沖縄戦集団自決事件をめぐる
「反日神話」の背景(1)

椿原泰夫(自由主義史観研究会会員)
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★この論文は、もともとは、同氏が不定期に発行する個人誌『無窮』の第九号(平成十五年九月発行)以降に「『反日神話』の背景ー沖縄『集団自決』事件」と」題して連載されたものです。執筆時点が約二年前であることにご注意下さい。なお、椿原氏は京都在住の元高等学校校長です。
▽「産経」の認識の変化
沖縄戦の「集団自決」を日本軍が強制したと多くの教科書が書いていることについて、平成十五年六月二十四日付『産経』の社説「主張」が、 「それは明らかに間違っている。集団自決がおきたことは事実だが、日本軍がそれを強制したことはなかったのである」と書いた。このことは、拙誌第八号で紹介したが、続けて筆者は、 「『産経』でもこれだけはっきり書いたのは、私の知る限りこれが最初だ」(傍点筆者)と書いた。事実は間違いであった。『産経』の名誉のためにも、これが「最初ではなかった」ことを先ず訂正しておきたい。
そもそも拙稿「『反日神話』の背景」は、曽野綾子氏の著書『ある神話の背景ー沖縄・渡嘉敷島の集団自決』(文芸春秋社刊・絶版)の題名を部分的に借用したものだが、筆者はかねてこの「集団自決」について書きたいと思っていたので、新聞の切り抜きなど、できるだけ関連資料を集めるようにしていた。
しかしそうしながら、いつも他のテーマが割り込んで来てはそれを果たせずにいたが、今回、ようやくそれらのものを眺めていて、間違いに気づいた。 具体的には、平成十五年四月八日付『産経』掲載の「一筆多論」に同紙論説委員石川水穂氏が執筆した「今も残る沖縄戦の神話」には既にそのことが書かれていて、切り抜きも残していたのだが、そのうちに、と思いながら中身は読まずにいたものだ。
これは問題を要領よくまとめてあるので長くなるが、そのまま引用させていただく。
引用文「今も残る沖縄戦の神話」
<イラクで米英軍とイラク軍の地上戦が続いているが、五十八年前、沖縄で日米両軍の地上戦が始まったのも、ちょうど今ごろの時期だ。米軍の第一陣は昭和二十年三月下旬、沖縄本島西の渡嘉敷島、座間味島など慶良間諸島に上陸した。あの悲劇的な住民の集団自決が起きた島である。多くの教科書にも書かれているが、必ずしも正確な記述ではない。
「日本軍にスパイ容疑で殺されたり、『集団自決』を強制された人々もあった」「軍は民間人の降伏も許さず、集団的な自殺を強制した」(日本書籍の中学歴史教科書)
「県民の犠牲者のなかには、味方の日本軍によって殺されたり、強制されて集団自殺したりした人もいました」(清水書院の同)
いずれも日本軍が集団自決を強制したとしており、文部科学省の検定をパスしている。だが、事実は違う。集団自決は起きたが、軍はそれを強制していない。
日本軍の命令で住民が集団自決を強いられた、とする説が独り歩きするようになった発端は、昭和二十五年に沖縄タイムス社から発刊された沖縄戦記『鉄の暴風』である。渡嘉敷島に米軍が上陸してから二日後の昭和二十年三月二十八日、同島の恩納河原に避難していた住民に対し、守備隊の海上挺進隊第三戦隊長、赤松嘉次大尉から自決命令が出され、住民三百二十九人が手榴弾などで自決した、と書かれてい
る。昭和三十二年、旧厚生省援護局も現地で聞き取り調査を行い、日本軍の命令による集団自決だったと認定した。集団自決した住民は準軍属とみなされ、遺族らには援護法(戦傷病者戦没者遺族等援護法)に基づく年金が支給されている。
しかし、その後、作家の曽野綾子さんは渡嘉敷島の集団自決について独自に取材した結果をまとめ、『ある神話の背景』(昭和四十八年、文芸春秋)という本を出した。赤松大尉やその部下だった元兵士,同島で生き残った住民たちからのインタビューなどで構成されている。現在、絶版で手に入りにくいが、『鉄の暴風』の記述に初めて疑問を提起したノンフィクションである。
