5.朝鮮半島問題の解決について

■投稿(1)

 突然メールをお送りしてすみません。私は大学生です。先日、朝鮮半島の歴史の講義で気になることがあり、ネットで朝鮮の歴史の専門家を探したら杉本幹夫さんのホームページに出会い、メールさせていただきました。

 私も杉本先生と同じく、日韓併合は日本を防衛するためであり、搾取などはなかったと考えております。西洋諸国の植民地経営とはまったく違い、産業、教育などさまざまな点で朝鮮にとって利益をもたらしたと考えております。それが戦争が終わったとたん、手のひらを返して戦勝国だと叫び、日本国内で好き勝手なことをしていましたし、今でも周りにいる年配の方たちは、朝鮮人とだけはけんかするなというほどです。しかしだからと言って朝鮮がにくいわけではありません。

 先日の講義では、教授は朝鮮半島の近現代の歴史を振り返り、事実を中立的に教え、戦争では何も解決しないとおっしゃっていました。そして最後のテストで、「現在の朝鮮半島の問題を解決するためにはどうしたらよいか、講義の内容を踏まえて論述せよ。」という題目でテストが行われました。その解答が悪かったのか、単位を落としてしまい、何が悪かったのか聞きに言ったところ、「めちゃくちゃだ。それをやったらどうなるのか何も考えていない。なんでもかんでも主張すればいいってものではない。お前は何も考えていない。それが学問をする姿勢か。」などと罵倒され、答案の内容については触れず、どのような解答であればよかったのかも言わず、「講義であれだけ説明したのにこんなことを書くなんて、お前みたいなやつがいるのが一番怖い。紅衛兵やナチスと変わらない。ただ相手が憎いからやっつけろと叫んでいるだけだ。こんな解答に点数をくれる教授など、藤岡信勝くらいだ。」などとひどくテストの内容以外にも否定をされました。北朝鮮が憎いだなんてどこにも書いていないのに。

 かなりショックだったのでだらだらと述べてしまいすみません。ではその解答の内容を要約させていただきます。

「北朝鮮は餓死者が多く、海外から援助をしても政府や軍が援助物資を使ってしまい貧困層までは届かない。今までずっとそうだった。餓死はもっとも辛く、対話や圧力で戦争が起きることなく解決するかもしれないがそれには時間がかかり、飢餓にあえぐ人たちのことを考えると今すぐに助けたい。韓国にとって北朝鮮の人民は韓国国民であると韓国の憲法にある。だから同胞を韓国が解放するしか餓死者を助ける道はないのではないか。アメリカが介入して北朝鮮を攻撃すると中国が反応して大きな戦争になる可能性がある。中国にとっての緩衝地帯がなくなるからだ。現在韓国とアメリカは非常に仲が悪い。アメリカが韓国から撤退した後、韓国が北朝鮮を開放したのなら、朝鮮半島は緩衝地帯になり、米中衝突はないだろう。それに圧政に苦しむ同胞を助けるということで大儀もある。統一した後は経済的にがた落ちするだろうが、北朝鮮の政府が援助物資を独り占めしていたころとは違い、きちんと末端までとどくだろう。」  

 という内容でした。もちろん戦争は避けるべきことだというのはわかっていますし、今この解答を振り返ってみてもとてもじゃないけどいい解答だとは思えません。ただ、インパール作戦や、ガダルカナルでの餓死などの悲劇をわが国は知っていますので、私にとって朝鮮半島問題で最も辛いのは、北の餓死者だと思いました。拉致の被害者やミサイルなど、とてもじゃないですが承服できないことはたくさんありますけど。

 私は講義中には触れられませんでしたが餓死者のことを考えるとほかに解答はありませんでした。農学部なので、食糧安全保障についてすぐに頭を餓死者がよぎったという点もあったかと思います。内容に不備があったとはいえ、私はあそこまで罵倒されるような解答をしたのでしょうか?教えてください。

■回答

メール有り難うございます。この問題は難しく私にもどうしたらよいか、全く分かりません。私は朝鮮史の専門家といえる程の人間ではありませんが、私なりの考えを書きますので参考にして下さい。

貴方のご意見は色々問題がありますが、それなりのご意見であり、落第点をつけるのはどうかと思いますが、「講義の内容を踏まえて」という点で「俺の話をちっとも聞いていない」と言うことになったのでしょうか。

 まず貴兄のご意見ですが、アメリカを排除して韓国が北朝鮮を武力解放しようというのは、大変面白いアイデアですが、やはり無理ではないでしょうか。財政力で大差があるとしても、北朝鮮は全力を挙げ、軍備を増強している国です。そう簡単に韓国によって解放できるとは思えません。力が均衡している場合、戦争は長期化し、大変な犠牲者が出ます。

 又現在の韓国は大変左傾化しており、戦争となった場合、北朝鮮側を支持する勢力がかなりあり、下手すると韓国が金正日に乗っ取られる可能性も否定できません。やはり武力でと言う場合、日米韓の協力が不可欠だと思います。

