模擬授業(高校日本史)
戦国時代の「家訓」に見る武士のあり方

※この模擬授業は自由主義史観研究会全国大会で行われました。


森 一郎(兵庫県公立高校教諭)

はじめに−「家訓」に注目

最近は一種の武士道ブームである。映画、テレビドラマをはじめ、武士や武士道に関する書籍も多く出版されている。しかし、これらの中には、単に想像やイメージだけで武士を描き、武士道を語っている傾向がないだろうか。  

実際の武士たちは何を重んじ、何を尊び、何を卑しみ、またどのような知恵をめぐらして生き抜いたのか。このような、現実に存在した武士たちの価値意識(エートス)と生き方を把握でき、しかも、生徒たちに興味深くわかりやすい形で提示できる史料として、今回の授業では、武士の「家訓」に注目した。ところで、家訓も時代によって様々あるが、今回の授業では、戦国時代における武士(戦国大名)の家訓を取り上げたい。

元来、闘争を本務とする武士の本質は、戦国の厳しい競争環境の中でこそ伺えると考えたからである。同時に、戦国大名は、領国支配者であり統治者であった。この、江戸時代に引き継がれていく武士の統治者としての側面も、戦国家訓には濃厚に見て取れる。さらに、戦国大名は、当時一級の文化人でもあった。殺伐とした戦乱の世にあって、学問、芸術、宗教を重んじ、豊かな精神生活を送っていたのである。

この授業では、以上のような、闘争、統治、文化のそれぞれの側面に関して、武士のあるべき姿がいかに語られたかを考察していく。最終的には、それらを総合して、等身大の戦国武士像に迫っていけたらと考えている。

ところで日本史教科書もまた、戦国家訓を「家法、分国法」などとして紹介している。しかし、その紹介には大きな偏向があり、主に戦国大名の領国統治がいかに苛烈なものであったかを印象付ける条文しか紹介されていない。歴史を支配者の圧政・搾取とのみ見るマルクス史観は、依然として健在である。今回の授業では、このような偏った貧しい武士像を克服し、尊敬すべき先人としての魅力に満ちた武士像を、家訓史料を幅広く見ながら構築していきたいと考えている



1.戦国大名の領国統治−基礎事項を確認

高校日本史を想定した今回の授業では、最初に、穴埋め式のプリントを用いて、戦国大名の領国統治に関する基礎知識を確認することから始めた。

戦国大名は、それ以前の守護大名と違って、幕府の権威の背景もなく、古来の荘園制も基盤としていなかったため、様々な工夫をしながら領国を統治する必要があった。それが、兵農分離であり、城下町の建設や指出検地などであり、分国法の一つである家訓も、そうした領国統治の一つの方法であった。家訓は、法律として家臣団及び領民を統制する役割を果たすとともに、跡継ぎに統治の知恵を伝授していく役割ももっていた


2.戦国家訓はどっち?

授業はここからが本番である。

プリントには、それぞれ相反する内容の家訓のセットが六つ列記されている。そのどちらかが、当時の家訓の正しい内容である。

読者諸氏も、まず予想を立ててみていただきたい。

問1
〈a〉 身に付けるものは、出来るだけ立派で派手なものがよい。粗末なものでは、敵や臣下に低く見られるおそれがある。
〈b〉 身に付けるものは、見苦しくない程度に止めておき、派手であってはいけない。

問2
〈a〉 役職は、才能や忠誠の度合いによって決めるべきで、古くから仕えているというだけで、登用してはならない。
〈b〉 古くから仕えている家臣を大切にし、その役職も代々継がせるほうがよい。

問3
〈a〉 領民からの不満や要求は無視して、思うがままに領国を治めよ。
〈b〉 領民に対してその意見をよく聞き、こまかな心配りが大切だ。

問4
〈a〉とにかく武術を磨くことが大切で、学問などは軽視された。
〈b〉戦国時代の武士といえども、学問は大切である。

問5
〈a〉 武士にとっても神や仏を祈ることを大 切にしなければならない。
〈b〉 神や仏に頼ることは、武士として恥ずべきことだ。

問6
〈a〉 戦国時代はとにかく勝つことがすべて で、「義」、「信」、「礼」など、いわゆる武士道はなかった。
〈b〉 戦国時代といえども「義」、「信」、「礼」などは大切にされた。