『鉄の暴風』は座間味島の集団自決についても、米軍上陸の前日(昭和二十年三月二十五日)、軍が忠魂碑前の広場に住民を集めて玉砕を命じ、住民五十二人が手榴弾で自決した、と書いている。当時、同島を守備していた日本軍は海上挺進隊第一戦隊で、隊長は梅沢裕少佐だ。しかし、集団自決のとき、女子青年団員だった宮城初枝さんは後に、「梅沢少佐の命令はなかった」と告白し、そのことを娘の宮城晴美さんが『母の遺したもの』(高文研)という著書に書いている。
昭和史研究所代表の中村粲・獨協大学教授は渡嘉敷・座間味両島の集団自決について、当時の守備隊将校や集団自決の目撃者らに改めてインタビューし、曽野さんや宮城さんの著書を学問的に補強する研究を続けている。中村教授は「集団自決の犠牲者の遺族には手厚い援護措置が必要だが、国が今も軍命令を前提としているとしたら問題だ」と話す。
先月末、その中村教授とともに、厚生労働省援護課を訪ねた。「昭和三十二年の現地聞き取り調査で、軍命令によって集団自決したという裁定を下し、犠牲者全員を準軍属として援護法の対象にした。最近、一部報道などで、軍命令がなかったという話も聞いているが、再調査はしない」(山内忠淳・審査室長)という回答だった。
軍命令の有無は国の名誉の問題である。援護法適用の当否とは別に、少なくとも歴史教科書の誤りは正す必要がある。(傍線=引用者)>
奇冒頭で紹介した同紙(六月二十四日付)の「主張」は右引用の「一筆多論」を踏まえたものであろう。 「沖縄集団自決 教科書記述の誤りを正せ」と題する同「主張」は、多くの歴史教科書が、「日本軍が強制した」と書くばかりでなく、「一部新聞の論評」にもこういう表現が見られることを指摘している。
『朝日』などは、例の「検定誤報事件」で、申し訳程度に「訂正まがい」の記事を書いておいて、その後も、素知らぬ顔で、しつこく、まるでこそ泥のように、「侵略ー進出書き換え」が実際にあったかのように世論操作をくり返している(注)ほどだから、「一部新聞」というのも『朝日』のことだろうと、筆者などはつい思ってしまうが真相は分からない。
(注)<八十年代初め、日本の「侵略」を認めようとしない検定がアジア諸国との外交問題になったことを思うと、隔世の感がある>(平成七年六月二十九日付『朝日』社説)
『産経』以外はめったに読まないことにしているが、平成十四年八月一日付『朝日』の小記事の切り抜きが偶々手元にあるのを見ていると、那覇支局の熊谷徹也という記者が、「軍隊は住民を守らない」という見出しで、次のように書いている。
<(前略)沖縄戦では、自国の軍隊に命を奪われた「住民虐殺」や、死を強制させられた「集団自決」で県民が犠牲になった。(中略) 軍隊の論理が支配した地上戦を体験した県民は「軍隊は住民を守らない」という。>
「軍隊の論理」が支配しない戦争というものがあるのだろうか。軍隊は住民を守るのが任務なのだろうか。まことに平和な国だ。
ところが平成十四年六月二十二日付『産経』の「主張」にも次のような記述がある。 「多くの歴史教科書では、日本軍が住民に集団自決を強要したり、スパイ容疑で殺害したりしたことだけが、ことさら強調して書かれている。しかし、これらが沖縄戦のすべてではないはずだ」
これは「軍の集団自決強要」を否定した言い方ではない。
平成十四年八月十日付夕刊の「記者が読む」欄で杉浦美香記者が書いていることについても同じことが言えるだろう。 同記者は終戦前の最後の沖縄県知事であった故島田叡氏の遺徳を顕彰する記事の中で、
「唯一の地上戦となった沖縄で、日本軍に自決を迫られるなどしてたくさんの命が失われた」と書いている。
