『教科書が教えない歴史』は自由主義史観研究会の会員によって、平成8年1月から平成9年8月にかけて産経新聞に連載されました。その後、書籍化されて(産経新聞ニュースサービス、発売:扶桑社)ベストセリングを記録しましたことは、当会の日々の研究活動の大いなる成果の一つです。また、これによって我々はいかに多くの方々が日本の知られざる歴史を通じて、自らのアイデンティティーに誇りを持たれたかを実感いたしました。このコーナーでは、本書の一部をお試し版として提供してまいります。教科書には載っていない感動の史実に、どうぞ触れてみてください。更新は月に1回の予定で順次公開いたします(公開予定は赤文字)。

 
第1巻
ペリーに教えられた白旗の意味 
ペリーはなぜ日本に来たのか
愛弟子のように何でも学んだ日本
ルーズベルトに救われた日本
満州の利権めぐり対立始まる
日露戦争直後から日本との戦争計画
迫害された日本人の移民たち
日本の人種平等案を否決したアメリカ
経済封鎖で追い詰められた日本
開戦通告の遅れが悲劇を大きく
分断国家から救ったポツダム宣言
極東に領土紛争残したルーズベルト




国家という立場で考えた吉田松陰
憎しみ合う薩長を結んだ龍馬の情熱
江戸城で新政府に思いはせた江藤新平
私情断ち切り廃藩置県を行った大久保利通
万博派遣で経済機構を学んだ渋沢栄一
日本国家独立のため文明を説いた福沢諭吉
泊り込みで憲法をつくりあげた伊藤博文
「日英同盟」でロシアに対した小村寿太郎
国際社会に生きぬく力を目指した原敬
植民地政策の“常識”覆した石橋湛山
自由貿易に乗り遅れまいとした吉田茂
消費者を意識した松下幸之助
民意と国益を考えた田中角栄
誇るべき日本史の語り手、司馬遼太郎 New!




外務卿の決断で清国人を解放
トルコ人が日本好きになった理由
ロシア人からも敬慕された広瀬武夫
国際法の権威を同行させた日露戦争
「祖国を思う心」で結ばれた2人
辛亥革命の発信基地は東京だった
「韓国の恩人」と言われた枡富安左衛門
ハーグ協定に従った坂東刑務所
ボースと中村屋のインド式カリー
命がけで台湾にダムを造った八田興一
大震災後、朝鮮人を守った警察署長
戦時下「青い目の人形」を守った人たち
地図好きが実現させた朝鮮の巨大ダム
インドの独立を助けようとした日本軍
28日間書き続けたユダヤ人へのビザ
関東軍軍人に救われたユダヤ人
インドネシア独立に戦った日本兵




日本にも危機感与えたアヘン戦争
馬関戦争で英と仲良くなった長州
誇り高い精神で戦った 薩摩薩英戦争
旧幕府勢力の一掃をはかった戊辰戦争
中華思想への反逆だった台湾への出兵
士族の最後の異議申立てだった西南戦争
不平等条約改正の端緒つかんだ日本 日清戦争
列国が日本に大量出兵を要請 義和団事変
「国民戦争」を戦った日本人 日露戦争
驚嘆する活躍見せた日本の艦隊 第1次世界大戦
非共産主義地帯をつくろうとした日本軍 シベリヤ出兵
蒋介石軍の北伐で起きた済南事件 山東出兵
日中戦争を意図していなかった軍事行動 満州事変
日中戦争の陰にコミンテルン
日本の戦いを絶賛したタイの首相 大東亜戦争
日本への見方を変えたマッカーサー 朝鮮戦争
国家の体をなしていなかった日本 湾岸戦争




幕府の志士たちに敬慕された野村望東尼
江戸城無血開城に尽くした和宮
日露戦争で心くだかれた昭憲皇太后
90歳近くでも渡米した矢島楫子
女子教育に一生捧げた津田梅子
進取の気概にあふれた富岡製糸場
日本中の女性の憧れ下田歌子
日記で国への憂い綴った樋口一葉
朝鮮改造計画に参画した景山英子
好戦でも反戦でもなかった与謝野晶子
モンゴル民族の心をひきつけた河原操子
激動の明治を辛抱強く生きた乃木静子
夫を助け富士山頂で観測した野中千代子
小泉八雲を支えた武家の娘・節子
養蚕、灯台守などに尽くされた貞明皇后
国民の期待にこたえた前畑秀子 歴史論争最前線より
日韓親善に生涯ささげた李方子妃
家財を売り特攻隊員を世話した鳥浜トメ





