平成19年度自由主義史観研究会全国大会レポート/総合学習実践記録
地域教材(庚申講)を取り入れて

高橋智之(岩手県公立小学校教諭・自由主義史観研究会会員)

1.はじめに

「歴史と教育」65号(平成14年7月)に掲載された模擬授業である沖英治先生(滋賀県高校教諭)の「庚申講」を、小学生の総合的な学習の展開に作りなおした実践です。教材として庚信講が有効な点を以下に挙げます。

(1)庚申塔は、現在勤務している学校のすぐ近くあります。いろいろな主旨で建立されたいくつかの塔と一緒にあります。児童は、ぼんやりではあるが、それら全部が農民一揆に関係した石塔であると思っています。江戸時代のつらい農民のイメージとつなげているようです。

江戸時代の貧農史観とは違った様子を伝えることができると考えます。

(2)勉強の入り口は、1つの石塔というせまいものです。しかし、調べていくと干支に関係したりしていて、実は身近な内容である点。また、昔の人の考え方(十干など)に触れることができる奥行きのある教材だと思います。

「勉強の入り口は狭く、出口は広く」という児童が興味を引く展開を組み立てることができると考えました

2.実践記録

時数
活 動 内 容
備     考
1、2 写真を提示し、どこの場所かを推理させ探しに出かける。その後、石塔に書かれてある文字を記録する。
※書かれてある文字は、「庚申塔」・「寛政12」・「寄進した人と思われ人の名前十数名」である。



ただ、「調べに行きましょう。」ではつまらないので、写真を用意し推理クイズ風に展開する。通学路ということもあり、すぐ分かられてしまった。
3 「庚申塔」・「寛政12」の読み方と意味
※どの程度、理解が進んだかは、「3、実践記録(3)を参照
聞き取り調査の宿題としたので、授業は確認作業であった。
4,5 元号についての学習
寛政12年は、1800年のことであり、庚申塔がその年にできた予想できる。
ホームページ(教科書が教えない歴史)の授業作り最前線に掲載の「元号って何だろう」を参照
6 「申」から十二支について調べる 昔十二支は、「丑年生まれ」と言っただけでなく、方角や時間を表し、日常の生活に深く関わっていた。
7 「庚」から十干を調べる@ 昔の人は、自然や世の中の仕組みをどのようにとらえていたのかについて、陰陽説を中心に学習した。
8 「庚」から十干を調べるA 昔の人は、自然や世の中の仕組みをどのようにとらえていたのかについて五行説を中心に学習した。
9〜13 「庚申日」の言い伝えや行事を調べよう インターネットを使って調べる。庚申は広く信仰されていたので、簡単にヒットするし、最低限おさえてほしいポイントは、おさえることができた。
14〜22 今まで調べたことをまとめよう。
・元号
・干支(時間、方角、動物)
・十干(昔の人は、自然の様子をどのように考えていたのだろうか。)
庚申日の言い伝え
庚申日の行事
以上、大きく5つの観点でまとめる。ただし、下線の2つについては、必ず書く。
※児童の新聞を参照
模造紙大の新聞原稿に個人新聞の形でまとめる。
《まとめ方》
1.みんなが読みたくなるような新聞の名前を決める。
2.発行日や発行者の名前を書く。
3.課題や調べて分かったことを順序よく書く。
4.文章だけでなく、箇条書き・図表・地図・イラスト・吹き出し・4コマ漫画・オリジナルキャラクターを使っての説明など、楽しく読みやすい新聞にする。
5.ペン・プロッキー・色鉛筆などを使い見やすい新聞にする。
6.社説として学習のしての感想を書く。
23 新聞発表会 授業参観日に合わせて発表会を行う。保護者の方にも聴いてもらう。

アメリカの祝日と比較しながら、日本の祝日の意義や由来について考えることを通して、郷土やわが国の文化と伝統を大切にし、郷土や国を愛する心を育てる

3.実践記録(学級通信から)

