論集『明治憲法の授業をつくる』 (仮題)編集に向けて
今、なぜ明治憲法の授業づくりが必要か


吉永 潤(神戸大学発達科学部助教授)

はじめに

昨年四月、八木秀次氏の『明治憲法の思想』〈PHP新書〉が刊行された。本書は、明治憲法制定の思想が何であったかを解明し、この憲法への戦後の歪曲的理解を克服するとともに、この憲法の今日的意義を指摘した画期的な著書である。

昨年六月、自由主義史観研究会では八木氏を招いて本書の学習会を実施、八月の全国大会では講演をいただいた。また、この大会のレポート検討会では事前に明治憲法の授業報告を呼びかけ、貴重な報告が相次いだ。以上を踏まえ、研究会では、論集『明治憲法の授業をつくる』(仮題)の編集が立案された。

以下本稿は、この論集の問題提起論文として草したものである。

1 悪の憲法か

「明治憲法は、自由民権運動に対抗するため、君権の強いプロイセン憲法を参考にしてつくられた。この憲法では、天皇の権力は極めて強かった。大臣は天皇を補佐するものとされ、議会は開かれたがその権限は弱かった。また国民の権利や自由は制限されたものに過ぎなかった。…」これは、教科書の明治憲法についての記述を最大公約数的にまとめたものである。小、中学校社会科、高校地歴科、公民科ともに、教科書における明治憲法についての記述は、出版社による多少の違いはあるものの、ほぼどれも右のような主旨のものである。このように、明治憲法に対しては、否定的な記述が極めて優勢なのである。

このような教科書記述で学ぶ結果として、明治憲法についての多くの人々のイメージは極めて悪いものとなっている。八木秀次氏は、ある若い人が、「明治憲法は、ショッカー(仮面ライダーの悪の軍団)の作ったものであるかのように思ってい」たというエピソードを紹介している。(八木秀次『日本国憲法とは何か』2003年、PHP新書、137ページ)

しかし、本書では、前記のような明治憲法の記述は、ほぼ完全に間違いであることを明らかにしたい。そして、明治憲法をより正確に理解し、より公平に評価し、より積極的に意義づける授業づくりを提案していく。本稿では、主に近年発表された八木秀次氏と小山常美氏の優れた研究に拠って、@教科書で明治憲法が否定的に記述される理由を考え、Aいま明治憲法をあらたな観点から教え学ぶことの意義について考察する。

2 明治憲法はなぜ否定的に評価されてきたか

まず、教科書において、前記のように明治憲法が否定的にのみ扱われるのはなぜか。この点について、大きく二つの指摘がなされている。 まず一点目は、マルクス主義史学(なかでも、いわゆる講座派史学)による日本近代史把握の影響である。

鳥海靖氏は言う。「第二次世界大戦の敗戦からほぼ二○年、一九六○年代の半ばころまでは、日本近代史の分野では、マルクス主義歴史学、ないしそれに近い立場からの歴史研究が圧倒的に主流を形成していた。そこでは歴史は、おおむね国家権力の圧制・人民の抑圧とそれに対する人民の闘争として図式化される。そして、明治維新以降、第二次世界大戦の敗戦に至る日本の国内体制の『専制的』『圧制的』性格が強調され、日本の近代については、西洋先進諸国の近代との比較において、もっぱらその『遅れ』『ゆがみ』『不十分さ』『半封建的性格』などが力説された。いわば日本近代史(戦前)をほとんど全面的に否定的にとらえる傾向が濃厚だったのである。(略)

明治憲法体制は民主主義革命をめざす自由民権運動の弾圧の上に形成された『外見的立憲制』であり、人民の権利・自由は抑圧され、その下での立憲政治・議会制度は十分な発展を妨げられ、結局は、『天皇制絶対主義』権力の圧制のかくれみのとなったにすぎなかった、等々というわけである」。(鳥海靖『日本の近代』1996年、放送大学教育振興会、14ページ)

しかし、小山常美氏は、このようなマルクス主義講座派史学理論が学会では一九七○年代以降主流の座を降り、今日では少数説に転落しているにもかかわらず、「教科書のほうでは、一九七○年代以降、逆に、明治維新絶対主義改革論と天皇制絶対主義論が隆盛を極めていく」と指摘する。(小山常美『歴史教科書の歴史』2001年、草思社、220ページ、〈〉内引用者)

