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■投稿(1)
◆サンフランシスコ講和条約で日本は、東京裁判を受け入れたのではなく、
判決だけを受け入れた。
◆条約の文言の意味を巡る問題は、先ず法律用語としての意味に着目すべきであって、解釈論を展開して問題を複雑にしてはならない。
サンフランシスコ講和条約第11条
『 Article 11 : Japan accepts the judgments of the International Military Tribunal for the Far East and of other Allied War Crimes Courts both within and outside Japan, and will carry out the sentences imposed thereby upon Japanese nationals imprisoned in Japan. 以下、略 』
この条文の「accepts the judgments of ・・」の意味(解釈ではない)を巡って国内で、識者や国会議員が論争しているが、自明であるはずのことがなぜ議論されるのか不思議でならない。
◆これは条約である。国際法である。法なのだから条約の文言については、法律用語としての意味は何
であるかを、まず最初に考えてしかるべきである。これが契約文や法律文に接するときの基本である。しかるに、そうした基本さえ知らない“識者”や政治家が多いのには恐れ入るばかりだ。こういう人たちが本を書いたり、新聞に寄稿したり、講演したり、テレビで発言したり、国会で論戦をしたりして国民を誤導しているのだ。
◆英国の信用あるEnglish Dictionary(英語辞典)によれば、「 judgment(judgement) 」は、「判断、
判定、審査、裁判、審判、意見、鑑定、評価、断定、決定」など幅広い意味を有するものの、法律用語として用いられるときは、
(law)the determination by a court of competent jurisdiction on matters
submitted to it
とあるから、「法廷の判断、決定」、「判決」の意味に限定されるのは自明である。解釈の余地が生じる可能性はほとんどゼロだ。(手元に英語の法律用語集があれば開いてほしい。)従って日本は東京裁判を受諾したのではなく、裁判の「判決」だけを受諾したのだ。
(参考までに:同条約第二十二条では、条文の解釈について締約国間で相違が生じたときは国際司法裁判所が担当することが定められているから、「 judgments 」が「裁判」を意味すると主張する人は、国際司法裁判所に照会してはどうか。同裁判所が常設の機構でないなら、アメリカ国務省やイギリス外務省に問い合せてみては?)
◆もっと詳しく言えば、市ヶ谷法廷(東京裁判)、横浜法廷、マニラ法廷などすべての軍事裁判のいわゆるA、B、C級戦犯への「判決」だけを受諾したのだ。具体的には、日本国は、例えば「東條英機元首相への有罪判決に異議を唱えません」、「東條は無罪だと主張しません」ということだ。
◆条約は国家と国家の約束であるから、サンフランシスコ講和条約は日本国と締約国の間の国家関係を
拘束する。従って日本は、国として締約国に向って異議を唱えることはできない。しかし例えば、小泉首相が国会で、あるいは国民に向って「東條元首相は無罪だ」と言うことはできる。条約違反にはならない。条約は国内の諸関係を拘束しないし、国家と国民の関係も拘束しないからだ。また、日本の国会が東京裁判無効決議をすることもできる。また小泉首相がブッシュ米国大統領と会った時、「個人的、私的」な場での会話ならば、東京裁判は不当だった、東條は無罪だと言うこともできる。
◆NHKや朝日新聞などの革命陣営(左翼、マルクス主義者)が、日本が受諾したのは「東京裁判の判決」だけでなく「東京裁判の全体なのだ」と主張するのは、彼らの立場での悪意ある、政治的で、しかも反日的な解釈であるから論外であり、論評に値しない。
◆驚くのは、保守陣営においてさえ、法律文に接するときの基本を知らないために前記条文の「judgments」は「裁判」であると誤解する識者が多いことである。たとえば、今月5日のフジテレビ系番組「報道2001」における拓殖大学教授森本敏氏の発言がそうだ。 森本氏は、「judgments」は「判決」ではなく「裁判」だと言った。( 同じ番組で西部邁秀明大学学頭は「判決」だと言った。西部氏が正しい。 )
◆法律の専門家の間にも同じ誤解があるのはさらに驚くべきことだ。弁護士の稲田朋美氏は今月11日
