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授業報告(高校日本史)
「さくらの散りゆくさま」に託された日本人の心

飯島利一(國學院高等学校教諭)
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《はじめに》
日本人はさくらをどのように愛でてきたのか。生徒がよく知っている、さくらのヒット曲を手がかりに、和歌などの史料からさくらに対する日本人の心情を探るのが、この授業のねらいである。
「さくらの散りゆくさま」が、もののあはれをはじめ、日本人の鋭い感性をあらわしてきたことを学び、さくらは日本人の心であり、日本を象徴する花であることを学習する。
《授業の展開》
1.授業のテーマは?
●今日は新学期にふさわしい授業です。まず、今日のテーマを当ててみてください。次の〔 〕のなかに入る言葉は何でしょう。
「世のなかに絶えて〔 〕のなかりせば
春の心はのどけからまし」 『古今集』五三
これは『伊勢物語』の主人公として有名な在原業平の歌です。世の中に、これがなかったら、春はさぞかしのどかに過ごすことができだろうに、ということです。何がなかったら、春はのどかなのでしょうか。
○・・・?
●ヒントを言いましょう。次キーワードから連想される言葉が[ ]の答えです。(次の語句を一つずつ生徒に提示する。@遠山の金さん A上野公園・靖国神社 B森山直太朗・ケツメイシの歌 C入学式・新入生など。)
○あっ、わかった。さくらだ。
●そう。正解です。みなさんは、さくらからどのような連想をしますか。今日は、わたしたち日本人が、どのような想いでさくらを見てきたのか、そしてさくらは日本人にとってどのような存在なのか、みなさんといっしょに探っていこうと思います。
2.現代若者のさくらのイメージ
●まず現代の私たちの場合。最近見られる「さくら」に関するヒット曲から考えてみましょう。最近の曲で「桜・さくら」のつくものにどんなものがあるでしょう。
○コブクロのさくら
○さくら(森山直太朗)・サクラドロップス(宇多田ヒカル)・サクラ咲ケ(嵐)・桜坂(福山雅治)など
。
●こうしてあげていくと、意外に「さくら」の曲はいっぱいありますね。しかも誰もが知っている大ヒット曲です。実はこれらの曲の歌詞を読んでみて、面白いことに気づいたのです。
<問題1>次のヒット曲(抜粋)は、さくらのどのような様子を歌っているでしょうか。共通して言えることは何でしょうか。
1.さくら(森山直太朗)
「さくら さくら 今咲き誇る 刹那に散りゆく運命と知って」「さくら さくら ただ舞い落ちる いつか生まれ変わる瞬間を信じ」
2.さくら(ケツメイシ)
「さくら舞い散る中に忘れた記憶と 君の声が戻ってくる」「花びら舞い散る 記憶舞い戻る」
3.桜(コブクロ) 「桜の花びら散るたびに届かぬ思いがまた一つ」
4.SAKURA(いきものがかり) 「さくら ひらひら舞い降りて落ちて 揺れる想いのたけを抱きしめた」「君と春に願いし あの夢は今も見えているよ さくら舞い散る」
○さくらが舞っている? 散っている?
●そう、そのとおり。詩の内容から共通していえることは、いずれも、さくらが散りゆく情景を描写していることです。友人や恋人との出会いや別れ、せつなく美しい思い出など、想いはいろいろだけれど、すべてさくらの散る様子に託してうたっているのです。咲きはじめや満開ではなく、何故さくらの散りゆくさまに、その心情をこめるのでしょうか。
3.「さくらの散りゆくさま」、日本人はどのように見たのか
●わたしたち日本人が散りゆくさくらに魅了され、想いを込めるのは、歴史をさかのぼって確かめることができます。そこで私たちにとって「さくらの散りゆくさま」は何を表現しているのか、和歌などから分析してみましょう。
<問題2>つぎの和歌の〔 〕に入る言葉は何でしょうか。さくらが咲いては散っていく様子にもっともふさわしい言葉はこれ以外にないと言っています。
〔 〕をほかにもいはじ桜花
咲きては散りぬあはれ世の中 (藤原実定『新古今集』)
(あ)かなしさ (い)せつなさ (う)はかなさ (え)うれしさ
○「せつなさ」か、「はかなさ」だと思う。
○「うれしさ」はないと思う。
●なかなかいい。日本的な感性だと思いますよ。正解は(う)です。これは、貴族から武士の世にかわり、時代の移ろいを嘆く、大徳寺左大臣藤原実定の歌です。
満開のさくらが散っていくさまは、諸行無常・盛者必衰などの仏教的な無常観を表現しているといわれます。この無常観は、やがて、「もののあはれ」という日本人的な、独特の情緒につながっていきます。「もののあはれ」とは、人間のはかなさや悠久の自然の中で、移ろいゆくものを美しいと感じる感性を言います。散りゆくさくらが美しいと思うのは、まさにこれにあたるといえるでしょう。
