1.シンガポールにおける中国系住民虐殺について

■投稿(1)

前略 貴会のすばらしいご活躍を心から応援しております。
私事ですが、とある場所で「シンガポールで日本軍が無実の中国系住民5000人を 殺戮して橋の上に首を並べた。自分の祖父もそのうちの一人だった」と言われま した。「日本はシンガポールに賠償をして決着済みであり、もう終わっている、さ らに文句があるのなら賠償をもらって解決したシンガポールの政府に言え」と言っ てしまいました。

しかし、非常に後味が悪いです。ある国が他国から恨まれるのは、ひょっとしてこ ういう感情を無視して論理に走るところから始まるのだろうか?という気さえし ました。

こちらが「払うものを払ったのだからいいだろう」と開き直っているような感じ で、かえって日本の対外関係を悪化させているようにも感じています。当然、相 手も肉親をなくしているわけですから(本当の話なら、という条件がつきます が)政府が謝罪してお金も払ったと言われても納得できないのもわかります。目 の前にいる日本人に謝れなどと迫るのは筋違いだとは思いますが、結局のところ は当時の日本の事情や戦後の対応についてきちんとした情報を出していく以外に 良い方法はないし、日本が戦争をせざるを得なかった当時の立場を説明していく しかないのではないかと思いました。

余談ですが・・・主張することも大事ですが(日本政府はこちらの方が苦手なよ うですが)、日本人が米国ほど諸国から嫌われていない現状(反日教育をしてい る中朝韓を除いてですが)を考えると、主張すべきことをきちんと主張すること と、相手の感情を理解するよう努め「融和」をはかることとのバランスをとるこ とが日本のとるべき道かもしれません。

さて、今回メールいたしましたのは、シンガポールの中華系住民の真相について ご質問をさせていただきたかったからです。勝手なお願いとは存じますが、ご教示 いただければ幸甚です。書店で立ち読み(申し訳ありません)などで軽く調べて みるというのが、こういう際にまず普通の人がとる行動だと思い、私もそうしてみ ましたが、いくつかの本に「6000人の中国系住民を粛清(実際は4万人との説あ り)」などと書いてあっただけでした。

私の推測ですが、当時の中国系英領住民(つまり華僑)は英国政府とつながりが あって、それなりに利益を得ていたため、日本がシンガポールを占領した後も、英領 への復帰を画策して抗日運動をしていたのではないでしょうか。そのため英国と 戦争中だった日本軍が、敵側スパイとして処刑したのだろうと考えていますが、本 にはそこまで書いておらず、あたかも娯楽のように殺した印象をうけます。 (もっとも、多くの本がただ「住民を殺した」とだけ書いてあり、なぜそうなっ たのかを書いていないようです。これでは処刑も事故も便衣兵退治も殺戮となっ てしまいます。)

中華系住民はどのような理由で処刑あるいは殺戮されたのか、このあたりの事情 について情報や文献をご存知でしたらご教示いただけないでしょうか。

追伸:書店で歴史関係の本を探した際に、日本南京学会の方が出された新しい本を 見つけました。(書名は失念してしまいました。申し訳ありません)。 ただ、ラーベ日記やその他の一次資料の記録から、事件数を集計して表にまとめる という手法は、南京事件の存在を覆すものとして最も分かりやすい資料だと思いま す。

ああいうデータこそ一般人に見せるべきです。日本政府や多くの歴史関係ウェブ サイトが、見解としてインターネットに公開する価値があると思います。現在でも 日本人は数百万人のアジア人を虐殺したなどと、何の証左もなく書いたり言ったり する外国人がたくさんいます。これをなんとかしないと日本が本当にフェアな目 で見てもらえる日は来ないし、北朝鮮による日本人拉致事件のように、相手に10 0%非がある問題でも、日本が他国から不利に扱われたりする危険性がつきまとう のではないでしょうか。

諸国のあらゆる人が「自由史観」で近代・現代史を眺めてくれる日がくるよう、私 も微力を尽くしたいと思います。

 

■回答(1)

1.「シンガポールで日本軍が無実の中国系住民5000人を殺戮して橋の上に首を 並べた。自分の祖父もそのうちの一人だった」

橋の上に5000人の首を並べるなどは、当時の日本軍には思いもよらないこと ですし、もちろんそのような事実や記録はありません。「何年何月に、どこの橋 で」とか「そのような記録や証言があるのか」と、その方にぜひ聞いてみてくだ さい。嘘がばれると思います。

