1.日本の先人に至上の敬意と感謝を U、V

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日本の先人に至上の敬意と感謝を U

日本人は古来より勤勉で寛容な民族でありました。信仰や学問など異文化に対 しても柔軟に受け入れ消化し、日本独自の文化を形成してきました。
 一時期の鎖国政策により閉鎖的とも思われる時代もありましたが、庶民の学問 に対する熱意は高く、寺子屋をはじめとする学問を傍受する場が開かれたことか らも伺えます。
 そして、歴史的な治水・治山・橋梁などの土木事業、城郭・寺社仏閣などの高 度な建築事業など、多くの事業が日本人の勤勉さと向学意識を立証しています。  鎖国政策の時代にあっても、向学心に根ざした勤勉・和・恥・誠・滅私の精神 は脈々と育ち引き継がれ、やがて来る近代日本の礎となってきたのです。

   明治維新は、わが国の近傍に取り巻く欧米の侵略にわが身を賭す覚悟で行われ た改革で、わが国最大の岐路でもありました。無血ともいえるこの革命は、なぜ 達成できたか。それは日本人に培われてきた精神、すなわち根底に流れる国家を 思う心からではないかと思います。
 日本人の心は常に向学的であり、勤勉で生産意欲の高い民族です。この心や精 神はなぜ培われてきたのでしょうか。
 ある歴史家は、日本の四季にあるといいます。春夏秋冬の気候は明確に移り変 わりを豊かに表現し、四季折々の美しい風景を人々に提供するとともに豊かな恵 みを与えてくれました。有史以来恵まれてきたこの四季によって日本人の心根が 形成されてきたのです。

   地球上には多様な民族が暮らしています。民族の文化を捉えて、欧米民族は石 の文化、中東アフリカ民族は砂の文化、日本は泥の文化と述べられた方がおりま す。泥は豊かな水を蓄えて農耕を支え、あらゆる文化を浸透気化させることなく 混ぜ合わせ、独自の文化を作り出していく日本独特の文化であると。
 過去の歴史や今日の国際情勢を見ますと、欧米の人種差別政策、中国の自己尊 重主義(中華思想)、中東諸国のイスラム教単一主義などは、時に触れ、他の文 化や主張を相容れず多様な弊害を生じてきました。
 一方、泥の文化であるわが国では、これらの偏った概念はなく、常に融和的精 神で政策を司りましたが、時折この融和的泥の文化が理解されず、大きな誤解を 生じたこともありました。

 地球規模でわが国の歴史を考えるとき、明治維新以来昭和に至る歴史は、もっ とも大きな変革と屈辱の歴史でもあります。
 日本人は勤勉と融和、そして誠の精神、さらに恥と滅私の精神からなる武士道 精神、言い換えれば日本精神を心の奥底に携え生きてまいりました。時に大東亜 戦争以後の今日、多くの人々がこの歴史を否定し、挙句は国旗国歌の否定、靖国 参拝を罪悪視する風潮が目立ち誠に残念です。
 しかもこれらの行動は、教育者や著名な政治家、マスコミまで多岐に渡りま す。

   考えてみてください。今私達は教育を受け社会人になり、ある者は企業人、あ る者は自営業、ある者は公務員、ある者は教員、ある者は政治家です。すべての 成人した社会人はこの中に属したことがあります。
 ではどうしてこれらの組織や営みの中で収入を得て暮らしてこられたのでしょ うか。
 答えは簡単明瞭です。有史以来の日本という国家が今日まで存続してきたから です。誰が存続させてきたのでしょうか。誰かがこの国家を勝手に生かせてくれ たのではありません。歴史が生かしたのです。すなわち歴史に生きた先人すべて の努力なのです。先人はなぜ努力をしたのでしょうか。それは未来の日本人に国 を引き継ぎ永遠に栄えるために努力してきたのです。
 この先人の努力は、時折生命を賭して戦ってきました。生命を持って国家の存 亡に尽くされた方々は英霊として神になりました。
 なぜこのように犠牲となったのでしょうか。日本の将来すなわち家族や孫子の ために犠牲となったのです。そしてその象徴は日の丸です。

