1.自嘲の態度はやめてください

■投稿(1)

 貴会のホームページのQ&Aに「日本とはどの様な国ですか 」というものがあり、その中で日本人は「有色人種」である、 となっています。また英語版の「WHAT COUNTRY  IS JAPAN」では日本人は「A COLORED RA CE」となっています。これは明らかに自嘲の態度です。西洋 がその侵略主義と殖民主義を正当化するために考え出した人種 主義として「白人」なる表現を用いるようになり、それととも に「白人対有色人種」なるドグマを用いて世界を征服しようと したのです。この西洋の危険思想をそのまま信じ、日本人を「 有色人種」であるとか「COLORED RACE」などと表 現するのは自嘲の態度もはなはだしく、情けなくなります。従 って私は強く抗議します。自嘲のホームページはやめてくださ い。

■回答

ご投稿有り難うございました。問題箇所の執筆者です。

私自身は「有色人種」である日本人に誇りを持っており、自嘲的な表現だとは思って もいませんでした。

又小学校5年の孫に「黒人についてどう思う」と聞いたところ、オリンピックやサッ カーでの活躍から、「尊敬している」との答えがあり、ちょっと驚きました。人種的 な偏見が少なくなってきているのですね。

しかし貴方の御意見も一理あり、固執するほどの事でもありませんので、修正しよう と思います。 「有色人種唯一の超大国」を「欧米以外では唯一の超大国」と変更する事ででよいで しょうか。

自由史観研究会理事 杉本幹夫

■投稿(2)

  わざわざご回答くださり誠にありがとうございました。表現 を変更なさることをご検討とのことで感謝いたします。ご提案 の表現は客観的ででよろしいと存じます。


2.「伝統を重んじる歴史の授業と経過報告」

■投稿

去年の6月のご意見番に「戦後教育の問題点」と言う題の文章を載せていただいた滋賀県 近江高校の水谷と申します。その後お変わりありませんでしょうか?杉本様のご活躍、応援しております。

 さて、この度滋賀県の社会科研究会誌に授業報告をまとめたものを掲載していただけることになりました。これは私たちの行っている自由主義史観教育により生徒達どのような変化があったのかをまとめたものです。いつもお手数かけて申し訳ありませんが、杉本様のご意見をお聞かせ願えればと思います。

 正しい歴史教育がどれほど大切かを少しでも多くの先生にわかっていただけたらと思い記したものです。もし、こうしたら良いなどとアドバイスを聞かせていただければ嬉しく思います。

 今後もより一層のご活躍を期待しております。では、失礼します。

「伝統を重んじる歴史の授業と経過報告」

   近江高校は昭和十三年の創立以来、創設者の夏川嘉久次氏の定めた「誠実勤勉」を学校訓として、社会に貢献しグローバルに活躍できる人材を育成するため知・徳・体を中心とした全人教育に力を入れている。そういった考えから、特に数年前より社会科では日本の伝統を重んじることのできる歴史教育を行うように心がけ、その考えに適した教科書である明成社の教科書を平成十六年度より採用した。そこで生徒の反応を中心に経過報告させていただく。

まず、数年前から伝統を重んじる教育に力を入れるようになった背景について少し述べる。本校では平成五年から海外への修学旅行や語学研修、交換留学など国際化の進展に合わせた教育方針を打ち出している。特に国際化が進むこれからの時代において語学ももちろんだが、日本人としてのアイデンティティーは欠かすことができない。しかし、周知の通り近年の学生を見ていて日本人としての自覚をほとんど感じることができない。

修学旅行で行ったハワイでは、戦艦ミズーリのガイドをしている方に「ここに来られる世界中の高校生にガイドしていて、日本の高校生ほど歴史に無知な学生はいない」と言われた。どこに原因があるのか探っていくと、確かに本校でも歴史が受験教科の一つで暗記物のように考えられていた。本来、歴史とは大変面白い学問である。多くの先人たちの笑いあり涙あり、激動の人生の凝縮である、学んでいて面白くないわけが無い。

