4.半島ー儒教中毒国

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突然のメール失礼します。
貴URL拝見しました。 全く同感です。
小生台湾メインで半島は門外漢ですが、思うことは同じです。

小生”儒教”というものは”劇薬”、その中和薬として”道教”がシナにはある。 ところが半島は前者しかいっていないから しょうじきいって”狂っている”のでしょう。

シナ人は本音では自国に対し愛国心などありません、すべて嘘つき、だましあいの社会で本音は出しません。 ところが朝鮮人はほんとに思い込んでいる傾向があります。 だからシナ人からバカにされるのです。

シナ人が朝鮮人を嫌うのは日本人の比ではありませんね。日本人の場合好意的に見る人もいますが、あちらは違います。 いわば”リンカーン前の白人と黒人以上”でしょう。

それでは今後共宜しくお願い致します。

■回答 A

メール有り難うございます。

儒教が劇薬で、その中和剤が道教、興味深い発想ですね。 ご活躍を祈ります。

自由史観研究会理事 杉本幹夫

■投稿(2)

ご丁寧に有難うございました。

私は商売人であり、学者とか研究者でも政治的活動家でもありません。 だから違った視点で外国を見れると思います。 勿論言葉も通訳無しOKです。

具体的に学術的な統計だせといわれても困りますが、儒教ー道教のバランス というか中国人のご都合主義は取引をして体験したものです。
今、保守というか、右派というか、愛国陣営というのか、不明確ですが、 どうも頭だけで考えて、体験、体感に乏しいと思っております。


5.イラク情勢についてー素人の考える事

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 米英軍とサダム政権下のイラク軍によるイラク戦争はあっけなく終了し、 米国を中心とする治安維持軍に対するテロ組織のゲリラ戦が続いています。

 日本にいてテレビニュースなどを見ていると、その言葉遣いだけでおかしな 感覚を持ってしまいそうで恐ろしい気持ちになります。「反米武装勢力」と 言っているのは本当は、「反民主化ゲリラ軍」「サダム独裁政権残党」と言 うべきだと思います。

 また、イラク国内でテロや武力衝突があるたびにアメリカ軍を責めるような 論調がありますが、本来責めるべきは「反米勢力」(こと「民主化阻害分子」) なのです。米軍は少なくとも戦後のイラクにおいて何も悪 いことをしていません。イラク人やその社会を痛めつけているのは 「反米武装勢力」(こと「反民主化ゲリラ軍」)なのです。

 米軍はイラクで捕らえられた犯罪者や捕虜に虐待を加えました。これは確かに 犯罪と呼んでいいと思います。ただし、毎日のように「反米勢力」が事件を起 こしている状態では、捕らえた捕虜に過激な尋問をしなければ、明日には 一般市民が何百人も犠牲になるかもしれない、という緊迫した状態に身 をさらしています。あの虐待事件が報じられたとき、私は「これでイラクの治安 はかなり悪化するだろうな」と思いました。虐待を非難してやめさせれば、 現地米軍の情報収集能力や犯罪抑止力が激減するのは目に見えていたからです。

 そのためにイラクの治安が悪化したときに、米軍を責 めることだけはしないで欲しい、犯罪者の虐待に反対した時点で、日本の マスコミは反米勢力に与しているのだということを自覚してほしいと思います。  自衛隊の活動についても、「復興支援部隊」と言えば国民が認め、 「多国籍軍に参加」と言うと認めてもらえない、という(民主党その他の) 主張は言葉遊びに過ぎないのではないのでしょうか。活動内用は何ら変 わりないと言います。言葉遣いの問題です。

■回答 

メール有り難うございます。 御説の通り、マスコミはゲリラ(「反米武装勢力」)に肩入れしすぎていると思いま す。

しかし捕虜の扱いはまずかったですね。私はフセインの扱いをTVで見たとき、「ま ずいな」と感じました。 フセインは高級ホテルの一室相当の部屋に軟禁し、ゆっくり色々な情報を聞き出すべ きだと思いました。

日本は台湾統治では、後藤新平はゲリラの頭目と直接話し合って帰順を勧めました。 朝鮮の3.1独立運動では、首謀者を死刑にせず、たった3年の刑で、それも恩赦で 刑の満了を待たず釈放しています。 そして受刑中徹底的に話し合い、親日派に転向させたのです。

しかし帰順を了承しないサドルなどは徹底的に叩かなければなりません。 アメリカにも鞭だけでなく、このような寛容な政策も併用して貰いたいものだと思い ます。 民主党の主張は、政権をとったときどうするのか、万年野党ならではの主張のように 思います。

自由史観研究会理事 杉本幹夫


6.韓国人との論争

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在米韓国人との正面からの討論を拝見して、杉本先生のご見識に改めて頭が下がりました。私も、拉致問題関係の掲示板で、同じテーマで、在日韓国人との討論を重ねております。

