|
■投稿
最近のハリウッド映画「ラスト・サムライ」についてお尋ねします。この映画はおそらく、西南戦争に基づくと思いますが、指物を持ち、鎧を付け、剣、槍と弓矢を使って馬に乗って戦っています。 そのような戦いは戦国時代のものであり、明治時代には全く不適当に思われます。 この問題に関するあなたの意見をお尋ねします。 ■回答
その映画についてのご質問ありがとうございます。
私もあなたが指摘されているそれぞれの点には賛成です。 自由史観研究会会員 大場敏夫
■回答(1-2)
貴方の質問を読み、私も薩摩軍の使った武器について同じような疑問を持ちました。日本は戦国時代の後、江戸時代の平和な時期に武器の進歩はなく、むしろ退歩しました。 しかし、これは徳川時代の終わり頃のサムライによって採用された主な武器が、剣、槍と弓矢であったことを意味しません。 戦国時代の間に銃は急速に普及しました。そして戦国時代の後期には、全ての武士団の主要武器になりました。 それ所か、日本は何十万の銃を持つ、恐らく世界最大の銃の所有国になったと推定されています。 もちろん、主なもう一つの武器は、剣と長い槍でした。 戦いは、状況により大砲も混えた銃撃戦から始まりました。 それから槍部隊が、敵の最前線を崩すため突っ込みました。 それから接近戦の主な武器は剣でした。 このパターンは、戦国時代後期で基本的に採用されました。 たとえ若干の退歩があったとしても、幕末の戦いの基本的なパターンは戦国時代と同じものでした。 徳川時代の終わりに、積極的なヨーロッパ・アメリカ勢の圧力により、新しい武器は薩摩を含む大部分の主な藩によって導入されました。 従って西南戦争でも、多くの大砲が使われました。しかし、槍を使った敵 陣突破方法は使われなくなったため、主な武器ではなくなり、大砲、銃と剣がメインでした。 弓矢は特殊な目的の為のみにしか使われませんでした。私は、トム・クルーズが日本兵に銃の使い方を指導している場面に笑い出さずにはいられませんでし た。日本人は、アメリカのインディアンではありません。 私は武士道またはサムライの精神について、この映画が非常にまじめに描いている事を評価します。しかし、日本の歴史、特に武器について非常に大きな間 違いがあります。この間違いを指摘された貴方の知識に深く敬意を表します。 自由史観研究会会員 水元 茂
■投稿(2)
素敵で、非常に親切な回答に感謝します。 ■回答(2)
あなたの素晴らしいコメントありがとうございます。
私は、日本の歴史についてのあなたの広くて優れた知識に感心しました。
恥ずかしいことに、私は日本が世界の中で、銃の口径を標準化した最初の国であったことを知りませんでした。 自由史観研究会会員 水元 茂
|
|
■投稿
昨日(3月7日)、産経新聞紙上に「首相の國参拝日中交流障害に」の見出
しで、中国外相李肇星の全人代での日本批判発言が掲載されていた。要旨は、従
来と同様戦犯を祀る靖国神社に日本のリーダーが参拝していること。加えて、誠
意を持って、過去の歴史を包み隠すことなく、教訓にすれば日本の長期的利益に
なるなどと発言している。 岩崎芳夫
|
|
■投稿
リタイヤー後、高校の友人十数人で、それぞれが持ち回りで講師になって月一回勉強会をやっています。
次回は私の番ですが、私は「創氏改名」をテーマに取り上げて、下記の図書や、杉本幹夫氏の「創氏改名の真相」(同氏ホームページ)等を参考に取りまとめ中です。 ■回答
質問有り難うございます。 自由史観研究会理事 杉本幹夫
■投稿(2)
ご回答どうも有難うございました。まさか杉本様ご自身からご回答を戴けるとは思っても見ませんでした。御貴殿の追伸も含めてよく分かりました。 |
|
■投稿
ぼくは、東京の高校に通っている16歳の男です。 ■回答
本会のwebsiteを訪ねてくださってありがとうございます。
私は本会の理事の一人で赤野と言います。元高校教師です。 自由史観研究会理事 赤野達哉
■投稿(2)
■回答(2)
お返事ありがとう。私も返事をもらえてとても嬉しいです。 自由史観研究会理事 赤野達哉
■投稿(3)
またまたお返事をありがとうございます。 ■回答(3)
あなたが先祖たちをバカにするような人間になりたくない、
というのは人間としてまっとうな考えです。
ご先祖様あって今の私があるのです。
本当はこれは人類共通の観念だと思うのです。
それをダメにしたのは?マルクス主義だと思います。 自由史観研究会理事 赤野達哉
|