しかし、大半の教科書では人物伝などはほとんど無く、歴史の流れに関しても論理的な説明も無いまま無味乾燥に記されているように感じた。ちなみに、その点に関して明成社の教科書には多くの人物伝が盛り込まれ、歴史を好きになるような工夫が見られる。また、歴史の流れに関してもきちんと辻褄が合うように原因と結果が記されている。独学するにも読みやすく、ストンと腑に落ちるような感がある。これまで偏見にとらわれ見向きもしなかった自分を恥ずかしく思う。

楽しいはずの歴史がただ点を取るだけの暗記物のように考えられていたのでは面白くない。そこで、できるだけ為になるような話や偉人伝を中心に勉強し、生徒に歴史を好きにさせるような工夫を盛り込むように心掛けた。私も先人の話を伝えていて何度も話しながら涙しそうになるくらいだ。さらに、従来の教科書では、歴史の結果ばかりが重視されていて時代背景を踏まえた原因があまり記されていないので流れがつかみにくい。そこで時代背景や当時の方の心情を正確につかめるようにするため、教科書に記されない当時の様子や直接的な原因も補足しながら論理的に話すように心掛けた。そして、教員間でも歴史認識に対する自由な議論を何度も重ね、近江高校の笑いあり涙ありの為になる歴史=伝統を重んじる歴史の授業が出来上がった。

では早速本題に移る。伝統を重んじる歴史の授業によって生徒にどれだけ変化が見られたかを客観的にお見せするのは難しい。そこで、参考に既に明成社の教科書を使用されている学校の先生方の感想を掲載する。

A校「生徒は歴史を良く理解し、日本の歴史に自信をもつようになる。日本の歴史を習って良かったと述べてくれる生徒が多い」
B校「人物伝を語る時は特に、クラス全体が引き締まった雰囲気に包まれる。また生徒もその生き様を学び、将来の励みにしてくれている。感想文にも歴史を学んで良かったと述べてくれる生徒が多い。」
C校「明成社の教科書はどんな生徒でも歴史を好きになるように工夫されており、また歴史を深く学びたい生徒にとっても適している。歴史の流れがわかりやすいので、暗記と言うよりは理解して覚えることができる。生徒はニュースなど時事問題に対しても興味を示し、自分の考えを述べることができるようになる。」

本校において私が感じたことも同様である。生徒の反応を見ていると、まず歴史に対する論理的な理解が深まり、好き嫌いという主観的な見方が減っていくように思う。そして、面白いと言っても軽い面白みではなく、「へぇ〜」と言うように感心するような面白さに生徒が引き込まれていくように感じる。そして、歴史が好きな生徒は、伝統を尊重しようとする。したがって教師と生徒の間に様々な伝統的慣習に従おうとする雰囲気がつくられ、もちろん教師の話も落ち着いて聞くことができる。近年増えているのはいわゆるキレる若者であるが、その逆である。先日、講演会で来校された講師の方からは「とても落ち着いていて一昔前の高校生を見ているように礼儀正しくさわやかで溌剌としている」と、お褒めの言葉をいただいたこともある。

 次に本校での授業を受けた生徒の感想を掲載する。対象となった生徒は、教科書は従来のものを使用した学年ではあったが、明成社の教授資料等を活用し伝統を重んじる歴史の授業が出来るように心がけた日本史選択者三十八人である。まず、一〇〇%の生徒が本校での歴史の授業を受けて良かったと答えてくれている。その理由として物の見方が変化し、客観的に物事を見るようになったと答えてくれている生徒が多い。

「とりあえずそれまでの固定観念が変わったのは確かだった。それまで聞いていたものとは違い、いきなりでとまどう事も多かったが、客観的に見れば確かにその通りだと思う事ばかりだった。」 「歴史の授業を受けてみて、物の見方や考え方が多少なりとも変化したように思える。『自分』の視点のみでの考え方が中学校までの歴史教育だとしたら、高校での教育はその時代の背景等もしっかり考慮し、その上で広い視野を持てるものだったと思う。昔の人の行いや考え方等の素晴らしさを知ることができたのはそのお陰だろうと思う。結果、歴史と言うものが身近なものとして感じられるようになった。」

