1.『歴史と教育』を読んで

■投稿

『歴史と教育』をお送り頂き有り難うございました。2−3教えて頂きたくお願いします。

1.スペインから始まり、アメリカまでの欧米植民地支配について

@恐らくないと思いますが、謝罪をした国があるのでしょうか。

Aもし賠償した国があるのなら、時期や金額なども教えてください。 イギリスは香港の繁栄は植民地支配の賜物であると誇りに思っているとの事ですが、本当でしょうか。

B植民地が独立したとき、工場やインフラ・民間資産のために、逆に植民地が支払った例はありますか。国名と金額・時期・支払方法等教えてください。 朧気な記憶ではインドネシアがオランダに支払ったという事を読んだ記憶があるのですが、具体的な事は分かりません。

2.先の大戦の敗戦国について

@ドイツは個人に対して戦後賠償をしているが、日本は個人賠償をしていないと一時批判がなされましたが、方法が違うことがはっきりしてきました。ドイツは国家としての戦後賠償は拒否し、近隣国と講和条約も結ばれていないとの事。ドイツは戦争犯罪をナチスになすりつけ、ホロコーストについてのみ謝罪と個人補償を行っていますが、具体的に一人当たり、そして総計どの位の賠償をしているのでしょうか。

A三国同盟を結んでいたイタリアやその他枢軸国は賠償問題についてどのようにしているのでしょうか。

B日本は韓国・中華民国・中共以外の国とは、どのような形式で、どの位の金額を支払って友好関係を回復したのでしょうか。

3.このようなことがまとまって書かれてある書物はあるのでしょうか。 基本的な質問で申し訳ありませんが宜しくご教示のほど、お願い申し上げます。

■回答

 拝復 『歴史と教育』読んでいただき有り難うございます。回答遅れ申し訳ありません。出来ましたらメールで聞いていただければ、もっと早く回答できたと思います。
 尚アドレスはstaff@jiyuu-shikan.orgです。

1.欧米の植民地支配について

@謝罪をした国があるかとのご質問ですが、私はあったかどうかについて知りません。

独立運動の過程で、賠償を獲得するためには、大勝し、「何とか勘弁してください」となる必要があります。それだけ大勝した国を知りません。独立を勝ち取るのが精一杯だったのではないでしょうか。

Aイギリス人は当然「香港の繁栄はイギリスの植民地になったからだ」と、思っているでしょうね。中国人もそう思っているのではないでしょうか。それが事実だからです。広州等周辺と比較してみればすぐ分かります。

B インドネシアでは民間資産については個別交渉に委ねる事になっています。又オランダがインドネシアの為に発行した国債・公債の償還残額はインドネシア政府の責任とする事になっています。又インドネシアの復興のためにアメリカ・カナダから借りた資金の返済残金はインドネシア政府の責任としています。(小生著『植民地朝鮮の研究』 より)

2.@ドイツとの比較

  日本が個人補償をしていないというのは、マスコミ・ジャーナリストの勉強不足です。 サンフランシスコ条約の16条を読んでみてください。同盟国、中立国にある日本人の 資産はすべて没収され、国際赤十字の手で売却し、戦時の捕虜に分配(個人補償)され ました。又ドイツが国家賠償をしていないのは、分裂国家になったからです。その事が 国家賠償の拒否の理由に使われたという事でしょうか。

 5月号の『歴史と教育』の記事の一部を下記に記します。

 「数年前、ドイツが戦時中の捕虜に対し、個人補償することを決定した。それに伴いアメリカのカリフォルニア州で大東亜戦争時の捕虜が個人補償を求めて日本と日本企業を提訴した。その時日本のマスコミで日本はサンフランシスコ条約で個人補償済みであることを主張したマスコミがあったであろうか。私は寡聞にして気づかなかった。

 日本は十六条で個人補償は済んでいるのである。同盟国、中立国に持っていた資産をすべて没収され、旧捕虜に国際赤十字の手により、個人補償したのである。その金額は1人平均二万九千円弱で、一九五六年ポンドと六一年ドルの二回に分けて、ほぼ半分ずつ支払われている(朝日新聞『戦後補償とは何か』より計算)。たった二万九千円と思われるが、私は五六年に大学を出て社会人になった時、初任給は約一万円であった。大学卒初任給の約三ヶ月分である。