(1)1,2時間目

総合学習は、一枚の写真から学習をスタートしています。ある場所の一部を拡大した写真(実践記録)です。どこかお分かりでしょうか。実は学校の近くの場所です。よく見ると「庚」とう文字が見えます。さて、これにはどのような意味があるのでしょうか。実は、意外と身近なものだったりするのですが、これから子どもたちができるだけ自分達の力で調べて、解決していってほしいと思います。

先日の写真の場所は、Fさんのお家の近くの石碑です。大きく「庚申塔」と彫っています。あの石碑はどのような意味があるのでしょうか。これから調べていくのですが、まずは、「庚申塔」の読み方です。子供たちがおうちの方への聞き取り調査を行うことがあるかもしれません。その時には、分かっている範囲内でご協力くださるようにお願いします。 

(2)3時間目

前号でお知らせした「庚申塔」ですが、子ども達の聞き取り調査の結果、「こうしんとう」と読むことがわかりました。「かのえさるのお祭り」という意味らしいです。さらに、石塔には「寛政十二」と書いてあり、「かんせい12」と読むことも分りました。課題に向けて一歩前進ですが、まだ謎もあります。今後は、それぞれどのような意味なのか調べていきます。 

(3)4,5時間目

今回の課題は、「寛政十二とは、何なのか。」です。実は、「寛政」とは元号です。平成・昭和・大正・明治も元号です。しかし、それ以外はあまり知られていません。そこで、元号の学習も含め、今回の課題を解決しました。

○元号とは…

・今から約1300年前の飛鳥時代から使われています。
・天皇が決めていました。※「平成」からは、内閣が決めるよいうになりました。
・元号は、全部で247個あります。記念すべき最初の元号は、「大化」です。「大化の改新」の大化は元号なのです。
・今では、元号を使っているのは日本だけです。昔は使っている国もあったのですが滅ぼされたりして、日本だけになりました。
・元号には、願いが込められています。「平成」には、国の内外に平和が達成されるようにという願いが込められています。そのため、「死」や「辛」という漢字は使われません。逆に、名前で使われる漢字と重なっています。文佳さんの「文」も、結構使われています。授業の中で、子どもが考えた元号を紹介します。

1 明心(明るい心で生活できるように)
2 健長(健康で幸せな一生を送れるように)
3 仲元(みんな元気に仲良く暮らせるように)

寛政元年は、1789年です。それから計算すると、寛政12年とは、西暦1800年のことであり江戸時代の終わり頃です。石塔は、今から207年前に建てられたものと考えられます。200年以上も前の石塔が、今も毎日見られるというのは、何か不思議な感じがします。

(4)6時間目

今日の課題は、「庚申塔」の「申」です。漢字辞典で調べてみると、

1,申す(ものを言う。)   2,十二支の9番目。動物ではサル。
3,方角では、西南西    4,時間では、午後4時(前後2時間)

という意味でした。生まれ年の干支は誰でも知っている身近なものですが、昔は方角や時刻も干支であらわしていました。「丑三つ時」は、深夜2時頃のことで怪談話などでよく出てきます。鬼門である北と東の間の干支は丑と寅です。昔話の鬼の姿は、虎の皮をかぶった丑がよく描かれています。    

さらに、庚申塔とはどのような関係があるのか調べていきます 。

(5)7時間目

これからの課題は、『「庚」とは、どのような意味なのか?』です。漢字一文字ですが、かなり深い意味があるのですが、その前に、小さい頃一度は感じた疑問から考えていきました。

なぜ、昼と夜があるのか?・なぜ、季節(春夏秋冬)があるのか? この自然を作っているもとは、何か?

現在に生きる私たちは、地球の自転の公転によるものだという理由を知っています。そのようなことを知らない昔の人は、どのような理由によるものだと考えたのでしょうか?

