1.日中戦争における掃討作戦について

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9月に朝日新聞の夕刊に、日本のとある製薬会社が、自社の製品を「三光」として中国で登録商標と使用としたところ、中国で反発を買ったと言う内容の記事を目にしました。「三光」と言えば、中国が主張する、日本軍の悪名高い作戦とされているわけで、中国側にしてみれば、その日本の会社の真意を疑うなどと、中国人の感情を害することを意図しているみたいな反応のようでした。

わたしも、「光」に「〜尽くす」なんて意味があるなんて日本の発想ではありえないと思いますでの、そのようにブログに書いたところ、下記のようにコメントを送ってきた人が今月になって出てきました。

<「三光作戦」が中国側の呼称であることは、この問題をとりあげたどんな本にも書いてあります。日本軍は「燼滅掃討作戦」などと呼んでいました。北支那方面軍の「第一期晋中作戦復行実施要領」には「燼滅目標及方法」が次のように示されています。

1、敵及土民を仮想する敵→殺戮
2、敵性ありと認むる住民中十六才以上六十才迄の男子→殺戮
3、敵の隠匿しある武器弾薬器具爆薬等→押収携行やむを得ざるときは焼却
4、敵の集積せりと認むる糧秣→押収携行やむを得ざるときは焼却
5、敵の使用する文書→押収携行やむを得ざるときは焼却
6、敵性部落→焼却 (藤原彰、『天皇の軍隊と日中戦争』、99ページより孫引き、カタカナをひらがなにあらためました。) まさに「殺し尽くし、奪い尽くし、焼き尽くす」作戦であったと言われてもしかたないでしょう。>

「燼滅掃討作戦」なんて表現をとれば日本人の感覚でも分かりやすいので、あながちいんちきとも言い切れません。ただ、上の文の中でも、3,4,5に関しては単なる略奪と違って正当性があると言えますが、それ以外に関しては、事実であれば必ずしも正当性があるとはいえない物でしょう。 そこで占領地でのゲリラ掃討作戦の実態はどうだったのでしょうか。日本軍の正当性を主張できる答えを出していただけるとありがたいです。

■回答

こんにちは、HPスタッフの渡辺と申します。 見るのが遅くなり、おわび申上げます。

さて、北支那方面軍の「第一期晋中作戦復行実施要領」の「燼滅目標及方法」が問題の ようですが、 問題はその文章が、どういう状況で何を意味をしているかだと思います。

特に怪しいのが下記の三つです。
>1、敵及土民を仮想する敵→殺戮
>2、敵性ありと認むる住民中十六才以上六十才迄の男子→殺戮
>6、敵性部落→焼却

対応としては
@まず三光作戦の定義を聞くこと、次に北支那方面軍の「第一期晋中作戦復行実施要領 」の「燼滅目標及方法」の原文を提示してくださいと要求するのがまず第1だと思いま す。それがスタートだと思います。

A次に、それを実際に検討することです。文章がどういう意味か、実際にはあつたのか 、どうだったのか。それで初めて事実が確定するわけです。

B最期にそれがどういう意味を持つかです。たぶん、言葉を恣意的に解釈しているか、 特殊な状況の特殊なことを一般化しているか、だと思います。藤原氏が膨大な軍関係の 文章の中から、この文書を取り出したのは、ちょうど使える目言葉を発見してそれを利 用して、議論のすじをスリカエているのだと推測されます。

調べれば調べられるはずですけど、相手が出してきた変なことを、こちらが調べてあげ るのは馬鹿馬鹿しいです。相手が主張していることなのでちゃんと挙証責任を負わせて 、それを利用して論じた方が楽ですし、それが当然のことです。また、戦争ですから、 ベトナム戦争であった程度のことや事件はあるわけです。そういうのと一般的な三光作 戦というようなものとを混同させてはいけないと思います。日本軍は中国人の軍隊がや る残虐行為のようなことは少ないのですから。

ちなみに 藤原彰氏という方は亡くなられましたが、例の(市民への無差別大虐殺という)南京大 虐殺を創作した人の一人です。その主張の中でも今回のように資料をあげて論じていま す。嘘とスリカエを巧妙にやっていたわけです。

