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第17回授業作りセミナー報告
“『天皇』をどう教えるか”より
三つの模擬授業(検討会の記録)

福持次郎(自由主義史観研究会事務局長)
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吉永
三つの模擬授業につきましてご意見を頂きたいと思います。最初に三人の先生方から授業について話して頂きその後個々の授業につきましてご意見を頂きたいと思います。
服部 天皇のあり方ということについて学生諸君に分かるように授業をしっかりと組み立てる必要があると思います。日本の国柄を考える上で三年生の公民の授業の中で憲法上の天皇の地位が、なぜ象徴と位置づけられているのか、歴史をしっかりと学んでいかないと理解できない。天皇の仕事について質問すると、何処かへ出かけてるとか、手を振るとかまたとんでもないことを真面目に答える、社会科の歴史そして公民できちんとその位置づけを学習しないといけないと思います。「御千度参り」など教科書でコラムとして取り上げてもらうと理解しやすいのではないか。「ええじゃないか」等は教科書で当時の庶民のエネルギーがものすごかったと取り上げているが、「御千度参り」もすごいものがあり取り上げる必要があると思います。そして三年生の公民に繋げていくことができると思います。
安達 昭和天皇を取り上げることで、小学生にはとても立派な人がこの国にはいたんだということを理解させたい。そしてこの国が成り立っていることを、天皇陛下がテレビで登場し災害地でのお見舞い、障害者施設のご訪問、ご巡幸等を取り上げることで授業のねらいが達成できると考えました。
黒田 私は教師でないので、皆様に情報を提供するということが役割ではないかと考えます。私は長い間新聞記事等のスクラップとして残すということを趣味としております。例えば、昭和六十年の一月七日、八日の新聞(産経)、まさに大きく載っております。その新聞を実際に見せることで理解できるのではないか。つまり天皇陛下はどのように認識されているか、昭和天皇を通して昭和二〇年代、三〇年代、四〇年代を生きてきた世代が昭和天皇を足跡をしっかりと伝えて行かなければならない。昭和天皇に関して皆様がしっかりと教えて行かないと計り知れない損失となります。ちょとしたエピソード等を交えて紹介しながら伝えていく必要があります。我が国の歴史に禍根を残すことになると思います。
齋藤 服部さんに質問します。
プリント問5ですが、3が正解ということですが、幕府は取り締まるけれどやめさせることができなかったのか、それとも取り締まることもしなかったのか。
二つ目の質問は「御製」が庶民に広がるプロセスを知りたい。
藤岡 関連して質問ですが、問5には朝廷と幕府が対立しているという暗黙の前提が服部氏にあると思うのですが、幕府は何も取り締まる必要がないのでは、いや取り締まったかも知れない。先生の設問の前提がよく理解できない。どうして取り締まるという話が出てくるのか、選択肢あげるならもっと上げた方がいいのでは、1と2は、であるが3は事実を書いていますがレベルが違うのでは、だから問5は戸惑いを感じます。
服部 取り締まりの件ですが、その経緯は騒擾にはにはなってはいない。見過ごしている。やりたいようにやらしている。しかし歓迎している状況でもない。また取り締まる状況でもない。松平定信は尊皇精神があり、自分の立場は幕府の責任者でもあり、朝廷には深入りしなかった。設問に関してですが、中学生が幕府と朝廷の関係を学習するのは禁中並公家諸法度を通してですが、幕府がそれを通して取り締まるという認識です。ですからこんな設問になってしまいました。代表が指摘されことを考えますと、その通りと思います。ですから設問としては適切ではなかったと思います。ただ幕府として朝廷が力をつけてくることについては、警戒していたことは事実です。設問としては考えていかなければならないと思います。