「もののあはれ」から、さくらを最も愛した歴史人物、さくらを詠んだ歌人といえば西行法師の名があがるでしょう。西行は『山家集』のなかで、さくらの和歌を140首も詠んでいます
。
<問題3>西行は『山家集』に載るある和歌で、「願わくば」と詠んで、さくらの花の下で「あること」を叶えたいと思っていました。その「あること」とは何でしょうか。
(あ)酒がのみたい (い)踊りたい (う)死にたい (え)眠りたい
○(あ)だったら、お花見になる。
○(う)かな。たしか桜の下に死体が埋まっているというのを、何かで聞いたことがある 。
●よく知っているね。そういう小説もあります。この和歌は、西行がとてもさくらに憧れていたことを物語るものとしてよく知られています。正解は(う)。
「ねがはくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」。実際に、この歌の通り、西行はさくらの季節満月のもとで生涯を閉じたということです。西行はさくらとの一体化を望むほど、その美しさ・はかなさ「もののあはれ」にのめり込んでいたのではないでしょうか。
散りゆくさくらを美しいと思う気持ち、いわゆる「もののあはれ」という情緒は、日本人がとりわけ鋭いと指摘するのが、藤原正彦氏です。
近年話題のベストセラー『国家の品格』のなかで、「情緒と形の国、日本」と題して、すぐれた日本人の感性について述べています。資料を一読してください
。
「悠久の自然と儚い人生との対比の中に美を発見する感性、このような「もののあはれ」の感性は、日本人がとりわけ鋭い。(中略)
この一例が桜の花に対するものです。桜の花はご存知のように本当に綺麗なのはたったの三、四日です。しかも、その時をじっと狙っていたかのように、毎年風や嵐が吹きまくる。それで「アアア」と思っているうちに散ってしまう。日本人はたった三、四日の美しさのために、あの木偶の棒のような木を日本中に植えているのです。
桜の木なんて、毛虫はつきやすいし、むやみに太いうえにねじれていて、肌はがさがさしているし、花でも咲かなければ引っこ抜きたくなる木です。しかし、日本人は桜の花が咲くこの三、四日に無常の価値を置く。たった三、四日に命をかけて潔く散っていく桜に、人生を投影し、そこに他の花とは別格の美しさを見出している。だからこそ桜をことのほか大事にし、「花は桜木、人は武士」とまで持ち上げ、ついには国花にまでしたのです。(中略)
アメリカ・ワシントンのポトマック川沿いにも、荒川堤から持って行った美しい桜が咲きます。日本の桜より美しいかもしれない。しかしアメリカ人にとってそれは、「オーワンダフル」「オービューティフル」と眺める対象に過ぎない。そこに儚い人生を投影しつつ、美しさに長嘆息するようなヒマ人はいません。」
●日本人のさくらに対する気持ちが、面白く理解することができます(傍線部を中心に説明)。朽ちゆくもの・枯れゆくもの・滅びゆくものに、美しさを感じる心は、欧米人には、およそ理解できないのかもしれませんね
。
4.さくらのイメージ 日本人の心
●藤原氏が説くように、私たちの先人は、さくらを「国花」と考えるようになりました。さくらは、日本を象徴する花と位置づけられるようになったのです。
<問題4>次の歌は国学者本居宣長の詠んだもの。〔 〕に入る言葉を考えましょう。宣長は何をたとえて「朝日ににほふ山桜花」と言ったのでしょうか。
敷島の〔 〕を人とはば
朝日ににほふ 山桜花
(あ)漢意 (い)大和心
●答えはこれしかないですね。(い)大和心です。大和心とは日本人の心ということ。その心は、清々しい「朝日ににほふ山桜花」であると詠んでいるわけです。
本居宣長の思想は、幕末・明治維新前後から、日本人のナショナリズムに大きな影響を与え、宣長のこの歌によって「桜=国花」というイメージが定着するようになったといいます。
明治時代になると、桜のなかでも、ソメイヨシノ(染井吉野、江戸末期の新種)が人気を呼び、城跡や公園・堤防や学校に盛んに植栽され、さくらのイメージが日本人の間に普及していきました。
それでは、本居宣長が、さくらに喩えた「大和心」(日本人の心)とは、何を表しているのでしょうか。
次の資料にあげた新渡戸稲造の『武士道』(奈良本辰也訳)を読んでいきましょう。
「たしかに、サクラは私たち日本人が古来から最も愛した花である。そしてわが国民性の象徴であった。宣長が用いた「朝日ににほふ山ざくらばな」という下の句に特に注目されたい。
大和魂とは、ひ弱な人工栽培の植物ではない。自然に生じた、という意味では野生のものである。それは日本の風土に固有のものである。その性質のあるものは偶然、他の国土の花と同じような性質を有しているかもしれない。だが、本質において、これは日本の風土固有に発生した自然の所産である。
