第19回授業作りセミナー神戸大会・模擬授業報告
「懸命」の授業

吉永 潤(神戸大学発達科学部助教授)

《はじめに》

この模擬授業は、扶桑社歴史教科書のコラム「武士道と忠義の観念」(114ページ)を教えるという想定で実施した。以下、教師の発言は『』、生徒役の発言は「」とする。授業時間は約45分であった。           


1.武士のイメージ

教師、映画「武士の一分」の新聞広告を広げて問う。
『これは誰ですか』。

●「キムタク」。

『そう。木村拓哉さん主演の「武士の一分」という映画の広告です。今日のテーマは、この「武士」です。
ここまで習った武士、あるいは侍の中で、記憶に残っている人の名前を挙げてください』。一列指名する。   

●「徳川家康」「豊臣秀吉」「源頼朝」「武田信玄」「織田信長」

『では、みなさんは、武士、侍について、どんなイメージを持っていますか』。

●「命がけで人と戦って勝つ。そして、領土、家族、身分を守る」。
●「いつも刀を持った野蛮な人」(笑)。

『町で刀を差して歩いている人がいたらどう思いますか』。        

●「怖い」。

『怖いですよね』。

●「忠義。それから、切腹」。

『忠義とは何でしょう』。

●「殿様に忠節を尽くすこと。それから、殿様以外の他の人々にも節操を守ること」。


2.「一所懸命」

『教科書を見てください。タイトルは「武士道と忠義の観念」。今言ってくれた言葉がありますね。どんなことが書いてあるのでしょうか。見ていきましょう。

まず、「赤穂事件」とあります。聞いたことのある人』。生徒、全員が挙手する。
「赤穂事件」の項目を、段落ごとに一人ずつ音読させる。その後、教師は赤穂事件のあらましを説明する。

『さて、教科書には、この事件が、「昔ながらの武士道(武士の道徳)を人々に思い出させた」とあります。では、いつごろからこのような道徳が生まれたのでしょうか。それを考えるために、元禄時代からさらに千年ほどさかのぼりましょう。

当時の日本は、律令という法律を作って、国が発展しかけていたころでした。けれどもこの法律は、土地を耕す人が死ぬと土地は国家に返す、土地は国家のもの、という建前になっていました。そうすると、働こうが働くまいが、収入は別に増えない。だから人々はあまり努力しないという問題がありました。国も税金が増えない。

そこで、国は例外を作った。自分で切り開いた土地は自分のものにしてよいという法律を作りました。743年、「墾田永年私財法」です。今でいう民営化ですね。そうすると、がんばって開墾し自分の土地を増やそうという人々が出てきます。こういう人々を、高校でまた習いますが「開発(かいほつ)領主」といいます。

しかし、ここでまた問題が起こる。自分で苦労して切り開くより、もっと楽に自分の土地を増やす方法がある。それは盗むことです。夜中にでも押し入って皆殺しにし、翌日からこれは自分の土地だという不届き者が出てきます。これをやられると開発領主はたまりませんね。どうしますか』。

一人を指名。

●「撃退しないといけない」。

『そうですね。ついでにいうと、この当時、今と違って警察は都を除いてありません。裁判所もない。法律もいい加減です。自分で自分を守るしかないから、刀や槍で武装するわけです。これを難しい言葉で「自力救済」といいます。こういう風にして、武士が発生したといわれます。
歴史を研究する先生は、昔から、こうして開発領主から武士が発生したとしてきましたが、最近は、それに加えて、国司などになって都から下った下級貴族が武士の起源だという説もあるようです。
大事なことは、この時代、自分の力で自分の命や財産や家族を守らなければならないという状況だったということです。このことを当時の武士たちは、こういう言葉で表現していました』。

