|
■投稿
拝啓。よくこちらのページを拝見します。大変勉強になります。
近現代史に絞った研究が多いように見受けられますが、他の時代の研究はなされない
のでしょうか?
最近、網野善彦さんの著書を何冊か読んで疑問に思うことがあります。網野氏は天皇
をひとつの王権とみなし足利家、徳川家などの大名も
それぞれ王権とみなしどちらが力があったかという比べっこをしてます。
天皇に力があったか,大名が強かったかなどという比べ方は、自民党が力があるかトヨ
タ自動車が勢力があるかというのと同じように違う立場の
ものどうし比べるのは難しいのではないかと思います。
日本の天皇はヨーロッパにおけるウィンザー王朝やブルボン王家ではなく、ローマ法
王ではないかと思うのですが。
ウィンザー家ハプスブルク家などは日本の島津家、伊達家に対応すると考えたほうが
わかりやすいのではないかと考えます。
天皇を英語に訳した場合、エンペラーとなるはずです。キングではないはず。
徳川家や現在の政権などは家で言えば台所、自動車で言えばエンジンのような全体を
動かす上でもっとも大切な機能ではあるが本質とはい
えないものではないかと思います。
家にとって台所が一番重要ですが、お客さんを招待するときは応接間に通します。台
所は通常余り見せたくないところです。日本政治のドタバ
タはあまり外国の人に見せたくないものです。
自動車のエンジンも普通は隠されてます。よっぽどの自動車マニアでない限りエンジ
ンだけで自動車を選ぶことはないと思います。
武士にしろ政治家にしろ政治に臨むにあたっては、もともとは(古代)天皇がやってい
たまつりごとではあるが大変危険であり汚れ仕事でもあ
るので天皇にに代わって引き受けさせてもらっているという態度であってほしいもの
です。
天皇は権威であり、時代によっては権力も併せ持った時代があった。天皇を超える権
威はなかったと考えてます。
徳川家は江戸時代初期において「禁中並びに公家諸法度」で天皇の仕事に関し口を出
してますがこのことは天皇を超えた力を持っていたと
解釈できるものでしょうか。天皇より力を持つならばなぜ天皇家を滅ぼさないのかと
いう疑問が出てきます。
同じく滅ぼされることのなかった島津家や伊達家のように天皇家が参勤交代で江戸に
上る(下る)ようなことはなかったはず。逆に将軍交代の際
には徳川家のほうが京に上っていました。
「禁中並びに公家諸法度」の発布をもって天皇家を超えた力を持つようになったとい
えるでしょうか。これは公家の一部の人間に他の勢力
(僧、大名)が結びつき、天皇の地位を利用して体制の転覆を計るというような憂いを
除去するものではないかと思います。天皇家をいただく日
本全体の平和のためにも天皇家にも節度を守っていただきたい。この態度は矛盾した
ものでしょうか。
私たちは、自分の親がボケはじめた場合、家で電話が鳴った際、親に受話器を取らせ
ないようにします。このことは親を含めた家全体を守るた
めの措置であり、親をないがしろにすることにはなりません。
天皇の立場についての先生方のご意見をお聞かせ願いたいです。
■回答
HPを見てくださってありがとうございます。HPスタッフの渡辺と申します。お返事
が遅くなりましたことをお詫び申上げます。
さてご質問ですが、天皇についてですね。以下は私の個人的な意見です。
建国以来、天皇が連綿として続いてきたのが日本の特質だと思います。これは世界史
の中でも異例だと思います。網野善彦さんは世界史の中での比較というのがなかったと
思います。意図的に比較して考えなかったのかもしれませんが、網野善彦さんは左翼思
想の影響を受けていたと思います。これは時代の影響だと思います。
日本の歴史には天皇という縦糸が通っていたと思いますし、今も通っています。私た
ちは日本という国に生まれて、日本の歴史や伝統を否定するのではなく愛しみ尊敬して
いくべきだと思います。それぞれの時代で、多くの偉人や庶民が天皇に捧げてきた崇敬
の念を、現代思想で否定したり裁いたりしては決してならないと思います。また、天皇
制と議会制民主主義は相反するものではありません。この民主主義というのも絶対のも
のではなく、新しい思想の一つに過ぎません。
そして民主主義思想よりも天皇制の方が、今後の寿命としても長いかもしれません。
しかし、天皇制というのも絶対のものではありません。例えば悠久の歴史の中ではいつ
かはなくなる時がくるかもしれません。極端に言えば、何千年後には、すでに日本とい
う国はなく、日本という素晴らしい国があったという神話が残っているだけかもしれま
せんしね。
自由史観研究会会員 渡辺 龍二 |