1.貴方の著作物について(原文英語)

■投書

私はあなたの著作物(またはあなたがあなたのウェブサイトに置いたもの)を読みました、そして、私は若干異議を言いたい。 日本が韓国を助けたというあなたの議論は、全く分析的推理に基づきます。

人間は、そのように分析的ではありません。 たとえそれがいくぶん韓国人を助けたとしても、韓国人は日本が韓国を併合したり、韓国を支配することを望まなかったのです。

それについてこのように考えてください: もし宇宙人が地球に来て、「あなた方の生活を良くしてあげる。その代わり、我々の言うことを聞きなさい」と言われたら、人間は「OK、すごい!」と言えますか? もちろん、人間として「はい分かりました」とは言えませんね。 宇宙人は助けるかもしれません、しかし、彼らは人類を劣っている存在として、常に人類を見下すでしょう。

これは丁度日本と朝鮮のかっての関係と同じです。 朝鮮は現在も過去も、日本が干渉するどんな権利も持たない国です。 日本は、何者ですか? 誰が日本に「何が朝鮮のための善悪であるか」について決める権利を与えましたか? 日本人が余りにも尊大である事が、多くのアジア人が日本人を嫌う理由です。

あなたは一部の朝鮮人と若干の状況について事実を示しています、しかしそれは大多数を代表するものではありません。 より良く扱われていた1人の人の存在を以て、全ての朝鮮人がそうだったと言えますか? もちろん言えませんね。 あなたは若干の「事実」を示していますが、、あなたが欲する観点だけです。

あなたは、朝鮮人が理由もなく日本人に怒っていると思いますか? それは2つの国の、これまでの和解についての議論が無用なものだと言っているのと同じです。 あなたがどんなに日本が朝鮮を助けたと言っても、それは他国に支配された恥を上回ることができますか?

朝鮮の女性を性の奴隷として使い? 朝鮮の宝を盗み? 日本語を学ぶことを強制され、ついには日本人になることを強制された?

私は、日本を憎みません。 私に、多くの日本の友人がいます。 しかし、あなたの執筆は日本の優勢を主張する以外の目的を持たないようです。そして2つの国の間の亀裂を深めるだけです。 なんて悲しい事でしょう。

■回答


私は非常に忙しいので、返事が遅れました。

私は「歴史を学ぶ目的は、歴史に学ぶため」だと思っています。 その為には感情を排し、正確に事実を学ぶ必要があります。 歪曲された歴史からでは、先人の英知は学べません。 又歪曲された歴史から導き出された歴史観に従えと言われても、それは恨みを残すだけであり、真の和解になりません。

日本は朝鮮の女性をsex-slaveにしたことはありません。 もっと歴史を正しく学んでください。

このような歪曲された事実を元にした歴史観に従う事が、両国の和解に繋がりますか。 このような歴史の事実を議論し、究明することこそ、真の和解への道だと思います。

私は異なった民族だから一つの国になれないとの考えに疑問を持ちます。 世界的に見て単一民族という国の方が少ないのではないでしょうか。 清国も満州民族が国王となっていますが、清王朝末期は実質的には漢民族が支配権を取り戻していたのではないでしょうか。

アメリカで黒人が参政権を得たのは1965年です。 現在は黒人のパウエルが国務長官になっています。

日本は1945年に朝鮮に参政権を与えています。 それより先、1932年には朴春琴が東京から衆議院に当選しています。 日本も朝鮮人が総理になる時期が来たかもしれません。 

理事 杉本幹夫


2.イラク攻撃について

■投稿

今回はイラク攻撃について、マスコミは反対のムードを盛り上げています。

実際のところ、米英両国による国連決議なしの攻撃の可能性が高まってきました。 そこでヤン・ウェンリーさんにお聞きしたいのですが、イラク攻撃はすべきでしょうか?

