朝日新聞に見る靖国問題(8)

渡辺龍二(自由主義史観研究会会員)
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前回は、中曽根首相が靖国神社参拝を中断した謎に迫りました。今回は、それ以降に朝日新聞の靖国報道がどう変化したかを検討します。
中曽根首相が昭和六十年に参拝を中断して、平成十三年に小泉首相が参拝を再開させるまで、その間に十人の首相がいました。その中で靖国神社参拝を試みた首相がいます。平成八年七月二十九日に参拝した橋本首相です。
もともと橋本首相は参拝に賛成でした。例えば、昭和六十年十月に中曽根首相が参拝を中断したときに、橋本氏は、首相が参拝を見送った理由は「中国からの圧力に屈したため」とし、「自民党内はしらけている」とか「国民の多くは失望している」と批判しています。また、昭和六十一年八月一日の閣議で後藤田官房長官が「今年の参拝は慎重にしてもらいたい」と述べたのに対し、当時の橋本運輸大臣は「参拝は憲法に抵触しない」と反発しています。
その橋本首相が、平成八年十月には在任中の参拝の見送りを示唆し、参拝を続けられませんでした。そして朝日新聞は、『橋本首相の参拝見送り 中国は評価の姿勢』(平成九年八月八月十六日朝刊)と中国のお墨つきを与えています。
中曽根首相の参拝中断の理由は国内の反対のためではなく、中国の胡耀邦総書記を助けるためでした。これについては、本人の話を信ずるしか、他に明確な根拠はありません。橋本首相場合も信念を持っていたはずなのに、なぜ腰くだけになったのでしょうか。
平成九年十二月に野党は内閣不信任案を提出しますが、新進党の小沢党首は提出の理由のひとつとして橋本首相と中国人女性の交際問題を挙げています。小沢党首は、「首相は北京の公安局に勤めていた女性との交際を認めた」と批判しています。はたして、こういうことが関係するかどうかはわかりません。ただ、中曽根首相と同様に、国内の反発のためでなく中国に対する配慮のためであったことだけは確かです。
次に朝日新聞の靖国参拝記事の数を検討します。中曽根首相の参拝に対して大キャンペーンをおこなった昭和六十年は、年間で四七七件(月に一二八件)です。( )の中の数字は、参拝した日から一ヶ月間の記事の数です。橋本首相が参拝再開を試みた平成八年の朝日新聞の記事は、年間で一四五件(月に五十五件)です。
小泉首相が参拝を継続している平成十七年の記事は、年間で八九六件(月に一七〇件)です。これからわかることは、朝日新聞の参拝報道や批判は、小泉首相に対するものが最大だということです。
朝日新聞の昭和六十年のキャンペーンの主流は公式参拝反対でした。言い替えれば、政教分離という国内問題です。ただ、それでは参拝自体の阻止にはなりません。しかし、例によってキャンペーンが中国からの批判を呼び込み、それによって中曽根首相が参拝を中断しました。
そのためか、昭和六十年以降の朝日新聞の報道は変化します。朝日新聞の記事を検索すると、靖国参拝記事の中で「公式参拝」という単語を使っているのは、昭和六十年には九十五%、六十一年には九十二%ありました。朝日新聞の主張は公式参拝反対だったからです。しかし、その割合は徐々に減り、平成八年には三十四%、平成十四年は十七%、十五年は十三%、十六年は十二%、十七年は九%となっています。
逆に増えているのは「中国」という単語です。靖国参拝記事のうち「中国」という単語が含まれているのは、昭和五十九年は二十五%、六十年は三十六%、六十一年は五十一%です。しかし、平成八年は五十三%、平成十五年以降は六十%台です。
社説の変化を検討しても朝日新聞の靖国問題の重点は、公式参拝から中国にシフトしたと思われます。しかし、中国からの批判は、朝日新聞が期待するほど激しくなっていません。例えば昭和十七年十月十七日の小泉首相の参拝に対して、朝日新聞の記事は『中韓 世論にらみ苦慮』の見出しで『首相の参拝は、中国の対日外交をも手詰まりに追い込みつつある』(十八日朝刊)と冷静な分析をしています。
小泉首相が参拝を止めないので、中国政府は振り上げた手のやり場に困ったのです。また、靖国参拝でこれ以上民衆を煽動しても、その運動が政府のコントロールを離れては危険です。中国側にとっては、この問題で初めて手詰まりの面があらわれました。
しかし、朝日新聞は「だから小泉首相の参拝継続に賛成」ではなく、中国の立場に立って「だから参拝に反対」という立場です。
残念ながら現時点における靖国問題は、慰霊の問題よりも中国問題として考えなくてはならなくなっています。中曽根首相の時も橋本首相の時も中国からの反対がなければ、首相の参拝の仕方に議論はあっても、参拝自体ができなくなることはありませんでした。またある意味では、中国が、日本の政治的な自由行動を制約しようとするのは、隣国に対しての政策としては当然かもしれません。
前回まで検証してきたように中国は昭和六十年までは靖国参拝には興味を持っていませんでした。しかし、朝日新聞の昭和六十年のキャンペーンによって靖国問題に気づき、それ以降は外交カードとして使うようになったのです。つまり中国が靖国参拝を非難するのは、日本をできるだけ自国の勢力下におこうとする政策の一環なのです。
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