「一所懸命」と板書する。

『現在は「一生懸命」ということが多いのですが、もともとはこの字です。ではこの「所」とは何でしょう』。

●「土地だと思います」。

『そうですね。領地です。』

3.「名誉」を守る

『しかし、強くなければ領地を守れません。武士たちは、実力で領地を守らなければならない。敵は盗賊だけではなく、隣の領主との間にも土地の境界線をめぐって争いが起こったりする。やはり力で、戦に勝って決着をつけなければならない。
さらに、武士にとって、強いという評判が立つことも大事だった。逆に言うと、卑怯なやつだといわれるとマイナス。卑怯というのは、結局自分の力に自信がないからだということになる。だから、強いという評判、卑怯なことは絶対にしない、正々堂々と戦うという評判がとても大事なわけです。こういう評判を「名誉」と言います。今の言葉でいえば、「プライド」ですね』。

ここで以下のように板書。
「領地を命懸けで守る」。
「名誉・プライドを命懸けで守る」。

『名誉は、場合によっては命以上に大事です。弱い、卑怯だという評判が立つと、それだけでもう、あいつの土地は簡単に奪えるということになる。だから、武士にとって名誉を守ることも命懸けなのです』。


4.誰のために命を懸けるか

『先ほど、貴族が地方に下って武士になった場合もあるという話をしましたが、確かにそういう武士も多い。こういう人は、貴族というだけで尊敬されましたから、その人が集まれというだけで、人が集まる。つまり力がある。そこで、そういう人に守ってもらおうと考える武士も出てくる。
その力のある武士を主君として、その人と次のような約束を交わす。私は、戦があるときは出かけていって命懸けでがんばる。その代わり、私のこの領地を守ってほしいと。主君の側も、有力な手下が多ければ自分の力が強くなるので、両方にとっていい。これを「御恩と奉公」の関係といいます。鎌倉時代で学習しましたね。当時、もっとも有力な主君を「棟梁」と呼びましたが、それが源氏と平家でした。
さて、侍という言葉は「さぶらふ」という言葉が語源といわれます。これは「主君のそばに控えている、スタンバイしている、命令を待っている」という意味です。
この場合、やはり命を懸けて命令を遂行しなければ主君は喜びませんね。主君にがんばって仕え、主君を喜ばせるということも、武士の名誉でありプライドなのです。
こうして、立派に命令を遂行する家来と主君との間には、厚い信頼関係が芽生えます。そうすると、戦で主君がピンチのとき主君を守って身代わりに死ぬという侍も出てくるし、主君が死んでしまったとき、それを追って切腹をするという侍も出てくる。また、主君が辱められたときには、その恨みを晴らそうとする侍も出てくるわけです。
このようにして、命懸けで主君に仕えることが、しだいに武士の理想のあり方だと考えられるようになりました。これが「武士道」という道徳であり、なかでも特に主君に尽くすという心のあり方を「忠義」といいます』。

「主君に命懸けで仕える=忠義」と板書。

『ここで考えてもらいたいことがあります。もともと「一所懸命」とは誰のためでしょう。自分のためですね。自分の領地を守りたいからです。ところが、主君に仕える侍は、戦に行けといわれて、その戦で死ぬこともある。では、武士が命を懸けたのは自分のためなのか。主君など人のためなのか。どっちだと思いますか』。

挙手を求める。

『どちらかといえば自分のため』。3人が挙手。
『どちらかといえば、人のため』。9人が挙手。

『これは難しい問題ですが、ひとつヒントがある。先生は学校で先生の仕事をしていますね。仕事の「仕」とは「仕える」という字です。では、先生は誰のために仕事をしているのか。自分が食べるため、というのはもちろんそうですね。でも、皆さんが将来社会に出て行って、いい仕事をしてもらいたいためでもあります。そうすると、自分のためか、人のためかという問題の答えは、おそらく両方ではないかと先生は考えます。この問題は、皆さん自身がまた考えていってください』。


