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授業報告
歴史からみた日本人の名字

私たちと歴史のつながり

飯島利一(國學院高等学校教諭)
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《はじめに》
@この授業は、齋藤武夫先生の「ご先祖さま」の授業をモデルにしたもの。「名字」をテーマとして「先人からのバトンが現代の私たちへと受けつがれている」ことを生徒に理解させる試み。
A自分の名字の由来に関心をもつこと・自国の先人(先祖)への関心を深めることを通じて、歴史を身近なものに感じ、自国の先人(先祖)と、今を生きる私たちとがつながっていることを意識させたい。
《授業の展開》
1.歴史とのつながりを考えよう
●皆さんにとって身近なものをテーマに、歴史について考えてみたいと思います。取りあげるのは、名字と名前です。これまで、テストやレポートのたびに、あるいは証明書などを記入するたびに、皆さんは自分の氏名を何千回と書いてきたでしょう。その意味で、名字と名前は最も身近なものと言えるのではないでしょうか。あらためて自分の名字と名前を丁寧に書いてみましょう。
【板書】名字(苗字)と名前
●いうまでもなく名字と名前はあなた自身をあらわすもの。でもあらためて自分の氏名をまじまじと見るとなんか不思議な気になりませんか。たとえばわたしの場合、どうして飯島利一というのでしょう。
○・・・?
●まず、下の名前はあなた自身、個人としての自分を表していると言えるでしょう。名前の由来について、お爺さんがつけてくれたとか、お父さんの尊敬する人から一字もらったとか、あなたを大切に思っている人があなたの幸せを願ってつけた、他の誰でもないあなた自身をあらわすものです。
それでは、名字は何を表しているのでしょう。家族はみんな同じ名字ですが、親戚でも何でもない人が同じ名字の場合があります。最近は夫婦別姓と言って、家族になったのに名字が違う場合もあります。わかるようでわからない。いったい名字はあなたにとってどのような意味があるのでしょうか。
2.名字に関する基礎知識
●そこで、わたしたち日本人の名字に関して考えていきましょう。
問題1日本で名字は何種類あるでしょうか。
(イ)約290 (ロ)約2900 (ハ)約29000 (ニ)約29万
○電話帳みたって、珍しい名字があるから(イ)ではないと思う。(ハ)くらいかな。
●イメージでこれくらいかなと思うものに挙手してください。
○生徒の答え(イ)0人 (ロ)約15人 (ハ)約25人 (ニ)3人
●正解は(ニ)。約29万種類あると言われています。
○ええっそんなに・・・。
●ただし、中田さんのように「ナカダ」とよむ場合もあれば、サッカーの「ナカタ」選手のように濁らない読み方もありますね。これも違う名字と数えた場合です。清濁などを一つの名字に数えても約10万種類あるそうです。ちなみに中国では約500種類。朝鮮民族は249種類で、われわれの名字が桁外れに多い。つまり日本人の名字はたいへん多様で、独特のこだわり、特色があるのではないかと考えられます。
●どうしてこのように多様な名字が生まれたのでしょうか。次の問題に挑戦してみましょう。
問題2 次の中から仲間はずれを一つ選んでください。
(イ)徳川 (ロ)足利 (ハ)蘇我 (ニ)綾小路 (ホ)鈴木
○(ホ)鈴木だと思う。ありふれているし、何か他のものに比べて新しい名字じゃないの?
●確かにクラスに二人以上いる場合があって、鈴木の名字は多いよね。
○(ハ)蘇我じゃないかな。
●どうしてそう思う?
