1. 「アメリカの歴史的分岐点」について教えて下さい。

■投稿

教育を歪め日本を貶める「不逞の輩」に鉄槌を浴びせる貴会の活動、いつも 頼もしく拝見しております。

さて当方、先日その不逞の輩と歴史論争になった際、ある件で答えに窮して しまいました。 はなはだ情けないこととは存じますが、是非有効に反論致したく、諸兄諸氏 にお知恵を請う次第です。

その件とは「歴史上、米国はいつから善といえるようになったのか?」とい うものです。 戦前、蒋介石と結託して日本を戦争に引きずり込み、戦時中は無差別攻撃に よって無辜の住民を殺傷し、戦後は平和憲法を押しつけて東京裁判を強行した米国 は、間違いなく悪だったはずです。

しかし、朝鮮戦争では金日成の野望をくじき、ベトナムの赤化を止め、フセ インを懲らしめて世界の平和をリードしようとする今の米国は、善に違いありませ ん。 「その切り替わりが余りにも短期間ではないか?」というのが彼らの指摘なので す。

戦勝国である米国には体制の変革も憲法の改正もなかったのですから、戦前 と戦後はあくまで連続してるはずだというのですが... 当方もすかさず「いや、戦前の米国は共産主義に毒されていた。現に戦後、 レッドパージというのもあったではないか。」と反論しました。 ですが、「米国政府自身が『共産主義に毒されていた』というのを公式に認 め、歴史書(歴史教科書のようなもの)にも記されているのか?」と再反論される と、当方も不勉強なため、答えに窮してしまいました。

さらに「靖国神社に眠る英霊とやらは『鬼畜米英』を信じて戦ったはずで、 彼らに今の米国のありかたを何と説明するのか?」と追い打ちを掛けてきました。 親米保守の立場から見た「米国の歴史的分岐点」とは、どの辺りにあったの でしょうか?それともこの論議自体に、何かおかしな点があるのでしょうか? 当方もこのままでは悔しくてなりません。是非ともよろしくお願い致しま す。

■回答

HPスタッフの渡辺と申します。まず、お返事が遅くなっりましたことをおわ びいたし ます。 今、読ませていただきましたが、これは左翼の方が考えられたひっかけクイズ のような気もします。

「米国が敵になることも味方になることもあった」、というだけのことです。 米国も自国の利益のためにはエゲツナイことをすることもあるでしょう。例えば、英国 に対しても同盟を結んでいた時もあれば戦った時もあります。今は友好的でしょう。

それだけのことだと思います。靖国神社の英霊もそんな馬鹿じゃないですよ。 日清戦争の時の英霊が日中国交に怒るかといえばそうじゃないでしょう。そんなこと言 えば一度争った国とは永久に闘わなければならなくなります。もし先の大戦の英霊が、 怒るとすれば中韓による歴史認識や靖国神社否定の強要に対してでしょう。靖国神社の 英霊は戦士の心も持っている方も多いと思います。

もちろん我が国の立場にたっての他国の評価です。その左翼の人は、日本の立 場にたっていないのじゃないかなと思います。そこが問題だと思います。反日本の立場 にたって 、何かこねくりまわして理屈を考えようとしているのかな?と思います。その 方の『米国政府自身が『共産主義に毒されていた』というのを公式に認め、歴史書(歴 史教科書のようなもの)にも記されているのか?』という発想自体が、ズレていると思 います。

取り急ぎ、ざっと感じたまま書きました。

自由史観研究会会員 渡辺龍二

■投稿(2)

HPスタッフ・渡辺様 丁寧なご回答、ありがとうございました。

なるほど、確かに相手のペースに乗っていたかも知れません。 どうも彼らは物事を、敵か味方か、右か左かと単純化する傾向があるようです。 あるマルクス経済学者など「現実の出来事は全て例外だ」といってましたから。

「日本の立場にたっているか?」を基準にすれば、話は分かり易いですね。 当方ももっと勉強が必要だと痛感しました。 今後ともご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。

■回答(2)

こちらこそ、簡単な返事ですみませんでした。

たぶんその左翼の人は、日本と戦ってつぶした時のアメリカは善で、現在のアメ リカは悪だと評価しているのかもしれませんね。それを裏返して、変な問いかけをして きたの かもしれません。

