1.日本人にとっての太平洋戦争

■投稿(1)

大変すばらしい内容で勉強になります。お忙しい中とは思いますが目を通して頂ければ幸いです。また、私の意見にもお答え頂ければなおうれしく思います。

8月15日、もうすぐ終戦記念日です。高校3年の私が言うのも可笑しいかと思いますが、今の若者はそのことを認識しているのでしょうか?TVをつければレポーターが街中の若者にマイクを向け「8月15日、何の日か知っていますか?」と質問する。しかし、見る限りでは誰も知っている様子はない。知っている人も多いかもしれないがやはり認識不足のような気がする。また、「戦争をどう思うか?」の質問には「戦争からは何も生まれない。」「戦争はただの人殺し。」などと、やはり戦争についての知識も浅い。

私は、戦争そのものを肯定はしない。はっきり言って戦争は嫌だ。だからと言って私たちの祖父が戦い抜いた戦争を無駄なものだとは思わない。戦争なのだ、犠牲は生まれる。しかし、功績も生まれるのではないのだろうか?

大東亜戦争で日本は白人の不当な搾取に苦しむ植民地を解放したという功績があるではないか。台湾、韓国の経済発展に力を注いでいたではないか。そう、戦争は悲惨なだけではない、無意味なわけでもない。日本は立派な功績を残してきたではないか。

そのことを今の若者は知るべきではないか?祖父たちが日本の未来、子孫の未来のために戦った戦争を悲惨の一色で塗りつぶしていいものなのでしょうか?そんなことを祖父たちが望んでいるでしょうか?

私は、そんな祖父たちに誇りと感謝を抱いて終戦記念日を迎えたいと思います。それが、厳しい戦争を戦い抜いていった祖父たちへの本当の供養になるのではないかと思います。

■回答(1)

メール有り難うございます。 明日は終戦記念日ですね。59年ですか。

ご指摘の通り、日本は破れましたが、目的の一つであったアジア民族の解放がなり、ひいてはアメリカの黒人の差別待遇を止めさせたのです。 第一次世界大戦後のパリ平和会議で日本が要求した民族差別の撤廃がなったのです。

一方アメリカは戦争に勝ちましたが、最大の目的だった中国市場を失ったのです。アメリカが如何に日中関係を誤解していたか、不勉強だったか、分かります。

アメリカと必死に戦った年代の人は、どん底から立ち上がり、世界の超大国にのし上がりました。しかし戦後教育を受けた世代がリーダーシップをとる時代になると次第に経済も伸び悩み、それと共に犯罪の増加などといやな時代になりつつあるように思います。

私は戦後失った最大のものは武の心だと思います。崔基鎬『日韓併合の真実』によると日本と朝鮮の違いは、日本は武の国であり、朝鮮は文の国であったと言っています。敗戦により、武の心は失われました。孝より忠の優先、勤倹貯蓄、等々武の精神こそ日本が東洋の片隅から世界の大国にのし上がれた原動力と思います。

昔から文武両道と言われます。今一度武士道を見直すべき時代が来たように思います。

自由史観研究会理事 杉本幹夫

■投稿(2)

お忙しい中こんなにも早くお返事をいただきありがとうございます。 とても丁寧でわかりやすく整理されていた文章で今一度自分の意見を再確認できてよかったです。

今日は、終戦記念日ということもあってかTVでも戦争についての番組が多くやっていました。しかし、その殆どが戦争の悲惨さや戦争で亡くなった人の家族の悲しさを伝えるもので、けして日本が起こした戦争の原因や大儀などをしっかりと説明したもの はありませんでした。

思えば、私が小学生や中学生だった頃いつも不思議に思っていたことがあります。

それは第二次世界大戦(大東亜戦争)は何故起きたんだろう、ということです。誰から聞いたか知りませんが、米の奪い合いだとずっと思っていました(笑)。その他にも 「日本の国家は戦争の悲しみが歌われていて他の国の国家より暗い」と教師に言われたり、「アメリカ人は何でもものをハッキリ言うが、日本人はあいまいだ。」と英語の教師が言っていたのを覚えています。 結局、私が学んできたことは「戦争の悲惨さ・国旗国家の批判・アメリカの賛美」だったわけで、反戦と銘打った反日教育です。もっとも、今の小中学校はもっと反日教育が進んでいるのでしょう。

