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■投稿
自由主義史観研究会殿
■感想
ええー?と言う投稿ですが、言われてみると、本当にアメリカ人は残酷ですね。
自由史観研究会理事 杉本幹夫
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■投稿(1)
貴研究会発行の「歴史と教育」第109号(平成19年1月号)の記事に就き質問があります。
■回答(1)
質問有り難うございます。 1.開戦及び敗戦責任です。日本では政治はすべて行政当局の責任で行われます。従って天皇の戦争責任はないことになっています。 しかし同時に(日本人の)慣行として、実質的に責任がなかった人でも、最終的にはんこをついた責任を問われます。その意味で昭和天皇は責任を取り、退位なさるべきだったと思います。 2.日露戦争は勝った戦です。戦争責任を取る理由がありません。 3.戦争の大義の定義がよく分かりません。 正義の戦いであったとしても、戦争に負け、あれだけ多くの犠牲者を出せば、指導者として責任を負わざるを得ないと思います。 自由史観研究会理事 杉本幹夫
■投稿(2)
早速の回答ありがとうございました。
■回答(2)
商売でも何でも勝った事について責任を問われるという話しは聞いたことがありません。しかし失敗をすれば責任を問われます。
但し、天皇について、当時有効であった明治憲法には、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」(第3条)とあり、責任の追及は出来ないことになっていました。
自由史観研究会理事 杉本幹夫
■投稿(3)
回答ありがとうございました。
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■投稿(1)
スタッフの皆様ご苦労様です。頑張ってください。
■回答
ご返事が遅くなって申しわけございませんでした。HPで質問などに対してのボランテ
ィアをしている渡辺と申します。
渡辺 龍二 |
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■投稿(1)
硫黄島の戦いが知られるようになり、喜ばしいことですが、栗林中将の最後の
電報にあった歌について、少々疑問があります。「国の為重き努めを果たし得る
で矢弾尽き果て散るぞ悲しき」の結句を「口惜し」に誰がどのような意図で直し
たかです。大本営が「悲しき」では戦意高揚にならないとして変えたといわれて
いますが、果たしてそうなのでしょうか。いわば辞世の歌を大本営の一軍人が勝
手に変えられるとは思えません。しかるべき歌人に添削を依頼したのではない
か、と考えているのですが、いかがでしょう。
米山 高仁
■回答(1)
「栗林忠道の辞世の歌」についてのメールの論考を興味深く読ませていただきました
。
渡辺 龍二
■投稿(2)
お返事有り難うございます。短歌を始めてまだ3年目の私ですので、歌の優劣 はまだ良く分かりません。辞世の歌を誰がどのような意図で変えたのか、単に戦 意高揚だけで変えたのか、興味があるのです。もし、お調べになって何かお分か りになりましたら是非御教え下さい。 米山 高仁
■回答(2)
3年も短歌を勉強されておられるなら、私のような素人よりずっと適確だと思います。
その米山さんが優劣がわからないというのなら実際そうなんでしょう。私の優劣は、単
に好みでつけた優劣です。幼稚な判断です。「悲しき」は昔の常套句で「口惜し」の方
が心情があらわれていて良いのかしれません。
渡辺 龍二 |
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■投稿(1)
歴史論争最前線の皆様に宛ててお便りいたします。
■回答
こんにちは、HPの質問のボランティアをしている渡辺と申します。
韓国の歴史教科書の記述についてですね。
渡辺 龍二 |