授業報告
お札のはなし

紙幣からわかること

沖 英治(滋賀県立公立高等学校教諭)

《はじめに》

一年間の授業の中では学校行事や定期考査等の都合で年間計画通りには行かずいわゆる「投げ込み教材」的な授業もあります。この授業案を考えるきっかけもこのような授業の時(一回完結の授業の時)に生徒達にどれぐらい知っているかを試してみようというぐらいの気持ちで実施したことがヒントになっています。期末試験後の特別時間割の中でもうすぐ長期休暇にはいるということで三年生の生徒に周りと相談しながらでも良いから何人ぐらい名前がわかるかと聞きながら授業してみました。まず驚いたのが現在使用している一つ前の紙幣で当然名前がすぐにわかる人物でも正しい漢字で書けないことです。(もちろん授業で扱う人名でもあります。)
                 

福沢輪吉 福沢輸吉 福沢論吉  
                 夏目瀬石新戸部稲造 新戸渡稲造

こんな間違いをする生徒が沢山いました。
                
次にわかったことは神話上の人物には全くといって良いほど知識がないということです。
説明に「国譲り」と書いてあるのに「恵比寿さん」だと答えます。ヤマトタケルは大和猛だと漢字で書きます。(悲しいことにパソコンもこう変換しました。)武内宿禰は当然知りません。タケノウチと聞くと竹野内と書きます。

少なくともこれらの紙幣が登場したときにはそれぞれの人物は国民的にポピュラーな人物(神様)であったはずです。それがなぜ現代高校生には見当もつかない人物(神様)になったのだろうか。これがこの授業案を考えた契機となりました。


《授業展開プラン》

●導入 一〇分
◎プリントを配布          
人物が誰なのかを考える
※表記の際に正しい漢字で書くように注意を促す。

●展開@ 一五分
◎わかった人物名を発表する。
わからなかった人物を発表する。
何故知らないのか考える。
※板書して正しい漢字を確認させる。
知らない人物(神様)には、どのような傾向があるかを気づかせる。

●展開A 二〇分
◎それぞれの紙幣が発行された時代を考える。
明治時代・戦前・戦後・現代の4つの時代に分けていく。
※一例を示し、生徒の考察を助ける。

●まとめ 五分
◎自分たちにとってなじみのない肖像の人物と発行された時代の関係について考察する。
※それぞれの発行された時代の時代背景について補足を加え理解を助ける。


《授業の流れ》

(1)今日はいつもとは違いこのプリントにしたがって進めます。プリントの人物は全て日本の紙幣(お札)の肖像となった人たちです。誰だかわかりますか?周りで相談しながらでよいですからわかる範囲で誰かを記入しましょう。ただしちゃんとした漢字で記入するようにね。

机間巡視しながら生徒の質問に答えつつ記入させる。

(2)では、どれぐらいわかった聞いていきますね。まず最初はプリントの最後の人です。 これは誰だかわかるよね。現行の1万円札もこの人ですから。
一人を指名し黒板に書かせてみる。  
   福沢諭吉
福沢輪吉・福沢輸吉になってないか確認する。
(実際の授業の中では何人もがこう書いて、結構盛り上がっていた。)

(3)困ったものですね。それではナツメソウセキはどうですか。ちゃんと書ける?
夏目漱石も漱の字が怪しい生徒が多いので簡単に机間巡視してみる。
(実際、漱が書けない生徒は実在します。時間があれば漱石の故事を紹介してみると良いかと思います。意味がわかればちゃんと覚えるのでは)

(4)それでは元にもどって@から順に見ていきましょう。
順番に解答していく。わからなかった人物は朱書きするなどして後でわかるようにさせておくと良い

(5)次に別紙プリントにしたがって進めますのでそちらを準備しましょう。

(6)プリントにありますが、そもそもなぜ紙幣(お札)には肖像が採用されるのでし ょうか。その理由を考えてみましょう。

生徒に意見を求めながら進める。

(生徒1)髪の毛とか髭とかが複雑になるので偽造しづらくなる。
(生徒2)よく知っている人なのでお札に親しみがわく。

(7)そうですね。皆さん良い意見だと思いますよ。なんといっても紙幣にとって困るのは偽造、つまり偽札が作られることですから。 だから選ばれる人物もよく知っている人でないといけませんね。他にはないかな?