御製については、どのようにして広まっていったのかということですが、印刷ではなく口から口へと伝わっていったということだと思います。側近の方、貴族(公家)社会での歌の会とか、御製を賜りたいとか公家のあたりから洩れて広まったということもあります。
齋藤 庶民に広まったという証拠はあるのか。
服部 文献によるとみんなありがたや、ありがたやという印象をもっていたようです。
上原 当時の社会は地方分権であり大名が領国を支配していたが、大名は飢饉に対してどんな対策をとったのか。全国的な飢饉だったのか。関東・東北方面は大変だったようだが関西ではなかったのでは、それなのに模擬授業のように特に京都あたりでそのような動きになったのは何故なのか。
もう一つ質問ですが、一七八二年に天明の飢饉、八三年が浅間山の噴火、そして本時の授業が一七八七年とタイムラグがあります。起こるならもっと早く起こってもいいのでは。
服部 松平定信も飢饉の時、藩内から餓死者を出すなと厳命し、その功績で大老に抜擢されたといえます。当時各大名の対策は様々だったと思います。タイムラグの問題ですが、飢饉を脱したととしてもその影響は長引き、関西方面でも生産力が落ちました。関東・東北方面はさらにひどかった。
詳しくふれていませんが天候不順が長く続きました。そして不作です。このような事が長く続き、本時のような事態が起こったわけです。
南木 この年大阪では米価高騰し、米騒動が頻発していることが年表から読み取れます。商人や町人が困惑した状況だったと思います。狭い町ですから情報は早く広まり、米の取引停止を命じています。かなり統制に力を入れている。前は田沼時代ですから。資料として@からDを上げていますが、この時代を理解するのに適当な参考書を教えてください。
服部 講談社メチエの藤田覚著「幕末の天皇」がいいと思います。
質問者 「施し米」の具体的な方法は、
服部 幕府では「救い米」、朝廷では「施し米」でした。「救い米」には、政治的な意味があり、施すには「慈悲の心」です。基本的には幕府とやり方が同じであり、飢饉時の「救い小屋」でお粥を配る絵が残っています。「施し米」の資金は幕府の方にお願いするかたちでした。御千度参りの人たちにくばったということです。
得能 リンゴを三万個くばったということは当時の天皇を含めた公家が、こんなにも贅沢していたのかと子どもによっては誤解するのでは、特に小学校の段階から天皇制度について間違った認識をしている場合が多いので。
服部 リンゴといっても今のようなものでなく、現在では販売するようになってきておりますが、姫リンゴですか。当時どうやって調達したのかよくわかりません。
天皇の歴史については、事実を通して覚醒して行く以外ないのではと思います。
吉永 安達さんの授業に移ります。
安達 「アメリカ・イギリスとの開戦と昭和天皇」のプリントについて、杉本氏から事実関係につきまして、指摘がありましたので訂正します。
杉本 北部仏印、南部仏印とは今のベトナムのことで、インドネシアやマレーシアを含まない、インドネシアは蘭領であり、マレーシアは英領でした。北部仏印についてはフランスのビィシー政権との了解のもとに進駐しており、ここからアメリカとの緊張関係が生じてくる。
決定的だったのが南部仏印進駐です。ここへの進駐は、援蒋ルートの遮断、ねらいはインドネシアの石油ですね。フランスでビィシー政権、親独政権ができたので日本との協定ができました。
藤岡 南部仏印に入るということは、英領マレーシア、蘭領インドネシア、アメリカの植民地フィリピンが日本の視野に入る、アメリカにしてみれば日本が本格的に入ってきたということになる、資源以上の問題と考えたわけですよ。
齋藤 プリント「アメリカ・イギリスとの開戦と昭和天皇」のプリントですが、昭和天皇が殺されるかも知れないという表現は、私からは想像できないことで、君側の奸を斬るという発想はあったかも知れないが、昭和天皇を斬るという発想はないのでは
安達 クーデターについは昭和天皇の「独白録」に掲載されており、そのように述べていますが。
吉永 国民がというより、軍部がクーデター起こしたらという意味ですね。
安達 たしかにプリントから、昭和天皇が殺されるという表現については教育的配慮が欠けていたと思います。