授業では、まず直観的にどちらか選ばせた。今回の模擬授業では、それぞれにつき、次のような意見分布となった。

問1

10名
30名
問2
40名
0名
問3
2名
38名
問4
9名
31名
問5
37名
3名
問6
7名
33名

次に、戦国時代の著名な家訓を資料プリントにして配布した。ある程度時間を取って、この史料を通読させ、その上で、再度上記の設問について解答してもらった。

以下本稿では、各設問の正解と、それぞれについての根拠となる家訓の条項を示していく。

問1(服装は派手か、質素か)

≪正解はb≫

@早雲寺殿廿一箇条
第6条 刀や衣裳は他人のように、ことに立派なものをつけようとしてはならぬ。 見苦しくない程度で満足し、決して華美に流れるようなことがあってはならぬ。

A朝倉孝景条々
第8条 朝倉家の一族をはじめ、年の初めの出仕に着る上衣は、布子(木綿の綿入 れ)とすべきである。(略)皆粗衣に甘んじることができるようにしなくてはならな い。

問2(登用は能力か、世襲か)

≪正解はa≫

@朝倉孝景条々  
第1条 家老の職を一定にしてはならぬ。 その者自身の才能や、忠誠心によってそれぞれの役目を申し付ける。
第2条 代々受け継いできたからといって、無用な者に、奉行職などを預けてはいけない。

A武田信繁家訓  
第91条 党類の者だからといって、特別贔屓にして執りたてるようなことをして はならない。


問3(領民統治の姿勢)
≪正解はb≫

@朝倉孝景条々  
第14条 一年に三度ぐらいは、有能で正直な者に申し付け、国内を巡視させて、領民の申告を聞き、そのことを参考にして、政治の改革をしていくがよい。  
補則:家臣・領民に対しては、「不動・愛染明王」のごとく、外面は厳しくとも内面は慈悲の心をもち、良き事は褒め、悪しき者は罰し、理非善悪を公明に分すること。

A武田信繁家訓
第34条 百姓に対しては、彼らに課し与えた義務以外の事について、あまり苦 しめてはならぬ。
第82条 下々の者に対してつねに注意し、寒さにつけ、暑さにつけ、また風に際 し雨に際して、忘れることなく、憐れみの心を惜しんではならない。

B早雲寺殿廿一箇条  
第14条 上下万民すべての人々に対し て、一言半句たりともうそをいうようなことがあってはならぬ。

C北条氏綱遺状
第2条 侍から地下人や百姓にいたるまで、それぞれ不愍に思うべきである。


問4(学問を重視したか、軽視したか)

≪正解はb≫

@早雲寺殿廿一箇条
第12条 わずかな時間でもひまがあれば、文字の書いてある本を詠むべし。  
第17条 友を選ぶ場合、良友として求むべきは、手習いや学問の友である。  
第21条 文を左にして、武を右にするのは、古から伝わっている武士の道である。

A武田信繁家訓  
第11条 学問の道についても、決してなおざりにしてはならぬ。  
第28条 『論語』に「行いに余力があったならば,怠ることなく学問に励むがよい」 と述べられている。


問5(神仏へ祈るか)

≪正解はa ≫

@朝倉孝景条々
第16条 神社仏閣を崇敬し、社殿の破損をすみやかに修理せよ

A朝倉宗滴話記
 
第12条 つねに神仏の罰を恐れ、身分の上下によらず、主従ともにその身を慎む べし。  
第73条 武士は天道様の冥加があってこそ、多くの人に敬愛される。

B武田信繁家訓  
第30条 参禅して仏法の妙理をきわめ味わうこと。  
第72条 神仏を信仰せねばならぬ。『左伝』の中にも「神は非礼なる者は加護 し給わない」とある。

C毛利元就遺誡十四箇条  
第12条 朝日を礼拝し、念仏を十篇づつ唱えること。そうすれば、行く末は無論、現世のしあわせも祈願することになる。
第13条 厳島明神を大切にせよ。

