1.靖国問題

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大東亜戦争の遠因等、資料的に十分にまとまった感があり、大変参考になりました。 現在アメリカに在住しており、中国人ともこういった内容に関して論議を交わす機会もありますので、理論的下地となり、 重宝させて頂いております。 英語サイトの今後の充実を心待ちにしております。

で、いくつかサイト内に触れられていることで、意見述べさせていただきたい点がありまして、メールさせていただきま す。

靖国神社への首相参拝に対して唯一疑問に思うことは、日本は国家宗教としていかなる宗教を選んでいないにも関わら ず、神社へ公人が参拝することだと思います。 あれがもしも、可能な限り宗教色を取り除いた慰霊塔であるのならば、サイトで仰るとおり中韓両国に文句を言われる筋 合いも、日本国内での非難の声も少ないかと思います。 いつまでたっても宗教色を取り除いた慰霊塔を政府が率先して建設しないことのほうが戦没者に対しても無礼なことで は無いかと思います。

また、今年4月7日に小泉首相の靖国神社参拝が違憲と判断されました。 これに付いてはどのようにお考えになりますか?

もう一つ会自体のご意見でないことは承知しての上で、 「北方領土はいらない 杉本 幹夫」 に関してですが、私は専門が漁業管理学でありまして、その見地から言えば、北方領土はぜひとも欲しい場所となりま す。 昨今の様々な漁業管理に関わる国家間の争議を見ましても、日本の漁業管理能力は多くの国に比べて際立って高いも のだと言えるでしょう。

確かに短期的に見て他国から漁獲物を買ったほうがやすくすむでしょう。 しかしながら、漁獲物に国境がない以上、大規模回遊魚を管理する際に一国が集中的に管理できることのメリットは多 く、特に北方領土沿岸にはスケトウダラを始めとする暖海性浮魚類の大規模の分布があり、それらの資源管理を日本が 担えることは、長期的に大きなメリットがあると思います。

また、北方領土を日本領とすることによる200海里区域の広がりにより、オホーツク海における資源管理への発言権の 増大も見込めると思われます。

確かに複数民族が平和裏に暮らすことは難しいでしょう。しかしながら、今後日本が国際社会で生き残っていく上で、 様々な民族の流入は避けて通れないことでしょう。 それらの一大ケーススタディとしても十分な意味があると思われます。

■回答(1)

貴重なご意見有り難うございます。

小泉首相の靖国問題については、国民的に考えると、首相に靖国参拝を望む声の方が 圧倒的に多いことだと思います。 神社参拝は国民的習慣として、毎年の首相の伊勢神宮参拝には誰も文句を付けませ ん。

宗教色を取り除いた慰霊塔については、福田前官房長官を中心に2年くらい?検討さ れましたが、国民の合意を得られる案が作れず、解散しました。今頃慰霊塔を造って も魂が入りません。魂の入らない慰霊塔は単なるモニュメントに終わり、誰も詣らな いだろうと言うことだと思います。

又その慰霊塔に誰を祀ってあるのかという問題が残ります。名前を入れると又A級戦 犯の問題が出ます。それはA級戦犯で有罪の判決を受けた賀屋さん、重光さんとの関 連です。彼らは戦後大臣になり、勲一等を授与されています。国として彼らは免責さ れているのです。今頃になって罰を与えることには賛成できません。誰が祀られてい るのか分からない慰霊塔は慰霊塔の価値があるでしょうか。

しかし現在自衛隊の戦没者に対する慰霊の設備は、自衛隊の中にささやかにあるだけ です。後数年経つとこの議論が必要になると思います。

北方領土の問題では、ご指摘の通り、返還された場合の我が国の最大の利益は漁業資 源です。後石油・天然ガスがどの程度埋蔵されているかでしょう。

農業中心の時は、領土の広さは利益でしたが、今は不利益になっているように思いま す。国内の過疎地帯に対する財政援助は大きいのではないでしょうか。択捉、国後島 を内地並の住み良い環境にするためのインフラ投資は莫大なものになるでしょう。 それよりも問題は現在すんでいる人をどうするかという事です。台湾統治の例に倣 い、5年間で国籍を選択して貰い、ロシアを選んだ人はロシアに帰って貰うのがよい と思いますが、それでもその後の言語政策をどうするかが問題です。

これらの事を議論することは、外交交渉の駆け引きを制限する事になり、現在の国民 感情から見ても難しいことですが、真剣に検討する機関があっても良いように思いま す。

自由史観研究会理事 杉本幹夫

■回答(2)