また私たち日本人のサクラを好む心情は、それがわが国固有の産物である、という理由によるものでない。サクラの花の美しさには気品があること、そしてまた、優雅であることが、他のどの花よりも「私たち日本人」の美的感覚に訴えるのである。私たちはヨーロッパ人と、バラの花を愛でる心情をわかちあうことはできない。バラには桜花のもつ純真さが欠けている。それのみならず、バラはその甘美さの陰にとげを隠している。バラの花いつとなく散り果てるよりも、枝についたまま朽ち果てることを好むかのようである。その生への執着は死を厭い、恐れているようでもある。しかもこの花にはあでやかな色合いや、濃厚な香りがある。これらはすべて日本のサクラにはない特性である。
私たち日本の花、サクラは、その美しい粧いの下にとげや毒を隠しもってはいない。自然のおもむくままに、いつでもその生命を棄てる用意がある。その色合いは決して華美とはいいがたく、その淡い香りには飽きることがない。(中略)
太陽は東方から昇り、まず最初に極東のこの列島に光を注ぐ。そしてサクラの芳香が朝の空気をいきいきとさせる。このとき、このうるわしい息吹きを胸一杯に吸うことほど、気分を清澄、爽快にするものはないであろう。」
●新渡戸は、日本の武士道を世界に紹介するために、英文でこの本を書きました。その中で、「武士道」という日本人の精神を、さくらにたとえている。とりわけ、さくらのぱっと咲いて、ぱっと散るさまに、日本人の高潔さ・いさぎよさという美徳を見出しているのです(傍線部を説明)。
このさくらのイメージは、日本人の美徳を示すものとして、日本人(とくに軍人)のあるべき姿として、とらえられるようになりました。「同期の桜」をはじめ、軍歌などにも盛んにさくらがうたわれています。兵隊さんたちは、散りゆくさくらに自分を重ね合わせていたのです。
1.いざさらば我は御国の山桜
母の御元にかえり咲かなむ (海軍中尉、緒方襄)
●緒方中尉は、関西大学在学中に学徒出陣し、パイロットになり、志願して神風特別攻撃隊の桜花隊に入いりました。この歌で息子の思いを知った母、三和代さんは次の歌を詠みました。
2.散る花のいさぎよきをばめでつつも
母のこころはかなしかりけり
●中尉の歌は、祖国日本のために命を捧げる高潔さ・いさぎよさが、散りゆくさくらに託されています。
3.蕾にて散るも又よし 桜木の
根のたゆことのなきを思へは (海軍少尉、滝沢光雄)
●滝沢少尉(当時は一飛曹)は、甲種飛行予科練習生に志願し、昭和19年、第一神風特別攻撃隊山桜隊の隊員としてレイテ湾にて戦死を遂げました。
蕾のままでもよいと歌った滝沢少尉は、当時何歳だったと思いますか。実は、みなさんとほぼ同じ18歳だったということです。
5.日本人にとって桜とは?〈まとめ〉
●今日は、わたしたち日本人の、さくらへの想いを考えてきました。やはり、わたしたちにとって花とは、菊でも、チューリップでも、バラでもなく、さくらなのだなという実感が湧いてきませんか。
歴史的に見ていくと、日本人は、その時代の心情を、さくらに託してきたということです。
「さくらの散りゆくさま」は、「もののあはれ」という日本人の独特の情緒をあらわし、やがて日本人の心となって、とくに高潔さ・いさぎよさを表現してきたことがわかります。
まさに、さくらは私たち日本人を代表する、日本を象徴する花と言えるでしょう。そして、日本人がうけついできた桜のイメージは現代のヒット曲のなかにも通じるものがあるような気がします。
《生徒のおもな感想》
○桜はぼくの大好きな花です。日本人にふさわしい花だと思います。派手すぎず、そして早いうちに散ってしまう、いさぎよさがぴったりです。小学校のときに桜の詩を書いて先生にすごくほめられたことが今でも心に残るさくらの思い出です。
○桜の季節になると、なぜ天気予報とか、みんなで取りつかれたように騒ぐのだろうと思っていたけれど、今日の授業で、さくらと日本人の深いかかわりを知ることができた。
○わたしは、満開のさくら道を歩くのが好きです。それから、外国の人はさくらをあまり好きでないというのを聞いたことがあります。でも日本人ならではの、その良さを共感しえることは、うれしいことだと思いました。
○さくらはどの時代でも人々から愛されている花だなと思った。日本人は感受性が豊かなので、その時代、その歌を詠んだ人の心情を知ると、とても奥が深いものだなとおもった。
○散るさくらに対する日本人のイメージは今も昔も変わっていない部分があるのだなと思った。昔の和歌からいろいろ情景とか心情とかを考えられて勉強になった
。
《参考文献》
・牧野和春 『新桜の精神史』 中公叢書
・小川和佑 『桜の文学史』 文春新書 2004
・田中秀明 『桜信仰と日本人』 青春出版社 2003
・白幡洋三郎 『花見と桜』 PHP新書 2000
・藤原正彦 『国家の品格』 新潮新書 2005
・新渡戸稲造・奈良本辰也訳『武士道』 三笠書房 1993
・靖国神社編 『いざさらば我はみくにの山桜』 展転社 1994
・靖国神社編 『散華の心と鎮魂の誠』 展転社 1995
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