羅府スケッチ(5

赤野達哉(自由主義史観研究会理事・西大和学園CA校、同補習校

発展途上国のような超先進国

アメリカは「先進国」である。それを否定する人はいないであろう。もちろん、他の先進国と比べて、ここが劣るというところが、この国にも無いわけではない。それは日本にも言えることなのだが、面白いことにアメリカには、先進国らしからぬところ、つまり発展途上国と似通っているところが、日本に比べると非常に多く見られるのだ。

まず生活必需品が非常に安い。大量生産+大量消費の典型だから、それは当然なのだが、同じ社会構造を持っているのに、日本はそうでない。生産費、就中人件費が高すぎることが原因であることは論を俟たない。アメリカでも産業の空洞化は深刻である。しかし、日本ほどではない。不法移民が、見事に低賃金の単純労働人口をカバーしている。そして低賃金労働者たちがやっていけるのは、安価な食料のお陰なのだ。

因みに、一般的なスーパーで、二〇〇五年春の特売価格(日本同様、チラシに掲載されている)を見てみると、卵(大1ダース)九十九k、コカコーラ(二gペットボトル一本)九十九k、米国産缶ビール(レギュラー缶)九j九十九kとある。並牛肉 (一ポンド=約四・五`c)は二j九十九kで、百cに換算すると、七十円程度になる。


低所得者対策としての公共交通


小生が今から二十年前に、初めてアメリカに来て、幾つかの都市を巡ったとき、あえてロサンゼルスを避けた。治安が悪そうだということもあったが、「ロサンゼルスは、完全な車社会で、歩行者は殆どいない。」とガイドブックに書かれていたので、足がないと、どこにも行けないだろうと考えたからだ。今でも、同様に書いてあるガイドブックもある。

ところが、住んでみて実感するのは、バスが縦横無尽に走り、歩行者も多いということである。幹線バスは二十四時間運行し、深夜割引が存在する。ハリウッドなどの観光地、郊外のディズニーランドにさえ、公共バスで行けるのだ。意外なことに、ロサンゼルスのバス運行回数は、全米一だという。ということは、おそらく世界一なのではないだろうか。

ロサンゼルスには大きく分けて、郡(カウンティ。市より大きい行政区)営、市営、その他の三つのバスがあるが、均一区間の料金は、僅か一j二十五kである。短距離循環路線の市営バス「ダッシュ」に至っては、何と二十五kしかしない。公共交通の値段の安さというのは、勿論、郊外から市内に流入する通勤用自動車を何とかする、という目的もあるのだが、実は低所得者対策の一環でもある。貧富の差が著しいというのは、発展途上国の特徴であるが、アメリカでもそれは顕著なのだ。


ホームレスとリサイクル


貧富の差は、住宅地の住み分けに現れる。日本でも、例えば、田園調布とか、芦屋市とか、高級住宅地は存在している。しかし、今のところ(あえてそう書くが)、スラムは存在していないように思われる。

スラムといえば、ニューヨークのハーレムを思い出す。だがハーレムの治安は今、ルドルフ・ジュリアーニ前市長の奮闘の結果、随分改善されたようである。ロサンゼルスのスラムは、小生が知る限りでは、リトル・トーキョーの近くで、三番ストリートより番号が増えるあたりは要注意である。これもガイドブックに書いてあるが、こちらは正しい。夜にオルベラ街 (ロサンゼルス発祥の地)やアムトラック・ユニオン駅に行く場合には要注意だ。

余談であるが、ホームレスの都(?)大阪から引っ越した小生も、この町のホームレスの多さには驚くが、ヒスパニックのホームレスは見かけない。彼らは、道端で花や果物を売る、リサイクルできるものを回収するなど、とにかく働いている。

リサイクルの制度は州や自治体によって若干異なるが、ロサンゼルス市の場合には、地区のリサイクルセンターに持っていけば、キャッシュバックがある。小生も、アルミ缶やペットボトルを、二カ月くらいためておいて持参するのだが、驚くなかれ、十五〜二十jにはなる。だから、ホームレスが廃品を回収して廻れば、その日の食事代くらいにはなる。セミプロと見受けられる市民も多い。東洋人のホームレスも滅多にいない。白人と黒人だけなのだ。ここでも住み分けができているのだろうか。


