映像は戦場を再現できたか?
硫黄島からの手紙』を観照して


岩田義泰(元陸軍士官学校教授部教官・少佐)

この映画は先にアメリカで公開された『父親たちの星条旗』との二部作で、その何れもがクリント・イーストウッド監督(製作、音楽とも)によるものである。俳優は主演の渡辺謙さんはじめなかなかのベテラン揃い。脚本は日系二世のアイリス・ヤマシタさん。音楽は監督の実子カイル・イーストウッド氏が父親を補佐し担当している。日本のノンフィクション作家で「散るぞ悲しき」の著者梯久美子さんも協力している。
 尚、この作品はゴールデングローブ賞、映画批評会議最優秀賞等を受け、アカデミー賞では音響編集賞に選ばれている。

私は斯様に高名な映画に対し兎角の論評を試みる能力など元々持ち合わせないが、唯、当時南方島嶼作戦体験者の一員として時代考証的に違和感を覚える幾つかに就いてのみ所見を述べ諸賢のご参考に供し度いと思う。

(一)栗林中将の立場(職位)が不明 確である。

【説】栗林中将は小笠原兵団長兼第109師団長であり次の部隊を指揮していた。編成初期は第31軍の隷下にあったが昭和19年5月以降は大本営直轄となった。
父島=混成第一旅団
硫黄島=第109師団 混成第2旅団戦車第26聯隊 歩兵第105聯隊
母島=混成第1聯隊
南鳥島=混成第12聯隊

(二)作戦命令が徹底せず特に陸海軍間で異様な雰囲気が感じられる。

【説】映画とは無関係と考えるが残念ながら実態はこれに近い。即ち硫黄島守備の陸戦隊は戦前から配備されて居り当時の市丸利之助海軍少将以下約7000名も第3航空艦隊第27航空戦隊の隷下にあった。栗林兵団長には命令権は無く一時的に人事権の無い区署権が及ぶだけだった。僅か7ヶ月間に如何にして人心掌握したか辛苦の程が偲ばれる。島嶼防禦作戦に於いて水際撃滅(速戦即決)か據点式地下縦深(長期持久)かについても論争があった。

(三)栗林中将が戦闘中而も唯一人、勲章や記章(記念メタル)総てを佩用しているが実際にはあり得ない。

【説】勲章や記章を佩用するのは平時の儀式のときであり戦時特別な場合(調印式など)には最高勲章のみ佩用することがある。なお画面で見られる勲二等旭日章は戦死後下賜されたものである。

(四)栗林中将が飾緒(参謀懸章)を着けているのは誤りである。

【説】金色の飾緒はスタッフ(参謀、侍従武官)が着けるもので指揮官ではない。指揮官は夫々の職位に応じた隊長章を右胸下に着ける。栗林中将の半ズボン姿にはそれが着いている。

(五)市丸海軍少将が米大統領宛の「ルーズベルトに与うる書」の記事や場面が無いのは何とも淋しい。

【説】市丸少将は最後の総攻撃に際し栗林中将と行動を共にし壮烈な戦死を遂げたが、その直前、米大統領宛にアメリカの非を糾す書状(英訳はハワイ生まれの三上弘文兵曹、後に戦死)を送った。昭和20年4月11日全米各メディアで公表された。ルーズベルト死の3日前であった。

(六)西竹一中佐(伊原剛志)の服装と愛馬の場面はフィクションである。
【説】服装は昭和7年オリンピック(ロスアンゼルス)で優勝したときの姿であり、硫黄島では西中佐は戦車第26聯隊長であったので馬匹は存在しない。

(七)伊藤海軍中尉(中村獅童)が陸軍兵を斬ろうとする場面があるが考えられない。

【説】如何に非常事態といえ「陛下から預かっている大切な赤子」を斬るなど狂ったか余程の反逆でもない限りあり得ない。

(八)清水(加瀬亮)のような憲兵くずれの兵隊が戦場の一般部隊に独り居ること自体判らない。

(九)西郷(二宮和也)の家族愛は共感を呼ぶが決して彼だけではない。

【説】戦地では誰しも家族を想い、自らは家郷を代表して出征したときを偲び家族に恥をかかせないよう励まし合って頑張っている。


(十)奇異に感ずること

1.戦場の騒音が小さい。
    映画では人のどなり合う声が最大に聞こえるが実戦では米の空爆と艦砲射撃(硫黄島では戦艦3隻、巡洋艦9隻、航空母艦5隻、駆   逐艦30隻計一日当たり8000発。空爆一日当たり1600機)及び地上兵器の轟音は想像を絶するもので正に天地が裂けんばかりの   想いであったろう。

2.中間指揮官が見えない. 
    軍隊は極端なぐらい組織で動く団体なのに頂点の最高指揮官と底辺の兵隊だけで構成されている。旅団長、聯隊長、大隊長、中隊  長、小隊長などの役割が省略されているので滑稽でさえある。
   (一 名越二荒之助著「昭和の戦争記念館」)
   (二 服部卓四郎著「大東亜戦争全史」)
    (三 同台経済懇話会(偕行社)篇「近代日本戦争史」)

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