■回答


 イラク問題は我が国の国益の面から見ても、放置しておいてはいけません。 やはり討つべきでしょう。ただし方法を誤ると我が国を危険にさらすので、 私の考えを以下に示します。

 イラク問題はアラブ世界がらみだけに、短期的・長期的な戦略を織り交ぜて 考えないといけないです。アメリカにつくからには、イスラムの民衆を敵に 回すことも覚悟の上でやらないといけないでしょう。実際、イスラム諸国の中には アメリカに敵対する国もあれば、好意的な国もあります。

 さしあたり、マレーシアやインドネシアを敵に回さぬように政策を決めて いかなければならないと思いますね。アジアにおける数少ない親日国を 敵に回しては長期的に問題ありです。何しろ、今でさえ、中国によって 我が国は世界の中で孤立させられつつあるのです。歴史認識を巡っての プロパガンダにさらされ、クリントン政権下でのアメリカにはアイリス・ チャンによってずいぶんとひどい目にあったことを忘れてはなりません。

 目先の利益にのみこだわって足下を掘り崩すようなマネだけは 避けねばなりません。闇雲に親米を唱えるのは考え物です。  ですが現状ではアメリカに対しても、中国に対しても、隙を見せるわけには いきません。そのためにはアジアの友邦を固めておかなくてはなりません。

 華僑のネットワークを甘く見てはいけないのです。華僑のプロパガンダが ユダヤ人を動かし、サイモン・ヴィーゼンタールをして反日発言をさせたことを 忘れてはなりません。アイリス・チャンの「ザ・レイプ・オブ・南京」の副題は 「第二次世界大戦の忘れられたホロコースト」でした。 (THE FORGOTTEN HOLOCAUST OF WORLD WAR U)  手を変え品を買え、我が国を孤立させてきた中国です。  次はおそらく、アラブ諸国に暗躍することを考えることでしょう。だからアメリカ に 盲従するわけにはいきません。

 源頼朝は平家を討伐するに当たり、義経や範頼に兵を指揮させる 一方、自らは鎌倉に腰を据えて関東を固めることに専念しました。  そのことをヒントに考えるなら、アメリカにイージス艦を出したり、 軍資金を出すのみならず、イスラム諸国に対する経済協力も 怠ってはならないでしょう。首尾よくフセインが打倒されたあとは、 我が国がイラクの再建に積極的に乗り込み、石油権益を確保すると 同時に、当分の間はその利益をイラク国民の生活向上のために 還元するなどの方策がどうしても必要になるはずです。

 我が国の行動が誤解を招いては何にもなりません。北朝鮮に ついても同様です。イラク問題に関する私の考えは以上です。

会員 ヤン・ウェンリー

■後日の所見

 果たして、バグダッドは米英軍に制圧されたが、我が国の姿勢が 問われるのは正にここからと言っていいであろう。イラク国民は長い サダム・フセインのくびきから脱することはできたが、これまでが 新たなイラク創造のための破壊であった以上、我が国はかの国の 復興を支援せねばならないであろう。

 アメリカを支持して資金やイージス艦を提供したのは、我が国が 真実イラク国民のことを思ってこれらの行為を為したのだということを 明確な形でアピールする必要があるからである。それは言葉を伴った 行動で示すべきであろう。

 しかし、一方的な親米でないということも同時に示す必要がある。 アメリカはイラクのサダム・フセインらを戦争犯罪者として、アメリカの 裁判所で処断しようとしている。勝利者であるアメリカが、敗戦国の 指導者を正義の名の下に法廷で裁こうというのである。我が国が 東京裁判史観を克服しようとするならば、かかる行為は断固 批判するべきである。

 今回について言えば、戦争を始めたのは明確に誰が見ても アメリカであった。戦争を始めた国が戦争で負けた側の罪を 問おうとしているのは大東亜戦争の敗戦処理以上にタチが 悪いと言わざるをえない。

 東京裁判は勝者による敗者の裁きであった。アメリカに再び 同じことをさせてはならない。さもなければ日米ともに、 本当に救いようのない国となるであろう。

 もし今アメリカのしようとしていることを批判しなければ、日本は 過去のアメリカの我が国に為した不法行為を追認したことになるし、 アメリカはそれこそ天上天下唯我独尊の、唯一絶対の超大国として、 世界を誤った方向に誘導していくことになるであろう。

 絶対の権力は必ず腐敗する。その時、その動きを掣肘する国が なければ世界は永遠にアメリカにいいようにされるのである。

会員 ヤン・ウェンリー

3.いわゆる南京大虐殺について


■投稿    OK生

山川出版社発行の“富山県の百年”(1989年発行)によると第9師団に所属する 富山歩兵第35連隊について以下のとおり記載されています。
同連隊は昭和12年に上海に上陸し南京攻略戦に参加した。その後、台湾で終戦を 迎え昭和20年9月上旬に台湾に進駐した蒋介石軍に武装解除を受けた。昭和20年 の暮れに日本への帰還命令を受け、昭和21年1月から3月にかけて富山に復員し た。