あまり、当てにならないかも知れませんがポータルサイト(yahoo)のニュースを見ていて靖国問題や反戦、戦争犯罪の問題などに沖縄の新聞が多く社説を載せているようでした。それもどれも批判的で、靖国神社については「負の遺産を残すな」などと書いてありました。琉球地方ではよほど反戦(反日)教育が根付いているのでしょうか ?

沖縄といえば、成人式での式の妨害などが問題になっていて不良っぽい人たちが成人式の日に「国家権力反対!」と叫んでいたのをTVの報道で見たことがあります。反日教育と深い繋がりがあるように思います。 反日教育と犯罪発生率なんかを統計を取ってみて調べてみると面白い結果がでそうですね。

今高校3年の世界史の教科書にはまだ「南京大虐殺」「アジア諸国への罪」なんてものが載っています。反日教育、根強いですねぇ。


2.自由主義史観の自由主義とはどのようなものか?

■投稿

お暑うございます。皆様におかれましては日々ヤラセと捏造の泥沼をかいくぐって 歴史の真実を探究されておられる由、興味深く拝見させて頂きました。

もとより「真実」といえども仮説のひとつであり、様々な仮説が絶えまなく更新され 廃棄されていくこと、これまた歴史の真実であると申せましょう。 このような終わりのない探究に従事される皆様の、まさに言葉の真の意味で永遠に不 滅の努力には、頭の下がる思いであります。

しかしながら科学というものはもとよりそのような、一見不毛にも見える営みなので ありましょう。 とはいえそれでも考え続けることをやめない、追求し続けるということに、貴い価値 があるのでありましょう。

例えば教育の場面では、従軍慰安婦の強制連行にしても、そいうことがあった、と学 校で教わる。その一方では皆様のような方々が書物やウェブなどを通じて、いや、そういうのはな かった、と別の仮説を提示される。このような過程の中で、生徒学生は歴史といえども過ぎ去ったことがらではなく、極めて現代的な問題として私達の目の前に今も生きているのだということを感得出来るのであると思います。

そこから、では何故そうなのか、ということを考えていくことにつながるでしょう。 つまり歴史が何かの道具として用いられていること、何に使うのかという、その目的 によって仮説が組み立てられるということ。

強制連行があった、と主張する人のねらいは何なのか。逆になかった、という人は何 を目的としてそう言うのか。 このようにして歴史は未来につながって行くのではありますまいか。 あるいは逆に言えば、歴史に関するある仮説が、どのような考え方を正当化するのか、 ということ。 ここまで考えるまでに至らなくては歴史教育とは言えないでしょう。教育は洗脳では ないのですから。

このように考えると、現行の教科書ではとてもダメです。しかし皆様が教科書を書い てもやはりダメです。 教科書や教室の中だけではひとつの仮説にしか触れることが出来ないからです。 広い視野を持って様々な考え方を検討するのでなければ、かえって有害ですらあるこ と、皆様はよくよく御承知のことと思います。 そのような意味では、対立する学説と教室を奪い合うのではなく、もっと広い場所で の御活躍を期待します。

ろくな批判能力のないガキ相手の教室で自説を振りかざす、あの一部の党思想に忠実 な教師たちと、言っていることは違っても やっていることは同じでは余りにも悲しい。それでは皆様の存在価値はなきに等しい ではありませんか。

最後に質問があるのですが自由主義史観の「自由主義」ってどのような意味でしょう か。 ふつうは人の思想的、政治的、経済的な活動に対するあらゆる制限に反対する立場だ と思いましたが。