 日の丸亡くして日本国はありません。日本国亡くして一切の社会活動基盤はあ りません。言い換えれば国家が無ければ生活基盤となるすべてが無いのです。国 旗や国歌の否定を唱えることもできません。国家があるからこそ言えるのです。
 国旗や国歌を否定することは許されるのでしょうか。否定することは日本国民 であることを否定することなのです。わが国の社会活動基盤に身を置くことは許 されません。
 日の丸と国家は一体です。国家を守るため犠牲となられた先人に誠の感謝を捧 げるとともに、その戦いの象徴である国旗に対し礼を尽くすことは国民の義務で はないでしょうか。
 多くの人々が、先人に礼を尽くせる日が訪れますことを願います。

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日本の先人に至上の敬意と感謝を V

 私の心に貫く最も述べたいことは、日本の近現代史を創ってきた先人に対し、 すべての国民が感謝と敬意の気持ちを携えていただきたいということである。
 これは私の最大の願いである。人々がこのような気持ちを携えるには、一朝一 夕の変化に期待することはできない。自己の意思の働きでしか達し得ないのであ る。このためには外因的切っ掛けが必要である。しかし、切っ掛けはそこここに あるはずであるが、見えない人には見えないのである。

 私は本ページを偶然に知った。しかし切っ掛けはあった。以前本ページと同じ 図書「教科書が教えない歴史」を発見し購入したからであった。その切っ掛けに は更なる切っ掛けがあった。それは昔の軍用機に関心があったことと伯父が戦死 していることにあった。
 軍用機への関心は、単なる関心ではない。この戦闘機で戦ったのか、この飛行 機で特攻に赴いたのかという悲壮感をこめたものであった。伯父の戦死は、その 母である私の祖母から戦死状況などを幾度となく聞かされていた。この境遇が歴 史に関心を持つ恵まれた環境に至ったのではないかと思っている。

 このようにして知った本ページ、先に述べた図書も執筆者は同様である。出版 は産経新聞社、産経新聞は歴史認識を最も正当に論じ、日本社会を正そうという 気概の感ずる唯一の新聞。そして放送メディアのフジテレビは系列である。
 かつてフジテレビでは日曜の午後、瀬島龍三さんらを招いたインタビュー番組 を放映し大いに関心を持った記憶がある。
 私は強引にも本ページ、産経新聞、フジテレビは決して無関係ではないつなが りを意識している。因って私の独断的見解であるが、人々が歴史認識の切っ掛け に触れることのできるような番組を、尊敬すべき諸兄の熱意により制作し放映す ることができるのではないかと常々考えている。このような番組があってもよい のではないでしょうか。

 日本は台湾・朝鮮の統治やインドを始めとするアジア諸国の独立を願い、自ら を賭して重責を貫いてきた。しかし、一部の民放や新聞メディアからは過去の歴 史を痛烈の批判し否定する動きは途絶えない。平成12年12月18日夜放映の ニュース番組で、戦時中の日本政府による中国でのアヘン栽培に関する報道があ りました。中国人にアヘン栽培を命じ、これを中国人に売りさばき軍資金にして いたという報道でした。かつて働いていたという中国人などのインタビューシー ンが流れましたが、台湾人のアヘン中毒解消に努めた日本の姿から、具に信ずる ことはできません。
 報道のまとめとして某新聞の編集委員は、「日本が行った先の戦争は、侵略戦 争ではなく大東亜諸国を開放する戦いであったとする書籍が氾濫しているが、日 本が侵略戦争を行った事実を曲げてはならない。もう一度日本人は認識し直す必 要がある」と総括し、番組キャスターは「日本は侵略戦争をしたのです」と語気 強く纏めました。

 当時悲しくも涙のにじむ思いであったことを昨日の出来事のように思い出しま す。
 正常な国家はいずれの国家にあっても軍人は最大級の名誉を与る職責です。し かし、この日本に安全にしかも自由に活動し、暮らし、このことが先人の犠牲と 苦労の上に成立していることに、どれほどの人々が気づき感謝しているのでしょ うか。