 このドイツの補償額は一般の強制労働者に五ー六千マルク(三〇万円前後)ユダヤ人等、強制収容所で奴隷労働に従事した人には一万五千マルク(約八〇万円)との事である。統計資料を見ると、全産業の名目賃金指数は一九九五年を一〇〇として、五五年は四・五、六〇年は六・〇である。それぞれほぼ半分ずつ支払われているので、平均すると、この間に約一九倍になっている。(尚年次のずれは概算ということで無視する)このようにして計算した、日本の個人賠償金額は、現在価値で、五五万円くらいに相当する。ドイツの今回の合意額である、ユダヤ人等の奴隷労働者に対する八〇万円よりは少ないもののの、一般強制労働者に対する分、約三〇万円の二倍近い金額である。

更にイギリスは上記に、日本から接収した資産を売却した資金を加え、合計一人当たり八万三千円配分している。今回奴隷労働と認定される人に対する二倍近い補償金を受領済みなのである。

 又アメリカはこの配分の権利を放棄し、一人一日一ドル支給している。開戦初期に捕虜になったとすると一三〇〇日くらいである。当時一ドル三六〇円とすると当時のお金で四六万八千円に相当する。これだけの補償金を貰いながら、更に補償金を要求するとは「盗人猛々しい」と言わざるを得ない。

米比軍の捕虜数はフィリピン戦で約八万三千人、グァム・ウェーキ島で約二千人、合わせて約八万五千人である。フィリピン人四万四千人は国際赤十字から補償されているので、米人は約四万一千人である。一人前述のように一人一三〇〇ドルとすると、約五千三百万ドルで足りる。

 それに対し、アメリカが接収した資産は、大蔵省財政史編の『昭和財政史 終戦から講和まで1』のGHQ民間財産管理局の調査によると、アメリカ、南洋委任統治領の非軍事資産だけで、一四七百万ドル、フィリピン一二六百万ドルである。アメリカ接収分だけでまかなってお釣りが来る金額である。

 この裁判はアメリカの最高裁で、日本はサンフランシスコ条約により、既に個人補償が実施されているとして、却下された。それには元駐日アメリカ大使が連名でこの事実を明らかにしたからだと言われる。そんなことはアメリカ大使に指摘されなくても、サンフランシスコ条約を読み直せば誰でも判ることである。マスコミの怠慢に怒りを感じる。」

 ドイツとの比較は自由主義史観研究会のHPの中のQ&Aを開いてみてください。

 Aイタリアその他については知りません。日本に先立ち連合国と講和条約を結んでいます。基本的な枠組みは日本と同じだったのではないでしょうか。共通認識として、第一次世界大戦後のドイツに対する過酷な賠償要求が第2次世界大戦の一因であるとしています。

 Bサンフランシスコ条約締結後、日本は個別交渉により、多くの国に賠償しました。詳細は自由主義史観研究会のHPの中のQ&Aを見てください。

3.私は自由主義史観研究会のHPの中のQ&Aが最も要領よくまとめてあると自負しています。この中の「日本の戦後補償」には、岡田邦宏著 『「戦後補償論」はまちがっている』日本政策研究センター刊(500円)を取り上げています。 これは飯島瑞穂さんが書かれたもので、私は読んでいません。又ドイツが元捕虜に個人補償する前に書かれたものです。

今後とも『歴史と教育』をお読み下さるようお願いします。

自由史観研究会理事 杉本 幹夫


2.中国人の強制連行について

■投稿(1)

いつもお疲れさまです。 2度目のメールになります。

前回は、説明について行けず、申し訳ありませんでした。 あれから少しは勉強したつもりですが、先はまだまだ長そうです。

3月に長野地裁で、中国人の強制連行訴訟があり、棄却されましたが、 報道は次のようなものでした。

『判決理由で辻裁判長は、強制連行・強制労働を国と建設会社による不法行為と認定 した上で、行為から20年で損害賠償請求権が消滅する「除斥期間」などを適用。国 家賠償法施行前の国の行為に賠償請求はできないという「国家無答責」の法理につい ても、国の主張通り認めた。