第9師団に所属する他の連隊もほぼ同じ頃復員したものと考えられます。 もし、南京で30万人もの大虐殺が日本軍によりなされたのであれば、南京攻略戦 に参加した部隊については蒋介石軍により徹底的な取り調べを受け、虐殺に関与 したと判断された将兵は戦犯として厳しく処罰されたものと考えられます。 しかしながら第9師団の将兵の取調べを実施したとの話を聞いたことはありませ んし、上記の復員スケジュールではそのような時間はなかったものと考えられま す。

小生は、蒋介石は南京大虐殺を事実だとは考えておらず台湾に進駐しても取り調 べを実施する気は全くなかったと考えていますがいかがでしょうか ?

■回答


なるほど第9師団は南京を攻略した師団ですし、35連隊は南京の中山門を占領した部 隊ですね。ただ、8年も経っていますから、昭和20年には連隊の幹部などはかなり入れ替わっているかもしれま せん。

しかし、終戦時に「蒋介石は南京大虐殺を事実だとは考えておらず」はおっしゃるとおり だと思います。それは、終戦時の南京在住の中国人や日本人もそうですね。近々そのへ んの視点も含めて、HPの[Q&A]コーナーで南京大虐殺について書く予定ですので、 ぜひ読んでください。

         

会員 渡辺龍二

■投稿(2)    OK生

HPへの「いわゆる南京大虐殺について」を読みました。

確かに南京攻略時と台湾での終戦時では師団・連隊の幹部はかなり入れ替わっ ているかもしれません。しかし、終戦時でも南京攻略戦に参加した下級将校・下 士官兵が相当数いたものと考えられます。

 終戦時に国民政府軍が本当にいわゆる南京大虐殺を問題視していたのであれ ば、南京攻略後に召集された将兵は早期に復員させるとしても、南京攻略戦に参 加した将兵は拘留して虐殺の実施に関与したかどうか徹底的に取調べを実施する はずではないでしょうか?

 30万人の非戦闘員を殺害して、統率上の責任を問われた軍司令官・師団長の他 には、実行犯が新聞の捏造記事で戦犯として処刑された3人のみというのもおか しな話だと考えています。

■回答(2)

これもそうだと思います。するどい視点だと思います。南京戦では親衛隊的な教 導総隊とか蒋介石夫妻が手塩にかけて育てた士官学校生徒隊とかも壊滅しています し、南京陥落は政治的な影響も大きかったですから、南京戦に関してなんらかの後始 末をしなければ国民政府もおさまらなかったのでしょうね。

貴方のおっしゃるように、当時の国民政府の指導者たちは南京大虐殺はそう 重要視していなくて、裁判向けというか、勝敗の結果責任とかパーフォーマンスととら えていたように思います。

会員 渡辺龍二

 

■投稿(3)    OK

ところで数年前に中国に出張した際に、国内線の機内に座席に備えられていた英 文のパンフレットにろこうきょう(変換しません)で中共軍の勇士が日本軍に向けて 発砲したとの記事が出ていました。持ち帰るのを忘れて今でも残念に思っています が、その件に関しても中国政府は国内、日本以外の外国、日本に対する見解を使い分 けているものと判断しています。

ご参考までに連絡させていただきます。

■別投稿 MS生

先日Q&Aの「南京大虐殺事件について」を読みました。

最近日本のメディアが、イラク兵がTシャツ・ジャージ姿で投降するという場面をよく放映しているそうですが、アメリカのメディアでもこれは放送されています。 ふと思ったのですが、これは非常に重要で、南京大虐殺の汚名を晴らす絶好の機会ではないでしょうか。

藤岡信勝代表と東中野修造氏共著の「ザ・レイプ・オブ・南京の研究」は僕も読みましたが、民間人に兵士が偽装することは、軍隊として国際法違反はもちろん、もっとも恥ずべき行為で、それは軍人ではなく単なる罪人なので、即座に射殺されても仕方ない、と習いました。 そして彼らが紛れ込んだ住民は殺されても文句は言えず、南京事件のときもまさしく本質がこれではないかと思います。

もし中国の言うように、仮に本当に三十万人殺されたとしても(その三十万人という数は誇大な物だというのはわかります)、一切の非は中国にあったのではないでしょうか。 新聞はこのことを、この機会に、主張すべきだと思います。


4.本当に日本人がやったのか?