私はそのように解釈して、例えば教科書検定の問題などに現われる思想の自由な流通 の障壁のひとつとしての面を持つ、 国家による学校教育というものに対して、ちょっと批判的になってしまいましたが、 サイトの内容を良く読んでみますと、皆様は経済活動以外の分野においての国家によ る人の活動ヘの制限には比較的寛容でいらっしゃるようなので、「自由主義」という のが自由放任的な資本主義と同じことなのかどうか、それをお聞きしたかったのです。

■回答

私どものサイトを公正公平な視点をもってご覧いただき、感謝申し上げます。自由主義史観研究会が定義している「自由主義」とは何かというお問い合わせについて、藤岡信勝代表が1995年9月機関誌『「近現代史」の授業改革1』の冒頭に書いた「創刊の辞」を以下に紹介し、回答とさせていただきます。

創刊の辞 本誌編集長 藤岡信勝

社会主義体制の崩壊と米ソ冷戦構造の消滅によって、日本をとりまく国際環境は根本 的に変わりました。日本が国の進路を誤らないために、歴史に学ぶことが今ほど必要な 時はありません。

ところが、戦後の「近現代史」教育は、自国の歴史に対する誇りを欠き、未来を展望 する知恵と勇気を与えるものではありませんでした。日本の「近現代史」を暗黒に塗り つぶしてきた「東京裁判史観」の克服が今こそ必要です。

20世紀の歴史が明らかにしたことは、自立した個人による自由な活動を可能な限り 許容することが、結局のところ豊かで幸せな社会を実現する道であるということでし た。日本の「近現代史」をふり返ってみても、日本はこのような路線に近づいた政策に よって成功し、それからはずれた時には失敗したといえるようなコースをたどってきた ように思えます。

近代日本が行った戦争の評価については、日本だけを悪者にする「東京裁判史観」 も、日本は少しも悪くなかったとする「大東亜戦争肯定史観」も、ともに一面的です。 日本がとる政策によってあの戦争は避けることができたのではないかという観点から、 戦争回避の可能性と現実性を歴史の具体的脈絡の中で追究する必要があります。

右のような「近現代史」へのアプローチを「自由主義史観」とよぶことにします。本 誌はこの史観を一応の立脚点とします。ただし、それは批判を許さないドグマでもなけ れば、確証された結論でもありません。歴史の真実の探究に当たっては、タブーを排 し、イデオロギーにとらわれず、異なる視座を意識的につきあわせるべきです。そのた め、自由な討議を活発に組織し、理性的な議論をつくすことが最も大切です。

戦後50年、とらわれない目で歴史の真実を明らかにするための条件がようやく整い つつある今、本誌は日本の「近現代史」の授業を改革しようという志のもとに船出しま す。本誌が開かれた歴史探求と実践創造の場として成長するよう、皆様のお力添えを心 よりお願い申し上げます。

なお、詳しくは藤岡信勝著『自由主義史観とは何か』(PHP文庫 1997年刊行 660円+送料210円)をご参照ください。

自由史観研究会理事 事務局長 上原卓

■投稿(2)

小生の些細な疑問にも解答して頂いてありがたく存じます。

さて引用頂いた藤岡代表の文面より拝見するに、貴会におかれましては「自由主義」とは 「自立した個人による自由な活動を可能な限り許容することが、結局のところ豊かで幸せな社会を実現する道である」とする考え方 と解釈しておられるということでよろしいでしょうか。大変分かりやすく存じます。

あたかも試験の模範解答のごとく、国語辞典を引いてもここまで簡潔な定義はされていないのではないでしょうか。 「豊かで幸せな社会」、これこそが万人の求めるところでありましょう。「社会」の人々ひとりひとりが「豊か」で「幸せ」であれば言うことはありません。もっとも現実はそう上手くはいってはいないようです。中にはそうでない人もいる。何が「豊か」で「幸せ」であるかという価値観にもよるのでしょうが。