吉永 プリントを読んだ印象として、天皇がクーデターを止めよと言ったのに止められなかった。どうしてなのか子どもには疑問として残るだろう。クーデターについてはこの文章で納得する子もいるかも知れないが、現実はどう処理されたのか、「独白録」にも記載されているが、「朕がこころざしならんや」と言っていたのになぜ戦争になってしまったのか、子どもには腑に落ちない、疑問に残ると思うが。
安達 子どもが納得する事実とか、言葉とか日本の当時の政治の仕組みを学習していく中で今日のような授業を組み立てていけばを思いました。また難しい課題であると思いました。大人の場合いろいろな原因を結びつけて総合的に判断できます。小・中・高とそれぞれの段階で学習していくわけですが、小学校段階では普段の人間関係になぞらえて、相手があって本当はしたくなかったんだけど致し方ない事情で戦争になったんだということを理解させればいいと思います。さらに中・高の段階で複雑な世界情勢が背景にあったことを絡めて学習するのではと思います。
齋藤 明治憲法は天皇の独裁の下で政治が行われていると考えれば、昭和天皇が反対したのになぜ止めることができなかったのかという疑問が出てくると思う。
立憲君主制の基本的な考え方を押さえれば天皇は内閣が決めたことに印を押すというのが役割である、ということを小学生にも教えていいのではと思います。
吉永 黒田氏の検討会に移ります。
齋藤 質問ですが、GHQの反応に関して出典のようなものがあるのか。
黒田 プリントの中にGHQの会話がありますが、「天皇の密使たち」文春文庫・H元年に出ておりますが、私が受けている連続講座がまとまったものが出ており「国際派日本人養成講座」のh齊O六、復興への三万三千キロが載っております。これについてはインターネット上でもみることができます。
吉永 王朝が交代したり、殺害されたりすることがありますが、第一次大戦後のドイツのウイルヘルム二世は逃げたりしたわけですが、これと対比して昭和天皇を事跡を通してクローズアップすることで理解させることが黒田氏の意思だと思いましたが、無私の精神も含めて十分説明されたとはいえないのでは。
黒田 外国の王朝の交代に深入りしすぎたため無私の心にふれるところが弱かったと思います。一枚のプリント「巡幸の決意」を深くふれた授業の方がよかったかと思います。
上原 三人の先生の授業では昭和天皇の敬愛の念が溢れていると思いました。
皇室の存在については、どこか日本人の心を篤くするものがあります。三人の先生方の語り口の中にあらわれていたと思います。服部先生は光格天皇の御製を提示しましたが、御製はまさに無私の精神があらわされたものではないでしょうか。ですから黒田氏も昭和天皇の御製を一つか二つ出されたら子ども達にも印象が残るのでは。昭和二一年、
ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ 松ぞおおしき人もかくあれ
この年に始まったご巡幸が子ども達に印象深く伝わったと思います。
黒田 御製を入れようと思いましたが、時間が二五分、収まらなくなってしまうのでは御製中心の模擬授業をやってみたらと思います。私も一つ紹介します。佐賀県の孤児院での子どもとの出会いの中で、
みほとけの教えまもりてすくすくと 生ひそだつべきぞ子らに幸あれ
いかに悲しみを受けられたか、ご巡幸の中で沢山の歌をうたわれています。
藤岡 天皇の御製については何万、何十万のオーダーである。各天皇が一日何十種もの歌を残している。私は拓殖大の日本文化研究所で御製の講義を聴きましたが、御製を中心とした授業のアイデアは素晴らしいと思います。主な出来事を御製だけでたどる、その歌を解釈してどういう背景があるのか推測させて、そして歴史的事実と照らし合わせる。昭和天皇の人間像と時代のかかわりが御製でたどることができると思います。上原氏の紹介した歌は終戦直後の歌ですが、たとへば十種で昭和天皇の足跡をたどるなどです。
黒田氏の模擬授業は二回目ですが、ぜひ授業案として構成してみてください。素晴らしいものができると思います。次回に挑戦してみてください。
