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喜びと共感の縄文授業

2002.06.17/産経新聞東京朝刊掲載

齋藤武夫(自由主義史観研究会副代表・さいたま市立島小教諭)
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歴史の授業は縄文時代の人々の暮らしから始まる。ご存じないかもしれないが、小学校学習指導要領ではこの時代は教えないでいいことになっている。水田稲作の始まり(弥生時代)から教えるように指示しているのだ。
国家以前は歴史ではないというのも一つの見識かもしれないが、私はいささか残念
に思っている。この気の遠くなるような長い時間こそ、私たち日本人の心と感受性の 基層が形成された時代だからである。何よりも日本語が形成された時代であり、民族としての日本人が成立した時代だったといえるからである。
縄文時代の授業は子供たちにとりわけ喜ばれる。なんといっても地域に残された実
物の史料に触れることができる喜びが大きい。私もさいたま市立博物館のご厚意で、 縄文式土器や石斧(せきふ)や鏃(やじり)などをお借りして、それらに触れさせながら授業を進めた。
「何千年も前のご先祖たちが作った物をいま私たちが触っているんだ」という神妙
な感想がうれしい。子供たちが一番驚いたのは、私たちの先祖が世界最古の土器を作 り始めたという事実だった。それはこの列島が調理という文化の発祥地だったことを意味している。
黒曜石を割って、その細片で紙を切ってみる。見事な切れ味に子供たちの歓声が上
がる。狩猟と採集にもとづく縄文の人々の創意工夫に驚くことも大切な学習内容である。
後半は三内丸山遺跡を教材に、巨大な縄文都市の繁栄を教えた。子供たちは首飾り
や腕輪、耳飾りなどの装飾品に興味をもつ。ヒスイを得るために遠く海を越えて交流 した人々。しかしそれは単に美しく着飾りたいという願いなのではない。各種の装飾品や土偶、死者の埋葬などから、大自然や生き物に霊を感じ、死者の霊に祈る敬虔
(けいけん)な心の始まりについて話した。この祈りから物語が始まり、今につながる私たちの言葉は豊かな神話と伝承の世界を創造し始めたのである。
余談になるが、私は歴史を教えるとき、先人の心と行動をとらえていた神々への祈
りを無視すべきではないと考えている。そうでないと、古墳や東大寺の大仏などがど うして可能だったか想像することができないからだ。こういうとき、教科書や多くの
教師は「支配者の権力誇示」や「鞭(むち)で打たれた庶民の犠牲」で説明している のが実情である。畏(おそ)れを知らない近代人の心が過去を見る目を曇らせている
のだ。古代の巨大な建造物が、人々の巨大な祈りと情熱なくしてありえなかったことくらいは、小学生でも共感できることなのである。
授業の締めくくりは教室を囲むように張られた十三メートルの白いテープである。
一メートルで千年を表している。「これは縄文時代が始まってから今日までの一万三千年を表しています。きょう皆さんが感動した縄文の人々の暮らしはいつごろ終わったのでしょうか?」。
子供たちは席を立って思い思いの位置を指で指し示す。ほとんどがテープの半ばく
らいか、それ以前を指している。私は「今」からわずか二メートル余りの位置を示して解答を告げた。教室は子供たちの驚きの声で包まれた。
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