HPスタッフの渡辺と申します。HPを見てくださり、ありがとうございます。質問に 答えますが、解答が意外に思われて気分を害されるかもしれませんが、ご容赦ください 。

<また、今年4月7日に小泉首相の靖国神社参拝が違憲と判断されました。 これに付いてはどのようにお考えになりますか?>

活動家や市民運動家たちが、小泉首相の靖国神社参拝に対してものすごい数の訴訟を起 こしていますが、違憲判決は一つも出ていないと記憶しています。確かに4月7日のある 地方裁判所でも判決があり、小泉首相側が勝訴しました。ただ、その地裁の裁判官が判 決に関係なく自分の個人的思想を傍論という形で吐露しました。もちろんそれには何の 効力もありません。裁判官もいろんな人がいますからね。しかし、それを朝日や毎日新 聞が大きく、かつねじまげて報道しました。

首相の参拝が憲法20条の政教分離に反するという論法は常識的にも慣習的にも無理で あり、靖国神社に反対するための口実にすぎません。歴代の日本の首相は、社会党の首 相も含め伊勢神宮を参拝していますしね。

例えば、小泉首相は4月29日に和歌山県の視察をしていますが、熊野本宮大社で参拝を しています。首相が地方を視察にいけば、地元の人たちの誇りに思う場所を案内された りします。和歌山県の場合は、それが熊野大社だったのでしょう。また、5月1日に、 有名な川崎大師を参拝しています。本尊の弘法大師像を公開する10年に1度の「大開 帳奉修」初日で、首相は木製の本尊が開帳された大本堂で正座し、僧たちが念仏を唱え る中で手を合わせています。

故大平首相はクリスチャンだったので教会に通っていましたが、靖国神社にも参拝して いました。もし、首相の靖国神社参拝に反対ならそういう議員がたくさん当選してそう いう首相を選んだり、そういう世論にすればいいのではないでしょうか。こういう問題 は少数の人が自分たちの思想を押しつけるべきではないように思います。

自由史観研究会会員 渡辺 龍二


2.南京大虐殺を信じる(原文 英語)

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日本人は中国へ行った。フィリピンへ行った。日本人がフィリピンにいった時のフィリピンの若者を知っている。 彼は市民が木に縛られて銃剣で刺されたのを見た。だから日本人が世界のどこででもこのようなことをやったと信じざるをえない。南京においても・・。

真実を直視せよ。

真実とともに生きよ。

■回答

我々のサイトをお尋ねいただき有難うございます。

イギリス人,フランス人,アメリカ人、日本人そして多くの西洋人が中国にいった。そして義和団の乱が起こり彼らは無差別にこれらの外国人を殺した。中国政府(清)はこのような残虐行為を止めるどころか彼らを支援し、これらの国に宣戦布告をした。このためイギリス政府が音頭を取って日本を含む7カ国と協力し外国人居住者救出のためにこのような不法行為に対し軍事力によって反撃することにした。

最終的にはこれらの8カ国の軍隊が反徒と清政府を制圧した。そして1901年に8カ国は清と条約を結び、中国で自国民を守るためにある程度の軍隊が駐留することが認められた。この条約に基づき日本は6000名を天津、北京に駐留させた。

1937年7月7日、条約によって合法的に駐留していた日本軍は中国側から一方的に攻撃され(偽装はしていたが実際は中国共産党)戦闘が始まった。そしてこれが上海戦へ(これは中国軍の日本海軍陸戦隊の巡察隊員を不法に襲って殺害したことが引金となった)、そして南京戦へと広がっていった。

日本がギャングのように一方的に中国に攻入ったと考えたらとんでもない間違いだ。 これが実際に歴史で起きた真実なのだ。

フィリピンではご存知のようにアメリカはスペイン軍を破りフィリピンを占領した。 しかしアメリカ軍はスペイン軍だけではなくアギナルド, リカルトなどが率いるフィリピン独立軍も撃破した。アメリカは当初彼らと協力してスペインと戦うなだと約束し、勝ったら約束を反故にして攻撃して殺害したことを忘れてはいけない。そしてアメリカはフィリピンを植民地にしたのだ。

リカルテ将軍は日本を含むいくつかの国々へと亡命しながらアメリカに対する独立闘争をやっていた。 日本がアメリカに宣戦したときにリカルテ将軍は沢山の独立義勇軍を率いてフィリピンで日本とともにアメリカと戦かった。

(日本はフィリピンと戦かったのではなく占領していたアメリカと戦かったのだということを判ってください。それだから日本はフィリピンを1943年10月14日に独立させている。)