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第2巻
対馬を基地にしようとしたロシア
近代的土地政策に反発した秩父事件
ロシアへの脅威で「八甲田山雪中行軍」
征韓論を唱えていなかった西郷隆盛
銅山か農林業か悩んだ政府―足尾鉱毒事件
罪の範囲を拡大した大逆事件の判決
薩摩閥と長州閥の争いが背景にシーメンス事件
「成功」への嫉妬もあった鈴木商店焼き討ち
関東大震災後すばやく勅令戒厳
軍部の発言強めた暴力への恐怖2・26事件
日中全面戦争のきっかけになった通州事件
日本軍を「南進」に転換させたゾルゲ事件
ソ連軍が迫る中、9人が集団自決した真岡事件
非武装で避難中に襲われた葛根廟事件
いまだにナゾに包まれている松川事件
共産革命への幻想を潰したあさま山荘事件




抹殺された日本人の歴史観
復讐劇だった山下・本間裁判
突如持ち出された虚報の「南京虐殺」
裁判批判を封じ込めた検閲
日本に有利な証拠を次々と却下
事後法の裁きに反対したパール判事
原爆投下を告発した米国人 特集・原爆をいかに…より
裁判の違法性をついた清瀬弁護人
「自衛戦争」と主張した東條元首相
日中友好論者だった松井司令官
10万超えた広田元首相助命嘆願
満州事変の正当性を主張した石原莞爾元中将
国際法違反と批判した米国人たち
解放要求という形の異議申し立て
社会党も熱心だった批判決議
後で決めたルールで裁いた
ナチスと同じ罪にしたかった連合国




ペリー来航2年後に初の蒸気船
近代的工場目指した横須賀製鉄所
努力が実を結ぶ社会求めた福沢諭吉
7つの海航行が夢だった岩崎弥太郎
金本位制により国際経済にデビュー
綿紡績成功を導いた“幸運”
重工業発展の起点となった八幡製鉄所
名古屋―大阪間輸送で官民競争
80年前にもバブル経済があった
宝塚歌劇など沿線を開発した小林一三
タイミングが悪かった金解禁
借金財政で景気を回復させた高橋是清
経済統制を強めた近衛内閣
自由化路線強めたドッジと吉田茂
国民的合意を実現した所得倍増論
マイカー時代開いたサニーとカローラ
急速な円高が生んだバブル経済




大変だった肉食の始め
大歓迎された人力車の秘密
明治初期には新聞を読む習慣
大磯で始まった海水浴
日露戦争から生まれた「正露丸」
日露戦争で活気づいた映画
西洋音楽に歌詞をつけ唱歌に
唱歌から始まった「洋風軍歌」
家庭での電灯普及は日本橋から
『赤い鳥』の10倍売れた『少年倶楽部』
モボ・モガ生んだ大正エネルギー
自動改札もあった創業時の地下鉄
少年たちのあこがれだった「のらくろ」
選手を公募した最初のプロ野球
J・ディーンに触発されたジーンズ
「変化対応業」として登場したコンビニ
インベーダーのヒットからファミコンへ




朝鮮文化の理解に努めた雨森芳洲
わずか4年で『解体新書』を訳した杉田玄白ら
ロシアの事情に翻弄された大黒屋光太夫
捕らえられて外交に目覚めた高田屋嘉兵衛
米国で国家・国民優先を学んだ勝海舟
日米の橋渡しをした中浜万次郎
英国で郵便制度を“体験”した前島密
初めてアメリカ人になった浜田彦蔵
上海を見て開国論者になった高杉晋作
米国でも「日本人」を考え続けた新島襄
ドイツに騎士道精神を見いだした青木周蔵
直訴してフランス留学を果たした中江兆民
英国で問答方式を学んだ南方熊楠
日米の懸け橋を目指した新渡戸稲造
留学で“愛国心”を育てた森鴎外
2つの「J」に生きた内村鑑三
「東洋の精神」を訴えた岡倉天心
チベット経験から在家仏教を始めた河口慧海





