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自由主義史観研究会「ご意見箱」の「中国残留孤児」の件について質問 ■回答
1.「敗戦の時、ソ連軍に攻め込まれた台湾・朝鮮では現在の北朝鮮北部を除き、行政が正常に機能していました」
これは原文と違います。ソ連軍に攻め込まれたのは、北朝鮮の一部だけです。台湾・南朝鮮は米軍が進駐しました。 自由史観研究会理事 杉本幹夫
■投稿(2)
「どのような裁判だったのか思い出せません」ということですが、googleなどで、「中国残留孤児訴訟大阪地裁判決」で検索してください。検索のトップに判決文が出ているページがあるはずです。なお、判決が出たのは今年の7月6日だと思います。 ■回答(2)
難しい問題ですね。日中国交回復は1972年、生まれたばかりの赤子も27歳、自立していなければならない年です。
山崎豊子の大地の子を読んでも自立している人は自立しているのです。 自由史観研究会理事 杉本幹夫
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現在アメリカに留学している者です。 ■回答A
激励のメールを有難うございました。まさに貴方のような立場の方のために当方のHPは立ち上げられました。 自由史観研究会会員 野口ひかる
■回答B
メール有り難うございます。『ザ・レイプ・オブ・南京」の 研究』は英訳の上、アメリカで出版を計画したようですが、適当な出版社が見つからず、断念したと聞いています。 自由史観研究会理事 杉本幹夫 |
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「データから見た日本統治下の台湾・朝鮮プラスフィリピン」だと思いますが、戦後の占領政策(特に初期と思います)の失敗として「行き過ぎた自由主義・道徳教育の軽視・安易な共産主義者の釈放」というのがありました。個人的な意見ですが、「共産主義者の安易な釈放」は行うべきではなかったと思います。図書館で調べたら戦後の混乱に便乗して逃亡した刑法事犯(治安維持法・治安警察法などではなく)の服役者も多数いたそうです。そして戦後の反動教育(=左翼的教育)の原因にもなったともいえるかもしれません。 ■回答
アメリカの最大の失敗はソ連の謀略についての無知でした。ソ連に対日参戦を求めたのはその最たるものでしょう。 自由史観研究会理事 杉本幹夫 |
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毎日暑い日が続いています。スタッフの皆様はお変わりないでしょうか。 ■回答
サンフランシスコ平和条約の、英語の正式な名称は”Treaty of Peace with Japan”です。
日本訳は「日本国との平和条約」です。 自由史観研究会理事 杉本幹夫 |
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こんにちは、自由主義歴史研究会の皆さん。 ■回答
メール有り難うございました。返事が遅れすみませんでした。
韓国の歴史歪曲は本当にひどい物だと思います。 自由史観研究会理事 杉本幹夫 |