ちなみに藤原氏は、士官学校出の職業軍人だったのですが、戦後はマルクス主義学者と して出世しました。戦後は、日本軍の残虐行為をたくさん言っています。しかし、藤原 氏自身が、まさに中国戦線の歩兵の第一線の将校だった人です。

本当なら自分がやったり見聞きしたことを言うはずです。しかし、そういうことは言わ ずに、日本軍が悪いということだけ言う人です。自分に反省がないのか、そういうよう な残虐行為がなかったのか、どちらかです。

取り急ぎお返事をいたしました。 ご意見等ございましたら、staff@jiyuu-shikan.org宛でお願いいたします。

自由史観研究会会員 渡辺龍二

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渡辺さまのアドバイスに従って、「@まず三光作戦の定義を聞くこと、次に北支那方 面軍の「第一期晋中作戦復行実施要領」の「燼滅目標及方法」の原文を提示してくださ い」を実行したところ、いまだ相手からの反論はありません。

わたしのブロクでは、訪問者は主に、相互リンクしている人であるために、批判的な 意見をコメントしてくる人が登場したことはある意味意外でしたが、無視したり、削除 したりしては、こちらの主張の正当性が怪しくなってしまうために、そうした手段をと ることができず、うまく切り抜けるにはどうしたらよい物かと悩みましたが、いまだ相 手の側からの返答がないところを見ると、この勝負、こちらの勝ちと言うことで切り抜 けたと思います。

お世話になりました。

■回答 (2)

お疲れ様でした。

ということは「第一期晋中作戦復行実施要領」の「燼滅目標及方法」という資料はスリ カエだったのでしょうね。特に興味があれば私も調べるのですが、こういうような問題 提起は多いので相手の労力を利用した方が楽です。

相手が出してこれるかどうか、まだ予断は許さないと思います。でも、一応は一件落着 ということでstaff@jiyuu-shikan.orgにCcしておきます。 何かございましたら、staff@jiyuu-shikan.org宛にご連絡ください。また、これに限ら ず何か情報や資料などございましたらご教示ください。

今後ともよろしくお願いいたします。共にがんばりましょう。

自由史観研究会会員 渡辺龍二


2.日韓併合の時代的背景についての質問

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いつもは先生のご活躍を遠くから声援しているだけの者ですが、突然のEメールを差 し上げて失礼します。 いま私は日韓併合の時代背景を研究しております。

 当時の米国大統領ルーズベルトが韓国の国内情勢に見切りをつけて米国大使館をたた んで引き上げてしまったという話を耳にした事があるのですが、本当でしょうかまた その件の付いて何らかの文献とかが判ればお教えください。

突然の勝手な質問をして大変恐縮です。

■回答

米国公使館が閉鎖された時点が何時だったかについては正確には知りません。 しかし次の3つの時期のどれかでしょう。

1.日韓1次協約  1904年8月 日本政府が推薦する外交顧問を雇い、外国と条約を結ぶときは日本政府と事前に協議すること。この時雇われたのは米人スチーブンスでした。

2.桂・タフト覚書  1905年7月 米国陸軍長官タフトと桂太郎首相兼外相間で取り交わされた覚書 この中で米国は日本の韓国に対する優越的支配を承認する。

3.日韓2次協約  1905年11月 韓国の外交権を奪い、完全に保護国化した。

いずれにせよ日露戦争の勝利と韓国政府の度重なる裏切り行為で、韓国の外交権が次第に制約されていく過程で、アメリカも公使館を閉鎖したと思います。

自由史観研究会理事 杉本幹夫

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突然の不躾な質問にも丁重なるご回答を賜り有難うございました。 先生のますますのご活躍をお祈り申し上げます。


3.朝鮮人の捕虜虐待・創氏改名の事実上強制について

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いつもお世話になっております。最近韓国のブログでは、朝鮮人のB級戦犯などは実は日本帝国主義の被害者であり、免責されるべきであるとの意見が発表され、英語圏のブロガーたちにひんしゅくをかっています。http://www.rjkoehler.com/2006/11/13/korean-war-criminals-cleared/