新聞やテレビではまだまだ左翼の人たちが強いようです。 もにがんばりましょう。 今後ともよろしくお願いいたします。

自由史観研究会会員 渡辺龍二


2.南京城内の掃討戦について

■投稿

 自由主義史観研究会の活動は以前から応援していました。サイトの内容を興味深 く拝見させていただきました。 今回、メールを送らせていただくのは、南京論争について思うところがあったため です。

 南京事件についてはそれなりに知識を持っているつもりでいました。 その上で、このような認識を持っていました。

「日本軍による組織的な非戦闘員の虐殺は全く無かった。あったのは安全地区にお ける掃討戦での便衣兵狩りだった。 ただし、この中に間違われて処刑された非戦闘員も相当数いたかもしれない。」

 例えば、掃討戦について、このような日記の記述があります。
「若者を百数十名を引き立ててくる。家族であろう母や妻らしいのが大勢泣いて放 免を頼みに来る。 市民と認める者はすぐに帰し、36名を銃殺する。」

 私は長い間、この記述を「処刑された36名は便衣兵の疑いがあったから処刑され 、100名程度は非戦闘員だったから助かった」 と解釈してきました。すなわち、処刑された36人の中にも南京市民がいた可能性が ある、と。

 しかし、改めて東中野教授の検証本を読み返してみて、これは根本的に認識が間 違っているのではないかと気がつきました。 というのも、当時100万人いた南京市の人口は、大規模な避難で数十万(?)に激減 していたわけですが、 その時点でもなお南京市内に居残っていた成人男性は、ほぼ全員が兵士として狩り 出されていたということです。

・蒋介石は南京死守命令を出していた。
・南京に到着した国民党軍は戦力が不足していたので南京市で兵士を現地補充して いた。
・証言によれば、南京防衛には市民や軍服を着た10〜12歳の少年兵までもが雑用に 狩り出されていた。
・ダーディンによれば「戦えるものは誰でも狩り出されていた」らしい。
・そもそも、シナ軍の戦法とは各地で兵士を現地調達するというもので、非戦闘員 と兵士の明確な区別など無かった。南京戦でも同様であった。
・南京城内に入った兵士の日記では「若い者がどこに行ってもいないこと」を驚い ている。
これらの証拠は全て「南京虐殺の徹底検証」にとっくに書かれていたことです。 しかし、恥ずかしながら私は「兵士」と「一般市民」と「便衣兵」という三種類の 人間は明確に分類できるものだという、近代的な軍隊の常識 をそのまま当てはめて考えてしまっていたため、「中国軍の本質」を全く理解でき ていなかったのです。

当時南京にいた成人男性達は、ほぼ全員が「兵士」と「一般市民」と「便衣兵」の 要素を同時に併せ持った存在だったと考えると、 掃討戦に対する理解は根本的に変わってきます。

「目につく若者は全て狩り出してくる」 という、日記に記述された掃討戦の方法は一見極めてずさんに映りますが、実は現 地の実情を理解していたが故の、当然の処置だったこととなります。 そして、かばいだてしてくれる家族も知人もいなかった、処刑された6670人の成人 男性の中に、 純粋な意味での非戦闘員がいる可能性は極めて小さいと考えざるをえません。

あるとすれば理論上、 「南京戦には一切係わり合いを持ったことも無く、しかも天涯孤独の身である南京 市民」 というかなりレアなケースに限定されるわけです。 むしろ、逆の可能性。処刑を免れた成人男性が、 「軍服を着せられて『にわか兵士』となった『もと南京市民』が軍服を脱いだ『便 衣兵』」 という、極めてややこしい存在だった可能性のほうが大きいわけです。

先の日記の例でも、助かった100名程度の南京住人は「便衣兵ではなかったから助か った」のではなくて、 南京在住であるがゆえに、かばってくれる知人や家族がいた便衣兵だったから温 情で助けられた」 と解釈すべきではないでしょうか。

 一方、逆の見方をすれば、処刑された便衣兵たちの多くも元を正せば、他の地方 でいきなり強制的に 兵士として狩り出された「元一般市民」だったかもしれません。つまり彼らが処刑 されたのは、 「便衣兵だったから」ではなく、 「他の地方出身であるが故に、かばってくれる知人や家族がいない『元一般市民』 だったから」 と言うこともできます。戦時国際法上では仕方がないこととはいえ、考えてみれば これも哀れなことです。

また、掃討戦に限らず一般論としても、一部の軍規違反の日本兵によって殺害さ れた「純粋な意味での非戦闘員」がいるとなると、 大雑把に言えば「女性、子供、老人に限られる」こととなります。そして、南京城 内の遺体の埋葬記録は、水増しの疑いの強い 紅卍会の記録をうのみにしても、女性と子供は「1793体中34体」となります。