貴方は日本軍の処刑について述べている。 アメリカ軍がベトナムのゲリラを処刑したことはどのように考えていますか? 日本軍は決して無実のフィリピン人を銃剣で殺してはいない。

非常に不幸なことではあるが、ある一部のフィリピン人はリカルテ将軍とは違い、以前の支配者アメリカに忠実で日本と戦った。 かれらのある者は変装してゲリラとなった。これが貴方のフィリピンの友人が見たと言う銃剣で殺したという話だ。

ご存知のように30年後ベトナムで同じようなことが起きていた。 ただ我々は歴史的事実を貴方に述べただけだ。

したがってどうかこのサイトにある情報をよく読んでいただきたい。 もし一般論や感情論ではなく具体的な問題点、疑問点があれば、遠慮なく質問してください。

自由史観研究会会員 水元茂


3.「李王垠殿下」の正式な呼称

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貴ホームページいつも楽しく拝見させて頂いております。 また、以前送りましたメールにも大変丁重なお返事を頂き、有難うございました。 さて、戦前戦中のことで教えて頂きたいことがございます。

朝鮮の王室であらせられ、皇室の一員として我が国にも大変縁のあらせられた「李王垠殿下」の正式な呼称はなんと申し上げたら良いのかご教示頂きたくお願い申し上げます。

実は私が非常勤で奉務致している神社へ昭和15年より18年までの間、同殿下同后殿下が三回にわたりご親拝されておられるものの、 ご親拝ごとの記録が異なっており、「李王垠殿下」であったり、「李王垠宮殿下」或いは「李王宮殿下」であったりしております。 また同殿下のお后であらせられる「方子殿下」や御子息様「若宮殿下」も各々異なって記録されております。

今となっては当時の正確な御呼称を知るよしもなく、また日韓併合が単なる「侵略」とされ悪い面のみが強調されている現在、なかなか質問できず困っております。

ご多忙の処誠に恐縮に存じますが、是非ご教示賜りますようお願い申し上げます。 メールにてお返事頂戴できますれば幸甚至極に存じます。

■回答

私も正確なことは知りませんが、「李王垠殿下」と思います。 彼の本来の姓は「李」であり、名前は「垠」です。高松宮、三笠宮の宮に代わり、王が尊称として使われたので、公式の呼び名は「李王 垠」です。それに対する敬称として、殿下を使うか、宮殿下を使うかですが、高松宮〇〇宮殿下はおかしいと思います。それと同じで、 「李王垠宮殿下」はおかしいように感じます。

「若宮殿下」については、若宮がご子息の普通名詞ですから、「李王若宮殿下」で良いと思います。 皇太子妃雅子殿下の例で考えますと、皇太子妃雅子殿下、皇太子妃殿下、雅子妃殿下は良いが、皇太子妃雅子妃殿下はおかしいように感じます。

自由史観研究会会員 杉本幹夫

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拝復 梅雨の候益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。

この度は、李王垠殿下の御呼称につきまして問い合わせましたところ、ご丁重にも早速ご教示賜り誠に有難うございました。 大変参考になりました。以後参拝者各位には「李王垠殿下」の御呼称で統一致します。

貴ホームパージにも記載されておられました通り、日韓併合が単なる植民地政策ではなく、当時の極東の平和の為にはどうしても朝鮮の近代化が急務であり、日本に限らず先進国の援助(悪くいえば干渉)が必要であったのかもしれません。このような非常に厳しい国際政治バランスの中、お互いの理解を深める為、朝鮮王朝と日本の皇室が縁戚関係を結ばれることにより、両国の架け橋になられるべく国民に率先して範を示されたとのではないかと感じ入った次第です。

欧米列強特にロシアの脅威の前、朝鮮と日本はどうしても一体とならざるをえない状況であったとも考えます。

歴史というのは本当に多面体ですね。 改めて数多くの事を学ばせて頂きました。

取り急ぎ、厚く御礼を申し上げますとともに、貴会のより一層のご発展とご関係各位のご健勝並びにご活躍を祈念申し上げます。

                                        


4.戦後教育の問題点

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 戦後間が無い頃も価値観の変化からアブレ・ゲール犯罪と言われるような、一部の若者による戦前には起こり得なかった問題事件が起きていた。しかし70年代の価値観の多様化と言われる時期以降から近年にかけてほど若者による様々な問題事件がおこることはなかった。70年代以降は大きなものだけでも、いじめ、不登校、親殺しを含む少年犯罪、特に近年は婦女暴行、幼児虐待と以前では考えにくかったような事件が多発するようになった。ひとえにその原因を指摘することはできず、さまざまな原因がケース バイ ケースで存在すると思われる。

