授業報告
究極の愛
自衛隊パイロットと特攻隊員


渡辺 毅(三重県公立中学校教諭)

■ねらい

自己犠牲も厭わず、社会や国のために尽くした先人(自衛隊のパイロット・特攻隊員)に敬愛の念を深め、社会や国の発展に努めようとする心情を育てる。

《発問1》

こんな場面を思い浮かべてみてください。今日は大事な高校入学試験の当日です。朝寝坊してしまったので、入試開始時間まで間に合うか間に合わないかギリギリというところで家を出ました。道を急いで走っていると、うんうんうなりながらしゃがみこんでいる大きなおなかをした妊婦さんに出会いました

不運にも、そこにはあなたと妊婦さん以外誰もいません。近くに家も学校もありません。(いちばん近いのが自分の家で十分かかる、学校へは一時間十分かかる)。もちろん、公衆電話もありませんし、ケータイも持っていません。最も速く救急車を呼ぶには、もう一度自分の家にもどらなければ方法がない。でも、もどれば絶対に入試には間にあわない。このとき、あなたならどうすると思いますか。

(生徒の反応)
・正直助けてあげたいが、大事な入試なので逃げるようにその場を走り去って行く
  と思う。でも、入試が終わった後、助けられなかった自分を責め続けると思う。
・全速力で走り、人のいるところに行って助けを求める。
・自分の不運を嘆きつつ、妊婦を助けると思う。
・声をかけるけど、何もできないと思う。頭の中が真っ白になると思う。
・自分で救急車を手配して病院まで送る。その結果、入試に間に合わなくてもか
  まわない。

(教師の感想)
人として困っている人を助ける。ふつう誰でもそうしたいと思うでしょうね。ところが、自分の大事なものを犠牲にして、他人を助けるということは、ひじょうに難しいことなんですね。私も、もしそういう難しい場面に遭遇したら、ひとを助けずその場から逃げ出すかもしれない。けど、たぶんその後、自分はなんて勇気のない人間なんだと、長いこと(たぶん一生)自分を責めるでしょうね。

◇平成十一年十一月二十二日に埼玉県狭山市の入間川河川敷に墜落した事故現場の写真(産経新聞)を見せる。


《発問2》


この写真には何が写っていますか。

(生徒の反応)
・たくさんの家
・何台かの消防車。
・何か白い物。

(説明1)
平成十一年に航空自衛隊の飛行機が墜落した写真です。このとき四十代の働き盛りの二人のパイロットが亡くなりました。

(説明2)
 そうですね。飛行機はこの民家の上空を飛んでいました。ですから、ここで脱出したら、飛行機は民家に突っ込んで大惨事が発生する。 それがわかっていたパイロットたちは、民家のない安全な場所まで飛行機を何とか操縦していって墜落したのでした。このように自分の大切なもの、特に自分の命を犠牲にして、人を守ったりすることを、キリスト教の聖書では「人その友のために己の命を棄つる、これより大なる愛はなし」と言っています。

◇「人その友のために己の命を棄つる、これより大なる愛はなし」と書いた紙を黒板に貼る。

(指示)
では、最後にこのプリントを読みます。読み終わったら、今日の授業でわかったこと、考えたことを紙に書きましょう。

◇プリント「究極の愛」〈『道徳の教科書』所収〉を読み、感想を書かせる。

「究極の愛」

命を捨てて大惨事を防いだ二人のパイロット
自分の身体を大事にして命を粗末にしないこと、これはふだんの生活をしている場面では当然の考え方です。 ところが、たいへんな災害や事故が起きた“非常”の際には、「自分の命を大事にする」では、対処できない事態に直面することがあるのです。

平成十一年、航空自衛隊の飛行機が墜落(埼玉県入間川河川敷)し、乗っていた二人のパイロットが死亡するという事故がありました。 事故の直前、飛行機の異常に気がついたパイロットたちは、非常脱出装置で脱出すれば助かることが可能だったそうです。

ところが、そのとき飛行機は、街の民家の上空を飛んでいました。脱出すれば飛行機は失速して、街中に墜落して大惨事が発生する。それがわかっていたパイロットたちは、民家のない安全な場所まで飛行機をなんとか操縦したのです。もし彼らが、自分の命は絶対危険にさらしてはならないという判断で脱出していたら、飛行機は街中に突っこんで、多くの死傷者が出ていたでしょう。