結局、日本軍による「純粋な意味での非戦闘員」の死者は、誤殺も含めて「ほぼ 0人だった」と推測するのが正しいのではないでしょうか。 この考察について、是非意見をお聞きしたく思います。

■回答

HPスタッフの渡辺と申します。

いわゆる南京虐殺における、一般市民と兵士との区別の問題ですね。 成年男子のすべてが兵士であったということを証拠づけるのは難しいのではないか と思います。また兵士でない成年男子の証拠もありますしね。それと中国軍に少年が混 じっていることはよくあることです。

貴兄の下記のご意見は、おっしゃるとおりだと私は考えています。

『先の日記の例でも、助かった100名程度の南京住人は「便衣兵ではなかったから助 かった」のではなくて、「南京在住であるがゆえに、かばってくれる知人や家族がい た便衣兵だったから温情で助けられた」と解釈すべきではないでしょうか。』

他地域の兵士はかばってくれる知人や家族どころか、言葉も通じなかったはずです 。そしてそういう兵士は南京の市民にとっては危険な存在です。通常そういう旧兵士は 徒党を組んで虐殺や略奪をします。また逆にそういう旧兵士がなにかのひょうしに村人 に捕われると残虐に殺されます。それが中国の歴史では普通です。中国の庶民にとって は、言葉も通じないのですから、日本軍と他地域の中国兵はたいした違いはありません 。

だからそういう常識から言えば、略奪や殺害をおこなったのは敗残兵であると考え るのが普通です。そして日本軍が便衣兵を掃討した後は事件も減ります。稀には日本兵 の個人的犯罪もあったかもしれませんが、一般的に南京の日本軍は規律がきびしいし夜 に外出することはできませんしね。

特に欧米人には、日本軍の兵士と区別がつかなかったのではないかと私は考えてい ます。軍服も非常に似ているし、日本兵の軍服も長い野戦で汚くなっています。欧米人 は顔を見ても日本人と中国人の区別がつきませんしね。さらに欧米人は先入観と親中反 日の立場から、噂や伝聞で聞いた事件をすべて日本兵のしわざときめつけたのでしょう 。もっとも、ご承知のとおりそういう噂を含めてもいわゆる南京大虐殺からは程遠いの ですが。

ただ、以上を確定的に証拠づけるのはちょっと難しいかもしれません。当時の一次 資料は安全地帯の欧米人の記録ですが、彼等は日本兵のしわざと信じ込んでいるか、そ れとも確信犯ですから。貴兄がいくつかの証言や証拠できちんとお考えをまとめら れましたら、ぜひこのHPに投稿してください。実名で発表して、大きな 発見 、有力な主張になるかもしれません。

南京事件の映画が作られたようです。真実のために、共にがんばりましょう。今後 ともよろしくお願いいたします。

自由史観研究会会員 渡辺龍二

■投稿(2)

返信ありがとうございました。

もともと、中国については人口、兵士の数など信頼すべき資料は皆無でありますし 、南京関係の一等史料や証言がほぼ出尽くした今となっては、南京市民のどれくらいの 割合が兵士として狩り出されたのか、すななち「殆ど全員」なのか「大多数」なのか「半数 程度」なのか、については正確な検証は不可能でしょう。

 しかし、いずれにしても今回の考察は、これまで疑問に思っていたことのいくつか が、嘘のように氷解したという点でも有意義でした。 何故に、国民党軍はあれほど弱かったのか。また、あれほど簡単に軍服を脱ぐのか。 それはそもそも「正規兵」たちが正式な訓練を 受けてこなかった素人がかなりの割合で混ざっており、自分達が兵士であるという自 覚が皆無だったからなのでしょう。

 また、投降兵に対する日本軍の処置が、多くの場合「武装解除の後の追放」である ことには、長い間疑問に思っていました。 武装を解除したとはいえ、兵士を解放してしまっていいのだろうか、と。 しかし、現場の日本軍は、中国軍の本質をよく判っていたのだろうと思いました。 なかば強制で戦わされていた素人集団ですから、指揮官から解放されれば、散り散り になってしまうのでしょう。 少なくとも、追放した兵士がそっくり同じ編成で武装化して戦線に復帰するというこ とはありえないと思います。

 言語の問題については、私は完全に見落としており、目からうろこが落ちました。 確かにあの大陸は、50もの言語が入り乱れる世界だったのですね。 部隊の内部でも言葉が通じないということはあったでしょうから、それも国民党軍の 弱さの理由でしょう。