北風政策と太陽政策と両案あると思いますが、私は締め上げることで、内部分裂を誘発させる北風政策を支持しますが、韓国は金大中大統領以来太陽政策を進めています。この中で私は開城の市場開放がひょっとすれば成功するかもしれないと思っています。

開城はソウルに近く、高麗の古都です。観光資源もあるのではないでしょうか。安い人件費を求め、韓国資本が進出すれば、そこからほころび、中国型の解放の可能性もあるかと思います。

自由史観研究会理事 杉本幹夫


6.首相の靖国神社参拝について

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小泉首相の靖国神社参拝について最近は高等裁判所でも傍論とは言え違憲の見解が出されています。また相も変わらず中国や韓国がA級戦犯合祀を理由に参拝を反対しております。今後どうすればこれらの問題がすっきりと解決するのか私なりに考えはあるのですが、どうしても明快な解決策が得られません。できましたらこの問題に関する貴研究会の明快な御見解を頂きたく存じます。

ちなみに私の考えを申し上げますとまずA級戦犯合祀に関しては講和条約締結後、4千万人もの国民署名赦免運動や全会一致での国会決議による援護法改正等により国内では一切犯罪者扱いしていないという過去の実績をいまさら蒸し返す必要性は無いと思いますし先輩国民の方々の決定内容を尊重し、あくまで内政干渉であるとの見地に立ち完全に中国や韓国に対し毅然と意見し、今後はこれらの問題には一切対応しないことが大切だと思います。もともとA級戦犯合祀直後に文句を言っていない事からも政治カードに利用しているのは明らかですからね。

ただ問題は首相の靖国神社参拝の違法性についてです。戦後は一宗教法人となってしまった靖国神社に行くことが政教分離に反することは自衛隊が違憲であることと同様に思われます。

それならまた国営に戻せばいいのでしょうか? また、自衛隊や警察官の殉職者なども今後同じように祀るべきだと思うのですが、現状がどう祀られているのかも知りません。 それらの点も含めまして、今後のあり方についてすっきりとするような解決策を是非とも宜しくお願い致します。

■回答

首相の靖国神社参拝について、A級戦犯合祀問題と政教 分離の憲法問題に分けて論じられたのは、論理的に整理されていると思います。

 ご質問の焦点は、政教分離の憲法問題についてのようですね。これについては、Q& Aコーナーの靖国神社の欄をぜひ読んでみて下さい。

以下は私の個人的な意見です。

私は、首相の靖国神社参拝が憲法20条の政教分離に反して違憲だとは考えません。そんなことを言えば、日本国の首が国内外を問わず神社仏閣教会の敷地に入ることはできなくなります。もし入ったとしても、礼儀に反した振る舞いをしなければならなくなります。それに法律的にそうだとするなら、市町村長や議員も同じことになります。

この問題については、次の3点を述べたいと思います。

@小泉首相の靖国神社参拝を阻止しようとする訴訟は数多く提起されていますが、国や首相の側の勝訴です。二、三の判決の傍論の中で憲法違反と主張するものもありますが、判決の主文や理由ではありませんし、拘束力もないし、判例や判決例にもなりません。正確に言えば、違憲判決ではありません。

 もちろん、国や首相がこの違憲判決?に不満があっても、首相の側の勝訴ですから控訴や上告はできません。裁判とは出された事例に対して結論をつけるものです。しかし、この違憲判決?は、判決や理由を左右しないことなのに、大きな問題になることを付け加えるということは、裁判官の歴史観や思想を開陳するための色彩が強いと思われます。原因としては、特にこの年代の裁判官が受けてきた教育や新聞の影響が大きいと思います。

A憲法20条の「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」というのは、宗教を悪としたり無宗教を奨めようとするものではありません。

 もし、首相が神社仏閣に参拝するのも一切禁止する程度に政教分離を徹底するなら、例えば公共の墓苑などからも宗教色を一切なくして宗教的行為も禁止しなければならないでしょうし、宗教団体が経営する幼稚園や学校なども一切の宗教色を排除しなければ、補助金を出したり公共機関や公務員が関われなくなるでしょう。

 法律はその趣旨によって解釈しなければおかしなことになります。例えば憲法89条には「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」とありますが、慈善事業や私立学校や私立の福祉施設やNPO法人などに対して国や公共団体が補助金や便益を与えることを禁止しているものではありません。 B訴訟を起している活動家の人たちは、純粋に政教分離を問題にしているのではなく、これを道具にして靖国神社を標的にしているのだと思います。

 昨年、小泉首相は、川崎大師の十年に一度の厄除けの大法要に出席しましたし、和歌山県視察の途中には有名な熊野大社に寄って参拝もしました。また、歴代の首相は新年に伊勢神宮に参拝します。靖国神社参拝は戦死者の慰霊という目的があるのに対し、もし純粋に政教分離を問題にするなら伊勢神宮参拝の方が何百倍も問題です。また、訴訟を起している活動家の人たちは、長野オリンピックの時に開設されたクリスチャンセンターなどの方は問題にしたりしません。この点からも政教分離のためにではなく、靖国反対の思想や政治的な主張のための道具に政教分離を特に厳格に解釈して使っているのは明らかです。

別の機会に実証的なことを述べることも検討していますが、この解答は私の個人的な主張や意見が強くなり過ぎたかもしれません。いろいろな考えがあってよいと思うので、上のような意見もあるということを知った上で、ご自分の意見を創られたらいいと思います。

自由史観研究会会員 渡辺 龍二


7.天皇について

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拝啓。よくこちらのページを拝見します。大変勉強になります。 近現代史に絞った研究が多いように見受けられますが、他の時代の研究はなされない のでしょうか?

