朝日新聞に見る靖国問題(2)

渡辺龍二(自由主義史観研究会会員)
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前回は、終戦後から昭和五十年四月二十二日までの朝日新聞は、首相の靖国神社参拝に批判的でなかったことを検証しました。この間の朝日新聞は、首相の参拝はあたりまえこととして報道しており、首相の靖国神社参拝を問題にしたり特別なニュースにもしていませんでした。
靖国神社そのものに対しても、例えば『遺家族の真心実る 靖国神社』(昭和二十八年)などと好意的でした。
しかし、昭和五十年八月十五日の三木首相の参拝時に、初めて首相の靖国神社参拝が問題にされました。首相の靖国神社参拝に対する報道が変化したのです。またこの時に、三木首相は、初めて「私人」としての参拝だとしました。これが後に大きな問題に育っていきます。この昭和五十年八月の朝日新聞の記事には、一三件ほどの記事があります。記事のほとんどは、『中止を要求
社党』『首相の靖国神社参拝 阻止行動呼びかけ 社共公3党と宗教団体』『首相の靖国神社参拝中止申し入れ 共産党の国会議員団』『首相官邸に抗議
クリスチャンら』とか『社公も中止を要請』などのように野党と宗教団体が反対しているという記事です。
朝日新聞は、首相の参拝を直接に批判するのでなく、反対する団体の意見を報道する形をとり、付随して私人か公人かを問題にしています。翌年十月一八日の参拝は扱いが小さくなります。『首相
恒例の参拝 靖国神社秋季例大祭』という見出しで、『三木首相は十八日個午前十一時半 秋季例大祭の行われている東京・九段の靖国神社に恒例の参拝をした。首相の靖国神社参拝は昨年の春、夏についで三度目』と事実のみ伝えるものです。参拝が私的か公的かに関することや批判は書かれていません。
昭和五十二年四月二十一日の福田首相の参拝は、『首相、靖国神社に参拝』という見出しで一六行です。記事の中に『私人としての資格』(首相)という表現があるだけで、それ以外は事実を伝えるだけのものです。
翌昭和五十三年四月二十一日の福田首相の参拝は、政界オムニパスという欄に『祈る首相に神の声とか』の見出しです。記事の中には『宗教団体の抗議の声もある中で』という批判的な一行が含まれていますが、他は『内憂外患こもごも・・・神頼み』と揶揄しているだけで、参拝が私的かどうかは書かれていません。昭和五三年八月十五日の福田首相の参拝は十八の記事があります。記事の多くは野党や宗教団体や知識人が批判しているという報道です。特徴的なのは憲法の政教分離に違反しているか、つまり首相の参拝は公人としてか私人としてかとの記事が十三件あることです。そしてこれ以降このことが問題にされ報道されるようになりました。また、このことに絡んで、特に肩書きの記帳が問題にされました。しかし、歴代の首相は内閣総理大臣の肩書きをつけて記帳してきました。例外は佐藤首相が肩書きをつけない時もあっただけですが、それも憲法問題を意識してそうしたわけではありません。
昭和五三年十月一八日の福田首相の参拝はまた扱いが小さくなります。二つの記事がありますが、二つとも公人か私人かという問題です。昭和五四年四月二一日の大平首相の参拝は、四月に八つの記事があります。『大平首相が靖国参拝』という見出しです。いつもの公人か私人かの問題の他に、『A級戦犯』合祀が大きなニュースになったため、外国人カメラマンを含む五十人の報道関係者がまちうけた』とA級戦犯合祀について触れています。A級戦犯は昭和五十三年に合祀されていますが、朝日新聞でニュースにされたのは昭和五十四年です。ほとんどの記事は、『首相の靖国参拝中止を申し入れ(社会党)』・『共産党も申し入れ
首相の靖国参拝中止』『キリスト者ら抗議』・『公人私人のけじめ 一段とあいまいに』という『解説』などです。問題にされているのは、A級戦犯合祀でなく、公人私人という憲法二〇条の政教分離です。それも、さほど大きな記事ではありません。同年の十月一八日の参拝は、『首相が靖国参拝』との十行の記事で、公人私人についてと、キリスト教団体による憲法違反の抗議が報道されています。
翌年四月二十二日の記事は『首相また靖国参拝 『総理大臣』の肩書き記帳』という記事です。内容は公式参拝、公人か私人か、社会党やキリスト教団体による批判です。その記事の下に『公式参拝の実現に努力
自民党幹事長表明』という記事があります。昭和五十五年八月一五日の 鈴木首相の参拝は、『閣僚、相次ぎ 靖国参拝 首相と前後して 一部に『公式』希望も』という見出しです。記事の内容は、閣僚の参拝と靖国法案、それに私人の資格で参拝したかどうかです。A級戦犯は問題にされていません。八月にはこの他に靖国問題で二十五件の記事があります。内訳は野党や宗教団体などの反応が七つ、私人かどうかの憲法問題が五つ、靖国法案が七つです。
同年十月一八日の鈴木首相の参拝は『自衛隊慰霊碑の序幕式後、首相、靖国に参拝』との事実中心の簡潔な記事です。その下に『個人的な参拝
官房長官語る』という短い記事でおぎなっています。この二つの記事をいれて同月には関連記事が六つあります。そのうち三つの記事が野党や団体の反応です。昭和五十六年四月二十一日の鈴木首相の参拝は、『鈴木首相がまた靖国参拝』という見出しで十一行だけの小さな記事です。見出しの『また・・・』には反感が感じられ、『「私人としての参拝だ」としている』と報道しています。合わせて四つの記事がありますが、他の記事は参拝への抗議声明と、自民議員ら200人の参拝と、野坂昭如氏による批判です。
ここまででわかることは、昭和五十年八月十五日の参拝から朝日新聞の報道姿勢が転換したということです。当初の頃の朝日新聞は、直接に首相の参拝を批判せずに、宗教団体や野党の意見を報道する形をとっていますが、参拝はあたりまえだという立場から公人としての参拝はいけないという立場に変ったのです。また、「私人」としての参拝という言葉がこの時に初めて出ました。変化の原因としては、靖国神社を国営化する靖国神社法案が議決されなかったこと(昭和四十四年から四十九年)があるかもしれません。これで朝日新聞は、世論が靖国神社に対して一〇〇パーセントの支持ではないことを知ったのではないでしょうか。
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