(生徒3)偉い人なので普段からみんな偉い人を見習いなさいという意味で。
(偉人を顕彰する意味)

(8)それも良い意見ですね。ここでもう一度聞きますが、紙幣になる人物はどんな人なのかな?

(生徒4)偉い人。有名人。そう!みんなが知っている人。

(9)「みんなが知っている人」これは重要なポイントですね。しかしちょっと待ってよ。さっき皆さんに16人の人物(この中には神様も含まれていますが)の名前を答えてもらいましたが、皆さん16人全てわかったわけではないですよね。
これはどういうことかな?
プリントの2の項目で全く見当がつかなかった人物をあらためてあげて下さい。

プリントに自分が答えられなかった人物をあげさせて考えさせる。 生徒を指名してわからなかった人物名を答えさせる。

(生徒5)大黒天・神宮皇后・ヤマトタケル・武内宿彌 など

(10)皆さんがわからなかった人物に共通していることは何ですか?

(生徒6)大昔の人(神様)というか。神話上の人(神様)

(11)そうですね。それではプリントの3の項目も一緒に考えてみましょう。
それぞれの紙幣が発行された時代を大まかに分類してみましょう。まずは皆さんで予想してみましょう。
プリントにしたがい発行年代を予測してみる。その後それぞれの紙幣が最初に発行された年代を示し、分類を完成させる。

(12)プリントの2,3の項目からどのようなことが考えられるか。
各自でまとめてみましょう。
少し時間を取ってこの授業でわかったことをまとめさせる。


《授業のまとめ 要点》

なぜ紙幣に肖像が使用されるのか。それは肖像の顔が複雑な線で表現され、偽造を防ぐ効果が高いためだと云われています。その効果を高めるために多くの国民がよく知っている人物が採用されていきます。これらの肖像の人々(神様も含まれますが)は当然ながら少なくとも発行された時代には広く国民に知られた人物(神様)であると考えられます。ところが現代の高校生達はこれらの肖像に対して知らない人だと答えているのです。明治維新後のわずか百年あまりの間になぜこのようなことが生じたのでしょうか。(実はこうなるのに百年もかかってはいません。おそらく戦後の数十年の間に国民共有の財産である神話は教育の力によって壊滅的な状態にされてしまったのです。戦後教育を受けて育った筆者自身も神話については非常に怪しいものです。)この教材は神話の知識などが全くなくなっていることなどからなぜこうなっていったかを考えることによって、かつて偉人とされた人物が歴史教科書によって単なる歴史上の人物にされてしまったことを知ることによって、生徒自身が国民的な知をゆがめる特定の力によって形成された歴史教育の一端を知る手がかりになるのではないかと考えられます。もちろん反戦平和・階級闘争で凝り固まった人々からはこれこそが歴史教育をゆがめ、皇民化を進めた証拠であると指摘されるでしょうが、このような文脈での理解が本来国民のものである「大らかな歴史・国民の物語」を極めて貧困な階級闘争の道具に貶めてきたことこそを猛省するときにあることをそのような主張をする人々が知ってもらう必要があると考えます。少なくとも学校で児童・生徒が学ぶ歴史は科学であるとともに、雄大な国民的物語でもあるべきなのですから。 


《模擬授業後に出された意見》

(1)どのような人物が紙幣の肖像となるか。外国の例と比較して検討させてはどうか。

米ドルならば ワシントン リンカーン ジェファーソン 
英連邦ならば エリザベス女王

(2)紙幣の発行年代を考えさせる際には肖像をカード化して黒板に貼り付けるなどの工夫をすればより視覚にうったえることが出来るのではないか。

(3)最近の改訂では伊藤博文をはずすことが見えてくる。

等々貴重な意見を頂きました。


《参考》
・出原真哉 『資料で学ぶ歴史攻略ノート』 山川出版社
七十七銀行ホームページ 金融資料館

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