さてそのためには「許容する」ことが良いとされています。誰が「許容する」のか、この語にかかる主語がないので今一つ明らかではありませんが、貴会もしくは代表その人でありましょうか。今のところ不明です。しかしながら何を「許容する」のかは分明でありますね。「活動」です。しかも「自由な活動」でありますから、第一義的にはどこかの誰かが「許容」しようがしまいが行われうるところのありとあらゆる「活動」であると言えるでしょう。ちょっと分かりにくくなって来ましたが例えば英語でいうところの「輻射活動」、これは一般には「放射能」ですが、こういったものもこの段階では一応「自由」なものとして「活動」しています。危険なことです。

ここで急いで「自由な活動」に制限をかけておられます。この「活動」は「個人による」ものでなければなりません。「放射能」はこれで停まったも同然ですから安心です。「活動」はひとり一人の「個人」がするものであって、「個人」ではない「法人」や犬のポチやウラニウムのやらかすことはその「活動」を「許容」しないのです。

またこの「個人」は「自立した個人」であって、「自立」しています。これはどういう状態を指すのでしょうか。普通には他からの支配を受けず自らの力で物事を行っている状態をいうようです。はたしてこのような解釈で良いのかどうか、はなはだ疑問でありますが、まあほとんどの「個人」は法の支配を受けているはずですから「自立」していませんね。「自立した個人」は存在しないことになってしまいます。これでは意味をなしませんので、この点も不明です。

一方「許容する」の方にも制限がかかっています。どこまでも「許容する」というわけではないようです。「可能な限り許容する」ので良いことになっています。これは(上記の通りどこの誰だか分からない)「許容する」人が、「許容する」ことが「可能な限り」、「許容する」ということでしょう。わけのわからない文になってしまいました。

要するに(どこの誰だか分からない)人が「許容」できる(「可能」)範囲内で、ということです。この「可能」性の判断は誰によってなされるのでしょうか。もしかして「許容」する人と同じ人ではないでしょう。そうなると「可能な限り許容する」が意味をなさなくなり、「許容したいだけ許容する」ことになってしまいます。このもうひとり誰だか分からないところの「可能な限り」を判断する主体の役割はますます重要です。その人が「可能」だと思わなければ何一つ「許容」されないのですから。もっともそいつが「許容」しようとしまいと、「活動」の方は「自由」にやっている、という状態もあり得ますが。

というわけで私は分からなくなってしまいました。「自立」という概念が現実的にどのような意味をもつのか、また「許容する」ところの主体とは一体誰のことなのか、という大事なところが全く明らかではないような気がしてなりません。もしかして山奥に住む「自立した個人」こそが「可能」性を判断した上で「許容する」その人なのでしょうか。もしそうであればその三位一体の「自立した個人」はやりたい放題ですね。そのへんのことについて藤岡代表の『自由主義史観とは何か』が答えてくれるのでしょうか。その本にはちゃんと主語が書いてあることを期待して、読んでみることにします。有り難うございました。


3.このサイトを見て、考えた事、再確認したこと。

■投稿

初めまして。このホームページを見て、私の感じた事、思った事をどうしてもお伝えしたく、メールさせて頂きます。

 このサイトを見て、私はとてもショックを受けました。そして生まれて初めて、日本人である事を恥じました。私は、戦後の生まれです。戦争が終わって約 30年後に生まれました。だからもちろん、第二次世界大戦中に起こった事、日本軍がアジア諸国で行った行為について、教科書や映画等で知識を得てきまし た。そしてそれらは(もちろん全てとは言いませんが)真実であり事実であると信じてきました。あなたたちのホームページを読んだ今もそう信じています。

あなたたちは、私のこの意見に「何の根拠でそう言うのか」「南京大虐殺が起こったと言う証拠を見せてみろ」「朝鮮人強制連行が起こった証拠を見せてみ ろ」と言うかも知れません。

