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■投稿
自由史観研究会の方々へ 最近、貴方たちのアイリス・チャンの南京大虐殺についての間違いに関するホームページを読みました。 貴方たちの日本帝国軍部による何十万の無実の市民の虐殺についての貴方たちの取り扱いに驚いている。史上まれにみる恐ろしい痛々しい事件を貴方たちが打ち消そうとしているような書き方をして、南京事件を軽視しようとする貴方たちのページを見て、その日は胸がむかむかしてきた。 歴史的見地から本の詳細を非難するのは一つの方法ではあるが、帝国陸軍によって行われたこの痛ましい事件を正当化し、国際的に認められた情報を疑問視するのは別の問題だ。「中国側が日本軍の降伏勧告を無視したことによる」といって数十万の無実の中国人の虐殺の責任を中国側に負わせ、不要な中国兵と市民の死に至らせたと非難している。 共産党は中国本土を1949年まで支配していなくて中国軍は国民党の管理下にあったにもかかわらず、中国共産党の60の処刑法を持ち出して、日本軍の恐ろしい行為をねじ曲げようとしている。 60年も経ってこのような虐殺について戦時中責任がある人が、いまだこのような大量殺戮を犯した事実を受け入れない。そして世界に宣言している。更に自分の犯した過ちを繰り返す世代等、恐ろしいことだ。なぜなら、これらの人たちはあまりにも無知で自分たちの行為や責任を受け入れることが出来ないからだ。 ■回答
我々のサイトに関心を持っていただいて有難うございます。貴方の主張されることはよく理解できます。こういう考えをお持ちの人が多いからこそ我々のサイトは真実を訴えなければならないと考えています。我々は歴史上の事実を無視など絶対にしません。南京事件に関し、実際に起こった真実を貴方に示したかっただけです。 何応欽将軍が1938年春立法院に提出した軍事報告書によると中国軍の南京、上海における損害は死傷者98、340名(死者33、000名、負傷者65、340名)です。これが当時の中国政府の公式データです。これは実際より非常に少なめに見積もったも数字だと思いますが、中国軍が大きな損害をこうむったことは間違いありません。しかし、これは大虐殺を意味するものではありません。従って、中国政府はこの報告の中でも日本軍が大虐殺をしたなどとは一切いっておりません。 南京戦についてのもう一つ資料を挙げましょう。それは毛沢東の有名な「持久戦論」です。これを彼は1938年5月に書いています。 「戦争と何か」 (What War Means)を書いたマンチェスターガーディアンのティンパレーのように中国政府は、ジャーナリストをも工作員として使ったことが明らかになっています。(国民党国際宣伝部長曾虚白は、自伝で、彼には多額の金を与えて書いたことを明らかにしている。) もし健全なる常識と理性をお持ちの方なら、200000−300000=250000 などと言う式をまともに論議するなど極めてばかげているということでしょう。 私たちが彼女は架空の人口を作り出したったのだと言っているのはこのことです。 自由史観研究会会員 水元 茂
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■投稿 第二次大戦における南京や医療実験センターのような中国市民に対する日本軍の行動に関する貴方たちのサイトで見て、貴方たちは自由勝手な歴史観(すなわち空想の歴史観)を持とうとしているのだと理解した。 米軍が日本軍将校をことごとく戦争犯罪で処刑しなかったことが、日本が幸いにもこのような行動を正当化することを許してしまった。第二次大戦における日本軍の行動について嘘を言い、歴史の真実を捻じ曲げ、でっち上げていては、他のアジア諸国は勿論のことアメリカとも、良い関係にはなりえない。虐殺を認めなさい。そうすれば上手く付き合ってゆける。おそらく中国人も、レイプや殺人を乗越え、日本人を進んだ 国民として再び信用することになるだろう。 ■回答(1)
私たちは南京事件など重要な歴史的事件について、良識のある全ての人々に根拠のある歴史的事実を提供することのよって、互いに意見交換できるようになることを望んでいるのです。これが客観的に歴史的事実に近づく唯一の方法でしょう。 しかし、事実に基づく論議や検証もせず、自分だけの思い込みにしがみついている頑固者がいるのを見ると非常に悲しくなります。このような態度は本当に人類の将来に損失を与えるものです。無知の人たちがやれる唯一のことは、事実を示さない悪罵をを浴びせることです。これでは破壊以外の何も作り出すことはないでしょう。 自由史観研究会会員 水元 茂
