1.現在の日本の情勢を考えて

■投稿

馬鹿な議論を展開する亡国の徒の罪は万死に値する。
「原爆は廃絶されるべきであり、それを持とうというのなら被爆での塗炭の苦しみを味わえ、日本から出て行け」と言いたくなる。

憂国の良識ある一保守より。

■回答(A)

別に私たちは核武装論など主張した覚えはありません。これは当会に対する誹謗中傷の類であり、こんな事を言う方が同じ保守の人間であるとは到底思えません。他人を罵倒するしか能がないのですか?

 戦略論を考えるのは自由であり、それを「死ね」だの、「出て行け」だの言うのはおよそ学問のなんたるかや、国同士の駆け引きのなんたるかを考えないただの夢想主義者です。

 そんな方から非国民扱いされたくはないですね。はっきり言いますが下品です。

 では。二度とこんなメールをよこさないでください

自由史観研究会会員 犬村大角礼儀

■回答(B)

私個人は、日本の核武装に反対です。 しかし、米国との同盟関係を見なおしたり、対米追従はいけないということなら、日本も核武装しなければならないかもしれません。

また、実際に核武装しなくても、それとは別に、するかもしれないという外交カードは残しておくべきです。中国の核ミサイルは日本を狙っていますが、隣国の核は脅威です。つまり日本にとってはフランスの核よりも中国の核が脅威であるのと同じく、中国が恐れるのは日本の核武装です。

だから、中国があまり無体なことを押しつけてくれば、「日本も核武装するかもしれないよ」、という外交カードは持っておくべきです。現に米国も北朝鮮問題などで、このまま北朝鮮の核問題が解決しなければ、将来日本が核武装をする可能性がある、との示唆で中国に圧力をかけたりしています。

とにかく、いろいろ議論はあってよいと思うのです。

自由史観研究会会員 渡辺龍二

■投稿(2)

渡辺様 ご丁寧なご返事を賜わり、深謝。

対中国でそうでしょうが、対北朝鮮でもそうでしょう。

ところで、被拉致者の奪還に現内閣がPRIORITYのTOPに置いているとは思えず。
小生の読みでは、このならずもの国家による非人道的な取扱いにそれなりには対応するものの、家族が求めるほどには真剣には取り組まず、現状況を少しでも長引かせて、国民における強硬な世論(=憲法改正)の高まり→憲法改正実施→あわよくば核軍備までを展望しているのではないかと推量し危惧しております。

かって北朝鮮と友好関係を持ったり、少し話題が異なりますが、消費税導入を頑迷に拒否したり、小学区制を導入して公教育の荒廃を招いた左派の連中(具体的には田辺氏、土井氏や美濃部氏ら)はとんでもない馬鹿そのものですが、反動(保守にあらず)の(極)右派はそれ以上に国賊者、非国民、亡国の徒です。

海外に勤務した経験で言えば、当然の自衛権を放棄すべきではない。
ただし、戦前の反省に立ち、再軍備すると言うなら、前提として天皇制を廃止してやるべきでしょう。(このことは共産党辺りへも申し入れ済み)

憂国の良識ある一保守より。

(追伸)

思い余ってとはいえ失礼な物言いの小生前メールについて寛恕を請う次第。

■回答(B-2)

<被拉致者の奪還に現内閣がPRIORITYのTOPに置いているとは思えず。>

拉致問題の解決は、米軍がイラクでもたついているので難しくなったと思っています。日本政府の打つ手は限られています。北朝鮮が恐れているのは日本ではなく米国ですし、本来的に中国と韓国は日本よりもどちらかというと北朝鮮側ですから。

<かって北朝鮮と友好関係を持ったり、少し話題が異なりますが、消費税導入を頑迷に拒否したり、小学区制を導入して公教育の荒廃を招いた左派の連中(具体的には田辺氏、土井氏や美濃部氏ら)はとんでもない。>