5.困った殿様をどうするか

ここで教科書に戻り、「主君への忠義とは何か」の項目の最初の段落を生徒一人に音読させる。

『さて、話が江戸時代まで戻ってきました。江戸時代というのは、とても皮肉な時代です。侍は、命懸けで戦うということにその存在を懸けていました。ところが、江戸時代には、戦がなくなってしまった。また、もし争いがあっても、幕府が裁く。
そういう時代に生きる武士は、どんな気持ちなのでしょう。大きく二手に分かれたようです。多くの侍は、「死ななくてよくなった」とほっとしたと思われます。そもそも、江戸時代には武士は城下町に集まって住み、自分の領地がどこかも次第にわからなくなっていました。彼らは、毎日無事にお役所勤めをすれば生活していける。悪い意味でのサラリーマンになってしまった。
しかし一方で、そういう時代だからこそ、武士とは本来何なのかということを深く突きつめて考えた人が少数ながらおりました。そういう人は、教科書にあるように、仏教や儒教の考え方を借りて、武士とは何か、いかにあるべきかについての理論を組み立てていきました。
では、ここで最後の問題です。
世の中にいろいろな人がいるように、殿様にもいろいろな殿様がいました。中には、毎日贅沢にふけって遊び暮らす馬鹿殿様タイプもいましたし、一方で何でも強引に決めて自分勝手な政治をする独裁者タイプの殿様もいました。いま、皆さんが侍だとして、仕えている殿様が馬鹿殿様、あるいは独裁者型の殿様であったとします。殿様が毎日遊び暮らす、あるいは百姓一揆が起きようがどうしようが強引に政治をする。そういう時、皆さんが家来だったらどうしますか。どうすることが忠義を尽くすことになるのでしょうか。1分間考えて、答えをノートに書いてください』。

1分後、挙手を求める。

●「執権とか関白とかで習ったように、殿様の言うことは聞かないで、自分たち家来で決めてしまう」。

『無視して決めてしまう。それが忠義だと。でも、殿様が怒ったらどうしますか』。

●「とりあえず、ごめんなさいという」(笑)。
●「いま、藩のために何をしなければならないか問いただす」。

『ちょっとやってみてください』。

●「殿。いま、藩のために一番何が大事かご存知ですか」。

『考え直させるわけですね』。
●「お諫め奉る。殿、このようなことをなさっては、結果はこのようになるのではございませんでしょうか」。

『やはり、殿様が怒ったらどうしますか。特に独裁者タイプの、自分が正しいと信じ込んでいる殿様の場合どうしますか』。

●「ひたすら礼儀を大事にして、なにとぞお考え直しくださいと、ひたすら誠意を示す」。
●「最後の手段。主君を交代させる」。

『引退させる。でも殿様ですよ』。

●「そうであっても、命懸けで仕えるに値しない殿様であったら、藩のため領民のために追い出す。そして、血筋の人を新たな主君に据える」。

『実は、皆さんの言ってくれたことは全部正解です。実際に「諫言」といって間違いをただすことや、それでも聞かない場合は「主君押込」といって、殿様を強制的に隠居させたり、しばらく閉じ込めたりすることがありました』。


6.何のために命懸けでがんばるか

『では、教科書の最後の「公共の利益のために働く」の箇所を読んでください』。

一人に音読させる。

『忠義とは、主君のいいなりになることではなく、藩や家の存続のためにつくすこと、とありますね』。

「藩や家のために命懸けで仕える」と板書。

『さらに、また幕末のところで勉強しますが、日本がピンチのとき、藩の枠をこえて

日本を守る、公共の利益のために働くという考え方にもなっていきます』。

「日本という国に・公共のために命懸けで仕える」と板書。

『今日の授業で、武士道、忠義というのは、昔の考え方ではなくて、ひょっとして私たちに深く関係のある事柄ではないか、と感じてもらえればよいと思います。最後に聞きます。皆さんは、何のために命懸けでがんばりますか。これは、一生の宿題としてください』

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