「小学校・中学校の歴史教育では教えられていなかった新しい面を見ることができたので、多少なりとも自分の歴史観に変化があったように思われる。歴史とは後世の人が意味や価値を与えるものであるので、今こうして現在生きている僕たちもいつか過去の人物として歴史に組み込まれていくでしょう。その時に自分を誇れるように良いと思うことを選び、良いと思う行いをしていきたいと思う。」 「今までの見方と違う考えが持てるようになった。私も暗記物やと思っていたけど、流れがあるし、人間クサイおもしろいものやし、知っておくのは大事なことやな〜と改めて思った。もっといろんな意見が知りたいし、違う考え方も受け入れられるようになりたいです。個人的に一番ガラッと自分の考えが変わったなぁと思う出来事は、戦争の勉強の時で『もし、日本が戦争になったら戦地に行くか?』っていう感じの質問があったと思うんやけど、最初私は『絶対行かへん』と思っていたけど、別の見方してみて『これなら行くかも・・・コワイけど』と思えるようになったことかな。」 また、客観的に物事を見ることができるようになった結果として、日本の良さがわかり母国に誇りを持てるようになり、歴史に対する興味が高まってきている。

「中学校で学んできた歴史とは少し違うことを教えられたと思う。個人的には面白くてよかったと思う。特に近現代あたりが良かった。それと『真実を見る』と言うことを頻繁に言われていたので、一つの出来事を様々な面から捉えることができたと思う。あと、日本人であることを誇れるようになった気がする。」

「自国に対しての意識が変化した。中学校まで日本の悪い面ばかりしか知らなかった僕にとって日本史の面白さがわからず勉強していても苦痛だったが、本当の歴史を教えてもらい日本人の人間性の良さがわかってきて日本という国がますます好きになった。」

「私は中学校の時は歴史の授業が嫌いでした。ただ試験のために勉強しているだけって感じでした。だから高校で日本史を習った時はびっくりしました。中学校の時に習っていた教科と同じはずなのに、違う教科のようにさえ感じました。テストでは全然いい点数はとれないけど・・・でも前より歴史に興味を持つようになりました。私は近江高校の歴史の授業が好きです。教科書に載っていないことでも分かりやすく話をしてくれたり・・・とても分かりやすいし、自然と興味を持たせてくれるからです。一番学んだ事は、昔の人への感謝の気持ちです。今までは昔の人は他の国を支配したり、ひどい事をしたり、戦争をしかけたりと野蛮だったんだなと思ってました。でも高校で学んだら気持ちが面白いほど反対になり、昔の人は私達のために戦ったり、すごく自分に素直で強くてよく考えたり、今ではめずらしい人ばっかりだったんだと 思いました。」

「知らなかった日本がどんどん見えてきて、もともと日本は大好きだけれど、さらに日本に生まれてきて良かった思いました。同じクラスのある人は日本がとてもキライだと一年の時は言っていて外国に強く憧れてるようでした。でも先生の授業を一緒に受けていくと、日本をキライだとは言わず、すごいなぁ・・・日本と言うようになりました。自分自身についても一、二年の頃は『日本がキライ』と言われて悲しくなったけど『でも、それは仕方ないかも・・・色々悪いこともしてるしなぁ』と思っていた。けど今は、もし日本がキライだと言う人がいるのなら、『何でこんなイイ国キラうん?』と言う事が出来るんじゃないかと思います。」

「私は小学生の時から社会が大嫌いで、歴史とかつまらない教科だとずっと思っていたから、テストの前に暗記したらいいやとしか思っていなかった。けど近江高校の授業を受けるようになって『歴史って面白いな』って思えるようになりました。昔を知ることってすごく大切な事なんだって!!特に戦争。自分と同じくらいの年の子が、国のためだといって命をささげる。それも喜んで・・・私には考えられない『国のためにって自分が一人死んで何になるの?』って思っていた。だけどビデオを見て胸がいっぱいになった。昔の人のことをバカにしていた自分を情けなく思った。あの人たちが一生懸命戦い、家族やたくさんの人がつらい思いをしたから今の日本があり、今の私たちがある。『ありがとう』その言葉が私の心で響いていた。あんな立派な人のことを知らずに大人になっていくのはいけないと思う。今の世の中の同じくらいの年の人に同じ事が出来るかといったら無理だろう。『自殺』なんて言葉を昔の人が聞いたらどれだけ悲しむだろうか・・・。その命、誰かのために・何かのためにならないのだろうか。戦争で亡くなっていった人たちは、そんなことをする人が増える社会を望んでいない思う。あのビデオを見たら今を精一杯生きることの大切さが分かるはず。」