この点は貴方のご意見に同感です。また、貴方も他の方々も、それぞれ思想や歴史観に相違する点があるのは当然のことと思います。ただ1億人の中の1人として、日本の国と多くの人たちのために、ほんの少しでもできることはしたいと私は思っています。貴方の今後のご活躍をお祈りいたします。

自由史観研究会会員 渡辺龍二


2.『日本帝国の申し子』(草思社)

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"OFFSPRING OF ENPIRE"『日本帝国の申し子』(草思社) Carter J. Ecker(1991 by theUniversuty of Washington Press)2004年1月30日初版を見つけましたので、植民地朝鮮史に関心を持っておられる方にお勧めします。

 「序文」で、 「韓国の発展に関するこれまでの研究では、その大半が1960年代と70年代の急速な輸出主導型成長期に焦点を当てており、それ以前の歴史はほとんど参考資料としての扱いしか受けていないことである」、と現在の韓国の研究者も問題点を指摘し、エッカー氏は「本書では、朝鮮の歴史を中心に論を展開し、60年代以前の歴史、とくに植民地の体験がどのように、どれくらい影響を与えたかを検証していきたい」と記し、その研究史料として、戦後民族資本(朝鮮人だけで設立された会社)と評価されている京城紡績会社と朝鮮総督府との関係を調べていったのです。

 そして詳しく関係資料を検討した結果、「結論」として、  「だが、総督府という独裁政権は、〔朝鮮人の〕資本家の成長を妨げるどころか手厚い保護を与えた。おかげで朝鮮の資本主義はこの高圧的な体制の下で初めて成長と繁栄のうねりを体験したのである。そして、朝鮮の資本家は1945年までに、この独裁体制の枠内に完全にとりこまれることとなった。それどころか、資本家が戦後の朝鮮社会にもちこんだ政治哲学は「独裁は経済効率も収益性も高い」というののだったのである。」
と記し、次に興味深い結論をだしているのです。

 「1948年以降の韓国経済に貢献したのは植民地時代の遺産だけではないかもしれない。だが、この国の近年の変容、とくに急激な工業化を推進した〔親日派で1965年に『日韓条約』を結び国交回復を行った〕朴正熙政権時代の20年間の変容を見れば、植民地研究者はまるでデジャビュ(既に見た感)のような感覚に襲われる。歴史はやはり圧倒的勝利を収めた。つまり、過去は現在のなかに能動的に作用し生きているのである」、と締め括っています。

(独り言) 現在韓国ドラマ『冬のソナタ』が大ブレークです。

「ハングル語は日本語の方言⇔日本語はハングル語の方言」と軽く思い込むことで私は、この4月からハングル語をマスターしようと本気モードになりました。

昨年一年は、ボンヤリ、でも欠かさずNHKハングル講座を見ていたからか、本気になると案外簡単に覚えられるのです。勉強するのに張り合いがあり、コマーシャルの時間など、格好の勉強時間です。現在つまり一ヶ月足らずで、ハングル文字は殆ど読めるようになりました。

 皆さんも、外国語をマスターするなんて大げさに考えず、「標準語を、または沖縄弁をマスターしているのだ」、と考えると楽ですよ。

「ハングル語は簡単だ」と私だけが判断しているのではないのですよ。NHKのハングル講座の読者欄にも同じ意見が多いのです。驚くべきは、戦前朝鮮半島のあちこちに橋を掛け、現場監督として働いた方の本『私が朝鮮半島でしたこと』(草思社)の中で、高卒程度の著者が、「3ヶ月もすると、現地の言葉が不自由なく使えるようになった」と記しているのです。全国中がまだ方言全盛のころです。それほど身近(簡単)に感じた、彼は朝鮮を異国と感じたでしょうか?