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第3巻
「授かりもの」と扱われた江戸時代
江戸では80%を超えた寺子屋就学率
「郷中教育」で育った維新のリーダー
「国民」を自覚させた小学校教育
“汽車遊び”が登場した文明開化期
「実力主義」が生んだ遊学熱
競って投稿した明治の少年たち
戦勝気分を反映した日清・日露期の遊び
英雄への憧れを育てた立川文庫
ユーカラを広めたアイヌの少女
大正期に花開いた「自由教育」
繊維工業を支えた働く少女たち
科学技術教育に力を入れた戦時下
試練に耐えた学童集団疎開
野球選手に憧れ、科学者を夢見た終戦直後
体格向上に役立った給食
フジモリ大統領に生きる移民の苦難




興奮のるつぼと化した発布の日
徳川幕府も立憲政体を考えていた
出発点となった「五箇条の御誓文」
建白書民主主義から請願制度へ
大きな相違点なかった政府と民権派
いずれも立憲君主制だった憲法私案
急進論は危険と大隈を排除した伊藤博文
西洋の模倣ばかりはしなかった
「議会の承認」や「権利義務」で論議
古典に当たり草案を練った井上毅
政治的責任負わないための「天皇は神聖不可侵」 西洋諸国で高く評価された独自性
最も輝かしく機能した大正時代
議員内閣制への道を開いた天皇機関説
行政権以外大きな差異はない新旧憲法
一人で政治をする仕組みではなかった天皇
軍人の地位低下への反撃運動「統帥権干犯」




ポツダム宣言にはなかった新憲法制定
新憲法以前に日本の礎定めた詔書
近衛文麿にも出されていた憲法改正指示
“脅迫”で受け入れさせたGHQ草案
米国の“素人”が1週間で作った憲法
非公開、監視下で行われた審議
最後まで新憲法に反対した美濃部達吉
国民に知らされなかった制定過程
憲法解釈に影を落とす「神道指令」
「天皇」では大きく違わない2つの憲法
神話のようなキャッチフレーズ「3原則」
日本への「懲罰」の意味が強い9条
改憲の思惑も持っていた「護憲派」
平和を守ったのは日米安保条約
平和維持活動に9条による制約
排除されてしまった教育勅語の長所
奇妙な文章の9条2項




諸藩も後押しした、からくり儀右衛門
ノーベル賞級だった北里柴三郎の研究
米国には永住、数々の薬を開発した高峰譲吉
日露戦争で威力見せた「下瀬火薬」
少年時代から織機改良に取り組んだ豊田佐吉
20代で赤痢菌を発見した志賀潔
西洋への対抗心で科学した長岡半太郎
緯度観測で日本の地位高めた木村栄
科学者として「うま味」見つけた池田菊苗
自らかかった脚気の原因を見つけた鈴木梅太郎
漱石から日本文化の心を学んだ寺田寅彦
永久磁石開発の祖となった本多光太郎
海外で高く評価された八木秀次のアンテナ
美的直感で中間子論を展開した湯川秀樹
世界に先駆けTV受像機を開発した高柳健次郎
「神秘への憧れ」を結晶化した朝永振一郎
鴨川で「すみわけ理論」に至った今西錦司




朝鮮独立の志士を助けた日本人たち
命がけで台湾教育に当たった「六士先生」
松山で博愛的処遇を受けたロシア兵捕虜
敗残の敵将に帯剣許した乃木の武士道
世界の感動を呼んだ潜水艇乗組員たち
犠牲払い孫文を助けた山田兄弟
命がけでフィリピン独立戦争を支援した日本人
墜落事故のフランス人に献身的救護活動
2000人に及んだ清国への日本人教習
ビルマ独立の士を育てた「南機関」
敵国が海軍葬で弔った潜行艇乗組員
台湾で“神様”になった警察官
瀕死の重傷で停戦協定を結んだ重光葵
スカルノ大統領を感激させた天皇の握手
マレー人たちと協力した英国との戦い
戦場から米大統領に手紙を出した司令官
韓国の孤児を育てた「38度線のマリア」
カンボジアの国造りに命を落とした中田青年