この二人のパイロットの死は、非常の場面に直面したとき、人間は自分の命を捨ててでも大切なものを守るという場合もある、ということを教えてくれています。


戦死者の尊い犠牲により生かされている私たち


先の大東亜戦争という“非常”事態に、日本国民を守るためにみずからの生命を犠牲にした多くの若者たちがいました。

フィリピン人のダニエル・H・ディゾン画伯は、日本の神風特攻隊の本を読んで、「涙がとまらなかった。こんな勇気や忠誠心をそれまで聞いたことがなかった。同じアジア人として誇りに思います」と感激し、特攻隊が初めて飛び立ったといわれるルソン島西部のマバラカットの市長に進言して、その慰霊碑を建立してくれたそうです。

碑文には、こんな文字が刻まれました。 「神風特攻は、すべての世界史の記録に例のない壮挙である」
命を懸けての自己犠牲は、国境を越えて、かくも人の心を打つのです。戦死した方たちの尊い犠牲によって、日本の尊厳は世界に向かって示されました。
戦死者の「命懸けの自己犠牲」という究極の愛によって生かされ、今日の日本を築き得た私たちは、その気高く勇気ある行為を忘れることなく、後世にいつまでも伝える義務があると思います。それが戦死者の方々への、私たちのせめてもの感謝の証しになるのです。 最後に、戦死者の方々をしのぶよすがとして、神風特攻隊で戦死された方の遺書を掲げて、結びとしたいと思います。

 
遺書

林 市造
海軍少尉・特別攻撃隊員・昭和二十年四月十二日沖縄にて戦死。二十三歳
母宛 昭和二十年四月十一日

お母さん、とうとう悲しい便りを出さねばならないときがきました。

「親思う 心にまさる親心 今日のおとずれ なんときくらん」この歌がしみじみと思われます。本当に私は幸福だったのです。わがままばかり通しましたね。けれど、あれも私の甘え心だと思って許してくださいね。

晴れて特攻隊と選ばれて、出陣するのはうれしいですが、お母さんのことを思うと泣けてきます。 母チャンが私をたのみと必死で育ててくれたことを思うと、何もよろこばせることができずに、安心されることもできずに死んでいくのがつらいです。

私はいたらぬ者ですが、私のことを母チャンにあきらめてくれと言うことは、立派に死んだとよろこんでくださいと言うことは、とてもできません。けど、あまりこんなことは言いますまい。母チャンは、私の気持ちをよく知っていられるのですから。

この手紙は、出撃を明日にひかえて書いています。ひょっとすると、博多の上を通るかもしれないので、楽しみにしています。かげながら、お別れしようと思って。

でも、私は技量抜群として選ばれるのですから、よろこんでください。私たちぐらいの飛行時間でも第一線に出るなんか、ほんとはできないのです。

ともすれば、ずるい考えに、お母さんのそばに帰りたいという考えにさそわれるのですけど、これはいけないことなのです。「許してください」と、これはお母さんに言わねばなりませんが、お母さんはなんでも私のしたことを許してくださいますから安心です。

私は、お母さんに祈ってつっこみます。お母さんの祈りはいつも神様はみそなわしてくださいますから。この手紙、絶対に他人にみせないでくださいネ。やっぱり恥じですからネ。もう死ぬということが、なんだか人ごとのように感じられます。

いつでもまた、お母さんにあえる気がするのです。 あえないなんて考えると、ほんとうに悲しいですから。

(『道徳の教科書』渡邊毅著 PHP研究所 296頁〜299頁)
(辺見じゅん編『父へ、母へ、最後の手紙「昭和の遺書」 』所収)
※仮名遣いを現代仮名遣いに直し、漢字表記や読点のつけ方を一部改めました。


■感想を発表させる


(生徒の感想)

・自分はどこまで他人のためにできるのかと思いました。やはり自分が一番かわいいと思います。最初の「高校入試」の場面でも、私は心がゆらぎました。しかし、自衛隊のパイロットや特攻隊の人たちは、自分の命を犠牲にして他の人を助けていました。人生において選択しなければいけない場面がこれから出てくると思います。そのとき、自分が後悔しないように選択をしたいと思います。

・たしかに自分の大切なもの、命を失ってまで行動することは難しいことですが、それをあえて行おうというところに人としての大切なものがあるのだと感じました。

・特攻隊で亡くなられた方々は、私たちのために戦場に散っていったのだと思うと心が打たれます。私たちができることで、小さなことでも困った人がいたら、助けるようにできるような社会にしていきたいものだと思います。

・いま僕たちが平和に生きていられるのは、特攻隊の人たちが命をかけて戦ってくれたおかげです。それを考えれば、自分の命は大切にしたいと思います。

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