これはなぜか。小山氏は次のように説明している。「明治維新絶対主義改革論的・天皇制絶対主義論的立場とは、教員組合のものである。したがって、五三(一九七八)年度〈指導要領改定〉以降、さらには〈八二年、文部省が高校教科書検定で「侵略」を「進出」に書き換えさせたという誤報を新聞各社が報道した〉教科書誤報事件以降、教科書内容に対する支配権が、少なくとも歴史教科書においては、文部省から教員組合に移ったといえるのではないだろうか」。(同上221ページ)

教科書の明治憲法への否定的評価の理由の二点目は、明治憲法と、現憲法である日本国憲法との関係に由来するものである。

八木秀次氏は次のように述べる。「明治憲法は日本国憲法との比較対照で常に悪役を演じさせられている。(略)明治憲法の今日の評判の悪さは.不当であり、そこには何か裏がありそうである。そしてそれは他ならぬその制定の過程に後ろ暗いところのある日本国憲法を明治憲法との比較対照で少しでも良く見せるためのトリックである可能性が高い。日本国憲法善玉論に対する明治憲法悪玉論というわけである」。(八木秀次『明治憲法の思想』2002年、PHP新書、36ページ)

この「後ろ暗」さとは、今日よく知られるようになった日本国憲法制定過程を指す。日本国憲法は、総司令部(GHQ)作成の原案に基づいたのみならず、公布に至るまでの帝国議会及び枢密院の審議過程における一字一句の修正にいたるまで、総司令部及びワシントンの極東委員会の承認を必要とした。この現憲法の制定過程は、極めて不十分な記述ながら、教科書にも登場する。

小山氏は次のように指摘する。「多数の教科書が五三~五五年度版以降に〈それまでは隠されてきた〉GHQ案を取り上げるようになると、いっせいに明治憲法に評価を貶めていき、天皇制絶対主義的な記述をおこなっていく。(略)明治憲法は、内容の面でも成立過程の面でも、悪い評価が与えられることになる。こうなれば、『悪い内容の明治憲法を変えるには、少々でたらめな方法で日本国憲法を作ってもしょうがなかったのだ。明治憲法もあまり良い作られ方はしていないではないか』という論理で、『日本国憲法』の成立過程のいかがわしさを補うことができるかもしれないことになるからである」。(小山前掲書239~240ページ、〈〉内引用者)

以上のように、明治憲法は、@歴史を権力の人民への抑圧と人民のそれへの闘争の過程としてのみ把握する特異な歴史観を貫徹する必要、およびA現・日本国憲法の成立過程における問題性を隠蔽、相殺する必要から、教科書において悪憲法の役割を引き受けさせられているということができる。

無論このことは、明治憲法の政治組織構成に内在的な問題性がなかったとか、その人権・自由の規定が今日の水準からみて限界をもたなかったということを意味しない。しかし、そういった問題性や限界を適確に学習するためにも、まず、明治憲法に対して頭ごなしに貼られた悪というレッテルを引き剥がす必要がある。

3 消極的再評価から積極的再評価 へ

日本国憲法の改正を支持する意見は、ここ数年、複数の世論調査において常に過半数を占める状況となっている。

このような中、本年五月三日に、「自主憲法制定国民会議」(会長=愛知和男)が新憲法案を公表した。その「前文」は次のように謳っている。「わが日本国は、建国以来、伝統、文化、国民統合の象徴たる万世一系の天皇の下、国民が力を合わせ、幾多の苦難に遭遇しながらもそれらを克服しつつ、生成発展を遂げてきた。かかる歴史の中で、われわれの祖先は、わが国独自の文化を築き上げてきた。とりわけ、人の尊厳を重んじるがゆえに人の和を尊び、自然を畏敬するがゆえに自然との調和を図る伝統の中で培われた『共生の精神』こそ、わが日本国の文化の精華である。(略)日本国民は、二十一世紀を『共生の世紀』たらしめることを我々の使命と位置付け、ここに、日本国民の至高の意志により、新しい憲法を持ってこれを宣言する」。(「産経新聞」平成15年5月3日)

この憲法案が、これまで発表された改正案と異なる点は、我々の国・日本がどういう歴史、伝統、文化を持つ国なのか、未来に向かっていかなる価値を大切にしていこうとするのかを明言している点である。(ただし、わが国の文化の特質を「共生の精神」と特徴付けることができるかどうかは大いに検討されてよい。)