■参加者の声
大変参考になりました。天皇の授業については私自身少し腰が引けてしまったいたような気がします。尊王論につては、華夷秩序(日本を華とする)の変化とする考え方で、攘夷論で結びつける方法を取ることがよくおこなわれています。この方法だと日本を華とみることは中国を夷とみることになるのであり、これが大陸への侵略をを正当化したように教えることで、日本の侵略を教えます。尊王論の扱いは難しいと思います。
(沖 英治様)
テーマ「天皇」は大成功だったとおもいます。お三方の提案は、どれも触発的で授業研究らしい充実感がありました。 やはり「天皇」は、我が国の歴史と公民の教育の核心の教材だと思います。現状があまりに情けない状況なので振り戻すことが必要だということです。今日を出発点にいたしましょう。服部さん、安達さん、黒田さんご苦労様でした。(斎藤武夫)
@吉永先生のオリエンテーションが適切だったので「天皇をどう教えるか」を取り上げた経緯、意義、これから展開される模擬授業をみる観点が参加者によくわかったと思います。
A服部氏、安達氏、黒田氏の模擬授業には天皇に対する敬愛の念が溢れており、何かを子どもに教えたり、伝えようとする時には、そのことやその人について熱い思いが大事な条件になるのだ、子どもは敏感にその教師の思いを感じ取るものだと思いました。
B史実により多く裏付けられたとき、その熱い思いは普遍性を増すということを事後検討会で参加者から出された意見や提言から感じました。
C密度の濃い、黄金の四時間でした。参加出来なかった会員や関心をもって頂けそうな人々にできるだけ詳しく、この内容を伝えてください。(上原 卓)
三本とも大変熱意のこもった授業で、大変参考になりました。特に陛下への思いが熱く伝わってきました。私自身もこうした天皇を中心とした授業を組み立てたいと思います。(森 一郎)
お三方の授業は大変素晴らしく、授業中に出てくる数々のエピソードには、胸をジーンとさせられました。天皇陛下や皇室にかんしては無知であるか、誤解されてる場合がかなり多いと思われます。今後も、客観的な事実に基づく天皇陛下や皇室にかんする授業が実践されることを期待します。(三寿成徳)
昭和天皇が日本だけでなく、世界に誇れる歴史上の人物であるにもかかわらず、歪曲して伝えれていることを憂える状況の中、このような模擬授業を開く機会を得られることは、誠に意義深いものがありました。 私のつたない授業をきっかけに、当会においてさらに交流が得られることを願ってやみません。(黒田裕樹)
学習指導要領にある「天皇についての敬愛の念」を深め自国の国柄についての理解を育てる授業としてやはり、昭和天皇を取り上げるべきだと思う。黒田先生のお話を聞くと誰でも感動するし、現在の皇室に対する思いや考えも変化していくと思う。さらに光格天皇の話を加えると、いかに日本の皇室が無私無欲で、国民の安寧を祈ってこられたかが分かる。また、和歌についても厳選し分かりやすく教えると、その当時の時代と天皇の思いが子どもたちの頭の中にふくらんでいくだろう。女性天皇、女系天皇ということに議論が起きている今、より広範な場で日本の文化、心の中心である天皇(皇室)について、正確な情報を発信して行く必要があると考えます。小・中・高校生向きの昭和天皇・皇室を考える教材をつくるべきだと思う。(熊谷正秀)
服部先生、安達先生、黒田先生、素晴らし情報提供、授業案有り難うございました。特に服部先生の授業は児童、生徒の脱洗脳に非常に大きな効果があると思います。皇統について今、大変な危機になりつつあり、現実の授業では今、天皇に触れればこの点に言及せざるを得ません。会としても勉強して行かなければなりません。黒田先生の授業から発展した「御製」による授業案素晴らしいと思います。お千度参り、昭和天皇のご巡幸など詳しい年表がありません。通州事件にも同じことがいえます。日本人として載っていなければならない事柄が載っていない、大作業ですが歴史年表の取り組みも今後必要でしょう。(南木隆治)
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