■投稿

最近このページを見つけて読ませていただいております。 昭和初期の歴史に興味があり、願ったり叶ったりで、非常に勉強になり、 うれしく思っております。私はというと、自分で深く考えると他のこと が手に付かなくなる性分という事もあって、専門家各氏の書物を読んで 満足する程度なのですが、このページを読ませていただいているうちに、 どうしても以前から気になっていた事が再び気になりだしてメールした 次第です。

よく、満州や支那に関する書を読んでいると、日本人が何々をして中国 人を差別したとかいうふうな話が出てきます。私もそうしたと言う告白 もあったりしますが、果たしてどの程度そのような事があったのか、ご 存知でしたら教えていただけないでしょうか? 当時の大半の日本人の意識の中に、支那人がどうしようもない奴らだと いう考えがあった?ので十分ありえた話なのか、それとも、日常起こり うる犯罪の範囲内であっただけの話なのか?

また、当時の「日本人」には朝鮮半島のヒトや台湾のヒトも含まれてい たようにも思うのですが、その点はどうなのでしょうか? 日本で作成された資料では明確に区別されているようにも思うのですが、 満州や支那で、当地の報道や、外国人により報道される場合には区別さ れていたのでしょうか?

現在喧伝されている支那での残虐行為や差別的行為に大陸的な犯罪の臭 いがするものが少なからずあるように思えるので、実は「日本語を話し ていたようだ」という証言ひとつで日本人が犯人らしいという話が残っ て、それが、彼の地で公式記録として採用されて残されている、という 資料もあるのではないかと邪推してしまうのです。

■回答

まず日本人が支那人を侮蔑したり、差別したであろう事は否定できないと思っていま す。私たち少年時代は支那人を「チャンコロ」と言っていました。 しかしこれは本能的なものであり、誰しも貧乏な人、不潔な人、働かないで不満ばか り言っている人にはそのような差別感を抱くのではないでしょうか。

しかし日本人は 上海の公園で、「犬と支那人入るべからず」と言った差別はしなかったと思います。 満州では五族協和を唱え、その方向で努力しています。

それなりの地位にある人、努力する人への敬意は十分あったと思います。 その証拠は支那を始めとする、東南アジア諸国の独立運動指導者に対する支援です。 この事実は我々のページのQ&Aを見て下さい。

満州では朝鮮人は日本人として扱われていましたが、支那人の見る目は果たしてどう であったかは分かりません。 朝鮮人は併合前より、大量に移民し、同じ時期大量に流れ込んだ支那人と各地でいが み合い、その調停は領事館の大きな仕事だったようです。 尚台湾出身の謝介石が満州国の外交部長として活躍しています。

支那での残虐行為や差別的行為については 田辺敏雄著『検証 旧日本軍の「悪行」 歪められた歴史像を見直す』自由社税込み 約2000円 及び黄文雄先生の一連の本を推奨します。 如何に歴史が歪曲されているか、よく分かると思います。

理事 杉本幹夫


5.日本の台湾統治による犠牲者


■投稿 

こんにちは。 田中宇さんというジャーナリストのHPに気になることが書いてありました。 日本軍は台湾統治を始めるに当たって、一万四千人の台湾人を殺した、というようなことです。 http://tanakanews.com/a0410taiwan.htm 本当なのですか?

■回答

私は原典まで当たっていませんのではっきりしたことは言えませんが、その程度、或いはそれ以上の犠牲者は出ているように思います。

台湾は日清戦争の結果、清から日本に割譲されました。 しかし台湾巡撫・唐景しょうは拒否し、台湾民主国の独立を宣言し、日本に抵抗しました。この戦争では台湾兵は1万人近く亡くなったようです。 この台湾民主国との戦いは5月から11月まで続き、日本兵は北白川宮能久親王を始め大変な犠牲者を出しました。

日本は11月に台湾平定を宣言しましたが、12月末には各地で反乱が発生しました。1898年民政長官として後藤新平が赴任した頃は民政長官の官舎でも銃声が聞こえたそうです。この平定には7年かかっています。