 命を賭して日本という国家を私達に引き渡してくれた先人は神になりました。 その神は靖国に眠ります。しかし、この神を崇敬できない人々が多く存在しま す。今、健康に楽しく幸せに暮らさせて頂いているのに、このことへの感謝はな いのでしょうか。
 現在自衛隊はイラク特措法により復興支援の任務についております。出発に際 して民主党は自衛隊に対し何ら激励の言葉をかけませんでした。例え法案に反対 であったとしても、国家国民の意思の結集により国民すべての公器として任務に 赴く自衛隊員には、主義主張の枠を超えて激励すべきです。政治政党ですら思い やりの心をなくし平然としていられるこの現実、恐ろしくさえ思います。

 本ページの今後のご活躍ご期待申し上げます。

 岩崎芳夫


2.靖国問題のご意見について

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暑くなりましたがスタッフの皆様お元気でご活躍のこととお慶び申し上げます
さて、貴ホームページのご意見箱の6月分に「靖国神社」についてのメールが記載されておりましたが、神社にご奉仕するものと致しましてどうしても一言申し上げたく存じます

まず、「神道形式」で英霊を祀ることについてですが、神社で戦没者を「お祀り」すると言うことは「永遠にかみとして」祀られると言うことを意味することです
分かり難いのでたとえて申し上げますと、神社にはその起源が古すぎていつ創建されたのが解らないものが多々あります 言い換えると神社にて「かみ」として祀られるということはほぼ「永遠」に「祀られる」ことを意味します(寺院以上に神社の歴史が古いことに今一度ご注目願います 我が国において神社がもっとも古く普遍的な祭祀の場所であったと言えましょう)

もう一つ重要な事として戦没英霊は、自分の死後「靖国神社」で祀られると信じておられたことです
「お父ちゃんに会いたくなったら靖国神社においで、そしたらお父ちゃんにいつでも会えるからね」とは、最愛の娘さんを残されて戦地に赴かれた英霊の遺書の一部ですが、戦前・戦中戦地に赴かれた方は宗旨・宗派を超えたものとして「靖国神社」を考えておられました このことは多数の戦没英霊が残された「言の葉」により明白です

またもう一点、その国の国難に準じられた「英霊」をその国家が「国の手で」お祀り申し上げ、その国民が「等しく慰霊と感謝の念を捧げる」ことは全世界の常識であるということであり、さらに他国を訪問した場合その国の「英霊」を「慰霊顕彰」する施設に訪問し、「献花」等の慰霊行為を行うことは「国際儀礼」であり、首相の靖国神社参拝に反対している与野党の政治家も他国を訪問した場合その国の「慰霊施設」を表敬訪問し、その国の慣例によりカトリック式・プロテスタント式・ロシア正教式等で慰霊行為を行っているということも見逃せないかと思います

さらに言うと「靖国神社」様には年間を通じて800万人あまりもの参拝者が訪れています 観光目的の方が多いとしても如何に多くの方に親しまれておられるかが分かるかと思います(千鳥が淵戦没者墓園は訪れる方もなく閑散としていることは有名です)

また、憲法20条や89条の条文からゆくと小泉首相が一万円ぐらいの玉串料を「国家予算(実際はポケットマネーだそうですが)」を「靖国神社」にお供えしたところで「靖国神社」様の年間予算からみるとあまりにも微々たるもので、特定の宗教を保護しているとは到底言えないと思います
もし政府(国)が宗教団体に一切の援助をしてはならないとなると「キリスト教系」「仏教系」の学校への援助も「違憲」と言わねばならなくなるでしょうし、その方が余程莫大な金額です

最後に現在首相の「靖国神社参拝」に反対しているのは「中華人民共和国」「韓国」「北朝鮮」だけであることもいわなければならないでしょう
長くなりましたがこれだけは申し上げます どのような理由があっても「自らの尊い命を国難に捧げられた英霊の至誠」は今の平和で豊かな時代に生きる者は 国・人種・宗教・宗旨・宗派を超え「人間として感謝の心を捧げる」のが当然ではないしょうか


3.イギリス捕虜を虐待したのはコリアン?