 実は現在のハングル語の多くが外来語で、実に多くの日本語がハングル読みになっているのです。家族(カジョク)道路(トロ)笑ってしまうのは高速道路(コソク・ドロ)だと言うのです。 で結論として言いたいのは、
「日本人大好きな台湾の人々には悪いが、やはり我々日本人と韓国・朝鮮人との血は兄弟そのもの。 台湾の人々は良き隣人である。台湾や香港の映画がブレークしても、そこには冷静〔cool〕さがある。 ところが、『冬のソナタ』外の韓国ドラマに対する日本人ファンの反応は、異常〔too emotional] である。

結論として言いたいのは、あと10年後には、「侵略国家ニッポン史観は中国だけになるだろう」、ということ。 ソウルや釜山の街中には、日本語が飛び交い、漢字・平仮名文字の看板が氾濫するであろう。

関連文献として:『韓国人の歴史観』(文春文庫)で黒田勝弘氏は、現在の歴史観の中に、『日本帝国の申し子』に通じる「植民地近代化論」が、1997年の季刊『創作と批評』(p91)で特集されて以来、新しい潮流として生まれていると言います。 

自由史観研究会会員 大場敏夫

■回答

投稿有り難うございました。大変良い本ですね。

『日本帝国も申し子』の書評はブックストアの中の書評欄に掲載しています。 参考にして下さい。

自由史観研究会理事 杉本幹夫


3.○○に過ぎないという言い方について

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こんにちは。以前にも二回ほどメールを出させてもらいました。大学生(三年)です。私がつねづね憤りを感じていることです。先生方はどのようにお考えかお聞かせください。

よく「○○に過ぎない」という言い方をする人がいます。「国民国家は、たかだか百〜二百年くらいの歴史に過ぎない」というふうに。では、現在の国家を廃止して新しい共同体を作ったとしたらどうなりましょう?どんなに逆立ちしても、ひっくり返っても、新しいものを作ろうとすれば、始まりは一年目から始まります。

いきなり千年、二千年の歴史から始めることは物理上不可能です。新しい共同体を作り始めて「たかだか一年の歴史しかない、こんなことだったら以前の国民国家のほうがまだ百年、二百年の歴史があったのでそっちのほうがやっぱりよかった」などということにはなりはしないでしょうか?

東チモールなんか二、三年の歴史しかありません。そんな彼らに「たかだか二、三年の歴史しかないんだぞ〜」などと言ったら怒ることでしょう。せっかく自分たちの国を作ろうとがんばっている人達です。共同体の価値は、時間的な長さによって決まるものではないと思います。

長さが短いからといって価値がないなどという人は、いつまでたっても歴史ある組織・共同体を作ることはできないはずです。「所詮、どうせ、○○に過ぎない」などと腐ったものの言い方をする人に耳を貸さず、がんばってよい国を作るべく目の前の問題をすこしずつでも解決、こつこつと積み重ねることを続ける人達によって歴史ある国ができるのだと考えます。

百年でも立派なものではないでしょうか。百年くらいの歴史しかないなどというのなら、じゃ頑張ってもう百年の歴史を作ろうということでいいのではないかと思うのです。

先生方の活動とは直接関係しない話になります。大学で家族に関する講義を受けているのですが「母性は近代になって作られたものに過ぎない」と教官がおっしゃってました。近代以前にはない概念なので人間の本能ではない、母性は神話に過ぎないとのこと。

例として、最近頻発している幼児虐待が挙げられてました。母性が先天的、本能的なものなら幼児虐待など起きるはずがないということです。母性愛とは、女性に対して母性が本能であることを信じ込ませることで、母としての役割を押し付け、そのことで性役割分業を正当化し近代産業社会の維持に資するべく作られたものだということです。

私の考えですが、次のように言う人はいるでしょうか?「最近の女性は、体重が増えることを気にしてやたらと食べない。それが行き過ぎたのが拒食症というものだ。ということは、食欲というものは作られたものではないだろうか。近代になって農業革命が起こり、余剰農産物を消化するために作られた概念ではなかろうか」

あるいは「自殺する人がほんとに多い。パレスチナでは爆弾を抱えて自爆テロを起こす人がいる。また日本でも、かつて国のために喜んで死地に赴いていった若者たちがいた。したがって人間の生に対する執着というものは、実は作られた思想ではないだろうか」.....