平成十五年六月二十四日付『産経』の「主張」が「集団自決」は日本軍の強制によるものではないと明記したことを、 「『産経』でもこれだけはっきり書いたのは、私の知る限りこれが最初だ」
と、私が早とちりした(前述)のは、平成十四年の右二つの記事が頭にあったからだが、『産経』として認識が変わった時点でそのことを紙上で断った方が誠実ではないのか。
ともあれ「事実」と思いこんでいることがいかにあやふやなものであることか。 「事実」を伝えることがいかに難しいか。
「加害者国家」の生き証人
さて、先に引用した「一筆多論」に戻れば、ここには沖縄戦の「集団自決」についての、教科書記述の問題、文部科学省の検定の問題、神話がつくられた背景と真相、厚生労働省の再調査の問題が提起されている。
本稿では、教科書の記述と検定について、歴史教科書の研究では第一人者の上杉千年氏の研究成果を主に参考にして、また「神話」の背景や事件の「真相」については曽野綾子氏の前掲書と、中村粲獨協大学教授の研究等に依拠しながら整理してみたい。なお、厚生労働省援護課の見解については、行政の在り方としての是非を、また文部科学省の検定の在り方と関係があるのかどうかも考えてみたいと思う。
東京都立大学鄭大均教授が『正論』平成十五年六月号に書いている。 <だが、奇妙なことに、この国のメディアや学界には帰化者に対する関心が少ない。在日に外国籍を続けよという励ましはあっても、日本国籍を取れという励ましはめったにない。(中略)知的で進歩的で少数者や人権の問題に関心があるという者ほど、在日が外国人として生き続けることに声援を送るという傾向もある。(中略)おそらく彼ら(多文化主義者=引用者注)に関心があるのはこの国の多元化というよりは『加害者性』や『侵略性』の問題であり、その『生き証人』である在日はいわば絶滅の危機に瀕しているトキのごとく手厚く保護されなければならないのである。〉(漂流を続ける「在日」のアイデンティティ」)>
在日の帰化問題を困難にしているのは日本国籍取得制度の煩雑さだとよく言われながら、いつまでも改善される気配がないのは、実はこういう背景があるからではないか。社民党が日本人拉致事件を、根拠がないと強弁して解決を遅らせたように、在日を「被害者」として「手厚く保護」しておく方が、在日の本当の幸せを考えてやることよりも大事だと考える人たちがいることは確かなようだ。>
鄭教授が文末で、「画期的」と書いている「国籍取得特例法案」は二年以上も前に与党三党のプロジェクトチームでまとめられているという。さて「外国人参政権」とどちらが先に決まるだろうか。「人権教育」と称して、「朝鮮人強制連行」というデマを、よくも調べずに、何も知らぬ生徒を相手に、ヒューマニスト面して教える教師諸君、「強制連行」説はすでに破綻しているのです。むしろ「国籍取得特例法案」でも勉強した方が本当の人権教育と言えるのではないか。
さて、本論の沖縄戦「強制された集団自決」も「手厚く保護すべき生き証人」であるから、強制された事実はないことがすでに立証され、確定されているというのに、相変わらず教科書に書かれ、文部科学省の検定を通過し、新聞が書きたてている。
何の証拠も見つからず、事実として証明できないことが国会でも証言されているのに、平成五年の宮沢内閣総辞職の前日、河野官房長官が発表した「談話」が命取りとなって、国連某機関の日本弾劾のネタになり、外国人(日本人はいない)の「賠償」請求に口実を与えている「従軍慰安婦」問題と同じことが、この「集団自決」についても言えよう。
この件もまた、五十七年の「検定誤報事件」の際の「宮沢談話」と「近隣諸国条項」が端緒であったし、これが取り消されない限り、無責任な教科書記述は改まらないだろう。
家永訴訟、「検定誤報事件」、「新編日本史事件」等、戦後の教科書問題に関する調査・研究の成果をまとめた上杉千年著『総括・教科書問題と教育裁判』(善本社)の「自序」に次のように書かれている。
