

従って「フランス人の血の70%はアイルランド人だ」、 「フランス語はイタリア人が教えてやった」とか「フランス最初の王朝はドイツ 人がうち立てた」など云う人間は欧州にはまずいないでしょう。

かように極端な エスノセントリズムは19世紀ヨーロッパに発生した畸形的ナショナリズムの変 種で現在ではまともに取り上げる人間などほとんどいませんが、残念ながら中国 人や韓国人のなかには鬱屈した自尊心のなさしめる故なのか、このような稚拙な 議論を得意げに触れ回る哀れな人間が少なくないのも事実です。

従って自由主義 史観研究会の指導的立場におられる杉本さんがまずなされるべきことは、このよ うな人間の偏狭な自民族中心思想をたしなめ、幅広い視点から歴史をとらえ直す ように促すことでしょう。

「HK生」

                                  

■回答(2)

仰有るとおり、中国人・韓国人とは戦後の呼び方です。 支那人・朝鮮人も或る時代の呼び方です。 支那人.唐人.漢民族.中国からの渡来人こま人.新羅人.朝鮮民族、朝鮮渡来 何と呼べばよいのですか。

こだわるほどの問題とは思いません。

理事 杉本幹夫

■投稿(3)

原初の投書者は
(1)大部分の人類学者は、日本人は朝鮮人と中国人の混血であると言っている。
(2)古い中国人の子孫が、韓国と中国で彼らの親戚を殺したのである。
などと主張しているのですから、このような愚説(中国人という のは政治学上の定義で人類学とは無関係)にまともに答える こと自体を私は問題にしています。

 杉本さんは -------------------------------------------------- 仰有るとおり、中国人・韓国人とは戦後の呼び方です。 支那人・朝鮮人も或る時代の呼び方です。 支那人.唐人.漢民族.中国からの渡来人、こま人.新羅人. 朝鮮民族、朝鮮渡来人、何と呼べばよいのですか。 こだわるほどの問題とは思いません。 -------------------------------------------------- と述べられていますが、現在の韓国・朝鮮人や中国人自体も 以前に例に挙げたフランス人などと同じように幾多の歴史的 変遷をへて現在に至っているのですから、これらの語句は等 価なものではなく、それぞれ限定的な意味しか持ちえません。

 繰り返し主張しますが日本人の先祖が朝鮮半島から渡来 してきたとしても彼らは「韓国人」ではありませんし、シナ大陸 から来たとしても「中国人」ではありません。もちろん宗谷海 峡を渡って来たからと言って「ソ連人」や「ロシア人」ではなく、 現世人類がアフリカ大地溝帯で誕生したとしても我々は別に 「タンザニア人」の子孫ではないのです。

 日本人の祖先は日本列島に天から降ってきたのでも、地から 湧き出たわけでもなく、遙かな昔宗谷海峡、朝鮮海峡、東シナ 海を渡って、あるいは氷河期の海退により地続きとなったことを 利用してこの地にやってきたのですから「中国人、韓国人の 代わりになんと呼べばよいか」と言うような質問自体が無意味 に思えます。ただ単に「シナ大陸や朝鮮半島、サハリンなどから 移住してきたモンゴロイド」と答えるしかないでしょう。

  中国人、韓国人なる語は彼らの国家意識にもとずく自称で あってまず第一に政治的用語です。もちろん我々日本人も使 用しますが、それはあくまで現時点における実際的必要性に 基づくものであって、それ以上の意味はありません。従って歴史 的な文脈で「中国」や「韓国」なる言葉は無頓着に使用される べきではなく、また彼らの歪んだ国家意識に無批判に追従する ものと誤解される原因にもなるでしょう。

御労作「植民地朝鮮の 研究」を読ませていただいております小生は、もちろん杉本さんが そのようなお方だと考えているわけではありません。 心していただくとともに益々のご活躍を期待しております。

「HK生」