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仏教伝来めぐる大討論

2002.10.22/産経新聞東京朝刊掲載

齋藤武夫(自由主義史観研究会副代表・さいたま市立島小教諭)
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五五二年、百済から黄金に輝く仏像と経典、天皇に信仰を勧める百済王の親書が届
いた。欽明天皇は、豪族たちを集めてこの問題を検討させた。「わが国も、国際社会 の動きにならって仏様を信じるべきだろうか」。日本書紀に記された、わが国初の政策討論会である。
仏教伝来の授業は、ふつう革新派蘇我氏の勝利と、文明宗教の導入の物語として取
り上げられることが多い。しかし、ことはそう単純ではない。この教材には、わが国の歴史をつらぬく文化戦略の原型が秘められているからである。
子供たちは、この大討論会に参加するのである。大陸から伝わった「きらきらし
い」金銅仏の想像図に、子供たちは身を乗り出し、まずは革新派と保守派の立論に耳を傾ける。授業の中心資料は、蘇我氏と物部氏の立論である。この資料は、堺屋太一『日本を
つくった十二人』に依拠して作成したものだ。子供たちは傍線を引こうとプリントに目をやっている。読み上げるのは私である。
「新しい時代がやってきました」と始まる、蘇我さんの発言の趣旨はこうだ。
(1)仏教は世界の常識だ(2)仏教は新しい知識や技術の宝庫だ(3)日本の神様 はもはや時代にふさわしくない(4)仏教の教えには高い理想と豊かな知恵があり、
国を大きく発展させるパワーがある。
続いて保守派の物部さんが、「日本の神々は、朝廷のご先祖さまではありません
か」と立ち上がる。(1)ご先祖さまへの感謝を忘れてはいけない(2)外国の神様 にすぐ飛びつくのは浅はかで見苦しい(3)わが国の神様には外国の神様にはない良
さがある(4)朝廷がご先祖を捨てれば、せっかくまとまった国が再び分裂してしまうだろう。朝廷が国の中心である理由が失われてしまうからだ。
子供たちの意見分布は、ほぼ拮抗(きつこう)する。話し合いの内容は資料をもと
にしたものだが、子供たちはわがことのように熱い主張を始める。
「今まで外国のものを取り入れてよかったことが何度もあるから、仏教も取り入れ
たほうがいい」「日本にだけ通用する神様にいつまでも頼っていては日本の進歩が遅 れるし、仏教を取り入れれば日本の進歩がとてもよくなる」「世界の進歩に遅れたくない」「私は日本人だし、蘇我馬子さんは、日本の神様を侮辱しているから、気に入らない」「神様は古いというけれど、仏教が入ってくるまでは神様を信じていたの
に、急に日本の神様を古いと言い出すのはひどい」「大和朝廷が神様を信じなければ いつも誰かが『おれが王になる』と言い争って、また戦争になるんだと思います」。
長く続いたこの対立に、最終的な決着をつけたのは聖徳太子だった。「日本の神々
を幹とし、仏教を枝として伸ばし、豊かな日本をつくってゆきましょう」。子供たちの表情がほっと和らぐ。
太子は日本仏教の大恩人だが、同時に敬神の詔の起草者でもあった。「外来文化と
伝統文化の統合」という文化戦略は、やがて日本の国づくりの基本方針となる。いま も寺と神社の両方があり、私たちは人生の節目節目に両方のお世話になっているんだね、と授業を終えた。
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