第4巻
天皇の権威を背負い新国家を建設
武士の自己犠牲で実現した廃藩置県
苗字から始まった「国民」の誕生
努力が実を結ぶ社会を目指した
関所廃止などで整備した物流システム
旧武士の反対を押し切って徴兵制
帯刀を禁じた近代的警察制度
農民の解放をにもなった「地租改正」
大蔵省が強引に設立させた第一国立銀行
下野し、会社づくりに奔走した五代友厚
枡の大きさから決めた統一尺度
給料を浮かすためでもあった太陽暦採用
自国でつくろうとした大砲や軍艦
「富国」への第一歩だった内国勧業博
半植民地化を免れた鉄道の自国経営
西南戦争で威力を発揮した電信の開設
維新後5年で学校制度を文明化
近代化の人材を養成した帝国大学
興隆を支えた「立身出世」の考え
近代国家にはなくてはならない国旗・国歌
国民の一体感を生もうとした「旗日」の制定
手探りで始めた初期の外交
国際的国家を目指して国境を確定




数奇な運命から日米の橋渡し
屈辱外交の犠牲になった土佐藩士たち
明治ナショナリズムの健康さ
明治維新期のリーダーたちの見識
「日本らしさ」に悩んだ人々
開拓に見る武士に受難の時代
巨大な企業を築いたロマンの時代
立身出世の時代の物語
国家の命と出世のため恋を受け付けず
エネルギーと矜持の時代
鹿鳴館時代の興隆と衰退
明治期の子供の宿命を描く
時代と金に追われるようになった日本人
国民国家を喜んだ明治人
交渉に精力を使い果たした小村寿太郎
揺れ動いた特攻隊員の気持ち
戦死者に捧げた“鎮魂歌”





経済的利益を得ていなかった日本
高砂族を融和させようとした樺山総督
安全保障と深く関わった朝鮮半島
韓国の間接統治を目指した伊藤博文
恨みを残した一進会の日韓合邦論
近代林業発展に寄与した阿里山開発
経済・社会を大きく変えた鉄道建設
米の生産を高めた増殖計画
地方機関に強制されて創氏改名
高倍率になった志願兵募集
強制性は薄かった朝鮮での徴兵令
台湾人の反日感情を緩和した長谷川“仁政”
同じ日本と思って投資




英米か露と組むしかなかった日本
「不平等」より「開国」を優先させた幕府
危機感から朝鮮に開国を迫る
冷静に三国干渉に対処した陸奥宗光
ロシアへの脅威から結んだ日英同盟
日露戦争以降反日的になった米国
「チャンス到来」とドイツに宣戦布告
中国に恨みを残した21箇条の要求
日本孤立化作戦にのったワシントン会議
共産主義革命のソ連と戦前から冷戦
最後は挫折した幣原経済外交
国際連盟を失望させた満州国承認
コミュンテルンの挑発に乗せられた日中戦争
米国に通じなかった三国同盟参加の意図
日本の“開戦決意”読んでいた米国
身勝手な希望的観測で遅れた終戦
無神経だった占領下の外交
米国にいじめられ、過保護にされた国家




「毅然たる武士」を詩にしたホイットマン
民族興隆の活気に感嘆したモラエス
多神教を理解したラフカディオ・ハーン
「精神を尊ぶ」と感じたタゴール
桂離宮を“発見”したタウト
桜の“移入”を提案したシッドモア女史
外国文化の取り入れに注目したトインビー
「植民地の救い」を期待したリシャール
「日本」の継承者を目指したゴッホ
創造力を神道にみたメーソン
日本文化を学ぶべきだとした周作人
特攻隊の自己犠牲にひかれたモリス
祖国独立に不屈の精神を学んだノンチック
日露戦争に感激した若き日のパール判事
日本の戦争は「鏡の西欧」と見たミアーズ
ブッダの言葉で擁護したジャヤワルデネ
明治維新を「武士の集団の自殺」と見たパンゲ