「3年間で世界史と日本史の授業を受けてみると知らないことがたくさんあった。元々僕は『昔の人の事なんかええやん』と思っていたくらいだったし、高校に入った頃もそうだった。日本から出て行って外国に住みたいと思っていた。たぶん教科書だけで歴史を学んでいただけではこの考え方は全く変わっていなかっただろう。今は日本のことをもっと知りたいし、これから先どうなっていくのか、自分はどう行動すればいいのかをよく考えるようになった。政治のこととか経済のこと、戦争のことで親と思っていることを話すようになった。こういうことは小学校、中学校の頃にはなかった。」

「今までの歴史への見方が変わった。今まで無関心だった社会事象にも歴史の知識を踏まえて見るようになったし、それについて、親や兄弟間で話す時間が増えた。何より歴史を面白いと思えるようになった。当たり前のことだけど一つの物にも一人の人間にも歴史がありドラマがある。そういうことを知ると教科書の中で太字になっている意味がわかる。歴史の勉強がただの『暗記物』から『学んで、より自分を高めていけるもの』に変わった。大きな進歩だと思う。そして、これだけははっきり言える、近江高校で歴史を学べて本当に良かった。」

以上伝統を重んじる歴史の授業について教師の視点と生徒の視点から見ていただいた。最後に、伝統を重んじると言えば右傾化をイメージされる方がおられるかもしれないが、敢えて生徒のためにもこの点だけは誤解のないようにお願いしたい。右か左というのはあくまでも、その人自身の位置からの視点に過ぎない。極端に左に偏った位置からはやや左にあるものも右に見えるのと同じである。さらに、落ち着いて考えれば伝統を重んじることに右も左もない。現在を生きる我々が未来の歴史の一ページであるように、歴史は過去の先人達の一ページを積み重ねたものである。つまり、歴史は先人の人生の凝縮である。そう考えると歴史や伝統に対して敬意を払い大切に扱おうという姿勢が自然と生まれてくる。そして、その様な姿勢を身に付ける事ができるようになるからこそ、少々の苦労にも挫けることなく、強く生きようという力がみなぎってくるのではなかろうか。しっかりと大地に根をはった樹が大樹へと成長するように、子供達の成長過程における歴史教育の果たす役割はたいへん大きい。

末筆になりますが、このレポートを書き上げるのに御協力いただいた先生方や生徒たちに感謝しております。また、内容に関して先生方の忌憚のない御意見をお聞かせいただければ幸いです。

 

近江高校 水谷真逸

■回答

大変な成果をあげられ、感心しました。

明成社の教科書も他の教科書も精読したことはありませんので、よく分かりません が、歴史の面白さを分かって貰えたことは大変な成果だと思います。歴史の面白さが 分かれば自然に学習も進みます。

歴史を学ぶ目的は歴史に学ぶことだと思っています。その点からも歴史の大きな流 れ、その時代を作りあげた人物の学習は、生徒にとっても面白いものに違いないと 思っています。

この後も素晴らしい授業を作っていかれるよう期待しています。

 

自由主義史観研究会理事 杉本幹夫


3.インパール

■投稿

”教科書が教えない歴史”のホームページで引用されている以下の記載の出典を教えていただければありがたく存じます。

<インパール手前15キロのロトパチンという村では、村民たちが自主的に作った日本兵の慰霊塔があり、毎年、日本兵の供養が続けられています。 ロトパチン村の村長は「日本兵は飢餓の中でも勇敢に戦い、この村で壮烈な戦死を遂げていきました。 この勇ましい行動はみんなインド独立のためになりました。私たちはいつまでもこの壮烈な記憶を若い世代に伝えて行こうと思っています。 そのため、ここに日本兵へのお礼と供養のため、慰霊祈念碑を建てて、独立インドのシンボルとしたのです。」と語っています。