2.「中華系住民はどのような理由で処刑あるいは殺戮されたのか」

マレー作戦では、おおざっぱにいって、現地のマレー人やインド人は日本軍側に つきましたが、華僑は英軍側につきました。華僑は英国人の下で、現地のマレー人 の上にたって、いわば中間搾取する立場でした。特に英軍は華僑とマラヤ共産党で 構成された、ゲリラや義勇軍に武器や訓練をほどこして、日本軍に対抗させました。 抗日は国民党系と共産党系がありました。マラヤ共産党はほとんどが中国人で、 1940年に中国共産党から抗日の指令を受けています。マラヤ共産党は当初は 英軍と対立していましたが、日本軍が侵攻してくると、英軍はマラヤ共産党に武器 と訓練を与え日本軍に対抗させます。

そしてシンガポールの事件は下記のとおりです。

シンガポール市内では日本軍の200名の憲兵が治安維持にあたっていただけ で、日本軍の作戦部隊はシンガポールには入りませんでした。これは万一の不祥 事を避けるためでした。

シンガポールで英軍が降伏した時に「英軍も華僑の義勇軍も武装解除し現地にと どまる」という降伏条件を結びました。しかし、華僑の義勇軍は武器を持ったま まシンガポール市内に入り込み、一般市民に紛れ込んでしまいました。

このため、この憲兵隊に2個大隊の部隊を補助憲兵としてつけて、シンガポール の中国人の検問をします。第1の検問では覆面をした現地人協力者十数名によっ て、あやしい者を選び出します。第2の検問ではその選び出された者の中から憲 兵隊が、抗日団体の名簿や思想犯の名簿などと照合して、義勇軍、抗日分子、マ ラヤ共産党員、などを検挙しました。それ以外の者には領民証が交付されまし た。こうして最大にみつもって1000名が、処刑されました。

この件は私もあまりくわしくはありません。

自由史観研究会会員 渡辺 龍二

■投稿(2)

丁寧なご返信を頂きまことにありがとうございました。

一連のSARS騒ぎや天安門事件での中国政府の対応を見ても、中国人には確認もせ ず物 事を言い切る人がいる、ということは本当のようです。 私自身の個人的体験から相当控え目に申し上げてもそうだと思います。 中国人全員がそうとは申しませんが、日本人に対して悪意を持っている場合には 特に 注意が必要でしょう。 何が困るかというと、他の外国人も同席している場でそのようなデマを発言さ れ、周 りが信じてしまうようなケースです。このようなまず反日ありきで、調べもせずに 嘘を 並べる人たちとどうやって付き合っていくべきなのか、中国が桃源郷のように喧 伝さ れている世相を見るにつけ困惑いたします。

さて、ご回答の内容について重ねて感謝申し上げます。 まことに恐縮ではありますが、参考にできる一次資料名などご存知でしたら、ぜ ひご教示いただきたいのですが差し支えないでしょうか。 私自身も「どこで調べた?」といわれて「人から聞いた」ではまずいですし、他 の日本人のためにもこの件に関してできるだけ多くの情報をあつめて、どこかに公 表するのがよいかと思われます。恐縮ですが宜しくお願い申し上げます。

私感ですがシンガポールでの反日感情というのは、増幅され続けている気がしてい ます。放置していて良いのだろうか?という疑念が消えません。 日本軍が攻略したシンガポールは当時英領であり、シンガポールという「国家」 でないのは周知の事実です。

英国と戦争をしていた日本が攻め込むのは当たり前の話ですが、シンガポールを 訪れる観光客には、どうもその肝心な点が知らされていないようです。観光名所で も日本軍が接収した(という表現でよいのかわかりませんが)場所などは、「日本 がシンガポールを侵略したときに(="When Japan invaded Singapore")」という 表現でその歴史を解説しています。そのシンガポールとは単なる地名で、本来 「英国植民地であったこの地を」としてほしいところですが、元寇のように独立国 家を侵略する話として広まっている気がして、ものすごく不愉快な思いでした。

せめて現地を訪れる日本人くらいは、当時の経緯をしっかりと頭にいれるべきだ し、我々の子孫にもこの事実を伝えていくべきではないでしょうか。その意味で も貴会のご活躍をこれからも応援させて頂きたく存じます。

■回答(2)

早々のご返事、ありがとうございます。

「参考にできる一次資料名などご存知でしたら、ぜひご教示いただきたいのです が差し支えないでしょうか」とのことですが、 この件では適当な本がなかなかありません。一次資料は知りませんが手に入りや すい本ならあります。