 下記は、その在日韓国人を完全な沈黙に追い込んだ発言の一つです。
http://bbs7.otd.co.jp/773267/bbs_plain?base=9279&range=1
 私は、基本的には日韓併合当時から、朝鮮民衆は本音で日本統治を、李朝よりまだましな為政者として受容していたと考えております。その証拠は、日本が明治44年に開業した朝鮮銀行と同行が発行した紙幣(朝鮮銀行券)です。この紙幣は当初こそ金と交換できる兌換紙幣でしたが、後に兌換は停止され、更に独立後も流通を続け、朝鮮戦争期にようやく回収されてその使命を終えました。朝鮮銀行については、下記をご参照下さい。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569620256/qid=1090033776/ref=sr_8_xs_ap_i7_xgl14/250-3542784-8108224

 紙幣の信用度は、体制の信用度にニアリーイコールです。民衆に信用されない体制の発行する紙幣は、暴落し、インフレの原因になるのが常です。
であればこそ、洋の東西を問わず、紙幣の信用維持は、政権にとって、共通の課題となるのです。朝鮮銀行券が日本統治の終始を通じて信用を維持し、独立後も流通を継続していたことは、朝鮮民衆の本音がどこにあったか、総督府の政治をどう受け取っていたか、雄弁に立証する証拠でしょう。

 韓国・朝鮮人は、常に日本に搾取されたと主張しましたが、資本主義においては「搾取」こそ幻想というしかありません。小作料も、農産物の出荷価格も、決定するのは地主の恣意的な価格ではなく、マーケットプライスです。
これは今日も変わりありません。小作農が生活できないような高額な小作料を設定すれば、農民が一人残らず都会に逃亡し(封建時代とは違って、資本主義時代には、その自由があります)、結局地主が困る結果を招くだけです。だから、小作料も地主と小作人の両方が折り合うところで妥結するしかありません。資本主義下では、資本家や地主すら市場に支配されます。日本人に土地を奪われ、搾取されたとは、全くマルクス主義史観そのものに過ぎません。

 当時の朝鮮の貧困は、日本の搾取ではなく、農業技術の立ち遅れ(その責任は、李朝と両班にのみ存在する)のみに原因があります。なお豊かな生活を望んだ小作人が、都会や日本本土に移住して現金収入を得られる工場労働者を選択したことが搾取だというなら、戦後の集団就職も罪悪視されねばなりません。

賃金水準に格差があるところ、労働力の移動があるのは、古今東西の常識です。
農民が土地を捨てて都会に移住することが罪悪であるなら、土地を捨てることができない旧ソ連や中国、北朝鮮の農民が幸福だとでも言うのでしょうか。
 なおも、妄言を重ねる韓国・朝鮮人は後を絶たないでしょうが、日本のためには歴史の真実を語ることを辞めてはならないでありましょう。

追伸 最近、民団が各所に配布している「あらためて近代史を考える」というリーフレットを入手しましたが、これがまたマルクス主義史観テンコ盛りの珍書です。よろしければ、コピーを差し上げます。また、近い内に昭和史研究所会報紙上で、批判論を掲載するつもりです。

■回答 

メール有り難うございます。 素晴らしい研究をされている模様で、敬服します。益々成果を上げられるよう期待しています。

民団のリーフレット私も入手しました。酷いものですね。今我々の方も何らかの形で反論しようと考えている所です。

自由史観研究会理事 杉本幹夫


7.ベトナム200万人餓死について

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こんにちは、私は大学で歴史学を学ぶものです。つい最近、近代史の講義でベトナムの独立宣言文書の一部がレジメに引用され200万人のベトナム人餓死者の件を知りました。独立宣言文書には、「日本のファシスト達が....」と言った文言もありました。

しかし以下の文章を読み、あれ?どっちが正しいんだ?と混乱してます。この独立宣言は現在でも生きているのですか?以下のことが事実であるなら、早急にベトナム政府に対して、訂正を求めるよう働きかける必要があるのではないですか?外務省がその気がないとしても民間人の私達が働きかけることはできないのですか?講義の受講者がだいたい40人くらいですがその中でどのくらいの学生が以下の事実を(事実だとしたら)知ることが今後あるでしょうか?