母性、食欲、生に対する執着、いずれも生物としての本能であると思います。本能というものは、それがなければ生きていけない、あるいは自分が生きることができても、種をつなぐことができないというものです。

人間の文化・社会というものは、本来持っている本能というものを効率よく、スムーズに、また強力に発揮すべく作られてきたのであって、人間の生物としての本能と別次元のものでは決してないと今のところ考えてます。時には、命を捨てる行動を示したりすることがありますがそれは、集団を維持することを目的とした手段であり、そのことで自分は死ぬものの自分の子孫を残すことはできるというものです。

だから単なる自殺は否定されますが、戦いにおける死は、どの世界においても評価の対象となることは自然ではなかろうかと思います。幼児虐待や、拒食症、自殺こそ人間の本能ではないので、否定され、そういうことが起きないように対策を立てようとする社会は健全ではないでしょうか?

そもそも、近代以降母性が作られたというなら“虎穴にいらずんば虎児を得ず”という格言、“断腸の思い”という言葉のもとになった故事はどういうふうに説明するのでしょうか?他の哺乳類動物には母性があるが(たぶん鳥類にもあるのでしょう、爬虫類・両生類・魚類にはないと思います)、人類だけもともとなかったといえましょうか?

あるいはある時点から退化したのだとしたらそれはいつごろのことなのでしょうか?ある時点で退化した母性が、近代になって復活したとでも言うのでしょうか?史料として、バタンテールの「母性愛という神話」(ちくま学芸文庫)を用いました。18世紀フランスでは多くの女性が自分で子供を育てず乳母に面倒を見させたとのこと。あるいは里子に出したのだそうです。

この例からも母性は人間の本能ではなく後の時代になって作られたものであるというのです。しかし乳母に求められる資質は、母親らしさなのではないでしょうか?ということは少なくとも乳母という言葉(日本語ですが)が存在した時代には母親らしさ=母性が存在したのでは?乳母の仕事はただ機械的に乳を与え、オムツを替えて、ということではないのでしょう。

それなら乳女、乳人でいいはずです。泣き出したら、母のような愛情でもってあやさなければ泣き止まないのでは?口を押さえればいいというものでもないと思います(当たり前ですが)。芝居をやってるだけで心が入っているわけではなかろうという人は、芝居というものがわかってない人です。役者は、ただロボットのように芝居をやっているのではなく、心を込めて役になりきる、入ってしまうのが彼らなのです。

乳母を雇ったり里子に出したりしたのは、そうせざるをえないような厳しい生活・労働状況にあったからなのではないのですか?もし本当に母性がないなら、邪魔な子はゴミ箱にポイするはずです。本当は自分が世話してやりたいが、収入を得るために働かなければならないとか、貧乏だからということで乳母に頼んだり、里親に出したりしたんじゃないの?というのが私の考えです。

先生方は、歴史がご専門かと思いますが、他の教科(特に家庭科・国語・音楽・保健体育)についてはどのようにお考えですか?

新しい歴史教科書なのですが、ひとつ提案があります。歴史教科書は縦の横書きではなく、国語の教科書のように縦の縦書きで右から開いていくというふうにするというのはいかがでしょう?最終的には、日本の歴史を中世とか近代とかいうふうに西洋の区切り方で区切るのではなく、日本独自の区切り方を模索してみてはいかがですか?年代については「1600年、関が原の戦い」と覚えるのではなく「慶長五年、関が原の戦い」と覚える。もっと言えば、「寛政元年、フランス革命勃発。ちなみに西洋歴では1789年」と覚える、というほうが日本人としては自然だと思います。

