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■投稿(1)
兵役
日本の朝鮮統治期 U の兵役を読みました。このような事は、初めて知りました。
このように書きますと、朝鮮人が戦争に賛成したのは、実はもっと少なかったなど
の反論が出ます。
私は、コンピューターのいいところは、もっと詳しく知りたい人のために、リンク先
へ飛びますと、もっと、詳細に書かれていて、その資料の出所も書いてあるような
ことが可能だと思います。
反対する人が、反対できないほど、資料を提供することだと思っています。
それにしても、「応募者は三〇万人を越えた。当時の人口が二四〇〇万人であった
事を考えると」の部分は、本当に驚くべき数字だと思います。
しかし、驚かない人のために、日本の現在の自衛隊の志願者の数字をあげるとか、
アメリカの徴兵される人数をあげるとか、資料は必要に思われます。
創氏改名 を読みました
「日本政府は朝鮮人及び台湾人に、日本式の姓名に替えても良いとの政令を出
した。それが朝鮮では創氏改名であり、台湾では改姓名の制度である。」
日本式の姓名に替えても良いということは、改姓しなくても良いということだとおもいます。
改姓することによる利点は確かにあったと思われますが、80パーセントの人が変えたという
ことは、日本人とともに新しい国を作ろうという雰囲気があったか、強制されたかのどちら
かであったと思われます。
仮に前者であるとしますと、全員が強制的に変更させられたとは云わないと思います。
現在の韓国では、口が裂けても、私は進んで改名したとはいえないでしょう。しかし、
証人が生きておられる間に、私は進んで改名したとの証言を得ないと益々、強制的
にさせられたということになると思います。
「台湾では厳しい資格審査により、僅か一・六%が改姓名したに過ぎない」とありますが、
どうして、厳しい審査があったのでしょうか? どのような審査であったのか、台湾の人から、
取材すべきだと思います。それも、活字は駄目だと思います。映像で取材して、保存す
る必要があると思います。これは政府の仕事ですが、政府がすると捏造ととられますから、
一民間人がする必要があります。
それにしても、なんだか 恐ろしい民族です。
■回答(1)
創氏改名についてはこれを書いた時点での認識に誤りがありました。
朝鮮での民事令の改正は、創氏の件と改氏名の件の2本立てです。
創氏の件は「6ヶ月以内に氏を決めて届け出ること、届がないときは戸主の姓を以て氏とする」と言うものです。
改氏名は所定の条件を満たす人に氏名の変更を許可すると言うものでした。台湾の改姓名の件と同じです。
姓は結婚の合法性のチェックの為、戸籍に残されました。朝鮮は同姓の男女の結婚が禁止されていました。この規定のため、一生姓を変えることは禁止されていました。「好きな人が出来たが、同姓だから結婚できない。ではどちらかが改姓しようか」では困ります。
皇紀2600年の紀元節のお祝いとして、日本式の名前にしたい人(日本や満州に移住した人は通称を持つのが普通です。その通称を本名にしたいという人)に法的な支援としてして、朝鮮人は姓名と氏名の二つの名前を持つことにしたのです。
創氏の届を提出せず、戸主の姓が氏となった人が、20%いたと言うことです。
創氏しなかった人の例としては、当時5人の道知事(日本の県知事に相当)がいました。その内創氏したのが3人、創氏しなかった人が2人です。
道知事が創氏しなくて部下や住民に創氏を強制できると思われますか。
台湾は同姓男女の結婚禁止の規定がありませんでした。従って改姓名の件の一つで良かったのです。
これは条件を満たした人に許可するというもので、許可の条件は
1.国語(日本語)常用の家庭
2.神道崇拝者(神棚設置の家)
3.家庭清白(犯罪者がいない)と言うものでした。
ただ高砂族は改姓名をした人が多いように感じます。漢民族は当時シナ事変の最中と言うことから、資格審査が厳しかったと思われます。日本人か、シナ人か分からなくなっては困るというのが、警察の言い分です。朝鮮でも同じ理由で警察は反対でした。
早速 お返事ありがとうございました。
細部を知らないとなんとも判断できませんが、台湾と比較できますから、
この点から判断すると別に問題になることではないように思えます。
朝鮮の人は、名前を日ごろ 大切にするということでしょうか?
