朝日新聞に見る靖国問題(3)

渡辺龍二(自由主義史観研究会会員)

前回は、昭和五〇年八月から昭和五六年四月までの朝日新聞の記事をチェックしました。この期間に、首相の靖国神社参拝に対する朝日新聞の論調は転換したようです。 

国民も戦後三十年経って徐々に戦争の記憶も薄れてきたり、戦没者の親などの高齢化が影響してきたと思われます。昭和五十三年八月以降、朝日新聞は、公人か私人かという法律問題の形で首相の靖国参拝を批判していくようになったのです。なぜ昭和五三年に三木首相が「私的」参拝などと言い出して批判のきっかけをつくったのかは不明ですが、その原因の一つに、玉串料として公費を支出してはならないという津地鎮祭違憲訴訟(昭和四十年〜五十二年)や内閣法制局の見解も関係しているかもしれません。しかし、内閣法制局は一行政機関にすぎないのであり、最近の集団自衛権の問題もそうですが、それが独自の立場で憲法の解釈をするのは混乱のもとです。        

新憲法になってから約三十年間、首相の靖国神社参拝に際して、公人か私人かが大きな問題になったことはありませんでした。それが急に問題になったのは、憲法が変わったからではありません。靖国神社参拝を批判するために、朝日新聞などの考え方が変わったからです。首相の靖国神社参拝に対する政教分離問題は、純粋な法律問題ではありません。例えば、公式参拝批判が定着した昭和五十三年八月以降の朝日新聞が、首相の伊勢神宮参拝についてどう報道しているかみてみます。昭和五四年一月四日の記事は『伊勢神宮を参拝』という見出しで、『沿道の拍手に手を振って答えていた』という記事で政教分離とか公人か私人かの問題は出ていまぜん。              

首相の新年の伊勢神宮参拝は一月四日か五日ですが、その後の昭和五十五年から六十年までの参拝の記事も、公人か私人かとか憲法違反だとかの批判はありません。ただ、昭和六十一年の一月三日に『首相の「伊勢」参拝 公式行事化し憲法論議ないが 靖国問題絡み微妙な側面も』という見出しの解説記事が出ました。その中で、『伊勢参拝を問題にしていないのに靖国参拝を問題にするのはおかしい、という公式参拝推進の文脈上の発言らしいが、現実に政治的争点にはなっていないものの、伊勢参拝が憲法の関係で微妙な側面をはらんでいるという認識の反映ではあるようだ』と書かれています。                 

これは靖国神社のみを問題にしてきた朝日新聞のいいわけか、または今後は伊勢神宮参拝も問題にするぞという脅しかどちらかでしょう。しかし、翌日の一月四日の中曽根首相の伊勢参拝の記事は事実を短く伝えるだけで、参拝が憲法違反だなどの批判はありませんでした。            

そこから分かることは政教分離の憲法問題が重要視されて、そこから靖国神社参拝が批判されていたのではなく、靖国神社参拝を批判するために厳格な政教分離の考え方を持ち出したということです。また私たちは、マスコミや法律の専門家に、首相の参拝は憲法の政教分離に違反すると言われたらそんなものかと信じてしまいがちです。    

しかし、このような憲法解釈問題は法文の文言から客観的に決まっているものではありません。                

例えば、憲法八九条には「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」とありますが、これは慈善事業や私立学校や私立の福祉施設やNPO法人などに対して国や公共団体が補助金や便益を与えることを禁止しているものではありません。政教分離についても同じで、どこからが憲法違反かは、きわめて総合的な判断であり、実際はその時々の常識や思想によって判断されるものです。もし政教分離が首相の参拝が違憲だとする程度のものならば、宗教団体が設立した学校や福祉団体も宗教色を全て払拭しなければ補助金をまらったり公的な関わりがもてなくなります。 

それに国会議員や市町村長なども国内外を問わず神社仏閣教会の敷地に入って参拝できなくなります。公立学校の就学旅行でお寺で座禅をしたり、部活動の必勝祈願に神社にいくことなども禁止されます。
完全な政教分離は不自然ですし、それは宗教を遠ざけるための規定でもありません。                

繰返しますが、新憲法になってから三十年間、首相の靖国神社参拝は憲法問題になっていませんでした。また、首相が靖国神社に公式参拝をするようになったから、憲法問題が出てきたというのは嘘です。本当は、昭和五十年八月十五日の三木首相の参拝の時に初めて「私的」参拝だと述べて、これ以降、私的か公的かが問われるようになっただけなのです。もちろんそれまでも、首相の参拝は内閣総理大臣と記帳し公用車も使ってきたのです。             

この昭和五十年八月十五日の三木首相の参拝から、昭和六十年四月の中曽根首相の参拝までが、公式参拝が問題にされるようになった期間です。つまり政教分離が靖国神社攻撃の「道具」に使われ始めた時代です。そのため首相の参拝の前後に、今回の参拝は公的か私的かと聞かれるようになりました。                 

しかし、朝日新聞も参拝をしてはいけないという主張まではいかずに、私的参拝なら良いというニュアンスでした。またこの期間に、A級戦犯合祀が報道されましたが、これはほとんど問題にはなりませんでした。しかし、昭和五十七年以降、中国からの批判という新しい「道具」が出てきたり、昭和六十年以降は、A級戦犯という「道具」も使われます。それらを中心に、次回は昭和五十六年八月以降の朝日新聞を検討していきます

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