1.古本でしか手にはいりませんが、「秘録昭南華僑粛清事件」大西覚 金剛出 版 はわかりやすいと思います。著者の大西氏は当時のシンガポール憲兵隊5分 隊のうちの1分隊を実際に指揮した隊長ですが、無期懲役(後日赦免)で死刑に なりませんでした。

この本を読めば、例えば「中国人5000人の首を橋にならべた」という元の話 もわかります。当時のシンガポールで日本軍が斬首してさらし首にした例は一例 あるんです。 当時は治安が悪化して、日本軍の貨物廠までたびたび荒されました。そこで貨物 廠の警備隊が忍び込んだ3人組みの盗賊を捕らえ、斬首してさらし首にした事件 がありました。この盗賊はインド人でしたが、それ以降は市内の治安はかなりよ くなったそうです。残念ながらこういう事件がありました。これが「5000人 のさらし首」のデマのもとだと思われます。

この本の弱点としては著者の視点がややリベラルで旧日本軍の弁護に欠ける点が あることです。しかし、シンガポールの事件の当事者の隊長の証言なので説得力 はあります。

2、「日中戦争いまだ終らず」中島みち 文芸春秋 

シンガポールというより、マレー半島全体の抗日華僑の粛清について分ります。 これはお勧めの本です。この本からご自分で一次資料にあたっても(それは大変 だと思いますが)もよいと思います。

3、「アジアに生きる大東亞戦争」ASEANセンター 

当時の体験者の対談であり、シンガポールについての既述も一章分あります。 リークアンユー首相が当時は日本軍の通訳として日本軍と良い関係にあり、戦後 も当時の日本の軍人達と親交があり親日的であつたことがわかります。最近の リークアンユー首相の自伝では、全く違ったように書かれているようです。

自由史観研究会会員 渡辺 龍二

■投稿(3)

資料名をお知らせいただきありがとうございました。入手できるものは探してみ たいと思います。

橋の上に首を並べるという話の「元ネタ」は興味深い話だと思いました。その話 が現在シンガポールでふくらんで市民を虐殺した話になっているのかもしれませ ん。いずれにせよこういうデマに対して真相を明らかにして、日本人の名誉を守 ることは大切だと思います。日本政府には経済的繁栄もさることながら、日本人 がもっと大事にしていた「名誉」こそ守ってほしいと切に思います。 お忙しい中ご回答を頂き厚く御礼申し上げます。

■投稿(4)

シンガポールの件で、某所から「血債問題」というキーワードを教え てもらいました。

血債問題とは、「1962年に日本占領中に犠牲となったと思われる市民の遺骨 が多数発見」された事件から始まった外交問題です。 日本政府がシンガポール政府に賠償金を払ってこれを解決し、遺体の発見場所に はシンガポール政府と中華系団体が慰霊碑を建てました。(現在「戦争記念公 園」と呼ばれています。) 英領シンガポールの陥落した日に慰霊祭が行われ、日本国大使も出席していると のことです。

遺体が本当に「日本軍によって殺害された無実の市民」かどうかを科学的に検証 したのか、それとも政治的な配慮でうやむやにしてしまったのか現在調べていま すが、後者であればとんでもない話だと思います。

最近中国で発見された旧日本軍の毒ガス問題もそうですが、責任が誰にあるのか をちゃんと調査もせずにお金で解決しよう、という態度は長期的な視点で見ると ものすごい愚策だと考えます。それは現在のシンガポールを見れば明らかです。 現地を訪れる観光客も在住者も、日本人というだけで肩身のせまい思いを少なか らずする羽目になっていますし、一部のシンガポール人から「日本人は人殺し」 とさえ言われます。実際、私もそう呼ばれました。

子孫に残すべきはお金ではなく「真実」です。それにはこういう事件が起こるた びに徹底的に真相究明をしていくことが最重要だと思います。平気で嘘をつく人 たちが世の中にいる以上、自分のルーツに誇りをもつ日本人を育てていくにはそ れ以外に道はありません。しつこいですが、その意味でも貴会のご活躍を応援し ております。 以上、僭越ながらご参考までにお知らせいたします。

■回答(4)

お返事ありがとうございます。 「最近中国で発見された旧日本軍の毒ガス問題もそうですが、責任が誰にあるの かをちゃんと調査もせずにお金で解決しよう、という態度は長期的な視点で見る とものすごい愚策だと考えます。それは現在のシンガポールを見れば明らかで す。」とのご意見、本当におっしゃるとおりだと思います。 反論しないとすべて認めたとみなされてしまいます。

