朝日新聞に見る靖国問題(6)

渡辺龍二(自由主義史観研究会会員)
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朝日新聞の靖国報道について、今までの経緯をまとめます。
@終戦後の朝日新聞の報道は靖国神社に好意的でした。
A新憲法下でも首相の参拝はずっと続いており、朝日新聞も首相の参拝を当然のこととしていて、特別なニュースにはしていませんでした。
B昭和五十年に三木首相が初めて「私人としての参拝」と述べ、昭和五三年以降、徐々に政教分離の憲法問題を問題にするようになってきました。
こういう流れの中で、昭和六十年八月十五日の中曽根首相の参拝に対して、朝日新聞は参拝前から一大キャンペーンを開始しました。現在のような朝日新聞の参拝批判は、この時からです。
このキャンペーンの特徴は三つあります。第一に突然の大キャンペーンであったこと、第二に公式参拝反対のキャンペーンであったこと、第三に中国の批判とA級戦犯の記事が出たことです。
前年の昭和五十九年八月十五日の参拝についての朝日新聞の記事は、八月に十六件あり、これはかなり多いといえます。翌六十年一月の参拝時は一件で、四月の参拝には小さな記事が五件です。そして、参拝がないにもかかわらず七月の後半に六件の記事があり、八月に九十六件の記事ですから、やはり大キャンペーンと言えるでしょう。
これは朝日新聞の月別記事索引による数字ですが、この記事索引は一つの記事に複数の見出しが使われると、一つの記事を何件かに扱ったりします。また索引にない記事もあります。実際には六十年八月の靖国神社に関する記事は九十一件です。そのうち十五日までに六十八件の記事があり、十六日以降の記事は二十三件です。
九十一件のうち八十一件が公式参拝に触れています。次に靖国懇(閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会)に触れた記事が、主に月の前半ですが二十一件あります。靖国懇とは中曽根首相が参拝の正当性を確保するために設置した私的諮問機関です。
今回のキャンペーンは、この公式参拝の是非が問題でした。中曽根首相が、公式参拝をもくろんでいるという報道です。例えば、七月三十一日の『公式容認へ着々』という記事はこの朝日新聞のキャンペーンが典型的にあらわれています。
今まで私的参拝だったのに中曽根首相が、戦後初めて靖国公式参拝をたくらんでいるという一連の報道です。しかしこれは事実ではあません。戦後もずっと続いてきた首相の靖国神社参拝が、批判されるようになってきたというのが事実です。今までも、ほとんどの首相は内閣総理大臣として参拝しており、新たに公式参拝がもくろまれたのではありません。
しかも朝日新聞の「公式参拝」の定義はあいまいです。記帳しなければ参拝はいいのか、玉串料を公費で払わなければ参拝してもいいのか、どういう参拝なら朝日新聞は問題にしないのかはわかりません。つまり「公式参拝」という言葉の雰囲気を利用して「参拝」を批判したのです。
中曽根首相は初めて公式参拝をもくろんだ首相ではありません。もし初めてというなら、初めて参拝を中断した首相なのです。
次に目立つのは防衛費1%枠問題に触れた記事です。この時期に防衛費がGNPの1%を超えてよいかが問題になっていて、靖国問題の記事で1%枠問題に触れたものが十五件あります。当時の野党や市民団体は、靖国神社公式参拝を防衛費1%枠突破と合わせて右傾化の危険な兆候だと攻撃していました。
また特徴的なのは、中国とA級戦犯に関連している記事が八件ずつ出てきたことです。全体の記事量からすれば少ないし、六十年八月の時点では、実はこれらは主な議論ではありませんでした。
中国からの参拝批判報道は、昭和五十七年に歴史教科書検定問題が問題になっていた時に初めて二件ありました。しかし、その教科書検定問題が誤報だと判明したためにその後は中国からの参拝批判報道はなくなります。しかしこの昭和六十年八月時以降、中国の靖国批判が始まります。八月の中国関連報道八件のうち四件が中国からの批判であり、すべて十五日以降です。このようなキャンペーンにつられる形で出てきたといえるでしょう。
A級戦犯については、例えば八月一日の『識者に聞く』の大学教授と七日の『論壇』の教科書訴訟の活動家の意見の中で触れられたりしています。ただ、中国からの批判記事でA級戦犯に触れているのが二件あります。朝日新聞は、昭和五十四年にA級戦犯が合祀されたことを報道しましたが、その後の首相の靖国神社参拝に関してA級戦犯は問題にはなっていませんでした。初めて出てきたといっていいでしょう。
もちろん、この八月の時点では中国の批判とA級戦犯は参拝の是非の焦点になってはいませんし、政府や自民党も大きな問題とは考えていなかったようです。
しかし、六十年八月の大キャンペーンの後に、中国からの批判とA級戦犯問題が大きな問題となっていくのです。
次回は、歴代の首相の中でも参拝に熱心だった中曽根首相がなぜこの後に参拝をやめたのか、その謎に迫ります。
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