 一番最初に書いたように私は、その時代の人間ではありません。だからその事実をもちろん自分の目で見たわけではありません。私が示せる証拠は今も根強 く残る、韓国、中国、朝鮮その他日本に侵略を受けた人々の日本と日本人に対する悲しみと怒りの感情だけです。戦後からもうすぐ60年が経ちます。それで もアジア諸国から反日の声は消えない。半世紀以上もの間国家レベルだけでなく、個人レベルでも叫び続けられる怒りの声。それが日本人が戦時中、アジア諸 国で非人道的行為を行ったと言う何よりの証拠だと思います。人間の感情は時間とともに風化していく。それがお金や、自分達の利益のためだけにでっち上げ られた、嘘の、魂のない「感情」であるならなおさらです。「嘘の怒り、悲しみ」が、60年もの間続く事はあり得ない。

 あなたたちが主張するように、教科書で伝えられている歴史の中には、真実をゆがめられてしまっているものもあると思います。それを否定するつもりはあ りません。ただ一つどうしても我慢がならないのは、あなたたちが、日本軍が行った事を全て都合のいいように歪曲し、私たち日本人が犯した罪によって深く 深く傷つけられた人々の怒りや、悲しみの声を全て嘘だと主張している事です。その事が許せない。

  一度、島田荘司と言う作家の「奇想、天を動かす」と言う本を読んでみる事をお薦めします。その本で、日本人である島田氏は、日本人が過去に犯した罪 を認め、直視し、どのように罪を償うべきかを自身と全ての日本人に問うています。  私には、日本人が過去に犯した罪をどう償えば良いのかはっきりとは分かりません。でも事実をゆがめず、彼らの声に耳を塞がずにいる事、日本人が犯した 罪を心の片隅ででも、忘れずにい続ける事で、その償いの一端を果たしていけると信じます。

■回答(A)

当ホームページにご来訪ありがとうございます。  さてあなたが仰ることについてですが、残念ですけれども的はずれであるといわざ るを得ません。

 私も戦後23年後の生まれです。確かにいわれているような歴史は私もずいぶんと 聞いてきた内容でしたし、あったとしたら随分酷い話だと思ってきましたよ。  しかし、それらの本を読むことはもちろん大切なのですけれども、声なき声の方に 耳を傾けることもまた必要なことではないでしょうか。この場合の声なき声とは、戦 後立場が逆転することにより、全く自分たちの主張する内容を取り上げてもらえなく なった人たちの声です。

 少なくとも私の祖父は戦前から学校の教員を務め、戦後は管理職として教育の第一 線で努力してきた人間ですので、そのあたりの価値観の逆転をもろに経験してきた世 代なのです。明治生まれの祖父母にとって、戦後の価値観の逆転は大きなショック だったのですよ。

 その祖父は90年生きてきましたが、平成9年3月になくなっています。その祖父 にして、平成9年度より使用されてきた件の教科書(のサンプル)は考えられないほ ど酷いものだったのです。いわゆる従軍慰安婦の強制連行が書かれていたり、南京大 虐殺の被害者数が具体的に示されるような教科書はそれまでには考えられないほど酷 いものでした。

 こうしたひとたちが 「本当にそんな酷いことをやったのかなぁ・・・・」 ととまどいながら亡くなっていったことなんて、まるでマスコミには流されません ね。マスコミに流される情報はいつも 「こんな酷いことをされた」 の手合いの情報ばかりですね。

 私にいわせれば、こういう状況においてこそ、過去の真実は何であったのかを検証 することは、非常に大切なことであろうと思うわけですよ。それもまた祖先に対する 孝行というものです。そして自分たちを慈しみ、育ててくださった方に対する礼を尽 くすことになります。国の施策に過ちがあればそれを正しく直言することこそ忠義に かなうというものです。そして歴史の実相が何であるかを次の世代に語り継ぐことこ そ、親となる者の義務でありましょう。

 知的好奇心があればこそ、こうしたことができるのです。しかも様々な証言や証拠 を検討するには客観的な視野を持ってこれに当たらねばならないのですから、偏りの ない智慧が必要というべきでしょうね。一方的な証言だけを元に人を裁くような愚は 犯したくないものです。