■回答

メールをありがとうございます。

 仰るとおりだと思います。「たかだか100〜200年くらいの歴史にすぎない」 という人は自分が一体何歳なのでしょうか。(笑)自分もその100年の中に 生きている人間であり、その中で育ってきたはずです。

 百年もあれば制度は整い、慣習として確立するのに十分な時間です。 北条泰時の御成敗式目は頼朝以来の武家社会の慣習を成文法化した ものですから100年とたっていません。鎌倉に頼朝が入ってたかだか50年 程度にすぎません。

 進歩主義を夢想する人たちは新しい社会をつくると言うが、その青写真が どこかにあるというならとにかく、全く未知のものでしかないものを自分の空想を もとに語るのははっきり言って、孔子が周公旦や文王の時代を理想の時代などと 懐かしむのと何ら変わりません。まさにマルクスと同レベルのものといえます。  自分でも見たことのないものをすばらしいと夢想する様はまさに白昼夢に酔っている わけであり、地に足のついた議論ではありますまい。

 さて、歴史教科書の件ですが縦書きのアイデアは確かにごもっともなアイデアとは 思います。実際、戦前の教科書は縦書きだったわけです。しかし西暦を便宜上 使用した方が中学生にはわかりやすいものと思われます。実際、豊臣秀吉と スペインのフェリペ2世は同年に死去したわけで、洋の東西で一時代を築いた 英傑が偶然にしろ存在したことを気づかせるには記述を統一した方がいいと 思うのです。

 すなわち、外国史を語るときには西暦、日本史を語るときは和暦とするのではなく、 両方西暦で書き、しかる後に括弧書きで(明治37年)のように書くのがいいと思うのです。

 授業をやっていて痛感することは、とにかく子どもが荒れる原因は授業がわからないこと にもあるんですね。不況で小遣いが少ない不満や親の愛情不足から荒れる子ばかりじゃ ないわけです。そういう子を少しでも救うには分かり易い授業をし、子どもを引きつける。 そのためには子どもにとっても使い勝手のいい教科書をつくる必要があるわけです。

 厳しいことを言うと、我こそは天下国家を語るなどと称する者の百の理想論など全く教育現場では 通用しません。

 私たちの保守の側が自虐的な歴史観に少しでも抵抗して是正していくためには、 一部私立校にしか採択されないような難解な教科書であってはならないのです。 なぜなら日本国民の大半は公立校だからです。その中には過去にテストで出た 問題さえまともに家庭学習しようとさえしないためにテストで点の取れない怠け者の 中学生だっているのです。

 カタカナのシとツを書き間違えたり、ンとソを書き間違えたりする子だっているのです。 中学校の学力低下は偏に小学校で間違えて覚えてきたこの不勉強にもあるのです。

 そうした子ども達も「あ、歴史って面白い」と感じるような教科書作り。これが 一番求められているはずなのですね。

自由史観研究会会員 犬村大角礼儀


4.南京大虐殺について(原文 英語)

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私は「南京大虐殺」についてレポートを書いているアメリカの学生です。 2つ質問させてもらいます。

■質問(1)

日本に批判的な日記の記録(例えばRabeやWilson)についてどのように説明されますか?

■回答(1)

当時南京にいた人たちの南京事件について日記に記載されたものは尊重すべきと思っています。Rabe, Wilson, Maggie, Vautrinなどにより、当時日記に記載されたものが残されています。これらはもっとも貴重ないわゆる一次史料です。このほか、南京安全地区委員会による「南京安全地区記録」、Smytheの実例調査、南京戦に参加した部隊の戦闘記録、新聞などの一次史料もあります。

私たちは、後になって伝聞や噂に基づいて書かれたものやさらには捏造されたものは除外し、こうれらの厳選した一次史実を集積し、今では5955項目にもなるデータベースを構築しています。