ところで、朝鮮人に関しては1944年から、徴兵が始まり、民間人に関しても徴用は1944年、官斡旋が1942年と理解しております。(日韓歴史問題の真実 西岡力)。ところが、監視になり後に戦犯者となるような朝鮮人に関しては、1944年以前から軍属として強制的徴用があったという意見がありました。http://www.occidentalism.org/?p=415#comment-9282

西岡氏の著書によると、p54「1944年・・・・朝鮮では軍属に限り1941年から適用されていた徴用令が全面的に発令された」とあります。

軍属に関しては1941年から強制的な徴用があったと理解してよろしいでしょうか? また、この規模などはどの程度のものだったのでしょうか?

それとまったく別の件で気になっていたことですが、貴著の教科書が教えない歴史4 P161で、創氏改名について事実上強制ということになっていますが、ここのところが今ひとつわかりません。例えば、名前を変えない人は学校へ来てはいけない、と言ったのは日本人の校長だったのでしょうか?また、他にも事実上の強制の例があったのでしょうか?例えば配給がもらえなかったというのは新聞小説に基づく神話に過ぎないというというのが金英達氏の結論ではなかったでしょうか?

■回答

さてご質問の件ですが、

1.軍属の徴用ですが、私の本でも1941年からになっています。この規模については調べていませんが、看護婦等特殊技能者が中心ですので、それ程多くではないと想像しています。

2.創氏改名とは朝鮮式の姓と、日本式の氏の二つの名前を持つと言うことです。所定の期日まで届出しない人は戸主の姓を以て氏とする事になりました。姓は変わらず、姓の他に氏を持ち、公式の名前は氏を以てするということです。

朝鮮は夫婦別姓ですので、夫の金さんは今まで通り金さんですが、金さんの奥さんの朴さんは、姓は今まで通りの朴さんですが、公式の名前である氏では金さんに変わります。そういう意味で法的な強制です。

自由史観研究会理事 杉本幹夫

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ご回答ありがとうございます。 創氏改名につき日本式氏の法的な強制があったことは了解しております。

そこで、問題は当該日本式氏に日本的氏への変更への事実上の強制と言えるものがあったか、どうかが問題となります。 例えば、貴著の教科書が教えない歴史4 P161で、創氏改名について事実上強制ということになっていますが、これはいかなることでしょうか?例えば、日本的氏に変更しない場合、学校へきてはいけないということでしょうか?そして学校へ行けないで朝鮮姓を貫徹したということでしょうか?

■回答(2)

教科書が教えない歴史4 P161の創氏改名については、宮田節子『創氏改名』かと思い、今見直していますが見つかりません。他の本だったかもしれません。ただ似たような文が、文定昌『軍国日本 朝鮮強占36年史』の中から「創氏しない家庭の子弟に対しては各級学校への入学・進学を拒否する」など具体的な強要方法を6項目引用されています。

この『軍国日本 朝鮮強占36年史』は朝鮮人の著作ですから信用できませんが、創氏した人が80%にも達すると言うことは、何らかの強制があったと思います。これは総督府の強制ではありません。国民世論によるものだと思います。

例えば今、韓国では金完燮の本が事実上発売禁止になっていますが、韓国大使は「韓国は言論の自由が保障されている」と主張しています。韓国民は激しやすい民族であり、彼が公衆の面前で暴行されても、警察が知らん顔では事実上言論の自由が無いのと同じです。

私は当時の朝鮮はそれに近い状態になっていたのではないかと思います。義勇兵の募集に対する応募率も尋常ではありません。応募しないと非国民と非難されるので、ともかく応募しようという人も多数いたのではないでしょうか。

宮田節子氏は国民精神総動員朝鮮連盟を通じての強制(世論操作)が大きかったと主張されていますが、私もこのような機関による世論操作の力が大きかったのではないかと思います。

自由史観研究会理事 杉本幹夫

■投稿(3)

ご回答ありがとうございます。 私としてはどちらでもよいのです。仮に事実上の強制があったとすれば、それは認めるべきだと思います。 しかし、一度言質を与えてしまうと、それを盾に河野談話のように執拗に濫用されることがあります。

事実上の強制については、例えば統治時代の体験談をまとめた黒い傘の著者(米人)が、without a Japanese name citizens could not enter schools, get jobs, or obtain ration cards. と書いている模様ですが、実態はどうだったのでしょうか?