八木氏によると、憲法・コンステ ィテュ―ションにはおよそ二つの意味がある。まず、本来的な意味での「憲法」という概念で、「その国の政治の在り方や、それが拠って来たる伝統や文化、またそういったものを記しているもの」という意味である。もう一つの意味は、近代的意味での「憲法」概念であり、欧米で市民革命によって成立した政権を正当化するための「物語」である社会契約説に基づいた、「政治共同体としての国家が政治行為を行なうにあたって個人に何をしていい、何をしてはいけないという取り決めごと」という意味である。以上の区別の上で、八木氏は日本国憲法について次のような指摘を行なう。日本国憲法は、上の二番目の意味での憲法であるが、一番目の意味、すなわち国柄の規定という側面をほとんど欠いている。それは、日本国憲法を作成した主体である連合軍(事実上、アメリカ)が、「日本は、自らの過去を反省し、一方的に断罪される存在でなければならない、そして日本はこれまでの歴史と切り離され、新たに出発する」という「物語」をつくらなければならなかったからである。つまり、日本国憲法には、本来的な意味での憲法という側面はもともとない。というより、もともと否定されているのである。(八木前掲書注1、19~23ページ)この歴史断絶の企図を日本側で受容し推進したのが、憲法学者宮澤俊義の「八月十五日革命説」であった。

八木氏は、さらに、日本国憲法を改正しようとする現在の議論においても、先の第一の意味、国柄、あるいは国家のアイデンティティを問う視点が欠落している、と指摘する。憲法論議は、何をおいてもまず、国柄に関するものでなければならず、わが国の国家としての哲学でなければならない、という。(八木前掲書注5、32~34ページ)このような八木氏の主張を踏まえると、「自主憲法制定国民会議」の憲法案における国柄に関する提起は、大きく評価できるものである。

八木氏は、上のような指摘の後、明治憲法こそ、その起草者たちによる自国の歴史・伝統への回帰ないしは再発見の上に成立した憲法であり、(同上25ページ)わが国の伝統的な政治理念と近代国家の統治理念を何とか融合させようと苦慮した上に成立した憲法である、(同上37ページ)と述べる。

以上から、今日において明治憲法を教え学ぶことの意義は、単に、過去の事象としての明治憲法の再評価、名誉回復というにとどまらないと言える。明治憲法は、むしろ積極的に、今日我々が新たな憲法を模索する中で、我々の国柄について議論し、未来に向けて我々の国のかたち、あり方を構想していくために、極めて重要な示唆を提供するものである。以上に加えて、明治憲法が重要な今日的意義をもつという、もう一つの主張がある。

小山氏は、日本国憲法の成立過程を詳細に分析した上で、「日本国憲法」は独立国としての正統、有効な憲法とは認められない、との根本的な問題提起を行なう。(氏はそれゆえ日本国憲法に「」を付する。)「『日本国憲法』改正問題とは、本質的に、独立国になるのか保護国のままとどまり続けるのか、という問題である」。(小山常美『「日本国憲法」無効論』2002年、草思社、242ページ)

日本国が独立国となるためには、第一に、保護国の暫定憲法である「日本国憲法」の無効確認を行い、明治憲法の復原改正という形で憲法を作らねばならない、と氏は述べる。「日本国憲法」第九十六条による改正という形は、日本国が独立国であろうとすれば取ってはならない方法である、と言うのである。

では、明治憲法の復原改正という形で、どういう内容の憲法を構想していけばよいのか。

小山氏は、歴史及び伝統の観点と、「人類普遍の原理」という観点との二つの観点から、もろもろの権利や、議院内閣制などの政治制度を意義付ける必要があると述べ、明治憲法は、日本の特殊性、主体性を求める観点と、全世界、とりわけ西欧に通ずる普遍性の観点と二つの観点からバランスよく国家運営を行ったと指摘する。氏の言う「国体政体二元論」構造である。(小山常美『天皇機関説と国民教育』1989年、アカデミア出版会)

この政体法部分は日本人が学習していくべき文明内容を示し、国体法部分は日本人としての主体性形成を担っていた。この文明化論と主体性形成という二元構造が、日本の近代化の成功を保証したものだったというのである。

したがって、新しい憲法は、明治憲法を踏まえ、歴史及び伝統と、「人類普遍の原理」という二つの観点からバランスよく書かれなければならない。この観点からみても、「日本国憲法」は欠陥憲法である。さらに、「人類普遍の原理」は欧米産の原理とは限らない。たとえば、日本の政治伝統である権威と権力の区別という思想は、日本の千五百年の伝統に基づき、これを「人類普遍の原理」として主張することもできるはずである。このように小山氏は主張する。(小山前掲書注12、248〜252ページ)

以上のように、明治憲法は決して過去の憲法ではない。むしろ、これからの日本が、独立国としての主体性をもち自己決定できる国家をめざす上で、その出発点となるべきものである。明治憲法を再評価する授業づくりが急務である所以である。

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