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私は関西地方出身です。
 関西では人権団体が強く、学校に対しても影響力を持っています。私が子供の頃は、学校で人権問題について良く勉強させられたものです。(もっとも、人権問題といっても、その内容は『同和』『在日』に対する差別問題が大半でしたが)
今でこそ、幾つかの雑誌で人権団体の正体が徐々に暴露されるようになり、「同和利権」や「在日利権」が批判されていますが、当時の私は、彼らが社会的弱者だと信じて疑わず、彼らを保護・擁護する事が正しいことなのだと思い込んでいました。

不思議な事に、当時は日本の朝鮮植民地支配に関しても、歴史の授業ではなく道徳の授業で勉強させられたものです。
歴史の授業ではなく、道徳の授業で、随分と朝鮮半島での日帝の圧政や蛮行、そして、在日差別について教えられました。

現在の私は、それらの教育が決して真っ当なものではなかった事を理解しています。
学生時代、大学の図書館に入り浸り、様々な書物に触れるようになったお陰で、自分が受けてきた教育が、『平和』『人権』『反戦』『日本の罪』の名の下に行われてきた反体制教育・・・在日や人権団体の社会的地位を維持し、反体制運動を正当化する為のものであった事を知るようになりました。

特に、小・中・高の左翼的な教育の為に、長い間、「日帝時代に強制連行されてこられた人たち」と思い込まされていた在日が、実はそのほとんどが、半島の賤民差別や朝鮮戦争の済州島の虐殺から逃れてきた密航者だと知った時は、本当に驚かされました。
(社会的弱者だと思われている在日の多くが、税金免除等の数々の特権を持っている事を知っている日本人が、一体、幾人いる事でしょうか?)

本日、自由史観宛てにお手紙をお送りしたのは、そんな私が、最近、驚くべき事実を知った為です。
それは、現在、最も日本の戦争責任と侵略戦争を批判している韓国が、実は、日本以上に戦争に加担していたという話です。

最初に、この話を知ったのは、韓国人の作家=キム・ワンソブが語っていた某雑誌を書店で立ち読みした時です。
あれほど日本の侵略戦争を批判してきた韓国が、実は、大戦中は大東亜戦争を聖戦と信じ、日本以上に戦争に加担していた・・・さすがにこれは、にわかには信じる事ができませんでした。
しかし、キム・ワンソブの『親日派の弁明』を初め、植民地近代化論とやらを唱える韓国人学者らの書物に目を通し、それらを頼りに当時の当時の一次資料を探して見る限り、確かに、当時の韓国人の日本軍への志願率は最大60倍にものぼり、多くの日本軍将校を輩出していたという事実がありました。旧日本軍軍人(老人)の中には、今でも韓国人を戦友のように思っている人がいるようです。

しかしながら私は、それと共に非常に気になって仕方の無い記録や逸話も目にしたのです。
それは、日本軍の中でも韓国人は扱いずらく横暴であったという話です。
何でもフィリピンの中部山岳地帯では、「日本の占領下で最も残虐だったのはコリアンだった。赤ん坊を投げて銃剣でうけたのも彼らだった。皆がそう信じている」という話が現地人の間で語られているそうです。
http://www.net-ric.com/advocacy/datums/95_10irohira.html

↓は、『古野直也著 朝鮮軍司令部 1904/1945 国書刊行会』の中で、日本の名をかりて横暴を働くコリアンの事を批判した資料の抜粋です。
http://www2.odn.ne.jp/~ccq47810/bunnkenn%20tyousennjinn.html
http://news-kyokutou.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/up/source/up0004.jpg
http://news-kyokutou.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/up/source/up0005.jpg
他にもありましたが、こういった資料や証言の中で、特に私が気になったのが、“大戦中の捕虜の監督はコリアン(アジア全域で3500人)に任されていた。コリアンは白人の捕虜に対して容赦の無い虐待を繰り返していた”という指摘です。