例えば、京城日報では鄭特派員記・あるいは 朴常淳さん、あるいは、張忠源なる名前を見かけます。(1942年版)あるいは、朝鮮総督府道理事官 にも安炳軾という方の名前があります。あるいは、 『韓国巨文島にっぽん村』(中公新書 1994)の142ページに、著者は在郷軍人会の「巨文島分会史」という文献から、この島出身の朝鮮人で1942年以降戦死した次の6名の名前を記している。
 李権熙・金村実智夫・草川明輝・二木鐘南・二木長福・金村尚眩

確かに、地位のある人なので配給なしに生活はできたでしょうが、彼らのご子息は学校に行かなかったのでしょうか? また、このような地位のある人でなく、生活に貧窮していた人が配給なしに生活していけたかのでしょうか?疑問があります。 また、仮に学校から奨励のごときものがあったとしても、それをもって事実上の強制としてよいものか、疑問が残ります。 確かに、こうなるかも知れないという噂の類があったことは考えられますがこれまた時事上の強制としてよいものか、疑問が残ります。

先生のご回答によりますと、 警察が無視する暴行・非国民とされる・世論操作、ということが事実上の強制の例にあたるとのお考えが察せられますが、警察が無視するような暴行があったとすれば、確かに事実上の強制に違いありませんし、配給を停止されたならまたそれも事実上の強制と云ってよいかとは思いますが、世論操作をもって事実上の強制とするのはいかがなものがと考えます。この点いかがお考えでしょうか?ご回答頂ければ深甚に存じます。

■回答(3)

創氏した人が80%とのことですから、20%の人は創氏していないわけです。従って「巨文島分会史」6人中1人が朝鮮名であることは丁度その様な比率になりますね。又特派員の中に朝鮮名の人がいることには何の不思議もありません。

食糧の配給は行政制度に則ったものですから、創氏の有無が配給に影響されるはずがないと思っています。 ただ狂的な愛国者がラインの中にいるような場合、意地悪をされることがあったかもしれないですね。

自由史観研究会理事 杉本幹夫

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なるほど、非常に納得がいきました。 いつもありがとうございます。


4.韓国の読者です

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今日は

今日は 杉本先生と金完燮氏の本を読んだ後には、近代韓日歴史の視覚を決定的に変えるきっかけになりました.実は初めには好奇心によって接するようになったが,読むほどに徹底的な資料により、事実として感じるようになりました。最近には近代史と係わる本を図書館で約 7冊位を精読しました.たまに `自由主義史観研究会'と貴下のサイトに も訪問します.たとえ私が日本語が分からないが,日本語ウェプ翻訳を通じて 80%位は理解しています。(この文も日本語ウェプ翻訳を通じて送るのです)

たとえ貴下と協会は韓国で嫌やがる日本の右翼だが,個人的には貴下たちは言葉で真正な愛国者たちで貴下と協会の意見に 70-80%は同意します.真実の資料と意見を盛っているからです。

おかげさまで新しい視覚とその間無知だった真実が分かるようになり、有難く思っています. 韓国語に翻訳された協会の資料と諸本を読むことができないのが惜しいです. 韓国でもこんな諸本がもうちょっとたくさん翻訳されて読まれるように願います.

このごろにはかえって韓国は独立をしないで日本人で残っていたら,もっと幸せだったろう考えをたくさんするようになります.もちろん国家/民族は特定人の以上にあることはできるが,国民個人としては自分の幸せがもっと重要だからです.今は韓国と日本が別に独立された状態だが,ヨーロッパ共同体と同じく近い将来には一つの統合された地域に行くことで信じます.

遠くで(から)でも貴下と協会の安寧を祈ります.

