学校報告
討論する!高校生


熊谷正秀(自由主義史観研究会理事・兵庫県立高等学校教諭)

今春、念願の異動がかなった。旧神戸四中の流れを受け継ぐ兵庫県立星陵高等学校 (実は私の母校) にである。ちなみに、神戸一中は神戸高校、二中は兵庫高校、三中は長田高校で、いずれも伝統ある進学校である。しかし、環境の面では本校がbPだろう。

眼下に明石海峡を見下ろす高台の住宅地に位置する絶好のロケーション、平成3年に立て替えられた欧風の美しい校舎、神殿を思わせるホール、二面ある運動場など、生徒にとってはこれ以上ない環境で学業と部活動に集中できる。部活動の入部率は八割を超え(私のクラスは九割を超えている)、多くの部が早朝から活動している。

本年は、陸上・フェンシング・将棋部がインターハイに出場した。サッカーU18の日本代表に選ばれ、来春、ヴィッセル神戸に入団する生徒もいる。春の文化祭、秋の体育祭や文化発表会(文化部による展示・発表)は、広く一般公開され、多くの地域の人々、他校生が訪れる。進学率も、私が通っていた頃より良く、東大  京大は少数であるものの、阪大や神大には二桁の合格者を出している。昨年度は、国公立大学に現役で一六〇人程合格している。

そのため、前任校及び前々任校で、ずっと生徒指導ばかりやってきた私は、この四月から教科指導に集中する毎日となったのである。今年度は、三年の「日本史B」、二年の「世界史A」、一年の「現代社会」のほか、三年の総合的な学習の一つとして、「東アジア関係論」という講座を週2時間担当している。実は、この「東アジア関係論」の授業が楽しいのである。「日本史」や「世界史」の授業では、とにかくかなりのスピードで教科書を進めていかなければならないので、なかなか雑談をする時間さえもない。しかし、「東アジア関係論」は、少人数でしかも自由に授業を展開することができるのである。

これまで、日韓や日中間の「領土問題」、韓中の「反日デモ」、北朝鮮による「日本人拉致問題」、「歴史教科書問題」、小泉総理の「靖国神社参拝問題」などをテーマに、討論を行わせた。驚いたのは、これらの問題に対する生徒たちの関心はすこぶる高く、こちらが解説する必要のないほどの幅広い知識を持つ生徒も少なくなかったことである。以上のテーマの中で、北朝鮮による「日本人拉致問題」については、私自身、その背景や経緯、問題点などを生徒たちに正確に伝えなければならないと考えているため、以前作成した資料をしっかり読ませた上で感想を書かせてみた。

一部ではあるが紹介する:     

●日本人に限らず、一人の人間の未来を奪うという行為は、決して許されるものではない。北朝鮮政府は、この事件が完全に決着するようあらゆる努力をすべきであるし、日本政府も確固たる信念を持って事に当たるべきである。しかしながら、この問題の完全決着というのは極めて難しいとしか言いようがない。日本がいくら努力しても相手方がそれに応える気がないならば、永遠に解決しないからである。

この問題に対しては、政府はもちろん日本人一人一人が、答えを出せずとも、どれだけ真剣に考えることができるかが重要なのであり、それは、日本がこれからどの方向に向かっていくのかという大きな問いかけであると私は思う。この問題をじっくり考えてみると、日本外交の弱腰、事なかれ主義の姿勢がもたらした罪は重いのは当然であるが、日本国民が北朝鮮に対してはもちろん自国についても真剣に考えなかったことも大きな原因である。

日本人はこれまで政治に無関心すぎた。様々な問題を人任せにしすぎた。「自分がわざわざ面倒なことを考えなくとも、政府なり誰かが解決してくれる」というような甘い幻想を抱き、自らは国難に直面することを避けていたのだ。拉致問題が広く報じられるようになってからも、それを論じるにあたっては、「気の毒だ」、「早急に解決を望む」という感想や希望を述べるに過ぎない。真に重要なのは、「私は〜だと思うから、〜すべきだと考える」という自分自身の意見、考えを明らかにすることではないだろうか。

国民一人一人がこの問題について調べ、考え、自分の意見を出す。それを集約するのが政治であろう。このような営みが北朝鮮問題に限らず、すべての事例において、これからの日本の未来を築く上で重要な点になってくると考える。(A男・早稲田大学法学部に指定校推薦で合格)


●主権を持つ日本人を政治的に拉致する行為は重大な主権侵害である。また、人権は天賦のものであるとはいえ、国民の人権を保障するのは国家である。拉致は日本国民の人権を保障できなかった日本国の怠慢である。一刻も早く、このような人権侵害を防止する法体制の整備が必要であると思う。ただ、国家は国民によって成り立ち、また逆に国民は国家によって成立する。「一蓮托生」、どちらも大切にすることができなければ、やがてどちらも消滅するだろう。