私は、週に2回、大阪市内に働きに行っていますが、韓国人の方は、
結構多いように思われます。日本名と韓国名を使い分けておられる方
が多いように思います。
時代が変わったのかもしれませんが、以前ほど、韓国名を隠そうとはされません。
■回答(2)
同姓娶らずの原則は北朝鮮では、金日成の統治が確立された頃、韓国では数年前に廃止されました。
今では両国とも、同姓男女の結婚も許されています。それに伴い姓は不変の必要はなくなりました。
しかし改姓が認められるようになったかどうかは確認していません。
在日にとっては創氏改名は在来の通称が、正式の名前となったので歓迎されたと思います。
しかし大多数の朝鮮在留の人にとっては一族の長老の指示に従っただけではないでしょうか。
戦後の反日・朝鮮人としてのアイデンティティーの確立のムードの中から、創氏改名の非難が出てきたと思います。
しかし姓と氏の概念が不明確のまま、創氏改名非難が進んだと思います。
自由史観研究会理事 杉本幹夫
■投稿(3)と回答(3)
従軍慰安婦 を読みました。
「ところが当時の石原信雄官房副長官は後日、「調査した書類からは
一切強制連行した証拠は見つからなかった。根拠となったのは、彼女ら
からの聞き取り調査と証言だけである。これは強制連行がなかったとす
ると、韓国世論を押さえられない。賠償は請求権協定により、一切要求
しないから、あったと言うことにして欲しいと依頼され、政治的に認めたも
のである」と証言している。事実、彼女らの公表された証言は、すべてが
前後でつじつまが合わなかったり、貧乏からの身売りであった。」
この事実は知りませんでした。確か、政府としてはできないが、別の形でお金を
しはらったのではなかったでしょうか?
<杉本:三木元首相夫人らが発起人になって義捐金を集めていましたね。>
【従軍慰安婦の問題は朝日新聞の誤報から起きた、戦後の問題である。】と書
いておられますが、私は誤報ではないと思っています。
長年にわたって、このような事を受け入れることのできる読者に支えられて朝日
新聞は成り立っています。
<杉本:誤報と言うより、捏造、歪曲記事ですね。私は売春禁止法が出来たときにはもう社会人でした。
従って当時の娼婦が如何にして集められたかは知っています。あの歪曲記事が許せず、朝日新聞の購読を止めました。>
朝日新聞社は、昭和51年9月25日に『邪馬台国』という本を出しましたが、
間違った歴史観で、読者を洗脳していることを、このような言葉は使っていませ
んが、良くないとホームページにかきました。
すると、このホームページだけを削除しました。そのことを「恐ろしい話」
http://homepage1.nifty.com/o-mino/page825.html
で書いています。
文章を書く力がありませんから、訳の判らないことを書いていますが、自分達の
都合の悪いことは、すべて消すというやり方は、中国人のやり方です。どうして、
日本人のかたまりである朝日新聞が、そのようなことをするのかを2000年昔から
の歴史の中で発見しようと、この一年毎日、ブログに書いてきました。
私は朝日新聞を読む人は、書いてあることが大半において納得できるからだと思
います。何故、納得できるのかといいますと、知識が有るなしの問題ではなく、
遺伝子の中に、インプットされているからではないかと考えています。
日本人の大半は、中国人と朝鮮人だと思います。彼等は『邪馬台国』に書いて
あることが正しいと思っています。それはなにを元にしたかと云いますと、日本書紀
を元にしています。
日本における中国化を大化の改新で成功させ、完成の記念誌が日本書紀だと
思います。彼等は、神武天皇が伯耆の国に居なかったように日本書紀に記しています。
いっぱい嘘を書きました。その中の一つに神武天皇が、日向から東征にでかけた
話があります。本当は、間違っていないのかも知れません。後の学者が勝手に、
九州の宮崎から出発にしたのかもしれません。
<杉本:私は聖徳太子以前の話は歴史的事実だあるか、否かは分かりません。
しかしギリシャ神話からトロイの遺跡が発見されたように、何らかの事実があったように思います。
伝承としてしっかり受け継ぐべきだと思います。分からないから面白いと言う感じもします。>
調べていきますと、杉本様の書いておられることが、正しいように思えますが、正しい
けれども、これを認めようという人は少ないのではないかと思います。
訳の判らないことを書きました。私の書いているブログは一層訳がわからないらしく、
人気が在りません。日本は中国人に乗っ取られた話を書いています。
出来ましたら、一度、覗いて頂ければと思います。
新しい日本の歴史 http://blog.so-net.ne.jp/nihonnsi/archive/20050528
<杉本:大変膨大な研究ですね。私は古代史について勉強したことはなく、内容についてコメントする力はありません。>
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