大戦中、日本軍がイギリス人捕虜を虐待した事は有名です。イギリスは、メディアを通して、この点を長い間激しく批判してきました。
未だにこの問題は尾を引きずっており、日本批判の際に良く持ち出されています。
しかし、はたしてイギリス人捕虜を虐待していたのは、“日本人”だったのでしょうか?
大戦中、イギリス人捕虜を監督し、虐待していたのは、日本人だったのでしょうか?それともコリアンだったのでしょうか?
もしコリアンだったのならば、日本軍の命令の下に虐待を行っていたのでしょうか?

韓国は、日本の連合軍捕虜虐待も激しく批判しています。しかし、実は、捕虜虐待をやったのはコリアンで、自分たちがやった罪を日本に着せ、反省せずに批判する側に回っている・・・・などという事をやっているのであれば許せません!

その点をどうしてもお伺いしたいのです。

■回答(1)

大東亜戦争には多くの朝鮮人が参加しており、捕虜虐待の罪で処刑された多くの朝鮮人がいた事は承知しています。
しかし日本人と比べ、彼らの方が残酷であったかどうかについては不勉強で知りません。
 洪思翊中将が処刑されたのはフィリピンにおける捕虜虐待の総責任者としてです。
しかし彼のみに責任があったとは思いません。

自由史観研究会理事 杉本幹夫

■投稿(2)

お忙しい中、お返事有難うございます。
でも私は、朝鮮人と日本人のどちらが、残酷だったか否かをお聞きしているのではありません。

『古野直也著 朝鮮軍司令部 1904/1945 国書刊行会』には、はっきりと、朝鮮人が隠れて白人捕虜を虐待していたと記されています。
http://news-kyokutou.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/up/source/up0004.jpg
この資料は、どの程度信用に値するのでしょうか?

もし、信用できる資料で、しかも、朝鮮人が隠れて捕虜虐待を行っていたという話が事実ならば、 そもそも捕虜への虐待行為は、“軍部の命令によって行われていた”のではなく、捕虜の監督に当たっていた“朝鮮人が勝手にやっていた事”になるのではありませんか?
軍部が「捕虜を過酷に扱え」と命じたが為に、朝鮮人による捕虜虐待が起きたのか?
それとも、軍部とは関係なく、朝鮮人が日本軍の名の下に、勝手に捕虜を虐待していたのか?
もし、朝鮮人が勝手に捕虜虐待を行っていたのならば、軍部は、それを黙認していたのか?取り締まろうと努めたのか?それとも虐待の事実を知らなかったのか? 私は、その点をどうしても知りたいのです。

お忙しいと思うので、ご返事はいつでも構いません。

■回答(2)

『古野直也著 朝鮮軍司令部 1904/1945 国書刊行会』は信頼できる本だと思っています。

軍部が組織として「捕虜を過酷に扱え」と命じたとは思えません。
敗軍の過程で食料等が不足し、捕虜に対する虐待?が生じました。ゲリラに対する報復と言ったこともあったでしょう。
不法行為は朝鮮人兵士だけが行ったとは思いません。どちらの比率が多かったかという問題はあるかとは思いますが。

自由史観研究会理事 杉本幹夫

■投稿(3)

う〜ん。 回答から察するに、軍部が捕虜虐待を取り締まっていたのか等は、まだ十分に研究が進んでいたいようですね。

しかし、『古野直也著 朝鮮軍司令部 1904/1945 国書刊行会』が信用できる資料ならば、コリアンは、日本軍の捕虜虐待を批判する資格はありませんね。
もしも、この投稿がご意見箱に反映されるのならば、そして、もし、これをイギリス人が目にしたのならば、この点に少しは関心を持っていただきたいものです。特に、二年前のワールドカップでの日韓の国民性の違いを振り返れば、分かって頂けると思うのですが・・・・。

お忙しい中、どうも有難うございました。