貴殿らの活動は今のところ焼け石に水のようにも感じますが、水滴が石をうがつようにそのうち大きな変化が現れることを期待します。それでは。

[引用文] WW2における日本とベトナム(原文 英語)

■回答 

メール有り難うございます。 ご意見箱を確認しました。今は目次に表示されていない物を良く探し出されましたね。

この独立宣言が生きているかどうか、確認したことがないので知りませんが、この宣言文を出したのはベトナム共産党であり、彼らがフランス、アメリカと戦い、独立を勝ち取った事は事実です。そして現在の政権に特に問題なく引き継がれています。従って常識的にはこの宣言文は生きているのではないかと思います。

この独立宣言文について外交上問題にしているとすれば、1973年の国交回復の時と、1978年の補償交渉の時だと思います。調べてみてください。何か分かりましたら、教えて下さい。

訂正を求めるよう働きかけるべきだとのご意見、同感です。焼け石に水かもしれませんが、真実を語り続ける事が必要と思っています。

自由史観研究会理事 杉本幹夫


8.「教科書が教えない歴史」を読んで

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初めてメールを差し上げます。

先日、書店で貴研究会が作成された、「教科書が教えない歴史」の 第一巻を何気なく手に取り冒頭部分を読んだところ、そのすばらしい 内容に、一気に第四巻まで購入しました。 小学生高学年から大人まで通用する内容に、筆者各位の並々ならぬ 辛苦と熱意を感じ、いい大人が胸をわくわくさせました。 久しぶりに、胸のすく思いをいたしました。感謝申し上げます。

私自身は、いわゆる「自虐史観」の教育を受けたことはありません。 小学校5年生から、中学、高校と歴史の授業において、先生から 「日本は昔悪いことをした」などとは一度も教わりませんでした。今思えば 非常に幸運だったのでしょう。

今後は、我が子が歴史を教わる学年になっていきますが、家庭において 「教科書が教えない歴史」を読ませ、または読んでやり、歴史とは 多面的な見方があることを教えてやりたいと思います。 また、日本人として、誇りをもてるようにしてやりたいと思います。

私自身は、日本という国に生まれ、日本人として育ったことに誇りを 持っています。 世界に例がないくらい水が美しく、四季に彩られ、勤勉で、職人気質に満ちた 人がたくさんおり、独特の文化を育んだ国と理解しています。 また、戦後の貧困のどん底からあっという間に立ち直った逞しい国とも 理解しています。 「教科書が教えない歴史」を読んでからは、先人たちの苦労を、おろそかに してはならないと、特に思うようになりました。

さて、長文で失礼ながら、かつて私が学生のときに、亡くなった祖母に聞いた 戦時中の話を以下に示します。祖母は、戦時中は大阪に住んでいたそうで、 空襲により家を焼かれたそうです。そのときの話です。


私:ばあちゃん、アメリカ軍の空襲を受けたん?

祖母:受けたなあ。グラマンとかいう戦闘機の機銃掃射も受けた。    そのときは、みんな一斉に地下鉄に逃げたんや。    まあ、みんな逃げ足の早いこと早いこと。そりゃ命がけやけど、    なんかおもしろかった。

私:家も焼けたん?

祖母:そうそう。焼夷弾って言うんかな。たまたま外に出ていたとき、    帰ってきたら、家が焼けてしもとるんや。しょうがないから、    目の前にあった空き家に入ったんや。アハハ。

私:ハハハ。でも、そんな勝手なことしてええの?

祖母:いや、それがやな。市役所に行ったら、そこに入ったらええって。

私:へーえ。ほんまかいな。
学生のときは、何だかおもしろい話だと思っていたのですが、今になって 考えると、空襲の中にあっても、行政は機能していたのだということに 気がつきました。これはこれですごいことだと思います。無法地帯にならず、 治安も維持されていたことは、国民性もあるのでしょうか。 この話も、子どもたちに伝えたいと思います。

さて、もう一件、同じ祖母から聞いた話です。敗色が濃厚になってきた頃、 祖母たち庶民は、この戦争は勝っているのか負けているのかを知っていたのか を確認したときの話です。
私:ばあちゃん、日本が負けそうなのは知っていたん?

祖母:大本営発表とかいうのはあったけどなぁ。ばあちゃんの    おじさん(叔父なのかどうか私の記憶が定かではありません)が、    「この戦争はもういかんで」とは言いよったなぁ。
どうも、薄々は気づいていたようです。

大変長くなりました。 今後も、筆者各位のご活躍をお祈りいたします。 私も、まさに蟷螂の斧ではありますが、身近なところから、自虐史観を 改めていけるようにしたいと思います。 なお、世の中には、話して分かる人と、どうにもならない分からず屋もいます。 自分の意見と合わないと、すぐに暴力に訴える人間もいます。 筆者各位の行動を面白く思わない人間も当然いるはずです。それは、 HPのご意見欄を見れば明白です。彼らに共通することは、断定的で、命令口調で、 自分は絶対正しいと信じ切っていることです。それに屈せず、あくまで冷静に 対応される皆様には本当に頭が下がります。どうかご自愛ください。