したがって私たちは、関心のある事柄について、そこからいくつもの関連するデータを拾い出すことが出来ます。 でも、これらをみるとすべて首尾一貫したものではありません。一部矛盾した内容のものもあります。 ともかくこれらのものすごいデータを基に、今では当時南京で何が本当に起こったかを極めて真実に近い形で推測することが出来ます。

「Rabeの日記」については基本的な過ちがあります。この本には当時の記載ではなく、後になって書かれたものも入っているということです。Hitlerへの手紙はその一つで、日記ではなく後になって書かれたものでした。

例えば犠牲者の数についてはまったく矛盾したことが書かれています。10万人殺されたと中国人がいったら、われわれ外国人は5〜6万人と推測したとも書いています。しかも彼の日記自体のなかでは殺人の目撃者は一人もいなかったとさえも書かれています。

そうなのです。彼はたくさんの死体は見たが、それは戦争で死んだ人で、虐殺された人ではないのです。しかもその死体は市民のものではありません。それでも彼はヒトラーに4万から6万の市民が殺されたと手紙に書きました。

このようにこのデータベースでいろいろ比較してみると、事件についての更なる真実を知ることが出来ます。

自由史観研究会会員 水元茂

■質問(2)

虐殺者の数に対する反論はRabeがHitlerに出した手紙の中で、20万の中国人を救うことが必要だといっていることをベースとしているようです。侵攻時の南京の人口が20万だと証明するもっといい根拠はありますか?

■回答(2)

RabeはHitlerへの手紙に書いただけではなく、自分の日記にも11月25、28日、12月10、,25日に人口が20万であるということを記入しており、そして1月17日には25万と書いています。

「安全地区の記録」はより公式的な性格のデータです。南京安全地区国際委員会は、市長M馬から安全区に集められた南京市民の生活も面倒を見るように依頼されていました。全市民は安全区に集合せよとの命令が南京防衛軍司令官唐生智がだされていました。国際委員会は人口についての数字を南京警察長官の盤から与えられました。したがって混乱した状況のもとで数字の精度がそれほど高くはないとしても、当時としては最も実際に近い数字であったとみるこができます。

もっと大切なことは数字の精度よりも数字のトレンドです。「安全区の記録」では人口は12月17,18,21,27日では20万で、1月14,17,18,19,222,28日2月10日では25万となっていました。ご存知のように日本軍の南京占領は12月13日で、当時の人口は国際委員会では20万と見積もっていたのです。彼らは公式の記録では人口20万と記録しており、日本軍占領で人口が減るとは考えてもいなかった。そして1ヶ月後には人口は25万と再見直しをしているのです。

これは明らかに当時、南京市民大虐殺という考えは国際委員会の人々の観念としてまったく存在していなかったことを証明しています。

中国人の中にはこれこれしかじかの殺人があったという噂がいろいろ流布されていたのですが、市内を車で巡回していた委員会のメンバーの中には殺人を目撃した人は一人もいなかたのです。Maggieは東京裁判で1件目撃したと証言しましたが、彼の妻への手紙によれば実際は彼が目撃したのではなかった のです。

これが実情なのです。

私は南京がそれほど大きな都市ではないことを強調しておきたい。南京はマンハッタンの半分ぐらいの大きさで、多くの市民が集合させられた安全区はニューヨークのセントラルパークと同じ大きさだったのです。

このような小さな街では虐殺のような行為はまず目に付かないことは、むずかしいでしょう。何しろこんな狭いところに20万人の目が光っていたのですから。

ということは、30万虐殺などという途方も無い大きな偽造を捏造するIris Changとは何者なのかと貴方は当惑されるでしょう。

しかし、多くの人は彼女が通常の人だと信じているのです。

信頼できる記録と健全なる理性に基づいて貴方が貴方自身の見解をもたれることを強く望みます。

情報として「南京で実際何が起きたのか」(日本人批評家による記述)をAmazonで入手することができます。もし興味がおありならそこに注文してください。

自由史観研究会会員 水元茂