 だからあなたに言いたいのは、教科書や映画などにのみ情報源を求めていると、知 識が偏るよということなのですよ。
>嘘の、魂のない「感情」であるならなおさらです。「嘘の怒り、悲しみ」が、60 年もの間続く事はあり得ない。<
 しかしながら、残念なことにずっと続けられてきたのです。

 国内においては、朝日新聞が特にその代表格でした。南京大虐殺については戦後、 南京暴虐事件などとしてとりあげていましたし、本多勝一記者が出てきた日には「中 国の旅」を連載しました。さらに80年代にはいると教科書誤報事件がおき、侵略を 進出と書き換えさせたなどとやりましたし、森村誠一の悪魔の飽食が有名になりまし た。しかし写真の誤用により、その続本は間もなく絶版しました。

 90年代になると従軍慰安婦の強制連行を特集し、詐話師として有名な吉田清二も 当初「私が慰安婦を強制連行しました」などとしたり顔で新聞に登場しましたね。 で、その話がウソとわかると途端に口をつぐんで次は久しぶりに731部隊の登場で す。731部隊によってペスト菌を撒かれたなどという被害者が現れたわけですが、 50年以上も経ってからそんな被害者が出てくるところに胡散臭さを感じるのはむし ろ当然です。

 手を変え品を変え、こうしたことは繰り返されてきました。あなたはそうした報道 の歴史も知るべきです。作られた情熱ならなおさら、こうした一部勢力による心ない 宣伝は一度言い出したら引っ込みがつかなくなるので逆の立場である我々は根気強く これからも直言していきます。事実とは、言われていることを真に受けてばかりでは なく、自分たちの手で検証して明らかにしてこそわかるのです。

 世の中にあなたのような方ばかりいるなら、これからも我が国にはえん罪事件が絶 えないことでしょう。

「日本の警察は優秀だからその捜査の結果は真実だ。その内容には一切反論するべき ではない」
「海外の深く傷つけられた人々の怒りや、悲しみの声は真実だ。その内容には一切反 論するべきではない」

 この論法のどこが違います?こんなことを言って検証を怠れば誤審だって起きて当 然ですな。やってもいないことまでやったなどと思い続けることほど愚かしいことは ありません。少しは本当のことを知るために資料を検証するなどの努力をしてみてく ださい。

 それでこそ、大いなる愛(仁)を海外の人たちに及ぼすことができるようになるで しょう。また昔の日本人がいかに今の私たちよりも優れた行動をしたのかということ に気付かされることになるでしょう。実際、海外からはあなたの言うような悲憤慷慨 だけではなく、感謝の言葉だって多く寄せられているのですから。

 もっともっと、勉強して考えてください。

自由史観研究会会員 犬村大角礼儀

■回答(B)

ホームページをご覧くださり有り難うございました。ご感想はごもっともと思います。 ただし、申し上げたいことが2つあります。

1つは、戦争当時の時代の人間でないことは、当時の実体、実情が本当はどうであったかを知ることを不可能にすることはない、ということです。もしそうであれば、歴史学などというものの存在する意味はなくなってしまいます。

我々のホームページに書かれていることをそのまま信じてくださいなどというつもりは毛頭ありません。しかし、いくつかの大事なテーマについて少し詳しくお読み頂き、通説との違いを比較し、論理的・実証的にどちらに理があるかをご自分でお考え頂くことをおすすめします。

例えば、南京虐殺について言えば、当時南京で安全区を作り、城内の市民のほとんどを集めてその面倒を見ていたのが、第3国人(アメリカ人が中心)が作った「安全区国際委員会」です。国際委員会は日本軍占領からおよお2ヶ月にわたって活動をしましたが、その2ヶ月の活動記録が「Documents of the Nanking Safety Zone」という本にまとめられています。この中心内容は、日本軍に対する抗議・苦情・抗議であるので、これをまとめて出版したのは、何と中国政府の機関でした。