産経新聞「正論」欄に寄稿してこの問題を論じたが、氏は論考の中で「・・私は、judgmentsを『判決』と訳そうと『裁判』と訳そうと第11条の解釈に変わりはないと考えている。むしろ、なぜこの条項で戦争裁判を『受諾する』という文言を入れざるを得なかったかを探求することのほうが重要であると考える・・」という。稲田氏の論考の結論には賛成なのだが、法律の専門家でありながら法律用語としてのJudgment に考察を加えることもなく、もっぱら条文の解釈論を展開して、かえって論争を複雑にした。この論争は法律技術論で片付けるべきであり、法律の専門家の出番のはずだ。解釈論を持ち出した稲田氏の論考は“正論”とは言えない。
◆ところで稲田朋美氏は同じ論考で、林景一外務省国際法局長の国会答弁を引用している(今月2日参議院外交防衛委員会)。「 林局長の答弁:(第11条で日本が受諾した)judgments の内容となる文書は、裁判所の設立、審理、その根拠、管轄権の問題、訴因のもとになる事実認識、起訴状の訴因についての認定、刑の宣告のすべてが含まれている。」林局長の見解が現在の日本政府の解釈と考えてよいだろうと稲田氏はいう。
◆国際法局の官僚もまた法律の専門家のはずだが、国際法局の解釈は一定のイデオロギーに偏っている。
法務省や法制局の多くの法務官僚がそうであるように、国際法局の官僚もまた左翼の可能性がある。左翼は日本の歴史を否定し(祖先を冒涜)、常に反国家であり、反保守政権であり、反愛国主義であり、そして日本人の自信を喪失させ、日本人の誇りと名誉を傷つけるのに熱心だから、外務省国際法局にも左翼官僚が居るとすれば同局が反日的な条文解釈をしても何ら不思議ではない。
◆以前、小論で書いたように、内閣法制局の反日官僚は、憲法第9条に関して「日本は集団的自衛権を有するが行使できない」という、世にも稀な新解釈を編み出して自衛隊の足を引っ張り続け、日本の安全保障を阻害して来たのだ。
◆サンフランシスコ講和条約の外務省和訳では「裁判」となっているが、条約締結当時の外務省担当者
が「裁判」と翻訳したのは誤訳だった。「United Nations 連合国」を国際連合と“意図的に誤訳”したのは当時の外務官僚の要らざる知恵(有害な配慮)のゆえだったから、「 judgments 」を「裁判」とする翻訳も、同じ外務官僚が同様の知恵を働かせて意図的に誤訳したのかもしれない。今でも遅くはないから外務省は誤訳を訂正すべきである。
◆保守の重鎮、渡部昇一氏は本日の産経新聞「正論」欄でこの問題を論じ、英語の文法に着目して
「judgments」は複数だから「裁判」ではなく、「諸判決」を意味するのだという。しかし残念ながらこの論理は正しくない。なぜなら、市ヶ谷、横浜、上海、マニラ、ジャカルタなど日本の内外の複数箇所で法廷が開かれ、複数の裁判があったからだ。
→ (条文)「 …… of other Allied War Crimes “Courts” 」
首相官邸および内閣は「日本はサンフランシスコ講和条約第11条で軍事裁判の「判決」だけを受諾した。条文のjudgments は『判決』を意味し、それ以外の意味はない。」と明確に打ち出すべきである。左翼官僚の反日的解釈に唯々諾々と従ってはならない。
Mサンマ[ 男、 日本人、住所:東京都 ]
■回答(A)
いつもメール有り難うございます。
11条には戦犯の免責条項があることを忘れないでください。
即ち日本政府からの要請と東京裁判関係国の過半数の合意で、戦犯は赦免されることになっています。
日本では共産党まで含め衆議院で、全会一致による赦免要請決議をしました。この時点で国内的にはA級も、BC級も戦犯は全員赦免されたのです。
この国会決議を受け、東京裁判の関係国に働きかけ、全員赦免されました。即ち国際的にも赦免されているのです。
だから終身刑に処せられた賀屋興宣氏が法務大臣に就任しても、どの国からも意義の申し立てがなかったのです。
中国の代表は国民党政府でした。国民党政府も赦免に合意しています。
国際ルールとして革命等で政権が変わっても、前政権が結んだ条約、権利、義務を継承しなければなりません。
中共政権が台湾の領有権を主張する限り、国民党政府の持つ権利、義務を継承する義務があります。
自由主義史観研究会理事 杉本幹夫
■投稿(2)
ご返事頂きありがとうございます。
拙稿では、次の二点のみを重点的に論じました。
@講和条約第11条の judgments は「裁判」なのか「判決」なのかの論争に決着をつけること、
A条約は国家間の約束だから国家間の関係を拘束するが、国内の諸関係を拘束しないし、個人の諸関係も拘束しない。
従って「戦犯」の赦免などについては触れませんでした。
そこで教えて下さい。
質問@サンフランシスコ講和条約発効後、国会で服役中戦犯の釈放に関する決議及びこれに類する決議が4〜5回、採択されましたが、これは「戦犯」と呼ばれた人々の名誉回復を意味すると考えていいのでしょうか。
質問A名誉回復を意味するとすれば、裁判中に獄中死した人、刑死した人、服役中に死亡した人、戦犯に指定されながら処分保留のまま拘置中に死亡した人達の名誉は回復されたのでしょうか。
以上、よろしくお願いします。
Mサンマ[ 男、 日本人、住所:東京都 ]
■回答(B)
ホームページを読んでくださってありがとうございます。