 辻裁判長は判決言い渡し後、個人的感想と断った上で「われわれの上の世代がひど いことをした。1人の人間として、救済しなくてはいけないという感想を持ったが、 判例を覆せるような理論を立てられないのであればやむを得ない。裁判以外の手続き で解決できたらと思う」と異例の言及をした。』

被告を勝たせて反論を封じ、傍論に個人的政治的な主張を潜り込ませるいつもの手だ と思いつつ、 これでは、中国人の強制連行があったかのような言い分に、本当のところはどうだっ たのだろうと、 詳しく書いてあるものを探したのですが、なかなか見つかりません。

韓国人の強制連行なら、たくさん見つかるのですが、中国人のものについては、 証言がほとんど中帰連のものであるとか、当時の閣議決定がある、契約書があるな ど、 断片的なもので、全体像や細部がはっきりわかりません。

証言がどこまで検証されているのか、閣議決定の背景とか、 契約書がどの程度交わされて、どの程度守られたのかなど、 よろしければご教授いただけないでしょうか。

お忙しいのであれば、読むべき本やサイトなど教えていただければと思います。 よろしく お願いします。

■回答(1)

HPスタッフの渡辺と申します。HPを見てくださりありがとうございます。

中国人強制連行に付いてはよく知りません。英米の捕虜と同じく捕虜の労働はあり ましたが、朝鮮と同じように民間人の強制連行はなかったと思います。 中国人強制連行の議論については、初期の南京事件の論争と同じ段階だと思いま す。つまり左翼の方たちがいろいろと本を書いて宣伝している段階ではないかと思いま す。図書館に行けばそういう本があるので、そこから一次資料にあたっていけばいいので はないかと思います。

例えば、緑蔭書房出版の 『戦時下中国人連合軍俘虜強制連行資料集V 中国人強 制連行』などの資料が左翼系の方によって復刻されているようです。しかし、そういう ものを読めば、たぶん従軍慰安婦の強制連行や朝鮮人の強制連行と同じ結論になると思 います。その資料のパターンも議論のパターンも同じだと思います。もちろん従軍慰安 婦の強制連行の議論と同じく、事件と制度は区別しなければいけないと思います。

裁判について

長野地裁の判決ですが、判決は公開なので入手できると思います。裁判についてで すが、裁判官は歴史には素人であり特別に知識があるわけではありません。また、裁判 とは歴史的事実を確定するためのものではありません。例えば、被告側が事実認定を 争っていないかもしれません。時効などで勝てるのであれば事実で争う必要はないからで す。

民事裁判は原告の請求を認めるかどうかを決めるものです。例えば、実際の事実が Aであっても、原告と被告がBという事実で和解して手をうつ場合もあります。被告が 企業や個人の場合は裁判に関わったり報道によるイメージの悪化をさけるために、この くらいの金額ならということで、とにかく原告の主張を認めて早く裁判を終らせること を選択することもあります。民事裁判とはそういうものです。

当時の中国について

また、当時の中国の苦力や奴隷的な移民や出稼ぎや兵隊についてなど、実情も調べ ておかれるとよいと思います。当時の中国で人命はどう扱われていたかとか、現代の日 本の常識と比較するのではなく、そちらと比較するべきだと思います。

中国人の強制連行については、良く知らないので申しわけありません。私も今度つ いで の時に少し時間が取れれば調べられるかもしれません。こちらこそいろいろと教え てください。今後ともよろしくお願いしたします。

自由史観研究会会員 渡辺龍二

■投稿(2)

早速のご回答ありがとうございました。

図書館やユーズド本を手に入れて、 一つ一つ反証を手に入れなくてはいけないということなんですね。 アジア歴史資料センターはまだ利用したことがありませんが、 ここにあるというような記述を見かけたので、 これを機会に利用してみようと思います。

今度は教科書に載る前に食い止められれば良いですね。 今後ともよろしくお願い致します。 ありがとうございました。

■回答(2)

中国人の民間人の強制連行があったかどうかの問題ですね。お役にたてなくてすみませ ん。

先に述べた議論の枠組みについては間違っていないと思います。つまり左翼の人がいっ しょうけんめいに資料を集めたり復刻していますが、その一次資料を読めば従軍慰安婦 や朝鮮人の強制連行と同じパターンになるはずです。例えば、この資料は善意の干与を 示しているのだとか、この徴用制度が開始された時にはすでに船便はなくなっていたは ずだとか。ただ捕虜というカテゴリーは、朝鮮人の強制連行問題にはないと思います。