○蘇我だけ、「そがのうまこ」みたいに、「の」がつくから。
●するどいね。その通り、正解です。ほかにもこれまで古代で勉強してきた人物の多くが「物部」とか「源」「平」とか、「?の」をつけて読みますね。
これらは名字ではなく、もともと古代の豪族を中心とする政治集団を示すもので、「氏」(ウジ)といいます。「ウジ」は大王から与えられた「姓」(かばね)という称号とあわせて、たとえば「藤原朝臣」のように「姓」(せい)になります。それが平安時代の中頃から同姓を区別する意味で、武士の間から「通称」や「領地の地名」などを名乗るようになる。これがいわゆる名字です。「源朝臣義仲」はその領地の地名から「木曽義仲」ともいいますね。
【板書】
氏 = 古代豪族の政治集団
姓(かばね)=大王からの称号
姓(せい)=あわせて姓「藤原朝臣」
名字・苗字=同姓を区別 「源朝臣木曽義仲」
通称→領地の地名をとるなど
○たしかに、氏名とか姓名とか、名字とかいろんな言い方があるね。
●いいところに気がついたね。こうした変遷によって、日本人の名字は多様で複雑になったのだと思います。固定したものをずっと継承したのではなく、変化してきたために、さまざまな名字を生み出すことが可能になったのでしょう。
3.名字の由来
●日本人の名字は種類が豊富ですが、一方で非常に偏りがあるのです。そこで次の問題。
問題3 日本人の名字で最も多いランキング上位10位は何でしょうか。
●クラスの友達でよくある名字を参考に答えてください。
○鈴木・佐藤・斎藤・田中・・・
●このクラスにも、これらに当たる名字の人がいますね。それでは正解を書いた資料を配付します。
【資料1】有名な名字のルーツを見て下さい。
●ランキング順位は、統計の出し方によって変わってくるかもしれません。この表はインターネットで公開している「苗字7000傑」というHPのもので、自分の名字が第何位かを検索できるサイトです。
○私の名字もはいっている(驚)。
●これら有名な名字から、いくつか名字のルーツに関するポイントを紹介しましょう。
@上位の十大姓が全人口の10%にあたる。名字は多様だが、ばらつきが均等でない。
A渡辺・佐々木・井上の場合
名字の由来は地名が多い(名字の90%が地名といわれる)。
B佐藤・伊藤・斎藤・加藤の場合
藤原氏の系統が多い。たとえば、佐渡の藤原氏で佐藤、伊勢の藤原氏で伊藤、斎宮頭の藤原氏で斎藤、加賀の藤原氏で加藤というなど。
C田中・山本・小林などの場合
諸流あって源平藤橘につながる。名字の由来は多くの場合源氏か平氏か藤原氏か橘氏につながると言われている。
4.庶民の名字(名字の普及)
●皆さんのなかには、自分の名字が源平藤橘など名門だということが明らかになった人もいるようですが、早まらないでください。それがあなたに血縁のあるご先祖様かどうかはわかりませんよ。私を含めてここにいる人はみんな庶民の出身でしょう(なかには由緒がわかっている人はいるかもしれないが)。遡ればだいたい百姓だったケースが少なくないはずです。そこでこんな話を聞いたことはありませんか。
江戸時代。名字があったのは武士のみ。苗字帯刀といって特権だった。だから百姓は一部を除いて□□村のゴンベイさんみたいに呼んでいて、ほとんど人が明治時代になって適当に名字をつけたという話です。
○ああ聞いたことある。習ったことある。
●それでは問題。挙手して答えてください。
問題4 江戸時代で苗字・帯刀は武士の特権。では農民で苗字をもっていた人の割合は?
(イ)3% (ロ)10% (ハ)40% (ニ)70% (ホ)90%
○3%か10%と答える生徒が圧倒的。
●実は正解は(ニ)。近年の研究によると70%くらいの百姓が名字をもっていたことが明らかにされています。江戸幕府の統制によって、公の場では自分の名字を名乗れなかったが、私的な場ではみな名字を代々継承してきたというのです。たとえば、ある村の五人組帳(公の文書)には、名字を記さず名前だけなのに、同じ村のお寺の寄進帳(私的な文書)には、その名前にみんな名字が記載されていたという調査研究があるのです
【板書】
約70%…名字のない農民はむしろ例外
幕府の統制で公称できず…私的には代々継承
○へえ。全く知らなかった。
●庶民の多くが江戸時代には名字をもっていたとすると、どれくらいまで遡ることが出来るのでしょうか。
問題5 およそ一般庶民の名字は、何時代まで遡ることができるでしょう
(イ)平安時代 (ロ)鎌倉時代 (ハ)室町時代 (ニ)江戸時代
○生徒の答えは(ロ)鎌倉時代(ハ)室町時代がほぼ半数。
●そう。正解は(ハ)室町時代です。およそ南北朝ぐらいまで遡るとも言われています。
鎌倉時代後半に、武士の一族をまとめていた惣領制がしだいに崩れていったことは憶えているかな。武士にとって血縁的な結びつきよりも、地縁的な結合が重要になってきた。とくに南北朝の動乱期になると、一族の所領争いとあいまって、領主(武士)と領民(農民)の結束が不可欠になってきた。そこで領主は自分と同じ名字を領内の者に与えて、共同体(領内)の同族意識を高めるようにした。同じ領内の者はみな同じ名字という現象が起こってくるというわけです。
【板書】
庶民への名字の普及=南北朝・室町時代?