しかし、あえてこれらに共通する原因は何か?と問われれば、日本人に巣食う心の問題が大きいと思う。そして、その最も根深いものは「日本人としての自信喪失」であると私は考える。なぜなら、これらは自分に自信をもっている人間であれば絶対にしない行動だからである。自分に自信がある人は人をいじめるのではなく、他者を守ってあげようとする。不登校の原因は一概には言えないが、コミュニケーション能力の欠如と一般的には言われている。これもとりあえず自信があれば積極的に人前に出られる。少年犯罪も自信があれば人を傷つけることはしない。婦女暴行も幼児虐待も同じである。おそらくその他の大きな要因として躾の問題を考える方もあるだろう。しかし、今回は私の考える根本原因である、日本人としての自信喪失に焦点を絞って論じてみたい。

 では、なぜ日本人としての自信喪失状態なのか?それは日本国を本気で愛してないからである。アメリカ人やフランス人に生まれたかったとか、中には嫌いという人までいる。日本人が日本を好きでなければ、自分の国に誇りを持つことはできず、当然日本人である自分にも真の誇りを抱くこともできない。

 では、なぜ本気で日本を好きになれないのか?簡単である。好きになるような教育をしていないからである。歴史教科書ばかりがおかしく言われるが、私はその他の教科書も同様であるように見える。また学校の授業だけでなく行事なども含めた学校全体が日本を好きになれるようにしていない。ではなぜ歴史の教科書に代表されるように日本国に対して自虐的なのかというと、これも簡単である。占領政策の中でアメリカが最も力を入れて行った日本弱体化政策の一つが学校教育だからである(「日本人の精神的武装解除」、国務長官バーンズの言)。国家百年の計は教育にありといわれるように、日本を二度とアメリカの脅威にしないために、日本人が自信を失うような教育を未来永劫にわたって行われるようにシステムを作ったからである。

 では、占領政策とはどう言うものであったかについて、少しアメリカの立場に立って検証する。まず、アメリカというお父さんが日本を良い国にするため民主主義を導入してくれたと思い過ごしをしている人もいるようだが、これは明らかな間違いである。一戦交えたアメリカの立場に立って考えれば、まさか敵国であった日本を好意的に立て直すなどする訳がないことは一目瞭然であろう。

今回のイラクの再建がイラク国民のためではなく、アメリカのために行われているのと同じである。つまり占領政策の目的は、高校の教科書にも載っているように「二度と日本をアメリカの脅威にしないための民主化」であり、日本を弱体化することなのである。具体的には、まず軍隊を解散させ、国家の大事な約束文に「二度と戦争はいたしません」と一筆取り(憲法)、後は戦争責任を押しつけるための戦争贖罪感を植え付けるためプレスコードを発令し、一切の日本の言い分を主張させず悪いのは日本の政府だという風な内容の新聞やラジオを流した(『太平洋戦争史』『真相はかうだ』、これらはWGIPと言われる)。

この様にして戦争贖罪感を植え付けたところで東京裁判を行い、一切の日本側の主張は流さず一方的に断罪し戦争責任を刷り込んでいった(GHQ作成による134本の東京裁判の映画など)。落ち着いて考えれば日本だけが悪くないのはわかるはずだが、原爆被害等の反論ができないように南京大虐殺をでっち上げ感情的にそれを封じ込めるようにした。

また、未来永劫に渡ってアメリカに歯向かわないために、教職追放で教育界の左翼化を図り反体制的な教師を増やし、「地理・日本史・修身」の教科書をGHQ自らが書き換えた。ちなみに、なぜこの3つの教科書のみをGHQ自らが書き換えたのかを考えれば、これらがいかに人格形成に重要な教科か分かるだろう。しかし、近年の学校で歴史は受験教科の一つとしてしか見られていない。

文科省(当時は文部省)が高校のカリキュラムにおいて世界史を必須、日本史を選択にしたことなどは国史教育の重要性を理解していない良い例であろう。GHQは特に日本史では「愛国心」や「東郷平八郎」(ちなみに外国の歴史教科書には載っている)など、日本の美化につながるような用語は禁止し、日露戦争の世界史的意義などについてもわかりにくくしている。