それが、『「陽」(よう)と「陰」(陰)の「気」(き)』です。「気」とは、目には見えないけれどもなんとなく感じられる分かったような分からないようなものです。それには、2種類あり、そのバランスの変化が、いろいろな変化を作り出していると考えられていました。

太陽

例えば、陽の気が強い季節が夏で、陰の気が強い季節が冬です。         上の表は代表的な例ですが(男女の関係は、現在は当てはまらな いかもしれません(笑))、直感的にその他にもたくさん考えられました。

(6)8時間目

「この自然を作っているもとは、何か?」という質問に、現在は、「水はH2O」というように原子や分子の単位で説明しています。昔の人は、木・火・土・金・水の5つが自然を作っているもとだと考えました。

そして、例えば水の場合。一言で水と言っても、水にはいろいろな姿があります。稲作にとって恵の水になる時もあれば、洪水など害をもたらす時もあります。そこで、水の中にも、陰と陽の気があると考えられるようになり、まとめて十干と呼ばれるようになりました。

木:きのえ()、きのと( 火:ひのえ()、ひのと( 土:つちのえ()、つちのと( 金:かのえ()、かのと( 水:みずのえ()、みずのと(

この表の中に、「庚」という漢字があります。「庚」とは「金の兄」のことで、「自然ともとになる金のなかで、陽の気を持っているものという意味でした。」

長い年月の間に十干と十二支が結びついて、年や日にちを数えることや占いに使われるようになりました。「甲子」(きのえ+ねずみ)、「乙丑」(きのと+うし)など全部で60通りの組み合わせがあります。その組み合わせで、縁起のいい日や悪い日があると信じられるようになりました。

最近では1966年の「丙午」(ひのえ+うま)の年です。丙午の年に生まれた女性は、気性が激しく夫の寿命の縮めるなどの言い伝えがあり、出生数が極端に少なくなっています。同じように「庚申」は、縁起の悪い禁忌の日とされるようになりました。そこから、さまざまな言い伝えや行事が行われるようになっていきました。

今は、言い伝えや行事について調べています。

(7)9〜22時間目

4月から調べてきた庚申塔について新聞でまとめていましたが、ついに完成しました。 子どもたちは、庚申の日の言い伝えと庚申の日に行われていた行事についてインターネットで調べました。

新聞つくりでは、教師の手を借りることも無く、自分たちで書き上げることができました。廊下に掲示していますので、学校に来た際にはごらんになってください。

新聞の内容を少しだけ紹介します。

庚申の日の言い伝えとは・・・
人間の体内には三尸(さんし)の虫(彭侯子(ほうこうし)、彭常子(ほうじょうし)、命児子(めいじし))が頭と腹と足にいて、いつもその人の悪行を監視しているという。60日ごとに巡ってくる庚申の夜、人間の睡眠中をうかがって体外に抜け出し、天に昇り、天帝に悪事を報告するという。そして、人の命を短くするとも言われる。

そこで、庚申の日に行われたの行事が・・・
それをさせないために、庚申の晩は神々を祀り、酒盛りなどをして寝ないですごした。村々の中心をなす家に、主だった人々が集まり、祭祀を行った後に会食をした。これを、庚申待とか宵庚申という。江戸時代に山間に行われるようになった。江戸庶民にとっては宗教行事としての堅苦しさよりも、夜に集まって寝ずにいる一種のイベントとして発展した。三尸を駆除する呪文もあり、それを唱えると寝ることもできた。

(8)23時間目

授業参観にあわせての発表会を行った。
・石塔は知っていたがその意味ははじめて知った。
・大人でも知らないよう事を調べいて驚いた。
・干支と関係があったのは面白いと思った。    
などの感想がよせられた。

3.参考資料
・「歴史と教育」65号(平成14年7月)
・現代こよみ読み解き辞典 岡田芳郎・阿久根末忠編著 柏書房
・フリー百科事典「ウィキペディア」(インターネット)

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