領主→領民…同じ名字をなのる
(共同体意識を高めるねらい)
●【資料2】名字の歴史で確認しましょう(下線部を読み上げながら説明する)。
●南北朝・室町時代から明治時代にかけて、日本人がみな名字をもつまでの流れを確認しました。名字が普及した歴史をみると、日本人は名字を重視しつつも、血縁的なつながりの純粋性をもとめていなかったようです。むしろ、その時代における歴史的な事情に影響されて多様に名字は変化してきたと推測できそうです。しかし、これは名字の歴史的価値を少しもおとしめることにはならない。むしろ、日本的な特色と評価することができるのではないでしょうか
●また名字のなかには、貴少性と呼ばれるものがあります。戦国時代や明治時代などに何らかの歴史的事情で他に普及することなく、少数の家だけで受け継がれてきた珍しい名字です。なかには、非常にユニークなものがあるので紹介しましょう。
【資料3】珍姓・貴少姓
@無敵 A南蛇井 B要海 C金持
●まず@「むてき」さん。おそらく、戦いで無敵の活躍をしたために殿様から与えられたものだろうと推測されています。
●名字を尋ねたときに困るのはA「なんじゃい」さん。ケンカになりそうです。
B「ようかい」さんも冗談だと思われそうですね。Cは「かもち」と読むそうです。
○へえ、おもしろい。すごい(笑)。
5.名字から学ぶこと(まとめ)
●いろいろと名字の歴史について紹介しきましたが、まとめとして授業の最初に皆さんに発した問い、「わたしたちの名字はどのような意味があるのか」について考えてみましょう(次の資料を読み上げ、下線部を強調して説明する)。
【資料4】〈名字の由来〉から学ぶこと
自分の名字の由来を調べてみて、それが源氏や平氏であったり、あるいは歴史上有名な人物であることが分かっても、それをただちに血縁のある先祖ということはできない。しかし、それで少しもがっかりすることはないし、またウソじゃないかと批判的になることも間違っている。大切なのは、その名字には、そう名のるべき由来、そうなるべき歴史的な事情があったということ。そして、代々ずっと受けつがれてきた名字を、今、あなたが受けついでいるということ。これは紛れもない事実なのだ。
名字について考えたことで、わたしたちは歴史と決して無関係ではないことがわかっただろう。あなたの名前と名字。あなたの名前は、両親や祖父母があなたの誕生を喜び、あなたを思ってつけたもので、歴史や社会に吸収されないあなた自身の個性をしめすものである。そして、あなたの名字は、歴史の中で受けつがれてきたあなたの存在を示すもの、あなたが歴史的存在であることを表すものなのだ。
名字=歴史的存在」ということですね。私たち一人一人はみな、現代を突然生きているのではないのです。多くの先人が代々受け継いできたものがあって、いま私たちがいる。そしてそれは未来の子孫へ受け継がれていくでしょう。名字はまさに歴史的な存在としてのわたしたちを表するものではないでしょうか。
《生徒のおもな感想》
○自分と一番身近なものが歴史とつながっていることに驚きました。ランキングをみて自分の名字は、いったい何位なのか知りたくなりました。日本に約29万ある名字は本当に日本の伝統文化なのだなと実感しました。これからも自分自身の名前という5文字に含められた思いを大切にしていけたらいいなと思いました。
○名字についてこんなに考えたことはなかったので面白かったです。私たちの遠い先祖の方々が地名や信仰の対象などによって作った名字はすごく大切なものだったろうし、現代を暮らす人たちよりもきっと大事に使っていたのではないかと思いました。自分の名字はどういう意味からできているのかわかりませんが、駅の名前にもあるので、やはり土地に関係しているのかなと思いました。
○平民は明治時代なってから勝手に好きな名字をつけていたと思っていたので、70%も江戸時代の時点でつけていたとは知らなかった。名字一つとっても歴史って面白いと思った。ほとんどの名字は源平藤橘にさかのぼるなんて意外だった。
○自分の名字は多くて使いづらいという印象しかなかったけれど、歴史とともにつくられてきた意味をもっているものだということに今回気づかされました。実際、祖父は僕ら家族の名字は、源氏の末裔だと言っていたけれど、僕の名字がどんな過去とつながっているのかと思うと、とてもそれをすごいものに感じることが出来た。
○テーマが名前という身近なものだったので、凄く興味がわきました。自分の名前もそうだけど、日本全国にどんな名字の人がいるのかとても気になりました。「南蛇井」(なんじゃい)さんにはびっくりです。他にもいろんな名字の歴史などを調べたら面白そうだなと思いました。楽しかったです。
《参考文献》
@武光 誠『名字と日本人 先祖からのメッセージ』文春新書(H10)
A豊田 武『苗字の歴史』中公新書(S46)
B丹羽基二『知ってなるほど苗字の謎』小学館(H10)
C森岡 浩『知っていそうで知らない日本人の名字事典』日本実業出版社(H10)D鈴木 亨『名字から歴史を読む方法』河出書房夢新書(H12)
E奥富敬之『名字の歴史学』角川選書(H16)
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