子供から見た東京裁判

2002.08.26/産経新聞東京朝刊掲載

齋藤武夫(自由主義史観研究会副代表・さいたま市立島小教諭)

黒板に張った一枚の白黒写真から「東京裁判の授業」は始まる。私の授業は「写真や絵を読む」活動から始まることが多い。児童は気づいたことや考えられることを 次々に発言してゆく。

外国人が多い。日本人もいる。外国人の兵隊さんが警備している。いろんな国の国 旗がある。国際会議ではないか。裁判かもしれない。戦争後の話し合いだろう。  「これは敗戦後の東京で開かれた裁判の様子です。東京裁判といいます。始まったのは昭和二十一年の五月でした」。

まず「裁判」の基礎知識が学習の前提である。裁判には裁判官、検察官、弁護人、 被告という四つの役割を持った人々がいる。検察官は被告の有罪を立証する。弁護人 は被告の弁護をする。裁判官は審理に基づいて判決を下す。児童に問いかけながらこれらを黒板に図示してみせた。

次は「東京裁判」の基礎知識。被告は日本人二十五人(当初28人、死亡等で最終的に25人)。戦争中の日本のリーダー だった軍人や政治家たちである。検察官は連合国側の十一カ国から一人ずつ出た。弁護には日本人とアメリカ人があたった。しかし、裁判官の構成だけは「?」のまま残しておく。こうして戦争に勝った連合国が負けた日本を有罪として訴えた裁判であるとわかってきた。

「今日はみんなをこの裁判の現場に連れて行きます。検察側と弁護側の討論をしっ かり聞いて、自分の考えを持ってください。あとで感想や意見を話し合います」ここでこの授業の中心資料を児童に配り、ゆっくり読み上げていった。検察側意見 と弁護側意見の両方が書かれた資料である。三年半の審理を要約し、「平和に対する罪」と「戦争犯罪」について双方の主張をまとめたものだ。字数や論点も両者公平に作成してある。

児童は傍線を引きながら読み、考えたことをノートに書き始める。教室がしんと静 まり返り、鉛筆の音だけが聞こえている。五分後、それぞれが自分の考えや感想を発 表し始める。異論や質問があれば話し合う。私が最も重視している学習のかたちである。

日本も悪いところがあったがアメリカにも悪い点がある。原爆や東京大空襲も戦争 犯罪だという弁護側の意見は正しい。日本だけが裁かれるのは不公平だ。戦争に負け たんだから仕方がないのではないか。いや、ぼくは断じて日本を応援したい、などなど。ほとんどの児童が発言したところで、被告二十五人全員が有罪判決だったと告げた。児童は口々に驚きと不満の声を上げた。

ここで「?」だった裁判官の構成を教える。検察官とまったく同じ国名が黒板に並んだ。児童は「やっぱりそうか」というようにうなずいている。授業の終末にこの裁判についての識者の評価を教えた。要約すれば、「世界平和のため貢献した」という意見と「不公正で誤った裁判だった」という意見である。

児童の学習感想文は常よりも長く、熱がこもっていた。感想の中には次のようなものがあった。日本にも連合国にも間違いがあったのに日本だけが裁かれたのはおかしい。裁判官 が検察官と同じ国では正しい判決とはいえない。パール判事の勇気に感動した。

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