■投稿(2) 私はプロレタリア文化大革命のときの中国での食人慣習のこと以外に、あなたのウェブサイトに殆ど事実なるものをみつけられなかった。 私の言いたいことは、戦時中の行き過ぎた行動についてフタをし、何もなかったかようなふりをすることは、現在の日本のイメージに良い影響をもたらさないどころか、実は大きな害をなしているということです。間違いなく、アメリカ人捕虜は他の交戦国の捕虜よりは慈悲深く扱われた;しかし、アメリカ人捕虜でさえ受けた処置は、すくなくとも 野蛮なものであった。 これは意見ではない。実際の生き残った捕虜の何千もの証言の結果だ。貴方も知っているように戦時中、日本はジュネーブ協定を尊守せず、その結果、捕虜は20世紀の半ばというより、中世に近い基準で扱われた。逆にアメリカにおける日本人捕虜はジュネーブ協定に則って扱われた。この協定では医療処置、適切な食料、住居を与え、拷問や即処刑を禁じた。日本軍は拷問だけではなくアメリカ人捕虜を殺した。中国人捕虜も非人間的な扱いを受けた。これは歴史的記録であり事実である。日本軍国主義政府の植民地時代の台湾、朝鮮、満州における行動を否定することは歴史を否定することだ。これは嘘以上に悪い。 貴方が私を人種差別主義者、偏屈者と思っているらしいのは、興味あることだ。 今日でも中国では北部中国の広い場所に飛行機でばら撒かれた天然痘菌で苦闘している。別の見方をすればナチがヨーロッパでユダヤ人に対して行った非人道的な行為によるいかなる犯罪も中国に対し日本が1931年から1945年までにおこなった大量虐殺と比較すれば見劣りがする。別の見方をすればナチドイツは戦時中に行った日本軍将校に比較すればいい奴だった。 実際は知られてはいないが多くの最悪の虐殺は日本の天皇によって命令されていたというきわめて明らかな決定的な証拠がある。彼は戦後、Douglas MacArthur 将軍の力により、生き延びた。MacArthur将軍がいなければ、天皇は間違いなく 処刑されていたであろう。それはまさに政治的な判断であった。 アメリカ軍は戦後日本を平定するために天皇の力が必要であった、そしてMacArthur はこのことを理解し予見していた。明らかに、戦後のワシントン当局は軍人、民間人の全ての指導者をドイツでやったと同じように戦犯にしようとしていた。個人的には私はこのような戦争後の裁判を行う道義上の権利を持っているとは信じてはいな
い;しかしながら、起こした戦争犯罪の過失を認めないことは疑問の余地無く絶対に不道徳だ。 ■回答(2)
貴方がこのサイトには事実が殆どないと言ったことを聞いて戸惑っています。 貴方は日本が南京を占領した時の人口は事実ではないと考えているのですか?私たちはいわゆる南京大虐殺が歴史的事実として実在したのか、それとも完全に捏造されたものかを決める鍵となる事実であると考えています。貴方の論議は全て検証されていない事実、すなはち、日本は南京で恐ろしい大虐殺をした、日本はアメリカの捕虜を殺した、または野蛮な拷問を受けたなどなどで、アメリカや中国から一方的に提供されたプロパガンダか、捻じられ曲げられた話に基づいています。 なぜあなたはこのような事実を隠そうとされるのですか?貴方はあたかもあらゆる歴史的事実を知っているかのように説教しています。しかし貴方の事実に対する思い込みが真実などではではなく、単に神話かせいぜいプロパガンダであったらどうなるのですか? この委員会は日本軍が占領していた最初の2ヶ月間の事実上の南京市行政府でした。この報告書で最も重要な情報は人口に関する数字です。委員会は人口に関するデータを 王固磐警察長官から20万と知らされており、これを基に彼らは食糧供給、住宅供給の作業をしていた。この「南京安全区の記録」によると12月17,18,21 ,27日には人口は20万と記録され、日本軍が占領してから丁度一ヶ月後の1月14日には25万と記録されている。 もし貴方が健全な常識と理性を持っているのであれば20万−30万(虐殺者数)=25万などと言う式はとんでもない馬鹿げた話である、と一蹴するでしょう。しかし、実際にアイリス・チャンや中国人は現にこのような本当に馬鹿げたことを主張しているのです。これが我々が彼女は人口をでっちあげたとか、作りあげた、といっている理由です。 「南京安全区の記録」のなかで安全地区に全ての市民が集まったと記録されています。安全地区の広さはニューヨーク市のセントラルパークと同じくらいでした。 そして、日本が占領した最初の一ヶ月の間に人口はむしろ増加したのでした。も し人が殺されるようなことが起こったら、あの狭い安全区の中の20万の人の40万の目からは決して逃れる事はなかったでしょう。 どのような不正行為も中国人から委員会に報告されこの「南京安全区の記録」に 記録されていたました。この記録をよくみると、全殺人の記録は27件でそのうち目撃者がたのは1件だけ、他は噂を記録したものでした。これは上で述べた人口の推移の状況はまったく符合しています。(この「南京安全区の記録」は米国の多くの大学にありますので、あなた自身でこの事実を確認できす。) 貴方の挙げた問題点は広い範囲にわたるものですので、最初にこの重要なことを検証することから始めましょう。さもないと多くの問題を一般論で論議をすることなり、真実に基づかないで単に意見を交換することになってしまいます。捕虜の扱いに関してはこのウェブサイトの"War
Crimes: CharlesLindberg"をざっとご覧ください。当然貴方は "The Wartime