最近、網野善彦さんの著書を何冊か読んで疑問に思うことがあります。網野氏は天皇 をひとつの王権とみなし足利家、徳川家などの大名も それぞれ王権とみなしどちらが力があったかという比べっこをしてます。

天皇に力があったか,大名が強かったかなどという比べ方は、自民党が力があるかトヨ タ自動車が勢力があるかというのと同じように違う立場の ものどうし比べるのは難しいのではないかと思います。

日本の天皇はヨーロッパにおけるウィンザー王朝やブルボン王家ではなく、ローマ法 王ではないかと思うのですが。 ウィンザー家ハプスブルク家などは日本の島津家、伊達家に対応すると考えたほうが わかりやすいのではないかと考えます。

天皇を英語に訳した場合、エンペラーとなるはずです。キングではないはず。 徳川家や現在の政権などは家で言えば台所、自動車で言えばエンジンのような全体を 動かす上でもっとも大切な機能ではあるが本質とはい えないものではないかと思います。
家にとって台所が一番重要ですが、お客さんを招待するときは応接間に通します。台 所は通常余り見せたくないところです。日本政治のドタバ タはあまり外国の人に見せたくないものです。
自動車のエンジンも普通は隠されてます。よっぽどの自動車マニアでない限りエンジ ンだけで自動車を選ぶことはないと思います。

武士にしろ政治家にしろ政治に臨むにあたっては、もともとは(古代)天皇がやってい たまつりごとではあるが大変危険であり汚れ仕事でもあ るので天皇にに代わって引き受けさせてもらっているという態度であってほしいもの です。

天皇は権威であり、時代によっては権力も併せ持った時代があった。天皇を超える権 威はなかったと考えてます。 徳川家は江戸時代初期において「禁中並びに公家諸法度」で天皇の仕事に関し口を出 してますがこのことは天皇を超えた力を持っていたと 解釈できるものでしょうか。天皇より力を持つならばなぜ天皇家を滅ぼさないのかと いう疑問が出てきます。

同じく滅ぼされることのなかった島津家や伊達家のように天皇家が参勤交代で江戸に 上る(下る)ようなことはなかったはず。逆に将軍交代の際 には徳川家のほうが京に上っていました。

「禁中並びに公家諸法度」の発布をもって天皇家を超えた力を持つようになったとい えるでしょうか。これは公家の一部の人間に他の勢力 (僧、大名)が結びつき、天皇の地位を利用して体制の転覆を計るというような憂いを 除去するものではないかと思います。天皇家をいただく日 本全体の平和のためにも天皇家にも節度を守っていただきたい。この態度は矛盾した ものでしょうか。

私たちは、自分の親がボケはじめた場合、家で電話が鳴った際、親に受話器を取らせ ないようにします。このことは親を含めた家全体を守るた めの措置であり、親をないがしろにすることにはなりません。 天皇の立場についての先生方のご意見をお聞かせ願いたいです。

■回答

HPを見てくださってありがとうございます。HPスタッフの渡辺と申します。お返事 が遅くなりましたことをお詫び申上げます。

さてご質問ですが、天皇についてですね。以下は私の個人的な意見です。

 建国以来、天皇が連綿として続いてきたのが日本の特質だと思います。これは世界史 の中でも異例だと思います。網野善彦さんは世界史の中での比較というのがなかったと 思います。意図的に比較して考えなかったのかもしれませんが、網野善彦さんは左翼思 想の影響を受けていたと思います。これは時代の影響だと思います。

 日本の歴史には天皇という縦糸が通っていたと思いますし、今も通っています。私た ちは日本という国に生まれて、日本の歴史や伝統を否定するのではなく愛しみ尊敬して いくべきだと思います。それぞれの時代で、多くの偉人や庶民が天皇に捧げてきた崇敬 の念を、現代思想で否定したり裁いたりしては決してならないと思います。また、天皇 制と議会制民主主義は相反するものではありません。この民主主義というのも絶対のも のではなく、新しい思想の一つに過ぎません。

 そして民主主義思想よりも天皇制の方が、今後の寿命としても長いかもしれません。

しかし、天皇制というのも絶対のものではありません。例えば悠久の歴史の中ではいつ かはなくなる時がくるかもしれません。極端に言えば、何千年後には、すでに日本とい う国はなく、日本という素晴らしい国があったという神話が残っているだけかもしれま せんしね。

自由史観研究会会員 渡辺 龍二