更に高砂族の平定、1930年の霧社事件と続きます。 因みに日本人の殉職者として、1934年建国神社に合祀された人は17000人に達します。

理事 杉本幹夫


6.水原での教会焼き打ち事件について


■投稿 

こんにちは、投稿するのは2回目ですが、2002年12月のご意見箱での回答に対 して質問があります。

>>教会に閉じこめられ焼き殺された朝鮮人の話は、日本兵の自衛の為であった。そ の地方は独立運動が最も激しかった所で、その前巡査が2人殺され、約1000人の 暴徒が押し掛け、白昼小学校に放火した。その為日本人は家を捨て避難せざるを得な かった。その状況を調査のため約10人の兵が、約30人の朝鮮人を教会に集め、取 り調べを始めた。その時一人が暴れ始め、他の人が同調したので、人数が半分以下の 兵隊の方が、教会の外に逃げ、鍵を掛け放火したものである。その指揮官は行き過ぎ だったとして罰せられている。

この内容について確実な証拠となる資料はあるのでしょうか?韓国では日本によるキ リスト教の弾圧として伝えられいます。証拠写真を撮った外国人もいるとのことで、 他に資料もなくそんなことがあったんだなと思っていました。

■回答

拙著「植民地朝鮮の研究」では、木原悦子『万歳事件を知っていますか』平凡社19 89年を元にしています。 更に外務省外交資料館所蔵一件書類「大正8年6月8日付”機密公第18号”}で補 強しています。

理事 杉本幹夫


7.英語の頁に南京事件捏造写真の解説掲載 (原文英語)


■投稿 

私は、東京のインターナショナル高校の3年生です。 現在南京事件の研究に取り組んでいます; その中で、1937年の南京事件の解釈について、アイリス・チャンの所説の正当性の 分析をしています。 この事件に関してあなたのウェブサイトで提供される情報の一部を使いたいと思いま す。

所で、このウェブサイトの内容の著者について教えていただけませんか。 彼らは、どんな資格を持っているか、アジア史についての学位等です。 これは、私に非常に役に立ちます。

■回答

南京事件に関する研究をされていると聞いて嬉しく思います。自由 に南京事件に関して、我々のウェブサイトの全ての情報を自由に使って下さい。

>I wonder if you could give me some information about the authors of the content on this website?
上記の文で、あなたはどの著者の事を言っておられるのですか?

東中野修道氏は亜細亜大学の社会思想史の教授であり、日本「南京」学会の主宰者で す。 この学会は「1937年に南京で本当に何が起こったか」を調査するために、歴史 家、知識人と普通の市民によって2年前に設立されたものです。 彼は南京事件の研究者で、何冊もの本の著者です。

日本「南京」学会は、昨年最初の年次報告を公表しました。 私が引用している富沢繁信氏はビジネスマンとして成功された後引退され、長年南京 事件を研究しておられる人です。彼は彼の義理の父から、繰り返してそれが全て「う そ」であると聞かされてきたとの事です。 彼の研究は、この年次報告に含まれています。

彼とボランティアグループは、南京事件で今日知られているまさに全ての当時のレ ポートの詳細なデータベースを編集しました。あなたがキーワード(例えば「人 口」)を入力すれば、あらゆる源から「人口」について引用がリストとして出てきます。

人食に関する翻訳記事は、中国人、満州人、蒙古人の歴史の権威である岡田英弘 氏(東京外国語大学名誉教授)の著作から引用されました。 彼は、それらの話題に関する多数の本を出しています。

私は今アイリス・チャンの本の中の偽造写真についての記事を、このウェブ上に アップロードするため準備中です。 彼女の本についてのレポートを書いておられるので、是非この記事をご覧くださ い。 もし時間があれば、他の情報を送ったり、質問に答えることも可能かと思いま す。

会員 野口ひかる

■回答(2)

あなたの南京事件についてのレポートはどうなっていますか。 我々のサイトhttp://www.jiyuu-shikan.org/e/index.htmlにアップロードされた 新しい記事に気づかれたでしょうか。 それらはアイリス・チャンが「証拠」として使った写真に関するものです。

同級生はどのように考えておられますか。 また、写真に関するより多くの記事を、近い将来パート2としてアップロードし ます。

会員 野口ひかる