ご質問についてお答えいたしようと思います。(もちろん研究会の統一見解というよう
なものはなく、私見にすぎません)
@まず、サンフランシスコ講和条約第11条の「裁判」と「判決」についてですね。
ジャッジメントをどう訳すかということなので、「裁判」といっても「判決」といってもそう違いはないと思います。日本語の「裁判」や「判決」にこめる意味が問題だからです。法律用語でも、「裁判」や「判決」をそれほど違った意味では使ってはないようです。
つまり、この場合は、「裁判」といっても「判決」といっても、「懲役何年」とか「無期懲役」とか「死刑」とかの個別のものであることには変わりはありません。東京裁判とはこれらの「裁判」または「判決」の総称のことです。だから、11条でも、ジャッジメンツと複数形になります。
念のためですが、国の歴史を裁くような「裁判」や「判決」というものは、そもそもありません。(しかし、「裁判」にそういう特殊な意味を付与して、「裁判」でなく「判決」だといっても、定義の問題なので間違いではないと思います)
A次に、裁判中に獄中死した人、刑死した人、服役中に死亡した人、戦犯に指定されながら処分保留のまま拘置中に死亡した人達の名誉回復についてですね。
講和条約を結べば、戦犯は国内の問題です。そして、死亡した人の場合、法的に公務死とされて遺族年金の対象となっていれば、犯罪者ではなく名誉回復されていると考えていいと思います。
自由主義史観研究会会員 渡辺 龍二
■回答者Aから回答者Bへ
渡辺様
「講和条約を結べば、戦犯は国内の問題」と言うのが国際ルールでした。そのルー
ルを認めないと言うのが11条の前半だと思います。
しかし11条の後半はその赦免規定です。
「日本政府の勧告と東京裁判関係国の過半数の合意によって赦免される」とあります。
このルールにより、終身刑の賀屋さんは釈放され、法務大臣に就任できました。国内的な決定だけでは大臣就任どころか釈放も出来ないはずです。
私はこの賀屋さんの赦免と同時に死刑になった人も赦免されたと考えていますが、賀屋さんは減刑であって赦免ではないと言う人もいます。
国内的には東条さんも遺族年金を貰っているので、死刑になった人も免責されていると考えていますが、国際的に免責されたのか、生存者の減刑だけなのか、その解釈が問題だと思います。
自由主義史観研究会理事 杉本幹夫
■投稿(3)
渡辺 龍二様
ご回答ありがとうございます。
@私も、条文の the judgments が「裁判」と「判決」のどちらであっても、講和条約全体の趣旨に大きな異同は生じないと思います。ただ左翼が東京裁判(不当なリンチ)を悪用して、彼らのいう軍国主義者とは実は左翼自身だったという衝撃の事実を隠蔽するのを見過ごすわけにはいかないので、「 the judgments は『裁判』だ 」とする左翼の主張を論破するためにこの問題を取り上げたに過ぎません。ですからここでは、この問題に深入りしません。むしろ私は、いわゆる「戦犯」の名誉回復に大きな関心があります。
A実を言うと私は、「戦犯」のレッテルを貼られた人々の名誉はいまだに回復されていないのではないかと思ってます。「死亡した人の場合、法的に公務死とされて遺族年金の対象となっていれば、犯罪者ではなく名誉回復されていると考えていいと思います。」と言われますが、それは飽くまで渡辺様の「解釈」であり、ということは、その反対の解釈も存在し得るということです。解釈論を展開する限り、名誉回復されたかどうかはどこまでもあいまいではないでしょうか。「戦犯」本人とご遺族にとって、あいまいなままであることは絶え難いことなのではないでしょうか。私は「戦犯」とご遺族に深く同情します。解決してあげなければならないと思っています。
■回答者Bから回答者Aへ
杉本 幹夫様
いつもいろいろとアドバイスをありがとうございます。
講和条約11条の問題については、学者や弁護士の方もいろいろな意見をいわれているようですが、
@講和条約を結べば、戦犯の赦免は国内の問題
A講和条約11条はそれに反して刑の執行を継続させる規定
B刑の執行がおわれば11条も無意味になる
単にそれだけのことと考えていいと思います。また、死刑になった方や講和条約以前に亡くなった方は、@の原則だけでよいと思います。
自由主義史観研究会会員 渡辺 龍二
■回答(B)
Mサンマ様
お返事ありがとうございます。
さて、
「死亡した人の場合、法的に公務死とされて遺族年金の対象となっていれば、犯罪者ではなく名誉回復されていると考えていいと思います。」
と書きましたが、「いいと思います」でなく「いいのです」でもかまいません。深い意味があって「思います」としたのではありません。
要は、「名誉回復」とは何か、それをつめて考えればいいのではないかと思います。
いつも素晴らしいご意見をありがとうございます。ますますのご活躍をお祈りいたします。
自由主義史観研究会会員 渡辺 龍二
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