Journals ofCharles Lindberg" (Harcourt Brace Jovanovich)のすべてを読むことも出来ます。 自由史観研究会会員 水元 茂
■投稿(3)
貴方が正直できちんとした人だと分かってうれしく思っています。 どうか私も同じだと考えてください。貴方は頭がよく教養もあるだけではなく英語もすばらしいことは良くわかりました。もう少しあなたについて知りたいのです。どこで英語がそんなにうまく書けるように勉強されたのですか?おいくつですか? 男性ですか、女性ですか?どうかこのような質問があまりにも個人的で意図があるとは取らないでください。貴方の回答は意見交換するのにとってとても理解しやすいのです。 ジュネーブ協定では全ての国が戦闘時における個人行為の管理に関する条約に署名した。ジュネーブ協定では戦争捕虜の処刑は認めていない。同じように非武装の人たちの処刑も認めてはいない。相手側の軍隊の制服を着た捕虜はおおむね殺してもよいとは認めている。中国兵捕虜の何人が日本軍の制服を着ていたのか? 推察できますか? 私は絶対ゼロだと思う。ヘーグ軍事協定でも同じようなことをいっている。 貴方の意見はウェブサイトにある多くの文章と同じように、事件が予想された前後、その期間の南京における大量の人の数について述べている。貴方は本当に1930年代、40年代の中国の市長が中国の都市に何人住んでいたか知っていたと信じているのか? 私は貴方たちが貴方たちの事件を支援するかのようにCharles Lindberghを引用していることに驚いた。Charles
Lindbergh はパリへと大西洋横断飛行をしたことで20年代の米国における偉大なる英雄であった。20年代30年代になると
Lindbergh は単なるナチ心酔者であっただけでなくナチであったためその名声は劇的に失われていった。ナチドイツかその同盟者の日本が戦争犯罪を犯したか否かという彼の意見はせいぜい疑問の目で見られるか悪く言えば馬鹿げた話である。 ■回答(3)
私を人間として受け止めてくれて有難うございます。しかし私の英語についてはむしろお世辞のように思えます。私の英語能力は大学入学のときが最高で、それ以降だんだん悪くなっている。会社に入った後英語とは惨めな戦いをしなければなりませんでした。これは典型的な日本人のケースでしょう。 今は小さな会社を経営し、空いた時間をこの会の活動に割いている。このために私のお粗末な英語で貴方と議論するために時間をあまり割くことが出来ないのが大変残念です。しかし、考え方をを交換するために制限された条件の中で出来る限り、貴方と議論 しようと思っています。 最初に、我々のウェブサイトを全て読んでくれて有難うございます。「虐殺神話粉砕する」にある合成写真の話についての貴方の反応に興味を持っています。しかしこれについては後ほど議論しましょう。我々がデータや事実についてどう解釈するかというところに事実の結論が存在していることについては貴方と同じ意見です。しかし、同時に絶対に無視できない事実そのものもあります。
南京事件について二つの点を前回あなたは触れました。非武装の人の処刑と南京の人口です。 南京市当局は1936年7月に人口調査をし、97万3千万人としています。1937年12月の初めには上海から南京へと日本軍が進攻してきたので人口の避難がはじまります。この状況はFrankfurter
Zeitung.紙の1937年12月19日版でLilly Abeggがレポートしています。彼女は止めどもない避難民のために人口
はおよそ15万に減ったと報告している。次の通りである。 殆どの家は電気が切られて、商人は蝋燭の光の中で残った在庫をさばいていた。 梱包用の木箱や紙はどこにもなかった−−店では全て売りつくされていた。 従って、警官が概略の人口を把握することはそれほどむづかしいものではなく、 実際とそうはかけ離れたものではなく、かなり近いものでした。さらに全ての南京市民が12月8日に防衛司令官唐生智の命令で安全地区に集められた。安全地 区はニューヨークのセントラルパークぐらいの大きさでした。国際委員会はこれらの人々の世話をするために20万という数字に基づいて食料、住居の世話をしたのです。この数字が現実離れしていたので、作業に不便なことがあったという記録はありません。これは20万が実際の数字に極めて近かったことです。 最も重要なことは委員会の活動した2ヶ月間のこの「記録」では人口が減ったとの記録が無いことだ。これが日本軍が占領した2ヶ月間の南京の概況だ。従って南京事件についてはこれを骨格として議論をしなくてはなりません。さもなければ全ての議論が事実の基盤の上に立たないたんなるフィクションにすぎないものとなってしまいます。従ってこの決定的に重要な人口という事実を否定した議論は幻想の中の独断的にすぎません。南京事件の議論のなかで本当に重要なことは人口に関する数字だと、あえて私は言います。 次には武装していない人の処刑についての問題です。この件は次回にしましょう。 自由史観研究会会員 水元 茂
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