拉致問題は、北朝鮮自体が国を開くことを考えなければ何の進展もないだろう。六カ国協議を見ていても、根本的解決の材料が見当たらない。北朝鮮は強硬であるだけに、やはり安保理に持っていくほかないのではないか。日本としては拉致問題をあげて単独で経済制裁もできようが、安保理の後ろ盾があった方がやりやすい。拉致問題を人権問題として、または核問題とリンクさせて何とか安保理に持っていく方策を考えるべきだと思う。(B男・防衛大学校受験、結果待ち)


●拉致被害者の家族が高齢化している。このまま時間だけ過ぎていってしまうとどうなるのだろう。最近、国民のこの問題に対する関心がなんだか低くなっているようで、当事者や積極的に声をあげる人が少なくなってしまえば、この問題自体がなくなってしまうような気がする。そう考えると、北朝鮮にとっては、「時間稼ぎさえできれば勝ち」という結果になるのではないか。韓国にも拉致被害者がかなりいて、本来なら日本と韓国はこの点で共闘することができるはずなのに、韓国政府はそれを問題にしないので、益々北朝鮮の思う壺だ。

それにしても、日朝国交正常化など、国益がからむところで拉致被害者の命が利用されるのは本当に悲しいことだと思う。それに、日本国内で、帰国した拉致被害者をまた北朝鮮に戻すべきだとか、北朝鮮が誠意を見せたからもう問題にするのはやめようとか、昔日本もひどいことをしたからお互い様だとかいう人がいるけど、それらはすべて拉致問題を解決しようとする意思がまったくない意見だ。真相究明なくして問題解決はありえない。日本政府には、時間だけ過ぎて結局問題をうやむやにしてしまうことだけは避けてほしい。

六カ国協議の結果、経済制裁をやるには難しい情勢になってはいるが、僕は、経済制裁をやる時は、船舶や送金だけでなく、日本国内の不正を行っている団体や企業なんかも、もっともっと引き締めたらいいと思う。(C男・国立大理学部志望)


●日本人拉致について、他の国が第三者として語っている場面を見たことがありません。他の国が関わってくれれば、北朝鮮も簡単には嘘をつけないと思います。日本以外の国でも北朝鮮による拉致問題があるなら、国際問題として大きく取り上げるべきだと思います。でも、そもそも拉致事件は立派な人権侵害なのだから、どうしてこれを他国が大きな事件として取り上げないのかが不思議で仕方ありません。

日本政府もアピールが足りないのではないでしょうか。他国に応援も仲裁も期待できなく、北朝鮮が嘘をつき続けるという状態では、問題が解決するはずがありません。はっきりいって、北朝鮮の政権がつぶれなければ無理だと思います。北朝鮮は覚せい剤の輸出や偽札作りなどの国家犯罪までも行っています。こんな人権を無視した道徳に反する政権は、はやくなくなってほしいです。その方向に向かうのならば、一つの方法として「経済制裁」をすべきだと思います。(D子・看護系大学志望)


●私も含めてのことですが、国民は本当に傍観者であると思います。どうしてこの問題に対してデモが起こらないのかと思います。こんな大きな問題を「テレビの中の出来事」として他人事として見られる国民も珍しいのではないかと思います。中国や韓国では、やたら大きなデモや運動が起こるのに、日本人はおとなしすぎると思います。もっと熱い気持ちを持ってほしいと思います。私も一国民ですが、現在の日本人は本当に「国民」といえるのだろうかと疑問を感じます。北朝鮮は、指導者が変わらなければ何も変わらないと思います。それでも、日本人すべてが怒りの声をあげるべきだと思います。(E子・私大文学部心理学科志望)


感想の中には、やや感情的なものもあれば、北朝鮮の国民に対する同情や、できれば隣国として友好的に接したいという意見もあった。今回紹介したのは、生徒自身が日本に生きる「国民」として、この国のあり方をじっくり考えたもので、普段から自分の意見をしっかり主張できる生徒たちの感想である。彼らが大学生となり、もっともっと見識を深め、将来日本社会のリーダーとなってくれることを大いに期待するものである。

その一方で、次のような感想もあった:

●北朝鮮には「知る権利」がない。自分の国を知るということの大切さを北朝鮮に住む人々は満足に学べない状態にある。実はこれと同じ状態が60年前の日本でもあったはずだ。国の方針で、政府から嘘の情報を流され続け、国民は偽りの生活を送ってきたのだ。本来、正しいことを学ぶ学校でさえ、作られた歴史を教え、純粋無垢な子供たちをマインドコントロールしていったのである。「鬼畜米英」、「撃ちてし止まん」といった標語が平然と国民の間で使われたのは、日本人が当時「知る権利」を奪われていたからで、今の北朝鮮の境遇となんら相違がない。終戦で日本は連合国に占領された。それから日本国民に平等な権利が正式に与えられたのである。現在私たちがこの権利を当然なものとしてみなしているが、その確立には長い時間とかけがえのない命を犠牲にしたことを忘れてはならない。(F子・私大文学部史学科志望) 

私が生徒たちを指導していく中で「戦前の日本は暗黒社会であった」、「日本国憲法はアメリカによって作られたものであるとはいえ、日本の民主化に極めて役立ったすばらしい憲法である」というイメージの払拭にはかなりの労力が必要である。私たちがやらなければならない仕事はまだまだ続く

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