■回答

私の考えを評価していただき、有り難うございます。

私の「植民地朝鮮の研究」が金完燮の出版社で翻訳されていることをご存じですか。 最もその出版社は倒産したやに聞きましたが。

自由史観研究会理事 杉本幹夫

■投稿(2)

返事ありがとうございます.

貴下の著書 `植民地朝鮮の研究'は金完燮氏から買い、3回読んだし,関心ある部分は 5回以上読みました.おかげさまで韓国の近世史認識を変えることができる 決定的なきっかけになった点にもう一度感謝いたします.

金完燮氏とは2回位お逢いしました。彼の財政状態が良くないようです。大韓皇室復元委員会の御用団体によって裁判に巻き込まれて敗訴となったことも分かっています...上の団体では大学図書館,市立図書館,都立図書館に有害な図書で分類されています...金完燮氏の諸本は事実上販売禁止状態で,貴下の本も同じでした...

切ない事に違いないです.貴下の本がたくさん売れると韓日関係に真正な発展を成すことができるし,金完燮氏の財政状態も好転すると見ます.

■回答(3)

大変評価していただき有り難うございます。

植民地研究会だったと思いますが、韓国ではカーター・エッカートに触発された「植民地発展論」に属する論文が次第に増えていると聞きましたが、如何でしょうか。

その様な論文が増え、保守系の大統領に代わると、韓国も少しは変わってくるのでないかと期待しています。 もし金完燮氏にお逢いするチャンスがあれば、「頑張って下さい。復活されることを祈っています」とお伝え下さい。

自由史観研究会理事 杉本幹夫

■投稿(3)

反日性向の近世史教育がいまだに改善されていません。最近には植民地歴史を客観的に解釈する (先生が言及された本はまだ読んでいません。) 論文と諸本が少しずつ出て いるが,大衆的な気を引くことはできません. 先生が指摘した論文/本などの発表と出版は韓国政府機関に疑心される団体によって牽制を受けているようです.

根拠は

1, `解放前後史の認識'という本は植民地時代に対して左派性向の本で?政権によって勧奨される本です。 これに対する反論で `解放前後史の再認識'(植民地朝鮮に客観的) という本は書き始 めで、多くの牽制を受けたことを明らかにし、最近出版されました。

2,先生と金完燮氏の事例でも明らかになります.

3,高等学校在学時に(約 20年前) 歴史教師の言及の記憶が鮮やかです。間違ったことは外勢の過ちで,よくできた部分は我が民族の自慢というふうに教育しなさいといわれました。すなわち,近世史教育が誤った事実が分かっているが,大学入試では国定教科書内容で出題されるから真実と教育の間で迷うと言うことです

4,右翼系列の著述家・池萬元さんの親日(客観的で,不幸な過去を教訓にして繰り返さない要旨) 内容は反日教育を受けた大多数の韓国人によって多くの非難と苦痛を甘 受しなければならなかったです.

韓国は民主主義の国だが,実質的には統制を受けていることをよく分かっていると見ます.. 私も保守層傾向の政権が集権するのを願うが,ちょっと難しそうです.現在の有力野党候補者たちまでも左翼系列に疑心されるからです. したがって様が指摘した本/論文は歴史を専門的に研究す る学者と歴史に特別に関心が多い個人にだけ読まれそうで,反日教育を受けた大多数韓国人個人たちがたくさん読まれるには多くの時間と努力を必要そうです.一番早い方法は日本政府の外交力を動員して歴史教科書を改正することと、韓国の放送と言論が先に立って真実を広報することが必要と考えられます.


5.ホームページ中の南京関連の記事がイタリア語に翻訳・出版されました。

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昨年貴方の英語のサイトの記事を、アイリス・チャンに対する反駁の為使用する許可を頂きました。

「南京ー1937年12月」(イタリア語)が完成しましたので、1部お送りします。

Jiyu-Shugi-Shikan Kenkyu-kai "Nanchino decembre 1937"
Storici giapponesi confutano il presunto massacro e fuuno chiarezza
A cura di Francesco M. Pitzua
EFFEPI