ついでの時に何か調べることができましたらお知らせします。また、くわしい方からの 回答があるかもしれません。貴方が調べられたことで差し支えないことがございまし たら、ぜひ皆さんのためにぜひ教えてください。今後ともよろしくお願いします。

貴方がおっしゃるように『今度は教科書に載る前に食い止められれば良いですね。』 は、本当にそう思います。もし載っていたらなくすようにしなければならないと思いま す。

自由史観研究会会員 渡辺龍二


3.寺内正毅について

■投稿(1)

『「植民地朝鮮」の研究』を読みました。

『「異民族支配、即ち悪」は誤り』は思わず 「なるほど」と思いました。

思えば我が社(製造業)は日本人よりも賃金の安い 日系ブラジル人を非正社員で雇っており、また中国、タイなどの 工場ではやはり日本人よりも安い賃金で雇っていますが 誰も「搾取」だの「悪」だのとは言いませんね。

本書の中で「寺内元帥」の項目は気になり 国会図書館で少し調べました。 本書の中では主に「元帥寺内伯爵伝」を引用文献として 用いていますが、この書(復刻版)は解説者が 「この書は寺内正毅氏が死んでから出版されたもので 弁解に近い形であり、実像を捉えるには不適切」と いった類の事が書いておりました。少し読んだところ 確かにそのような印象は受けました。

「元帥寺内伯爵伝」を引用文献として用いるのは誤解を受けると思います。 引用文献として使用したわけはあるのでしょうか?

「寺内正毅日記」だか「寺内正毅関係文書」だったかと思います。 こちらのほうが、寺内氏が行おうとした数々の政治改革(植林等)が よく分かって良いと思うのですが。

予断ですが、この書では「植林の弊害となるのは伐採、放火であり、これに対しては 厳しく罰する」といった類のことが書いてありました。 個人的に思うことは、こうした旧習打破を行うにあたり、 力で挑んだ寺内氏には数々の誤解を生んだものだとは思っております。

また寺内氏は「焚書」を行ったと「朝鮮総督府の歴史」藪景三著などで 書かれています。こちらは確認が出来なかったのですが 「教科書が教えない歴史」HPでは、どのように考えているのでしょうか? お願いします。

■回答(2)

『「植民地朝鮮」の研究』読んでいただき有り難うございました。

又、寺内元帥についてご教示いただき有り難うございました。 寺内元帥について読んだのは、はっきり覚えていませんが、「元帥寺内伯爵伝」だけだと思います。 「元帥寺内伯爵伝」を選んだのは、特に理由がありません。大学の図書館で目に入っただけです。

私が勉強し始めたのは60歳からであり、別の仕事をし乍らですので、一つ一つの事を細かく調べるより、大局を掴むことに主眼を置きました。

<「植林の弊害となるのは伐採、放火であり、これに対しては厳しく罰する」といった類のことが書いてありました。>

これは焼畑農業対策ですかね。気づきませんでした。焚書についても気づきませんでした。

寺内総督の武断政治、それを引き継いだ、長谷川総督の無策が3.1独立運動の一因だと思っています。

自由史観研究会理事 杉本幹夫


4.「植民地朝鮮」について

■投稿(1)

初めてメールしますが、韓国朝鮮の歴史に興味をもっております東京都在住の会社員です。 以前、杉本様の著書「植民地朝鮮の研究」を読ませて頂き、また先日、本屋で目に留まった「別 冊正論02“日韓・日朝歴史の真実”」にて対談されている記事を目にしたところで、更に時々 目にしている韓国関連のHPから杉本様のサイトをみつけ、本日思い切ってメールさせて頂いた 次第です。

私自身のことを少々お話しますと、私の母方の親戚に韓国の歴史を研究テーマにしていた人物が おり、学生時代に原稿整理の手伝いをしたことがありました。 彼は10数年前に亡くなり、私は社会人になり、その後韓国のことは意識の外に遠のいておりま したが、昨年ふとしたきっかけから、韓国関連の歴史に興味を持つようになり、これまで関連書 籍を多数目にしてきました。