D早雲寺殿廿一箇条  
第1条 神仏を信じ奉るべきこと。  
第3条 神仏への礼拝をし  
第5条 神仏を礼拝することは、身の行いというものである。

E北条氏綱遺状  
第4条 倹約を守っていれば、天道の冥加を受けることができる。


問6(武士道は大切にされたか)

@北条氏綱遺状
第1条 大将だけでなく、およそ侍たるものは、義をもっぱらに守るべきである。義を守って滅亡するのと、義を捨てて栄華をほしいままにするのとでは、格別の相違がある。
注:新渡戸稲造の『武士道』では「義」は武士の掟の中でもっとも厳格な徳目であるとされ、七つの徳目の中で、最初に述べられている。  

A武田信繁家訓
第2条 武士として戦場にのぞんだならば、少しの卑怯未練の振る舞いがあってはならぬ。
第9条 『礼記』にも「人は礼にかなえば安泰であるが、不礼の行為多ければ、その身も危うい」とある。
第13条 つねに礼節に対して油断があってはならぬ。
第22条 忠節の念の堅固な家来を忘れ てはいけない
第62条 古語にも「老人にたいしては、つねに父母を敬うのと同じにせよ」というのがある。

B早雲寺殿廿一箇条  
第5条 ただひたすらに心を正しくおだやかに持ち、正直一途に暮らし、上なる人を敬い下なる者を憐れみ、つつみかくしなく、有るをば有るとし、無きをば無いとして、ありのままの心持で生活することが、天意にも仏意にも適うというものである



3.家訓をつくる

実施した模擬授業はここで時間切れとなったが、生徒に対する授業では、最後に、次のような課題を設定している。

あなたの家の家訓をつくるとしたら、どのような家訓をつくりますか。
戦国大名の家訓を参考にして、三つ書きなさい。


◆この課題は、むしろ宿題にして、自分自身の生き方の原則をじっくりと考えさせたい。また、家族の人たちと一緒に考えるよう指示すれば、「我が家の家訓」づくりが団欒の話題となり、それを通して、親の子への思いを改めて知ることとなったり、家族の絆を深めるよい機会になると思われる


おわりに

従来流布する戦国大名のイメージは、おおよそ次のようなものに留まっていたと思われる。

■戦国大名は、自分の領地の拡大を図るため、にひたすら戦争ばかりを行い、そのために思うがままに領民を搾取するだけの存在であった。
■戦国大名は、学問にも、信仰にも無頓着で、ひたすら戦うだけがすべての存在であった。
■戦国大名は、たとえ欺いてでも敵を倒すことがすべてで、義、信、礼、正直などの道徳心はまったくなかった。

「はじめに」でも述べたように、教科書に掲載されている家訓も、このようなイメージを補強するものでしかない。

試みに、五冊の高校日本史の教科書で家訓の内容を比較してみると、大半が、

・喧嘩両成敗、領地売買の禁止
・農民の逃散・離村の禁止
・違反者には縁座制できびしく処罰
・結婚は主君の許可が必要

など、いずれも厳しい規則で家臣と領民を縛り上げ、押さえ付ける側面の条文のみを取り上げている。今回確認した、領民を労わり気遣うことの大切さを述べたり、学問の大切さ、信仰の大切さを述べたり、義、礼や正直の大切さを説く条文などはまったく紹介されていない。

教科書の家訓の紹介は、意図的に戦国大名のイメージを一面化していると言わざるを得ないのである。

今回の授業のねらいは、実際に戦国家訓の各条文を読み、いわば戦国大名の肉声に触れることによって、従来の戦国大名(ひいては武士)のイメージを変え、豊かにすることにあった。さらに、もし生徒たちが、戦国を生き抜いた武士たちの生き方と心映えに学び、そこから何らかの将来の糧を得ることができたなら、授業者としては望外の喜びである。

読者諸氏のご高評を待つ次第である 。


《主な参考文献》

・桑田忠親 『武士の家訓』 講談社学術文庫
・山本博文 『日本人として武士道を身につける』 中経出版
・小澤富夫 『歴史としての武士道』 ぺりかん社
・黒田基樹 『戦国大名の危機管理』 吉川弘文館・歴史文化ライブラリー
・八幡和郎監修 『武将が信じた神々と仏』 青春新書
・近藤 斉 『総説 武家家訓の研究』 風間書房

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