周恩来の罠

鈴木 治(自由主義史観研究会会員)
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小泉首相の靖国神社参拝を理由に、中・韓両国が首脳会談を拒否して緊張した異常事態も、安倍新首相があいまいに先送りして、早々に両国ととりあえず首脳会談にもちこみ、目下小康状態に落ち着いたようにみえる。
しかし中国はともかく、韓国がA級戦犯合祀を理由にしているのは何とも解せない。
日本は韓国と戦争した訳ではなく、併合に恨みをもってもA級戦犯には関わりがない。戦争がなければ独立もありなかった筈だ。
この点でもかつての宗主国に義理立てを惜しませない中国の威光の凄まじさに恐れ入るばかりだ。
しかしこれで一段落とは迚も楽観できる状態ではない。
昨年八月明らかになった「江沢民文選」によると、98年に江主席は在外大使全員を集めた席で、「日本に対し歴史問題は絶えず強調し、永遠に言い続けなければならない」と言っている。
これは伝え聞く岳飛廟における秦檜像に対する国民的憎悪と侮辱の仕打ちを思い合わせると、正に背筋が寒くなる思いとなる。 秦檜が「金」に臣下の礼をとって和を講じたのは1142年のことで日本では頼朝の鎌倉幕府成立より50年も前のことである。 元寇より100年以上も昔のことをいまだに根にもって、しかも今では、同じ中華民族として同化しているはずの満州族に屈服したからといって憎悪の心を持ち続ける執念深さは日本人の常識を超えている。
このままで行くと日本が中国に併合されるようなことにでもなれば、元の使者を斬り捨てた北条時宗など墓を暴かれ、どれだけの辱めを受けることになるか。
ましてやA級戦犯など日本の民族感情を無視して文字通り「永久戦犯」として呪われることは間違いない。江沢民の話を過ぎたこととして見過ごすことのできない恐ろしさを感じ取らねばなるまい。
思えば海に囲まれた島国で、数々の抗争はあったもののコップの中の嵐のようなもので、千年足らずの間に容易に同化してしまった日本と比べ、境のない大陸の大地での異民族を交え侵し、侵され4千年の興亡をくり返してきた中国は、あらゆる権謀術数が渦巻き、文字通り合従連衡の歴史だったといえよう。
そのため「諸国民の公正と信義に信頼して」武力を放棄したお目出度い単細胞の日本と違って、中国は超現実主義的なしたたかさの持ち主と見なければならない。
その中国の戦略思考に一貫してみられるものに「敵の敵は味方」及至敵の中に敵をつくる策略を見落としてはならない。
ここで思い浮かぶのは72年日中国交回復の際、時の首相周恩来が言った「先の戦争は、日本の一部軍国主義者(A級戦犯)が起こしたものであり、一般国民は犠牲者である」との言であり、78年の日中平和条約で賠償放棄を宣言している。
この時大部分の日本国民は流石大国の指導者は度量が広いと感心し、私なども大いに感銘を受けたものである。
しかし考えてみれば日本が主として戦って被害を与えたのは蒋介石率いる国民党政府であり、当の蒋介石は終戦直後逸早く暴に報ゆる怨を以てせず「以徳報怨」を布告し、少数のBC級戦犯を除いて数百万人の軍人民間人を無事大陸、台湾から引き揚げさせてくれた。
しかも52年のサンフランシスコ平和条約発効直後に国連加盟国として国民党の中華民国は日華平和条約で賠償請求権を放棄してくれている。
国民党の後、大陸を支配したのは中国共産党だからといって日本人は国民党主席蒋介石の恩義を無視して、共産党の寛大とみえる態度のみを有り難がるのはどうかと思う。
ここに私は大戦略家周恩来の一筋縄では行かない深謀遠慮を感じ取らざるをえない。
周恩来は、
1 日中戦争の初期に共産党の恐ろしさを熟知していたこれも大戦略家蒋介石が「先安内後攘外」の方針で、共産党撲滅に専念し、日中衝突を回避していた時期に、西安事件を奇貨として、渋る蒋介石を命と引き替えに国共合作に同意させ、敵(国民党)の敵(日本)の力を利用し日本軍の力で国民党軍叩きに専念させ国民党の力を削いだところで後日の大陸制圧に成功している。
2 上海事変の際、既に共産党に寝返っていた張治中を国民党軍司令官に留まらせ、事件の激化を仕組ませた他、共産党が建国するまで国民党の要職に留まらせ、最高機密情報源として存分に利用している。