アメリカにおける階層制の再生産


ビバリーヒルズが最高級住宅地であることはご存知のとおりである。それ以外にも、裕福な支那人が多いパサデナ、日本人・日系人が多いサウス・ベイ地区、韓国人が圧倒的なコリア・タウン、メキシコ人などヒスパニックが多いダウンタウンの外れ、そして、圧倒的に黒人が多い、サウス・ロサンゼルスなど、住み分けができている。

今年の二月六日、十三歳の黒人少年が、盗んだ車を運転中、警察官に見つかり、抵抗を見せた為に射殺されるという事件があった。サウス・ロサンゼルスにある交差点での出来事である。偶々小生が、毎日通勤に使っている通りでその事件は起こった。そこには、今でも花や蝋燭が供えられている。

個人的には小生は、犯罪に年齢はないと考えるが、ここでは警察官の行動の是非は論じない。問題は、ここが黒人街のど真ん中だったために、黒人のコミュニティから、LAPD(ロサンゼルス市警察)に対して、猛烈な抗議が殺到し、少年犯罪はどこかへ行ってしまい人種差別事件になった、ということだ。ダウンタウン西部の南北の大通りを南下する。交差する通りの番号が、概ね二十番を超えると、黒人が目立つようになる。通りの名前が五十を越えると、朝のバス停、学校に通う子どもたち、車を運転する人々……。見た限りでは九十l以上が黒人ではないかと思う。

南アフリカ共和国のアパルトヘイトが、そもそも人種差別ではなく、「住み分け」から始まったということを知らない人も多い。名目上は、原住民が自分たちの文化や生活環境を守る為でもあったが、この「住み分け」は次第に歪み、完全な隔離政策と変化した。 アメリカでは、奴隷解放後も黒人が差別を受けていたが、M・L・キング・ジュニア牧師が中心になった公民権運動などの力により、黒人の地位は対等になったという。しかし、文化の違い、さらに言えば収入の違いが、意図せざる「住み分け」を継続させ、階層性を維持したのである。

こういう言い方をすると、多くのアメリカ人は怒るかもしれないが、あえて言うと、ある意味でアメリカは、アパルトヘイトに成功しているのである。誰も黒人を強制隔離してはいない。しかし、強制されずに、彼ら自らその場所に集まってくれるのだから。ただ、事件が起きた時に駆けつける警官は、同じ人種だとは限らない。そういう時には、今回のように、彼らの行動が、人種問題に転嫁されることもあるのだ。


階層性の再生産


一九九二年四月に、ロサンゼルスで起こった黒人暴動を記憶している方も多いと思う。これも引き金になったのは、黒人容疑者者を逮捕した際に暴行を加えた白人警官が、陪審で無罪評決を受けたことであった。韓国人商店が襲われ、店主と思しき人物が、ライフルで応戦しているシーンが非常に印象的だった。小生はこの出来事を、ずっと、戦前における日系人差別と同じ構造なのだと理解していた。下層市民が、裕福になってきた移民に対して、理不尽な怒りをぶつけたのだと。一九八〇〜九〇年代に、(旧西)ドイツでトルコ人移民への風当たりが強かったのも同様で、「俺たちは市民なのに失業したり、ホームレスになったりしているのに、余所者のあいつらが、店を持って、その俺たちから金儲けができるんだ。」という捻じれた人種差別感情である。

しかし、ロサンゼルスの場合は少し異なる。韓国人が黒人の居住区だと、暗黙の了解ができているサウス・ロサンゼルス地区に流入し、商店を開業していたのも「問題」だったのだ。勿論それは合法だ。しかし前述の通り、このアパルトヘイトは、「暗黙の了解」を守ることによって秩序が保たれている。実は、黒人が韓国人商店を標的にしたのは、単なるやっかみではなくて、そういった問題も底にはあったのだ。

勿論、新興住宅地などには、多民族が入り混じって住むことも多い。しかし、この国では、場所によっては、「暗黙の了解」があるということを、知っておく必要がある。この、住み分けにより発生する階層制の再生産という社会的構造は、古くはP・E・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』(ちくま文庫)で、英国における実例が指摘されている。アメリカ連邦政府は、アファーマティヴ・アクション(積極的差別是正策)などで、これに対処しようとしたが、今のところ功を奏してはいない。

図らずも、日本における階層制の再生産に関して、近年、苅谷剛彦東大教授らの研究からも指摘されている。要するにこれは、日本が、英米と共に、名実ともに先進国になったということなのだろうか。

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