また満州事変の直接の原因となる中国革命軍の満州における反日事件(万宝山事件や中村大尉事件)やソ連軍の満州への侵略、またこの時代の満州は中国の一部ではなく、明治以来国際的に日本の支配権が認められていた地域であった事などは明記されていない。また北支事変長期化の直接の原因である通州事件や第二次上海事変といった日本人居留民虐殺事件は一切記されていない。こう言った直接の原因が抜け落ちた教科書だから、多くの学生は歴史の連続性を感じることができず、結果のみを覚える暗記教科になっているのである。

真の歴史は連続するものであり、原因と結果を繰り返している。更にGHQによる日本の弱体化政策の一環として、戦前の天皇と臣民の強い結びつきを断ち切るために、天皇の神格を否定し言論の自由を奨励した。また戦前の日本人の道徳観である誠実勤勉さを壊すため教育基本法では見せ掛けの個人主義や自由主義を奨励し、また戦前の影響を残さないため漢字の新字体への切り替えを行い(日本語ローマ字化計画もあった)、戦前の優れた思想が及びにくいようにした。その他にもありとあらゆる手段を尽くし、何層にも複雑に絡み合う弱体化のためのシステムを作っていったのである。(今回のイラクとは異なり、かなり早い段階から日本の戦後統治については練り上げられていた。)

 さらに、アメリカの仕掛けていった時限爆弾のごとく近年表面化してきた問題点は、虚実な自由や平等(真の自由や平等ではないという意)といった価値観が時間とともに多くの日本人に受け入れられてきているということである。これまで、多くの戦時中を生き抜いた日本人はだまされることなく誠実勤勉という日本人の精神を保ちつづけた。しかし、多くの戦後世代は教育基本法にある虚実な自由や平等という価値観を左翼教師によって洗脳され続けていった結果、特に戦前世代の影響が薄れた近年その影響が表面化してきた。だから「昔の人が見たら驚くで」と言うような事件が日常茶飯事に起こるのである。

 さて、この様に記せば私は一方的にアメリカが悪いと考えているように思われがちだが、それは誤解の無いようにお願いしたい。戦後の日本をアメリカの立場から記しただけである。アメリカの改革を受け入れざるを得なかったのは、日本にも原因があるため止むを得ないであろう。では何が問題なのかというと、それは反日教育を受けたとはいえ日本人として生まれていながら反日史観になっている人や、その教育システムである。

つまり、占領統治期にいくら戦後の日本が方向づけられたとは言え、1952年以降は独立国なのだから日本人自身がその誤りに気づいて正していけば良いだけである。近年盛んになっている新しい歴史教科書を作る運動はそれらの考えをふまえたもので、私もまず歴史の教科書に事実を記すことから始めるべきだと思う。良いことも悪いことも記す普通の教科書にするだけで、日本人としての自覚が養われるはずだ。なぜなら、落ち着いて考えれば、誰でも日本という国で育てられ恩恵を受けていることがわかるはずである。無くならなくては有り難味がわからないようでは、あまりにも幼稚過ぎる。

 現代の大人と言われる世代の人と話をしていても、日本人としての自覚も薄ければ誇りを感じることも少ない。当然そういった親や教師に育てられれば子供が日本人としての誇りを抱くはずが無い。子供は親の写し鏡、社会の写し鏡、つまり子供に問題があれば全て大人に原因がある。戦後すぐの大人にはあって現代の大人に最も欠落しているもの、それは愛国心ではないだろうか。そして、それは世界中の国にも当たり前のようにある。愛国心イコール軍国主義というような戦後左翼によって洗脳されたワンパターンからは脱却し、伝統的価値観である他者のために思いやりを持つことの素晴らしさを道徳として教えるべきだと私は考える。愛国心という言葉を偏見無く、また思考停止することなく考えてほしい。

 これらの文章は、日本のために懸命に頑張ったにもかかわらず、未だ冤罪がぬぐわれていない戦死者に捧げたい。

近江高校 水谷真逸

                    

■回答

                

全く同感です。戦後日本の教育はマルクス主義に支配され、日本の素晴らしい歴史を否定して来ました。おっしゃるとおり、これでは日本人としての誇りが育つわけがありません。

日本が世界の大国の仲間入りができたのも、日本の統治を受けた韓国・台湾が先進国の仲間入りしたのも、公の重視・勤勉努力と言った修身教育がしっかりしていたからだと思います。戦後、修身教育は否定され、個人の権利ばかり主張され、公の重視は否定されました。アメリカの日本文化の破壊の陰謀が実現しつつあるように感じます。

ご指摘のように戦後60年近く経ちます。この修正はいくらでもできたわけで、それをしなかった日本人の責任です。今日本の急務は歪曲された歴史の見直し、教育改革にあると思います。

    

自由史観研究会会員 杉本幹夫