3 路線論争から軍事衝突まで引き起こした中ソ対立の際、敵(ソ連)の敵(米国)と手を結び(米中和解)この危機を乗り切ったのも周恩来の手腕による。
日中復交はその余波に与ったものとみるべきで、その際周恩来は彼一流の遠大な策略を用意したものと考える。
それが先述の
(1) 戦争責任は一部の軍国主義者
(2) 賠償請求権の放棄
であり、これを聞いて戦争中の言動から大いにうしろめたかったジャーナリズム、学者、文化人があたかも免罪符を得たかのように一斉に親中派になびいて行った。
これに比べればカリスマ毛沢東など正直なもので佐々木社会党委員長に「何も謝ることはない。皇軍のお蔭で国民党を制圧できた」と言ったという。
それが今国民党の末期と同じで幹部の腐敗、汚職から体制が揺らぎ出すと、江沢民が国内統一のため愛国教育で反日を煽り始めた。
すると困ったことに日本国内に頼まれもしないのに「江の傭兵」が現れてご機嫌を取り結ぼうとする始末である。
この傭兵は親父さんが時の権力者に対し反吉田を貫いて国民的人気を得ていた反骨心は受け継がず、却って息子の生き肝を移植して元気づき、靖国問題では首相経験者を何人も集め、自らは隊長気取りのように見受けられる。
たかが傭兵隊長と侮るなかれ、さしも栄華を誇った西ローマ帝国滅亡の直接の原因はゲルマン人の傭兵隊長の反乱との故事もある。
またかつて李鵬首相がオーストラリアの首相に「20年後には日本という国は地球上から消滅している」と語ったいうが、李鵬は後に全人代委員長を務めている。全人代委員長といえば日本では国会議長に当たるそうで、同じ国会議長というのも何か気味が悪い気がしないでもない。
周恩来がそこまで読んで罠を仕掛けたとは迚も思えないが、それでも日本国内で進んで第五列的な動きをする勢力を見くびるととんでもない結果を招きかねないことは十分警戒してかかる必要があろう。
果たして周恩来の罠、呪縛が解ける日が来るのだろうか。
追記
1 周恩来については謹厳な風貌と行動、日中国交回復の際の先述の発言から、日本では日本に好意的であると感じてる人が多いようである。
しかし周は世界を舞台に目覚ましい活躍をした希有の大戦略家であり、甘い観測は慎むべきではないだろうか。
@日本に留学して初めてマルクス主義に出会ったとはいえ、僅か一年あまりで折柄の五・四運動に共鳴して帰国し、後フランスに渡ってパリで中国共産党に加入している。
これを考えると懐が深いだけに単純に日本に好意的とは思えない。
A長征で敗走途中の遵義会議で自分のもっていない毛沢東の実行力のあくどさが共産党の国内制覇に必要とみて、最高指導者の地位を毛に譲った判断。
B文革の嵐の中で幾多の永年の同志を裏切って不倒翁として、その地位を保ちながら徐々に軌道修正し、遂には文革の終焉からケ小平の改革・開放路線への道を拓いた根気と先見性。
これだけ見ても非人情に徹せられる超現実主義の大政略家振りがわかる。
ましてやし烈な国内闘争だけでなく米ソ相手の世界規模での修羅場をくぐり抜けただけに、われわれ日本人には想像を超えたスケールの思考力、実行力をもって事に当たったと見ねばなるまい。
それ故に周恩来の罠が、いつ、どこで、どう働くか心配なのである。
2 第五列
先述の張治中の働きは敵中に埋伏させて攪乱し、時期が来れば正体を顕す典型的な第五列と考えられる。
日本でもゾルゲ事件の尾崎秀実などの実例があり、第五列の言葉は、昔は恐怖の対象として普通に用いられていた。
今でも小学館、三省堂、新潮社、学研、旺文社、明治書院、角川書店の国語辞典にはそれぞれ5ー6行の説明をつけて載っている。
しかし不思議なことに、1100万部の刊行を誇る「広辞苑」(岩波)には採録されていない。
こんなところにも周恩来の罠が働いていて、江藤淳のいう「閉ざされた言語空間」的作用を及ぼしているのであろうか。
※鈴木治さんは、現在連載中の「ゾルゲ事件と大東亜戦争」執筆者である杉本幹夫氏と同じ会社の同期入社で今も交友が続いております。
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