>現地を訪れる観光客も在住者も、日本人というだけで肩身のせまい思いを少な からずする羽目になっていますし、一部のシンガポール人から「日本人は人殺 し」とさえ言われます。 実際、私もそう呼ばれました。<

これが一般的なことだとしたら、ひどい話ですね。情報をありがとうございまし た。 今後とも日本の国のためにぜひがんばってください。

自由史観研究会会員 渡辺 龍二

■投稿(5)

またお返事をありがとうございました。 私も出来る範囲で、日本の将来のために微力を出したいと思います。 ところで、貴会に入会するにはどうすればよいのでしょうか?

追伸:シンガポールは日本からの観光客や駐在者が多く反日感情は全体としては それほどではないと理解していますが、反日宣伝をしようと思う悪意を持った人 間にとっては日本人の歴史的な無知や日本政府の「思いやり」的対応は格好の餌 になってしまいます。私が遭遇した華僑系と思われるシンガポール人などはまさ にそのケースだと思いますが、日常的にその手の人がたくさんいる、という訳で はないと思います。(ただ、日本に好意を持っているような人でさえ、日本がシ ンガポールという国家を侵略したという風に考えているところにこの問題の根深 さを感じます。)

■回答(5)

なるほど、そうですか。私は戦後のシンガポールは日本との経済関係で豊かに なった人たちや発展した面も多いが、現地の新聞などは反日的な傾向があるだろ うと思ってました。 貴方の観察は客観的だと思いますし、実体験者なので説得力があり、うなづ かされます。

自由史観研究会会員 渡辺 龍二

                    

追伸、 入会の案内か説明は担当の方から連絡がいくと思います。もし、連絡がいかなけ れば、すみませんが、私にメールをください。

■投稿(6)

シンガポールに関して更に調べていましたが、国際派日本人養成講座の過去メル マガに 「(165)人物探訪:篠崎護〜昭南島の大和心」 というタイトルの記事があり、読んでみました。

ご紹介いただきました大西氏の著書とは違い、こちらにはシンガポールの華僑を 大して調べもせず殺せと命じた、辻中佐なる人物の話が出てきます。 この命令は越権行為だったので拒否されたものの、おそらくそうしたケースで処刑 された無実の華僑も大勢いただろうとのことでした。

ただ、注意すべきなのは日本軍が華僑を処刑するに至った発端はやはり、華僑系 義勇軍がイギリス降伏時に合意した武装解除を拒否して、市民の中に武装したまま 紛れ込んだということです。国際法違反ですから日本の一部の軍人だけでなく、 こちらも非難されてしかるべきだと思います。

タイトルにある篠崎氏のように華僑を進んで保護して大変感謝された人物もいる ようです。 (「既刊検索」の「人物探訪」→「人道を貫いた人々」で見つけられます。) http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jog/jog_index_frame.htm 以上、取り急ぎお知らせいたします。

■回答(6)

情報ありがとうございました。HP読みました。篠崎護という人のことは知りま せんでした。読んで、涙がでました。 こういう人がいる一方で、辻正信参謀のような人が期待される軍人像と思われて いた事実もあります。シンガポールの事件にも辻参謀が影を落しています。 篠崎護のことは、日本人にもシンガポールの人に知ってもらいたいですね。

自由史観研究会会員 渡辺 龍二

              

■投稿(7)

後日談ですが、とある華僑系シンガポール人とメールをやりとりすることになり、こ の問題について聞いてみました。 やはり日本軍=悪というか、かなり偏った話を教えられているようです。シンガポー ルでは華僑の「体験者」の話を聞くこともでき、日本軍が一般人を拷問したりレイプ した話をしているそうです。

私も自分の考えるところを述べましたが「物事をそれぞれ反対側から見ているのでや はり同意することは難しい」そうです。この問題は戦争世代より、さらに代が下って物 事を客観的に見られるようになるまで、尾を引くだろうと思います。何よりびっくりし たのは日本人にあって華僑にない考え方というか、「謝罪も賠償も本当の償いではな く、原爆で日本人がたくさん苦しんで死んだアレこそが本当の償いだという、ハンムラ ビ法典のような考え方をしている華僑がたくさんいるらしい、ということです。