これまで色々な本を読んできた感想としては、“韓国がいかに事実をねじまげた歴史を捏造し、 それに恥ずことなく、嘘を教え込んできて、はたまた周囲に自己と同じ歴史観を共有するように ごり押しをする態度に呆れる”ばかりではありますが、日本人の中にも国としての誇りを忘れ、 おかしな歴史観を撒き散らす恥知らずな歴史研究者が蔓延していることに憤りを感じる次第です。

私自身は、「全方位外交」という建前は建前としつつも、本音の部分としては、本当にパートナ ーとなり得る国と、そうでない国を選別していく対応をそろそろ考えていかなければならないの ではないかと思っております。
国家の生存に直結する経済の面から考えても、韓国にとって日本の存在は不可欠でしょうが、日 本にとって韓国はいてもいなくても変わらないというのが本当のところではないでしょうか? この点は安全保障の観点も含め、もっと幅広く考えてみる必要があるかもしれません。

話は変わりますが、その昔、先に触れた私の親戚と時事問題等で議論したことを思い出します。 彼がしきりに「歴史とは丹念に事実を追って、それを纏めるのが正しい姿なんだ」と言っていた ことを思い出します。その時、私は「歴史というのは今更変えようもない訳だから、そもそもそ ういう話を強調する必要はないのではないか」とやりとりしたり、私が「日本はこれまで、韓国 を何とか引き上げてやろうと思いやりを持って政策を考え、かなり相手の言い分を飲み込んでい たのかもしれないが、韓国はもはや経済的に成長してきて、オリンピックを立派に開催した実績 まである。これからは従来のようなやり方を改めて、言うべきことは言うという対等な関係を構 築していかなければならないのではないか」という意見を言ったりしたことを思い出します。

私自身は、趣味で歴史本を読んでいるという程度ではありますが、「何故韓国人は訳の分からな い説を振り回し、殊更に日本に文句を言うのか?」という疑問がなかなか解消できないでおりま す。機会があれば、杉本様の御高説を拝聴する機会を得たいと考えております。

■回答

「植民地朝鮮の研究」を読んでいただき有り難うございました。その先生の業績には後人として大変感謝しています。

私は歴史を学ぶ目的は、「事に当たって先人はどのように対処したか、その結果どのようになったか」を学ぶことだと思っています。 世界のかって植民地だった国で世界の先進国の仲間入りしたのは、韓国、台湾だけです。その点日本の素晴らしさを感じます。

一方日本の失敗はシナとの宣伝戦に敗れ、大東亜戦争に入らざるを得なかったことです。 現在もその轍をふみつつあるように感じます。共産党の宣伝力の強さは何かです。 これに対する答えを私はまだ見いだせません。

ナショナリズムは共産主義と双子の兄弟です。「宗主国は植民地を搾取する」「資本家は労働者を搾取する」 現代経営学では資本家と労働者は企業間競争を勝ち抜くパートナーです。

韓国は終戦直後共産主義に染まりました。朴正煕は反共ナショナリストでした。 韓国は今左傾化しつつあります。ナショナリズムの旗は降ろしたことがありません。 自国の過去をできるだけ美化し、過去を直視したくないのが、韓国人の歴史観でしょうか。

自由史観研究会理事 杉本幹夫


5.[FRONTLINE]について

■投稿(1)

大変興味深く読ませていただきました。学校教育の中で、自分達の歴史を否定せず学べるように なっていかなければならないだろうと思います。

ジェンダーフリーについては、よく内容を知れば、何て愚かで気違いじみた事を言ってるんだろうかという 事がよくわかりました。
つい、男女平等の言葉に騙されてしまうのです。

でも、狂気のフェミニスト等の言ってる事は明らかに間違ってるし、馬鹿馬鹿しい事だからって 放っておいていいものではなさそうです。 ひとつ、ひとつ反証しつぶしていかなくてはなりません。

それでなくても日本は素晴らしい伝統文化をどんどんなくしてきているのですから、これ以上 大切なものを踏みにじられないようにしないといけません。
基本的には、やっぱり男女に違いがあるからこそ、面白いし、自然なのであって それは、揺ぎ無い大切な心の問題でもありましょう。