 南京論争については、諸先生方が精力的に研究をして下さっています。私はそれを 観察するよき観客でありたいと思っています。 そして、それらの研究内容を一人でも多くの人に伝えていくことが、真実をいずれは 明らかにしていく手段だと思っています。

 日本の状況はドイツよりも遥かに明るいと思います。ドイツでは、ホロコーストに 疑いを持つこと自体が違法という、 言論、学問の自由とは程遠い野蛮な法律で検証の道を自ら閉ざしてしまいました。

 しかし、日本では少なくとも南京虐殺が無かったとする研究書を発行することも、 そのような検証番組をTVで放送することも違法ではありません。ネット時代の到来もあ って、南京論争は急速に広まりました。 現在では教科書レベルでも「南京論争が存在するという事実」を表記できるようにな りました。 「南京虐殺の否定=極右」というレッテルが貼られていた時代のことを思えば隔世の 感があります。

 まだまだ完全解決までの道のりは長いでしょうが、決して見通しは暗くないと思い ます。

例の南京映画についても、気が重い話ではありますが、見方を変えれば、あれは中国 側の焦りの現われでもあるでしょう。 チャンネル桜で「反南京プロパガンダ映画」を作るという噂を耳にしましたが、さま ざまな形での反論で、 返り討ちにするチャンスかもしれません。

 サイト運営がんばってください。応援しています。それでは良いお年を。

■回答(2)

貴重なご意見ありがとうございます。

『南京市民のどれくらいの割合が>兵士として狩り出されたのか、すななち「殆ど全員 」なのか「大多数」なのか「半数程度」なのか、については正確な検証は不可能でしょ う』

上記のように貴兄がおっしゃる通りかもしれません。ただ貴兄が何かで上記の ことをご検討できましたら、南京事件の研究をさらに一歩進めることができると思いま す。

それと国民政府軍と言っても、蒋介石の直轄の部隊や地方の部隊でいろいろと違いはあ ると思いますが、下記の貴兄のご意見は一般的にその通りだと思います。
『追放した兵士がそっくり同じ編成で武装化して戦線に復帰するということはありえな いと思います』

ただ、部隊内で言葉が通じないということはあまりないと思います。また貴兄の下 記のご考察もその通りだと思います。
『日本では少なくとも南京虐殺が無かったとする研究書を発行することも、そのような 検証番組をTVで放送することも違法ではありません。ネット時代の到来もあって、南京 論争は急速に広まりました。現在では教科書レベルでも「南京論争が存在するという事 実」を表記できるようになりました。「南京虐殺の否定=極右」というレッテルが貼ら れていた時代のことを思えば隔世の感があります。まだまだ完全解決までの道のりは長 いでしょうが、決して見通しは暗くないと思います。』

共にがんばりましょう。世界に対しても、私たちの手で真実を!

自由史観研究会会員 渡辺龍二


3.「硫黄島からの手紙」について

■投稿

天皇誕生日(いわゆるA級戦犯のご命日)に「硫黄島からの手紙」を観ました。 大部分は感動的で良かったのですが、どうも憲兵をナチスのゲシュタポかSSと でも思っているかのような描き方があり、気になりました。憲兵が、主人公のパ ン屋に出向き、製品を取り上げたり、パンを作る道具を鉄の供出と称して取り上 げたりしたのでしょうか。また、夜遅く、国旗を掲げていない家(普通は日中だ け掲げ、夜には仕舞うはずなのに、なぜか夜各戸が掲げている)に憲兵が叱責 し、更に吠え立てた犬を撃ち殺すなど、あり得たのでしょうか。街中で銃砲を無 闇に撃てるほど憲兵に権限があったとは思えません。

 また、憲兵を命令違反で辞めさせられた兵士が、主人公よりも星が多い(主人 公は星二つ、元憲兵は三つ)のもおかしいし、星一つ違えば天地の差がある軍隊 で、敬語も使わないのもおかしい。

 冒頭、塹壕を掘ることに不満を漏らした兵士を上官(中尉)が鞭打ちをしてい たが、そのような暴行はあり得たのでしょうか。鉄拳制裁で済ませたのでは。 天皇陛下から下し賜れた鉄砲を、「ライフル」と三度くらい呼んでいましたが、 興ざめでした。