一方、私が現地でマレー系華僑の老人から直接聞いた話ではその人は当時7歳で、日 本兵はいい人がたくさんいた、物をもらったりした・・・と懐かしそうに教えてくれ ました。華僑は次世代に悪意を持ち越そうと組織的に運動しているのかと勘ぐってし まいます。 シンガポールの現代っ子は戦争の記憶がなく、日本人に好意的な人も多いのですが、 悪意ある人たちもいます。今後、華僑系シンガポール人とどうつきあっていけば良い か?というのは私や同世代の人たちに課せられた難しい問題だと思います。 長文失礼いたしました。


2.南京事件における犠牲者の処理について

■投稿

「南京大虐殺」で 「何十万」もの 「犠牲」か゛ アッたのなら ソの 「死 体」は イッタイ ドウ ヤッて 「処理」シたのか。「当時穴を掘る建設機 械」ナド ナイ。

■回答

                

 いつもご愛読いただき、ありがとうございます。

ただし、念のためにお答えします。穴を掘る建設機械は確かにありませんが、死 体を埋めようとすればできます。それは南京の南には煉瓦を作るために粘土を 掘った穴が各所に散在していたことです。深さ・長さ、幅は巨大で簡単に埋葬で きました。(京都第16師団通信班長犬飼聰一郎氏の回想より)

 だから建設機械がないから死体を埋めることはできないと言うのは早計に過ぎ ます。

しかし、実際に埋葬に当たったのは紅卍字会だけであり、崇善堂は実際にはほと んど働いていません。死体処理をする人たちの仕事の規模はそれほど大きくはあ りませんでした。

 紅卍字会の死体処理は2月から始まり、3月15日に完了しました。 これは当時群の特務機関で働いていた丸山進氏の回想によるものですが、国際安 全区委員会の委員長を務めたジョン・ラーベもその日記に次のように書いていま す。

「下関へ行く道は一面の死体置き場と化し・・・(中略)あたりは文字通り死屍 累々だ。 日本軍が手を貸さないので、死体はいっこうに片づかない。」

 (12月16日) 「そこいら中に転がっている死体、どうかこれを片づけてくれ!(中略)誰も死 体に近寄ろうとしない。紅卍字会でさえ手を出さない。中国兵の死体だから だ。」

(12月26日) 「このときとばかり私は福井氏に12月13日に射殺された中国兵の死体をいい 加減に埋葬するよう、軍部に掛け合ってくれないかと頼んでみた。福井氏は約束 してくれた。」

(12月28日) 「市内には未だに何千も伸したいが埋葬もされずに野ざらしになっています」

(1月17日)  そしてヒトラーへの上申書には次の記事があります。 「あの12月の日々(クリスマス前後が一番ひどかったのですが)、私達は文字 通り屍を乗り越えて進んでいきました。2月1日まで、埋葬すら禁じられていた からです。 (中略)

12月13日から1月末まで、遺体を埋葬するか、どこかへ移す許可を くれるように幾度も頼みましたが、だめでした。2月1日にようやくなくなりま した。(中略)

 中国側の申し立てによりますと、10万人の民間人が殺された とのことですが、これはいくらか多すぎるのではないでしょうか。我々外国人は およそ5万から6万人と見ています。遺体の埋葬をした紅卍字会によりますと、 一日200体は無理だったそうですが、私が南京を去った2月22日には、3万 の死体が埋葬できないまま、郊外の下関に放置されていたと言います。(以下 略)」

 さて、特務機関につとめていた丸山進氏の回想では、2月に始まり3月15日 に終わったとのことでした。紅卍字会の記録でも実働40日とあり、期間の点で もラーベ日記に書かれていることと一致します。

 二月中はだいたい180から200がやっとだったが、3月になって大動員を かけた結果、一日に500〜600体を処理することができるようになったと言 うことです。 (東中野修道著、「南京虐殺徹底検証306〜308ページ」)

   実際計算してみると、紅卍会の記録には多くの水増しがわかるのですが、南京 の復興のためにあえて水増し請求を黙認したとのことです。ただし、2月22日 に下関にあったという死体は完全に他人から聞いたデマをラーベが鵜呑みにして 書いたとしか思えません。なぜなら、そのときすでに下関にはそれらの死体がな かったからです。

 12月22日に松井大将が軍艦で下関を出発するので各部隊で勤務に差し障り のない範囲で人数が出され、これらが戦場掃除を行ったのです。 このことは南京第二碇泊場司令部騎兵軍曹、梶谷健郎の日記に出てきます。