また、激戦地となったコヒマに住むナガ族は、そこに咲く可憐な花に「日本兵の花(ジャパニーズ・ソルジャーズ・フラワー)」という名を付けています。 この花は非常に生命力が強くて、少々のことでは枯れることがなく、しかも群生して仲良くいっせいに咲き始める野草です。 このような花の性質が、死闘のなか、弾薬も尽き、ボロボロになりながらも、みんなで力を合わせて、敵に立ち向かっていく、 そんな日本兵のすがたに重ね合わせられ、名付けられたのだということです。 コヒマの人々は、花に名を刻み、日本兵が倒したイギリス軍の戦車を今も勇気のシンボルとして大事に保存しています。>

■回答

大変に返事が遅くなりました。申しわけございません。お問い合わせの件の出典は、本 でなくビデオなので見て確認する時間がなかなかとれませんでした。

結論は、お問い合わせの内容は、「自由アジアの栄光」副題「インドミャンマー独立史 」というビデオの中にあります。これは終戦50周年を記念して、インドやビルマ(ミ ャンマー)で取材したビデオです。もしこのビデオが必要なら言ってください。

 

自由主義史観研究会会員 渡辺龍二


4.韓国に対する日本の貢献

■投稿(1)

愛知県の大学に通う大学生です。 韓国は先進国の仲間入りをしつつあるというのはもはや常識ですが、以下の理由により、これを助けたのは日本というのは本当ですか?

1.日本は朝鮮半島(+これに付帯する一切の権利)を放棄するに際し、重化学工業や鉱山業の遺産を大量に残した。これらの資本は実質的にほぼ無償で現地の民族資本に払い下げられた。なお、日本が植民地支配時代に開発した韓国のタングステン・モリブデン鉱山から資源を輸入している

2.韓国の企業は日本企業に提携を結ぶことで、最先端のものでないにせよ、重要なノウハウの多くを手に入れることができた。これは韓国の製造業/建設業の育成に大きく貢献した。

■回答

韓国の発展は韓国人の努力が第一ですが、日本の貢献がなければ不可能だったと思い ます。

1.<日本は朝鮮半島(+これに付帯する一切の権利)を放棄するに際し、重化学工 業や鉱山業の遺産を大量に残した。これらの資本は実質的にほぼ無償で現地の民族資 本に払い下げられた。>

これは本当です。サンフランシスコ平和条約により、日本人の残した資産は、私有財 産を含め、すべて没収されました。

1930年代朝鮮の産業革命と言われる鉱工業の大発展が始まりました。この中心は 水力発電を中心とした朝鮮窒素でしたが、同時に金の産出に補助金をつけたため、鉱 物の標本室と言われるくらい有用鉱物がずいぶん見つかりました。タングステン・モ リブデンの開発もその頃始まりました。それがどの程度のものだったか、北か南かに ついては知りません。

2.韓国の発展は朴正煕時代の日韓基本条約の締結から始まりました。日韓基本条約 で韓国に日本が供与したのは、有償・無償合わせた5億ドルを10年で供与するもの でした。しかしその時代、アメリカは毎年2億ドルー3億ドル無償で供与していたの です。 しかし韓国の一人当たり国民所得は北朝鮮の190ドルに対し、120ドルにすぎま せんでした。

今日の韓国の発展はこの条約により、貿易が始まったことによるものです。当時日本 は高度成長時代に入っていました。日本語が分かり、賃金の安い韓国労働者の活用は 大変な魅力でした。一気に資本輸出が進み、各種の下請け作業の発注が進んだので す。

 

自由主義史観研究会理事 杉本幹夫

■投稿(2)

日本は現在もなお、植民地支配時代に韓国で開発した鉱山からMoやWを鉱石やモリブデン酸塩・タングステン酸塩として輸入しています。