日本がこれ以上その美しい国柄を失っていかない事を願うばかりです。

■回答

読んでいただき有り難うございます。

日本の歴史は本当に素晴らしいと思います。
 聖徳太子による神と仏の融和
 仮名文字の発明による文化の普及、
 信長による政治の宗教に対する優位の確立
 参勤交替による情報の共有
等は日本が世界に誇るべき歴史だと思います。

男女の差別問題は、男が得意とする腕力が機械に取って代わられたため、女でも出来るようになり、男にとっては住みにくい時代になりました。

自由史観研究会理事 杉本幹夫


6.「ジェンダーフリー」 って 何でしょう?について

■投稿(1)

「『ジェンダーフリー』って 何でしょう?」 を拝見させていただきました。

私は国際基督教大学教養学部社会学科に所属するものです。大学でジェンダーに関す る授業をいくつか受講しました。その上で、思った事を述べたいと思い、メールをさ せていただきました。

まず、はじめに言いたかったのは、男女共同参画=ジェンダーフリー=フェミニスト ではありません。
 もしそうなのであれば、男女共同参画=フェミニストにもなるはずですよね。
しかし、ラディカルなフェミニストは、むしろ共同参画やジェンダーフリーを批判し ています。その理由は「今までは家庭の責任を女に押し付けていたのに、経済的に不 安定になったとたん、女性を搾取するのか」といったものです。

ジェンダー・バイアスをご存知ですか。服部さんがおっしゃっていた「男らしさ」「 女らしさ」というものも、バイアスの一部として含まれます。しかし、ジェンダー・ フリー活動は、男らしさや女らしさをなくすための活動ではありません。
 個々で「らしさ」を目指すことにジェンダー・フリーは反対していません。 全ての性差をなくすことが目的ではないからです。社会における偏見の押し付けを減 らしていこうというものです。

「両性の本質的平等」が日本国憲法に明記されてからかなり経った今でも、 未だに世論調査では職場や社会での不公平感が反映されています。 これは、現代の社会でも、男と女の社会における役割が違う、という考え方が残って いるからではないでしょうか。

服部さんによると、これらは脳からくるものだから仕方が無い、ということですね。

しかし、これらの社会における役割とは、本当に脳にあるのでしょうか。 失礼ですが、服部さんは脳の専門家でしょうか。心脳問題は、「男女で差がある」と いう専門家もいれば、差がないという専門家もいます。
"http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2005/08/post_1f0a.html" 参照)
こういったデータを完全に無視し、「差がある」というデータだけを生徒に説明する のはいかがなものでしょうか。

<ここで質問。仮の話ですが、ジェンダーフリーの訓練を徹底的に続けて脳のレベル で男女が同じになるには、何年かかると思いますか?
ある生物学者によると、少なくとも五千年はかかるという話です。
また、こんな深刻な指摘もあります。生まれつき脳が持っている「男らしさ・女らし さ」を自由に表わすことが妨げられると、人はどうなるでしょうか? そう、心に不当なストレスがたまっていくらしいんですね。その結果、心の健全な成 長を阻害することになると言う話です。> ・・・ともおっしゃっていましたが、脳のレベルを男女で同じにすることや、「男ら しさ・女らしさ」を自由に表すことを妨げる、といったことをジェンダー・フリーは 提案しているのではありません。

ジェンダー・フリーは「男らしさ・女らしさ」を自由に表現することは、反対はして いません。しかし、それを押し付けることを防ごうといった考え方です。例えば小学 校などでよく聞かれる言葉だと思いますが、活発でわんぱくな女の子のことを「男女 (おとこおんな)」、すぐに泣いてしまったり、消極的な男の子のことを「女男(お んなおとこ)」や「おかま」と呼んだりすることからは果たしてストレスを受けない のでしょうか。服部さんはこういった言葉を発する生徒に何も言いませんか?放って おきますか?

程度によるとは思いますが、服部さんのように教育者の立場にいる人ならば、こうい った言葉を発する生徒を放ってはおかないでしょう。注意の一つくらいするのではない ですか?