ここにはっきり記録されているのは、日本軍入城時(12月13日)の南京の人口が、20万人であり、12月中はずっと20万だったのが、1月14日には25万に増えています。この数字と南京で30万の市民を虐殺したなどという「南京虐殺派」もしくは中国政府の主張とが整合性をもてるとお考えですか?要するに細かいことよりも肝心なポイントについて、まともな思考力(reasoning)を働かせれば、真実はどの方向にあるかを判断することができるのではないでしょうか?是非それをあなた自身で行っていただきたいということです。

2つめは、「嘘の怒り、悲しみ」が60年もの間続くことはあり得ない、とおっしゃっていることに関してです。結論を言えば、「嘘の怒り、悲しみ」だからこそ60年も経って喧伝されているということです。

 例えば、南京虐殺についてもうしあげましょう。1945年12月13日は、南京事件9周年にあたります。12月15日の「上海広報」は「わずか数軒だけが死者に供物を捧げ、故人を追悼し、また戦禍に生き延びた自分の僥倖を願い、涙を流して当時の悲惨な出来事を語る人はほとんどいない状態であった」と不思議がる記事を書いています。

勿論この時には、南京は蒋介石軍の支配下にありました。そして、翌年南京軍事法定を開くための日本軍の凶行証言を集めようとしても、どうしたものかいくら呼びかけても市民から告発が出てこなかったことが、南京地方院検察処の調査書にでてきます。こうした状況下で無理やり30万虐殺をでっち上げたのが、南京法定でした。

つまり、事件が起ってからずっと「怒りと悲しみ」が続いていたのではなく、10年後に作られた南京法廷という復讐裁判によって、「怒りと悲しみ」が作り出されたというのが事実です。しかし、これも直ぐに下火になってしまいました。これを掘り返して、センセーショナルに書き立てたのは、それから25年以上経った1971年、本多勝一の「中国の旅」と題する朝日新聞の連載でした。政府の100%コントロール下にある官製「証言」を何の裏付けも取らず、書き立て、かくて南京虐殺は甦ったのです。

中国政府は当初はこれを余り取り上げることはしませんでしたが、その後政治情勢によって「使い始める」ようになったのです。「南京虐殺記念館」ができたのはいつだと思いますか?南京の城外南の雨花台に「悪名高い」虐殺記念館があります。今年になり、入場者が少ないことに焦った中国政府は、入場料を無料にして反日キャンペーンに躍起となっています。これができたのは、何と1980年、事件後48年、南京法廷から35年後のことです。本多の「中国の旅」の日本における反響を見て、「使える」と考えてから作られたのが、あの虐殺記念館なのです。反日に使えると思ったからこそ作られたものであって、あなたの空想するように60年もの間、「怒りと悲しみ」が続いていたのではない、ということをよく知っていただきたいと思います。

韓国に関しては、少し書いてみるつもりでしたが、長くなりますので、呉善花さんの「生活者の日本統治時代」という本を是非お読みください。実際に日本統治下に生きた年代の方々にインタビューをすることによって、彼らがどんな感じ方をしていたかを実際に確かめています。結論で言えば、ほとんどのその世代の韓国人は、日本統治時代を肯定的に捉えているという事実です。イデオロギーに生きる人、戦後の反日教育を受けたひととは違って、実際に当時を生きた人は「怒りと悲しみ」とは無縁であることを実証しています。彼女はすごい才能の持ち主であると私は尊敬しています。あなたも毛嫌いせずに、是非一度読んでみてください。

要するに、作られた宣伝の恐ろしさについての認識が本当のことを知るためには絶対に必要だということを申し上げたいのです。短い文章ですので、言葉足らずで、疑問の点も多いと思います。何でも言ってください。とにかく、ウソの支配から解放されないでは、本当のことは見えてきません。でもウソの支配の方が心地よいという人も世の中にはおりますので、どちらを選ぶかは本人の自由というしかありません。

自由史観研究会会員 水元繁

■回答(C)

我々のホームページを見ていただき、その上でメールを頂き、有り難うございました。

所でトップページの右側の画を見ていただきましたか。この画は9年前、フィリピンの独立50周年を祝って作られたポスターです。 この画を見てフィリピン人が日本を非難しているように見えますか?