 細かいことですが、折角硫黄島での我が将兵の奮闘を描いたのですから、リア リズムに徹して欲しかったと思います。ただ、私の知識不足で、憲兵が、民事に も介入して、パンを取り上げたり、街中で犬を射殺したような事例がございまし たら、ご教示下さい。

■回答

HPスタッフの渡辺と申します。

映画「硫黄島からの手紙」は私はまだ観ていませんが、今年は邦画が予想外に人気があ るようですね。

さて、 『憲兵が、民事にも介入して、パンを取り上げたり、街中で犬を射殺したような事例』 があるかということですね。

貴殿のおっしゃるとおり、考えられないと思います。民間人がそういうことをすれ ば警察が逮捕しますが。兵士がそういうことをすれば憲兵(米国流に言えばMP)が逮 捕します。

ただご承知のとおり金属の供出などはありました。それがなぜこうなったのでしょうか 。それを想像するに、映画の製作にあたっては日本側の資料を調べたと思います。その 資料に左翼的な人の作った資料が多いのだと思います。現在の日本国内の思想状況が影 響しているかもしれません。そういう影響からこうなったのではないかと思います。

また、おっしゃるように日本では一般的に鞭打ちというのはないです。鞭で打ったとい うのなら、たまたま乗馬用の鞭を持っていた時にカッとなってというような状況でしょ う。鞭打ちの刑は西洋ではポピュラーだったと思います。

ただ、兵隊の敬語の件については、日本の兵隊の間では星の数よりメシの数というよう に階級より年次が優先されたり、個人的関係とか、一概には言えないのではないかと思 います。

いろいろと情報をありがとうございました。私たちは、米国に対しても正しい情報を提 供していかなければならないと思います。今後とも日本の国の名誉と国益のためによろ しくお願いいたします。

自由史観研究会会員 渡辺龍二

        

■投稿(2)

 先日書かせて戴きましたが、その後「硫黄島からの手紙」でおかしいと思った ことを思い出しまたので、改めて書かせて戴きます。

 すり鉢山がいよいよ陥落ということで、自決を命じられた兵士が、立ったまま 手榴弾を顔の前で爆発させていました。あれでは破片が周囲に飛び散り、他の兵 士が傷つくはずです。あのやり方は、かつて赤軍はイスラエルの空港で一般人を 虐殺した後で自殺したときのやり方ではないでしょうか。私も実際には知りませ んが、手榴弾で自決するには、座って、腹に手榴弾を抱えて爆発させると思うの ですが、いかがでしょうか。

 「硫黄島からの手紙」は全体としては優れた映画ですが、間違いや偏見が散見 され、それを探して批判する楽しみもある映画でした。

■回答(2)

おっしゃるように『偏った見方が出ていたり、間違った時代考証があっては、歴史を知 らない若者には間違った戦前の我が国の姿を教えかねません』だと思います。私もでき れば映画を観にいかねばと思います。

自由史観研究会会員 渡辺龍二

■回答 B

手榴弾による自決について非常に具体的で理にかなったやり方を記述した戦記を思い出したので紹介いたします。

出典は菅野静子さんの「サイパン島の最期」(昭和34年・出版共同社)です。特志看護婦だった著者が、勤務していた野戦病院が敵に包囲されてついに自決を決行します。

「私は手榴弾を握った。瞬間、心が凍るほどの冷たい感触・・・これで死ぬんだ・・・と思った。生きられないかしら?  と、ちらと掠めた。お母さん! と叫びたかった。だが、手は手榴弾の安全ピンを抜いていた。そして、かねて用意していたおいた石に、体ごと叩きつけた・・・。」

もはや説明の要らない周到なやり方ですね。著者は腹部に相当な重症を負い人事不省のところを米兵に救出されます。 おっしゃる通り、自分で自分の顔を吹き飛ばすというやり方は日本人にはないのではないでしょうか。

尚、元憲兵の回想シーンは悪意がありありです。また全編を流れる重奏低音には、日本兵が敵前逃亡をしなかったのは何か大きな外部からの強制的な力があったのだろうという米国人特有の先入観でつくっていました。日本人の深層に迫りきれていない、勝手な解釈が目障りな、まことに不愉快な映画でしたね。がっかりでした。

伊藤  伉

    

■投稿(3)

御教示有り難うございます。テルアビブ空港での虐殺事件の犯人のやり方は、 当時流行っていた忍者漫画で、忍者が身元を明らかにしないように顔を潰したこ とを真似たのではないかと愚考して居ります。それを我が皇軍の兵士にさせたこ とに、私は義憤を覚えました。