「男らしさ・女らしさを自由に表す」ことに対しては肯定されているのに、「性別と の態度を自由に表す」ことは、一般的には良く思われません。なぜでしょうか。

私はそれこそジェンダーバイアスの押し付けからくるものだと考えております。つま り「男らしさ・女らしさ」の社会的な押し付けです。個人が「男だから男らしく」と 思っているのであれば、それは全く悪いことではありません。しかし、皆がそう思う わけではないのです。ジェンダーバイアスが当たり前とされている以上、「男だから 男らしく」と思っていない人達は否定されることになります。

最後に服部さんが授業でおっしゃった 「「男女は平等に扱うことはできるが、同じものにすることはできない」ということ です。」 ということですが、何度もいうように、ジェンダーフリーは、男女を同じものにする ための活動ではありません。

「男女がそれぞれその特性や違いを活かすことによってこそ、「豊かで活力ある社会 を実現」できるのではないでしょうか。」 とおっしゃったようですが、ここで使われている「特性」というものは、服部さんに よると「脳」からくるものだそうですね。

しかし、育児休暇をとった女性が職場に戻 りにくいことや、女性の多くは「一般」と呼ばれているいわば「事務」をしている現 実も、女性の特性を活かしたことからくるもので、仕方がないことなのでしょうか。
逆にいえば、育児休暇をとりたい男性がいるにも関わらずとれないことも、男性の脳 は育児にむいてなく、女性のほうがむいているから、といった理由で仕方がない事な のでしょうか。

最後に、服部さんの参考文献のタイトルを拝見させていただきましたが、全てジェン ダー・フリーを否定している本ですね。服部さんは、ジェンダー・フリーに賛成して いる本はお読みになりましたか?

服部さんが授業で生徒におっしゃったことを読む限りでは、賛否両方の資料を読まれ たようにはとても感じませんでした。なぜなら間違った概念を含んだ情報を生徒に教 えていたからです。服部さんが個人としてジェンダー・フリーに対して意見を持つこ とは間違ったことではありません。否定するも肯定するも自由です。しかし、あなた は教育者という立場にいます。偏った資料のみに頼り、それを生徒に教えるというこ とは、教育者としていかがなものかと感じました。

以上が私の意見です。これに対する服部さんの考えを聞かせていただければ幸いです 。

■回答

HPを読んでくださってありがとうございます。 HPスタッフの渡辺と申します。まずは、ご返事が遅れましたことをおわびいたします 。

 服部氏の授業記録に対してのご質問だと思います。HPのご意見箱への質問などには、 HPスタッフがお答えしています。貴方のような質問の場合ですが、たまたまHPスタッフが書いた文章であればちょうどいいのですが、そうでない場合に質問を寄稿者にとりついで解答を求めるというようなことはやっていません。

ご質問をいただいたので、私も服部氏の『「ジェンダーフリー」って何でしょう』を読みました。読んだ感想としては、地方自治体や外郭団体などがやっている「ジェンダー・チェック」というのは、ひどいなと感じました。服部氏は、このような運動に対する修正とか免疫を意図したのではないかと思います。

私自身は、男女や家族については保守的な考えを持っています。しかし、現代社会では 多少の修正が必要なのではないかとも思っています。人類の人口の半分が女性であって、その女性が幸福になれないようであってはならないし、女性であるということで不利益を受けるということではいけないと思うからです。特に仕事の領域では女性が女性であるというだけで差別を受けてはいけないと考えています。

また、男女差のことですが、子供を生めるのは女性だけであって、こういう生物的な違いが精神的な違いにも影響しているかもしれません。ただ、個人的には、もっと深いところで違いがあると思っています。しかし、抽象的な思想論に陥っては議論のための議 論になってしまうと思います。

例えば、貴方が、いろんな男子学生や女子学生と事務的な話でなくて、世間話や噂話などをする時に、個人差だけでなく男女の感覚の違いというものは感じませんか。こういうものが後天的なものか先天的なものかということだと思います。また、この違いというものはなくさなければならないものでしょうか。実際のできごとのニュアンスを静かに考えられるといいと思います。

それと「女男(おんなおとこ)」や「おかま」とかの悪口というのは、この問題とは関 係ないと思いますよ。どんな領域の何のことでも悪口はつくれますからね。そういう問 題なら悪口を言っちゃいけないとか、人を傷つけたらいけないということだと思います 。

とりとめない話になりましたが、ご容赦ください。
ご質問やご意見がございましたらstaff@jiyuu-shikan.org宛でお願いいたします。

自由史観研究会会員 渡辺龍二