朝日新聞に見る靖国問題(9)

渡辺龍二(自由主義史観研究会会員)
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今回は、十月八日の安倍首相の訪中にちなみ、「中国と靖国問題」を朝日新聞の記事をもとにまとめます。
八日の安倍首相の訪中と靖国問題について朝日新聞は、九日の朝刊で次のように解説しています。
『靖国参拝で小泉首相に煮え湯を飲まされた感の中国側は、日本の首相が靖国に参拝しないのなら首脳会談に応じるという態度を内外に示してきた。しかし、今回の会談で、安倍首相は「適切に対処する」と述べるにとどまった。……主席が重視する庶民の多くが安倍首相の「あいまいさ」に納得しているわけではない』
現時点では、中国は「靖国に参拝しないと約束しなければ首脳会談に応じない」という方針を転換したようです。朝日新聞の今回の訪中の報道は、訪中前の報道が比較的少なく、靖国問題への報道も淡々としています。
ただ、安倍首相が靖国神社に参拝した時に、朝日新聞がどのような報道をするか心配はあります。もう一度中国を引き込もうと大キャンペーンをやるのか、それともその時点の中国政府の意図に添った報道をするのか。朝日新聞の報道を注目したいと思います。
それでは、今までの中国は、靖国神社参拝に対して、どういう方針だったのでしょうか。朝日新聞の記事をもとに確認をしてみます。
○もともと中国は靖国神社参拝に特別の興味を持っていませんでした。
戦後も歴代の首相たちは、靖国神社にずっと参拝してきました。しかし、中国政府からの批判はありませんでした。
○中国はA級戦犯が祭られても問題にしていませんでした。
A級戦犯合祀が大きく報道されたのは、昭和五十四年です。四月十九日の朝日新聞には『A級戦犯14人靖国神社合祀 賛否 各界に波紋』という見出しの大きな記事があります。
そして同年四月二十一日の大平首相の参拝の朝日新聞の記事は、『「A級戦犯」合祀が大きなニュースになったため、外国人カメラマンを含む五十人の報道関係者がまちうけた』とA級戦犯合祀について触れています。
しかし、中国側からの批判の記事はありません。A級戦犯が合祀されても、首相が靖国神社に参拝しても中国は何も批判していません。五月には中日友好の船訪日団が来日して、『中国から六百人のお客様』とか『熱烈歓迎「友好効の船」』などの見出しで、連日の朝日新聞の紙面をにぎわしていました。
同年の十月にも大平首相は靖国神社を参拝し、十二月に大平首相は中国を訪問します。十二月五日の朝日新聞の見出しは『友好発展へ 今夕、首脳会談』というものです。六日の記事の見出しは『朝鮮半島の平和統一へ 日中で環境作りめざす 第一回収納会談で一致 華訪日は五月二十七日』とか『日中友好の長い一日両首脳 固い握手をかわす手厚いもてなし歓迎宴』などというものです。そして五月には華国峰首相が来日しています。
○中国がA級戦犯と靖国参拝を批判するのは、その時々の事情によるのです。
中国から批判があったのは、昭和五十七年八月十五日の鈴木善幸首相の参拝の時です。朝日新聞には、この時の中国からの記事が二件あります。一件は、『靖国参拝は危険な動向』という見出しで、人民日報が『文部省の歴史教科書検定問題のほか、靖国神社公式参拝、憲法改正の動き台湾との関係などを、「中日友好関係を害する非常に危険な動向」として厳しく批判した』と報道しています。そして朝日新聞は『靖国神社参拝を人民日報がわざわざ取り上げたことは、日本の軍国主義復活に関し、中国が日本政府首脳への不信を表明したものとして注目される』と解説しています。もう一件は、『鈴木首相の「靖国」参拝
中国が間接批判 「公私ぼかした」と報道』という見出しの記事です。
首相の参拝は戦後もずっと続いてきたのですが、この時に突然に中国が参拝を批判したのは、同年六月に「侵略」を「進出」と書き換えたという教科書検定問題が報道され、日中間の大きな外交問題になったためだと思われます。
しかし、二ヶ月後の十月十八日の鈴木首相の参拝に対しては、同月の朝日新聞には小さな記事が二つだけです。もちろん、中国政府からの批判の記事はありません。誤報であったことが知れて、教科書検定問題が沈静化したためです。鈴木首相は年に三回の参拝を続けていますが、昭和五十七年九月二十七日に訪中して大歓迎を受けています。もちろん帰国後の十月にも鈴木首相は参拝しています。五十八年も中曽根首相が四月・八月・十月と参拝していますが、十一月には胡耀邦総書記が来日しています。
○中国が今のような靖国参拝反対を打ち出したのは、昭和六十年以降です。
昭和六十年八月十五日の中曽根首相の参拝に対して、朝日新聞は突然の大キャンペーンを開始します。キャンペーンの中心は「公式参拝」批判です。しかし中国からの批判記事がこの八月に四件出ました。中国はこの時から現在のような靖国批判を始めます。中国側は、キャンペーンの影響を受けたのかもしれませんが、なんらかの利用ができると判断したのは確かです。
そして中曽根首相が、仲の良かった中国の胡耀邦総書記を助けるためという理由で、参拝を中止しました。それ以降、靖国は中国の日本に対する強力な外交カードになったのです。
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