<これは、日本軍対米軍という戦争の構図を、日本軍対沖縄県民、又は、ヤマトゥンチュー(本土出身者)対ウチナーンチュ(沖縄人)という構図に引き込み、さらに、こうした悲劇は、明治以来の皇民化教育ー天皇・日の丸・君が代ーの結果であるという歴史観に立脚したものである。
こうした沖縄戦史観は、一部の偏向せる思想家や活動家の政治運動の論拠をなしているものであって、それを教科書に記述することは適当とは思えない。>
この考えを裏書きするような記述が『朝日』(平成十一年六月二十三日付)の社説にある。野中官房長官(当時)が沖縄戦の調査を検討するよう沖縄開発庁に指示したことに絡めて、「社説」は次のように書いている。
<調査をする以上は、地上戦のあった三カ月間だけではなく、沖縄が日本に組み込まれて以来の歴史の流れのなかで、とらえなくてはならない。それは、日本自身の歩みを振り返ることでもある>(傍点=引用者)まさに上杉氏の指摘するとおりである。
どうして沖縄戦の実相を調査するのに「沖縄が日本に組み込まれて以来の歴史」を持ち出さねばならないのか。 「日本自身の歩み」とは何か。沖縄は日本自身ではない、と言いたいのか。沖縄もまたかつての朝鮮や台湾のように、日本の植民地だと言いたいのか。
沖縄出身の元社会党代議士で、たしか大臣までやった男が「沖縄は日本から独立することだってあり得るんですよ」と国会で発言しているところをテレビで見たことがあった。沖縄の現状は米軍基地だけ見ても、確かに深刻な問題を孕んでいる。
しかし、沖縄の歴史を持ち出したところで、独立するぞと脅かしてみたところで、それで沖縄の問題が解決するとは思えない。それをはっきり仕分けしてかからなければ、沖縄戦三カ月の実相は決して見えて来ないだろう。
教科書の記述例
平成十五年度に使用開始される高校用教科書の検定結果が、平成十五年四月に発表された。
中学校の教科書の記述がかなり改善された矢先、その裏をかくように、野放図な記述が今回発表の高校の教科書に目立った。代表的な悪例は、五十パーセント以上のシェアーを誇る山川出版の『詳説
日本史B』であるが、「集団自決」の記述例は次のとおりである。
@〈日本軍によって集団自決を強いられた人々…〉(実教出版・世界史B)
A〈犠牲者のなかには、慶良間諸島の渡嘉敷島のように、日本軍によって「集団自決」を強制された住民や虐殺された住民も含まれており…〉(桐原書店・日本史B)
B〈日本軍に「集団自決」を強いられたり…〉(三省堂・日本史B)
C〈戦陣訓によって投降することを禁じられていた日本軍では、一般住民にも集団自決が強いられたり…〉(東京書籍・日本史B)
(『正論』平成十五年六月号石川水穂氏の論究、九月号曽野綾子氏「沖縄戦集団自決をめぐる歴史教科書の虚妄」のための「編集部注」より転記)
中学用の教科書も例外ではない。中村粲獨協大学教授によると、中学校の歴史教科書の全八社のうち六社にまで「集団自決」が登場し、うち五社は「軍命令」があったことになっているという。察するに、これらの教科書の執筆者には、「軍命令」を事実と思いこんで疑うことを知らぬ者と、「作り話」であることを百も承知の確信犯、の二通りがあるのだろう。
前者は、新聞記者が、単なる伝聞や憶測で「記事」を書くようなもので、そんな執筆者に歴史教科書を書く資格があるとは思えないが、根底には、いわば「感傷的人道主義」があるのかも知れない。上杉千年氏に倣って言えば、加害者ヤマトゥンチュー(本土出身者)の立場から、被害者ウチナーンチュ(沖縄人)に同情を寄せることによって軽薄な「正義感」を満足させようとするのであろうが、それはむしろ「自決者」の人間性を貶め、侮辱することになるのではないか。