現在の日本の歴史観はマルクス史観によって作られたものであり、マルクス主義が間違っていたことはソ連の崩壊により明らかになりました。 戦前の世界は貧富の差、人種間格差が激しく、多くの人がマルクス主義に心を惹かれ ました。アメリカのルーズベルト政権も同じでした。

しかし日本政府はマルクス主義の危険性を認識し、マルクス主義の勉強を禁止してい ました。戦後日本に進駐した米軍はマルクス主義を解禁したのです。その結果、頭が良く、勉強ができる人ほど、貧富の差を無くしようと言うマルクス主義に惹かれました。そして成績優秀な人達は朝日新聞、NHK等に入社し、日本人の世論をその方向にリードしたのです。恐らく貴方も成績優秀な人なのでしょう。

まずアジア諸国が日本をどの様に見ていたか、Q&Aの「アジアにおける大東亜戦争」を見て下さい。貴方が習ってきたことと随分違うことに気づくでしょう。大東亜戦争で日本は敗れました。しかし日本が目指したアジア民族の解放は実現したのです。更にこの事がアフリカ諸国の独立に繋がり、アメリカの黒人の解放に繋がったのです。第一次世界大戦の後のパリ講和会議で日本の主張した人種差別の撤廃が実現したのです。これこそは大東亜戦争の成果です。

一方アメリカの最大の目的だった中国市場の確保は、確保どころか完全に中国市場か ら追放されたのです。アメリカは余りにも共産主義の危険性に無知だったのです。

中国共産党のスパイに洗脳され、日本が悪者だと信じて大東亜戦争を始めました。しか し満州事変・支那事変は現在のパレスチナとイスラエルの戦い同様、ゲリラとの戦いでした。そのゲリラの後には、スターリンに指導された国際共産党がいたのです。 そしてスターリンの戦略が見事に成功し、中国から日本もアメリカもイギリスも追放するのに成功したのです。これが第2次世界大戦なのです。

中国の反日運動が激しくなったのは江沢民が政権をとってからです。毛沢東もとう小平も日本のお陰で蒋介石を追放することができた。日本は何ら謝る必要はないと言っていました。江沢民は、反日にリードすることにより、国民の目を内政の不満からそらそうとしたのです。そして各地に抗日記念館を作り、反日教育をしました。それに火を付け、煽ったのは日本のマルクス主義歴史家や朝日新聞や共同通信だったのです。彼らの歴史認識は親から引き継がれたものではなく、最近の反日教育の成果なのです。

韓国・朝鮮も国策として反日教育をしてきました。Q&Aの「韓国・北朝鮮に謝罪は不要」 のトップページを見て下さい。北朝鮮の国章のいわれが書かれています。 そこに描かれている水力発電所は日本の最大の遺産です。

所で貴方は北朝鮮の国民は同じ民族の人に支配されているから幸せだと思いますか? 戦後済州島の共産ゲリラとの戦いで5万人とも8万人とも言われる人が殺されました。あの小さな島でですよ。同じ民族に殺されたのだから仕方がないと思われますか。異民族に支配されたから搾取されたというのは、資本家は労働者を搾取するというのと同じマルクス史観です。私は統治の評価はその前の政権、その後の政権と比較し、その間に国民生活にどのような影響が出たか、差別がどうなったか、自己実現の機会が増えたか等でなされるべきだと思います。

日本の統治により今日の発展の基礎ができました。日本人との差別の問題が新たに発 生しましたが、両班(支配者層)と常民の差別がなくなり、教育の普及により自己実現の機会も増えました。日本は何ら謝罪する必要はないと思っています。

貴方は台湾の親日感をどのように思われますか。台湾と韓国の差は言論の自由がある か、否かの差です。「親日派のための弁明」を書いた金完燮に対する迫害や「親日派弾劾法」の制定が韓国には言論の自由が無いことの何よりの証拠です。

反論をお待ちします。

自由史観研究会理事 杉本幹夫