「教科書にこの事件が日本軍の残忍さを証拠立てる事件として何の証拠もなく記載されることの恐ろしさは言うまでもないが、私はもう一つの側面を見落としてはならない、と思い続けて来た」という曾野綾子氏は、イスラエルの人工の要塞マサダで、西暦七三年に起こったユダヤ人の「集団自決」について書いている。
《イスラエルでは今でもこの地を民族の歴史の誇りとして扱う。国賓は死海から四百メートルも高いこの要塞の上にヘリで運ばれる。新兵もここで誓いを立てる。同じような悲劇を持つ沖縄では、自決した人たちの死は軍から強制されたものとすることに狂奔した。それは死者たちの選択と死をおとしめるものであろう。イスラエルと日本のこの違いはどこから来るのか。私はそのことの方に関心が深いのである》
(『正論』平成十五年九月号所収、「沖縄戦集団自決をめぐる歴史教科書の虚妄」)
「軍国教育」の故か
曾野氏は「生きて虜囚の辱めを受けず」という「軍国教育」に言及しているが、筆者はこの戦陣訓が「軍国教育」であると言うことにはいささか疑問がある。むしろ、日本人に古くからある価値観、あるいは美意識の現れではないかと思う。
「自決」という言い方も、この場合すでに定着した感があるが、実際は「玉砕」という言い方が適当ではなかったか。 戦時中、アッツ島の守備隊が全滅した昭和十八年頃に使われるようになったこの「玉砕」という言葉は、西郷隆盛の七言絶句「偶成」が出典となったものであろう、と『玉砕の島』(光人社NF文庫)に著者佐藤和正は書いている(左記読み下し文参照)。
幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し
丈夫は玉砕するも甎全を恥ず
我が家の遺法人知るや否や
児孫の為に美田を買わず
西郷隆盛に「軍国教育」は似合わない。
また、戦争に負ければ、日本人はひどい、残虐な仕打ちを受けるだろうと言われたことも確かにあったし、事実、日本の教科書には決して書かれないことだが、日米の激戦地だった太平洋の島々で、日本兵に対して米兵が行った残虐行為も珍しいことではなかった。こういう事情が沖縄の悲劇の背景には混在したのではないかと思われる。
ともあれ、あの逃げ場のない絶望的な状況に追い詰められた島民の気持ちを理解することは、今の私たちには到底できないのだろうが、それでも、虚心に思いを凝らすならば、百歩譲って「軍命令」が仮にあったとしても、「夫が妻や子どもの首を絞めて殺したり、鉈や斧、鍬でもって殺した」というような凄絶きわまりないことを、「強制されてやった」とは考えられないだろう。
さらに付言すれば、「軍命令による強制」が仮に事実だったとしても、そのことを中学生の(あるいは高校生の)歴史教科書に記述することの是非はまた別問題であろう。どの人間の過去にも影もあれば日向もあるように、国の歴史もまた同様である。
小学生や中学生の我が子に向かって、先祖のことを悪し様に、まして事実でない世間の作り話を尾鰭まで付けて教えるような愚かなことを、正常な人間だったら決してやらない。子供たちには、彼らの先祖に対して誇りや尊敬心を持てるようなこと、これからの人生を生きてゆくための手本や励みになるようなことを先ず話してやることが本当の愛情というものではないか。
学校の歴史教育にも児童や生徒の発達段階に応じた適切なカリキュラムが必要なことは言うまでもない。小学生や中学生には、自国の歴史に愛情と誇りを持たせ、先人に対する尊敬と感謝の念を抱かせ、国民としての自覚と責任を感じさせるような歴史教育が何より必要である。
我が国のこのような歴史教育の在り方は、手遅れにならぬうちに根本から考え直さなければ取り返しのつかないことになるだろう。教科書の執筆者も、文部科学省の調査官も、その他すべての関係者が目を覚まさなければこの国は滅びるしかない。日本の危機を日本人自身が自覚できていないところに日本の本当の危機が潜んでいる。
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